第23章 満月の咲く夜
クルス町長は黒幕ではなかった。
リラックに暗殺者を紹介したという話は彼の知る所ではなかったようだし、約束というのもいつの間にか結ばれていて、どうしたものかと頭を悩ませていたらしい。
時を同じくして、状況に追い打ちをかけるかの様にロザリー・コクォートスが脱走。
真相の大部分は判明することなく闇の中へと葬られ、分からない事が分からないままに夜が来て、一日が終わろうとしていた。
その夜は月のない夜だった。
『姫乃』
大鎌使いとの戦闘とロングミストでの騒ぎから数時間後。
夕暮れから夜にかわる時間帯、姫乃達は労務所にいた。
牢務所番をしている兵士に頼んで、案内してもらいながら目的の場所へと向かう。
石造りでできた薄暗い建物の中、視線をまっすぐに上にあげれば、月をかたどった明かりが頭上に吊るされていた。
姫乃達には、ここにいるリラックに聞きたいことがあるのだ。
牢にたどりついた姫乃は挨拶をして、手早く話を進めていった。
「やっぱり、そうだったんですね、貴方がエアロに言ってラルラ君の薬を……」
話題は、町の外にいたバールたちにもたらされた物の事だった。
鉄格子の向こうにいるリラックは、不思議そうに問いかけてくる。
「なぜ、分かったんだ」
「分かったって言うよりも、そうだったらいいなって思ってた方が大きいですけど。この町の人達のこと見てたら、自然とこっちの方が可能性が大きいかなと思えてきて」
牢屋の中からの問いかけに、姫乃は考えをまとめるように言葉を返す。
レトとエアロの会話を聞いてて、ひょっとしたらと思い確かめたかったのだ。
「巻き込んで悪かったな。君達の様な関係のない者まで私は……」
姫乃が口を開こうとするのだが、それよりも遥かに前に、未利が割り込んで文句を飛ばした。
「本当だっての。ウチ等がどんな目に遭ったか……。こいつには話して聞かせるべきだと思うけど」
「聞かせてくれないか、奴らが私に最初に話したこととは大分違ったようだが……」
リラックはそれを受け入れるようだ。大人しく話が始まるのを待つような態度に未利は、不機嫌な表情を隠しもせず、牢の向こうに向かって口を開いた。
「じょーとーじゃん。じゃ啓区よろしく」
でも、こなすのは別らしい。
「え? 僕ここでー?」
「だって、この面子で一番何でもできそうだし」
「なあも、啓区茶間で良い気がするの。うんと、何となくなの」
それは確かに、姫乃としても同意。
「何だかなー」
微妙な顔をする彼はそれでも口を開く。
街道で霧が出て、迷子になったところから話が始まり、姫乃達はそれを横道にそれをところどころフォローしながら、ロングミストにたどり着くまでの話を一通り聞かせた。
「そんな事が、あったのか……」
聞き終えたリラックは疲れた表情だ。
「あの、バールさん達と仲直りできませんか?」
その様子を見てればわかる。彼は、ここまでするつもりはなかったのだろう。それに、薬だって届けてくれたのに。
「無理だろうな……。言葉を尽したところで彼らは聞く耳持たんよ」
それは和解するのを諦めるという事だ。
リラックは考えるべくもなくそう答えた。
難しいことは姫乃だと分かっていた。あれだけのことをしてしまったのだから。
それでもこのままじゃ嫌だから、仲直りしてほしいと思うのだが。それは我が儘だろうか。
特に、リラックの事を多少なりとも知ってしまった今は、より強くそう思うのだが。
「そこら辺は本人の意思だしね、仕方ないんじゃないの?」
それに対する未利の意見は厳しめで、
「でもケンカしたら仲直りしなきゃいけないの。それになあは思うの。リラックさんは仲直りしたいって思ってるの。やりたいって思った事をやるのが良いと思うの」
なあは中庸。彼女なりにしっかりした意見を自分の口から述べていた。
さっきまで話を聞いている時は理解できていようで、頭上に疑問符がいっぱい浮かんでいるように見えたのに。
彼女は牢屋の前に立って話を続ける。
「大切なのはやりたい事をやる事だと思うの。皆、心で「これやろー」って思ってもしないの。そんなの良くないの。「やりたくないよー」って事してるの」
そういえば、霧の魔獣の時もこんな感じの事言ってたな。心で思ってる事と違う事をしてるってことが、許せない……というよりは悲しい、のかな。
「心がチクハクしてて良くないの」
「チグハグだねー。そこは」
真剣な表情で訴えかけるが、それが最後まで続かないのがなあちゃんだった。
啓区に訂正されている。
リラックはしかしそれに困惑したようなままでいる。
未利が流れを修正。
「ま、それとかは全部ついでだし。さっさと要件済ましちゃえば?」
「そうだねー」
てっきり今の話題が本題だとばかり思っていたらしいリラックは、もちろん訝しげな表情になるしかない。
「ちょっくら、ごめんよー」
前に出ていた未利となあちゃんを下がらせ、啓区が代わりにそこに立つ。
その手に石の町で回収した指輪を乗せて、魔法を発動させる。
「じゃあ、いっちょやりますかー」
魔力が、周囲に満ち始める。そして……。
一瞬にして、牢務所の景色が切り替わった。
「これは……」
リラックは驚きの声を発し、目の前の光景を凝視した。
それはクーディランスの町だった。
廃墟となる前の、町が町として機能していた頃の百年前の姿だ。
「動ける奴は、怪我人を運べ」
「ちくしょう、もっと早く移動できる足があれば」
「泣き事をのたまってる暇があったら手を動かせ」
しかしその町の景色の中では脅威が蠢いていた。
憑魔の大群が、町を襲っていたのだ。
町は瓦礫に変わっていき、人々はその脅威に逃げ惑う。
一部の者達はバール達のような戦い方で抵抗してはいるものの、圧倒的な敵の数を前に一人、また一人とやられていく。
「やらせるか!」
その中で一人の剣士が戦っていた。満身創痍になりながらも、剣を振るい続け、戦う事を止めようとしない。
「ミスト、町はもう駄目だ。放棄するしかない」
その男へ、同じく戦っていた別の男が叫ぶ。
「ランディ! 諦めるのかよ。ここを凌ぎさえすれば援軍が来る」
「無理だ。それに俺達がここから離れれば、こいつらだって町を壊すのを諦めるはずだ! 奴等は生きているものを殺そうとする、そうだろ? なら離れるんだ、それなら、町に標的がいなくなる」
しかし、その言葉に反対してミストと呼ばれた剣士は憑魔に相対し続ける。
「破壊を止めるなんて、そんな保証ないだろ。俺はもう故郷をなくすなんて嫌なんだよ! せっかく千年も生きながらえてきたってのに、俺の本当の故郷は、もう……。ぐあぁっ!」
必死の様子で剣を振るい続けるが、その背中に憑魔の攻撃が突き刺さる。
「ミスト! しっかりしろ! ミストっ!!」
倒れたミストに駆け寄ろうとする、ランディ。
だが、彼はそこへたどり着けない。
新たにその場にあらわれた憑魔達に行く手を遮られてしまう。
「おい、返事をしろ! こんなとこでくだばるんじゃねぇ、ミスト――――!!」
そこで映像はぶつりと途切れた。
周囲の景色は元の牢務所に戻っている。
「ちゃんと魔法できたみたいだね」
「分かってたけど、やっぱすご……」
「ふぇ、終わっちゃったの」
一度確かめに見てるとは言え、やはりあらためて見るると驚きものだ。
一瞬で、まるでそこにいるかのような景色に塗り替わるのだから規格外にも程がある。
これを魔法の定義に収めていいのかと思うくらいには。
「成仏する時の一度しか見てないけどー、あのミストって人ー、あれだよねー」
「ふぇ?」
しかし当の方人は別の個所が気になるようだった。姫乃もそこは一応、気になってはいたのだが。
「やっぱり、霧の旅人だよね」
「あのユーレイじゃん」
「ぴゃ?」
映し出された景色に出てきたミストという男の人は、まさしく霧の人、その人だった。
眼前のリラックは目を見開いたまま、その人物が見えていた方を見て
「これは、今のは一体……」
そのリラックがやっと動き出して、言葉を紡いだ。
「たぶんですけど過去の映像です。それも、霧の旅人の」
「どうしてそんなことが……」
二度目のリラックの疑問だが、これには言いよどんだ。
「ええと、啓区の、魔法……かな?」
「かなー」
姫乃は啓区を見つめて首を傾げる。啓区は笑顔で首を傾げ返した。
つまりよく分かってない、ということだった。
「受け取ってください。これが彼の過去なら、この指輪はリラックさんが持っているべきだと思うんです」
「いや……何が何だか」
いきなりの現象に思考が追いついていないのだろうリラックは、啓区が差し出した手の上の指輪を見つめるばかりで、一向に動こうとしない。
「そんなの返答待つまでもないし、てやっ」
「あっ、未利」
「あ、未利ちゃま物を投げちゃ、めっなの」
「わー、大胆だねー」
見かねた未利が投球フォームで金属物質を牢内にぶち込んだ。
「さっさと行くよ。何か後の予定がつっかえてるみたいだし」
未利が姫乃達が来た方の通路を視線で示せば、ちょうどバール達が来る所だった。
「これ以上こんな辛気臭いとこにいられるかっての」
姫乃とバールが会話している最中に、もうこの場に留まりたくないとばかりに彼女は先に歩きだしてしまう。
未利を追いかけていく姫乃を前にしてなあちゃんは牢の前から動かず、天井を見上げている。
「満月さんが見てるの、暗闇さんじゃないの」
「えーと、なあちゃんいきなりどうしたのー。天井にあるのは満月じゃなくて、満月っぽい何かだよー」
啓区が追随して見上げると、その明かりがふっと暗くなった。
時間にして数秒だった。わずかな期間を得て、再び明かりは復活する。
「寿命かなー?」
先ほどより弱々しく感じられるように見える光を頭上に啓区は、推測を口にする。
どこからか、外から入ってきた羽虫がその明かりにまとわりついていた。
クリウロネ 牢務所 『バール』
「牢務所の中だってのに、お月様があるのか」
暗殺者との戦闘を経た数時間後。
時刻は夜。バール達は、罪を犯した事によって牢に入れられたリラックに話をするために、牢屋にやってきた。
頭上には月の模型みたいな明りが輝いている。
「キリサメ灯と同じやつか、色が白一色しかないって事は何かの拍子で壊れた奴か」
使用される明かりは、方角によって四色の色で発光しているのだが、こうして何かの拍子で壊れたりすると、建物の明かりとして代用される事が多い。
頭上にある発光物の正体を見極めながら、バールは自分についてきた数名へと顔を向ける。
「まあ、言いたい事もやりたい事もあるだろうけどな、一応聞くこと聞くまでは大人しくしといてくれ」
暴力沙汰になってつまみだされては適わないと言い含めてから、改めて歩みを進める。
リラックがいるらしい牢にたどりつくと、その前に先客がいた。姫乃達だ。
「お嬢ちゃん達も何か用があったのか?」
「ええと、少しだけ」
理由を尋ねて姫乃は何かものすごく言いたそうな雰囲気をしていたが、未利がさっさとその場を離れていく。
「これ以上こんな辛気臭いとこにいられるかっての」
「あの、私達はこれで……」
どこかよそよそしい態度で姫乃達が去っていく。
釈然としない思いだったが、今は他に気にすべきことがあった。
「まあ、何話してたか知らないが、こっちも付きあってくれよ」
バールは牢の向こうへと話しかけた。
「とりあえず色々置いといてまずは一つだけ。真実を話してくれないか」
そして、彼等とリラックとの最後の話が始まった。
市長舎 同時刻 『+++』
執務室、机に向かう人物の前に、どこからともなく女が現れた。
「ねぇ、失敗したちゃったけど、武器の運搬はどうするのぉ?」
その女は慣れた様子でそこにいる人物に話しかける。
「仕方ないねぇ。積めるだけ積むしかないよ。本来の見込み分は運べなくなっちゃうけどねぇ」
「とんだ大失態ねぇ」
やれやれ、と女性はその執務机に腰かける。
「漆黒が動いてるって事バレたのあなたのせいよ。私は名乗ってないんだから」
「ああ、口を滑らせてしまったようだ。悪いねぇほんとうに」
「まったく自分の首を絞める事にもなるって自覚が足りないんじゃないかしら、ロクナに粛清されても知らないわよ」
「メンバーの不始末には厳しいって話だもんねぇ」
この町の誰も、とある部屋でそんな会話がなされていることは誰も知らない。
それは、部屋の外で待機している兵士ですら。
「じゃあ、もう行くわ」
「ああ、お互い頑張ろう。同じ組織の人間として」
月のない中、夜は更けていく。
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