第22章 舞台裏に目を向けて



『ロザリー』


「ああ、楽しいわ。一方通行じゃない命のやり取りも素敵なものね」

「貴様のそれは、私には理解しがたいな」

「できなくて結構よ。私が満足できればそれでいいもの」

「自己中心で身勝手、だな」


 ロザリーは踊るように戦場を動いていた。

 イフィールの突進をさばき切れなくなり、頬に軽い傷を受ける。

 飛んできたロープが大釜に絡まり、行動を阻害される。

 最初の頃は攻撃に割けた動きの大部分は、だんだんと回避の割合が多くなってきたように感じられる。

 いつまでも踊っていたくなるような死のダンスだったが、長引けばそれだけこちらに不利になるだろう。これも仕事だ仕方ない。

 これ以上遊ぶと仲間に叱られるし、敵の応援だって駆けつけてくるかもしれない。


「ほんとうは使いたくなかったんだけど、仕方ないわ」


 故に、心残りを断ち切って、ロザリーは切り札の一つを発動させた。

 周囲を見渡して、その場所を決める。

 場所候補は、あそこ。

 そして魔法を発動した。

 瞬きほどの一瞬だった。それだけあれば十分。

 ロザリーの体は別の場所へと移動していた。


「何!?」


 先ほどまで戦っていた兵士たちの狼狽する声が、地上の方から聞こえてくる。

 転移したのだ

 これが出来なきゃ、自分たちの組織にはいられない。

 ロザリーは、転移先……屋根上で、自分を見失って地上に気をとられている一人の男の背後をとった。


「うふ、これでチェックメイトね」

「ぐあぁぁっ!!」


 そして、大鎌を振り上げ、その背中を切りつけた。

 のだが。

 手ごたえのおかしさに、眉をひそめた。

 男性は屋根の上に倒れて、その後に素早く動き上がってこちらから距離を取っている。


「一体、どうしたのかしら」


 肉の切れる感触があまりなかった。

 手元の武器、大鎌の刃先を見つめるがそこについている血痕はごくわずかだ。

 おかしい。


「うわっ、マジで死ぬかと思ったぜ」

『無事か、バール!』


 距離をとってこちらを警戒している男性に、白い魔獣が近づいていく。


「ああ、助かった。あの鳥と小さい嬢ちゃんの魔法のおかげだな」


 その話を聞いて納得する。

 どうやら今のは、何らかの魔法によるものらしい。ますます厄介になってきた。


 屋根の上にいる人間達を見回す。

 意識を集中すれば、全員からささやかな魔力を感じ取れる。

 攻撃を無効化する魔法……、だろうか?

 そんな魔法が存在するなど聞いた事ないが、だとしたら一体誰がその魔法をかけているのか。


 屋根上、地上……と見回し、ロザリーはその者を見つける


 離れた所、屋根の上に肩に白い鳥を乗せた小さな少女がいる。

 その子供のから、バール達への魔力の流れを感じた。

 間違いない、あの子だ。

 ロザリーは屋根の上を移動する。


「やべ、ばれた」

『お前が喋るからだろ』


 後ろで交わされる会話に確証を得て、ロザリーは屋根伝いに走る。


「見つけたわよ」


 反応の遅れた地上の人間達を置いて、ロザリーはその子供の元へたどりついた。






 目の前の小さな少女、これが彼等の作戦の要らしい。

 ロザリーは浮かべていた笑みを深め、大鎌を振るった。


「うふふ、残念だったわね」


 風を斬る音と共に、鋭利な刃が小さな命を刈り取る……はずだった。そのままならば。


「烈風……ええい省略!」


 だが、そこにおそいくる透明な風の矢の嵐。

 ロザリーはほとんど勘だけで回避する。

 大鎌ではじき、身をひねり。

 しかしふいに、体重を預けた屋根瓦が割れた。受け流した矢が足元を割ったらしい、ほどけていく矢の風を足先に感じながら、体勢が崩れていく。


「つ!」


 初めてロザリーの表情に焦燥のようなものが浮かんだ。

 彼女はとっさに、その勢いに逆らう思考を断ち、周囲への警戒を向ける。

 自分が相手なら、この隙に何かしらの攻撃を放ってくる。それを見極めなければならない。

 ロザリーのその推測はおおよそ合っていた。

 しかし、おおよそじゃない部分が致命的になった。


「アクアリウム!」


 攻撃は、どこかからではなくそこで起きたのだ。

 突如出現した水球が彼女の身を包み込む。

 あまりの予想外出来事に、彼女は対応策を練ることすらできず隙を作ってしまう。


「いっけー、びりびりサンダー」


 それが決め手となった。

 ロザリーは、何が起こったのか分からないまま意識を刈り取られた。






『姫乃』


 啓区が雷撃を放って無力化した後

 水球から解法されたロザリーはぐったりとその場に倒れ伏した。


「やった……のか?」

『やめろ言うな、それはフラグだ』


 レトがバールの不用意な一言に慌てて突っ込むがロザリーが起きる気配はない。集まってきた一同はほっと胸を撫で下ろす。それは姫乃も同じだった。


「作戦、うまくいって良かったよ」

「ちょと、出来過ぎに思えるけどね。鳥の件とか、剣とか、バールたちの予想外の戦力とか」

「悪くなるよりはー、良い方がいいよねー」

「そうなの。良い事が起きるのは、良い事だってなあ思うの」


 あらためて姫乃はうまく行って良かったな、と思う。





 リラック達が暗殺者に襲われている。

 そのことをクルス町長から聞いた姫乃達は、現場へと向かう間に大まかな作戦を考えた。

 始めは、バール達の自己申告である憑魔対策用の戦い方をベースに考えていたのだが……、それだけでは決定打に欠けるかもしれないという話になった。

 イフィール達や、兵士たちの力を合わせて考えても通常なら勝てない事はないはずなのだが、相手が相手だ。

 姫乃が説明した通りの実力も持ち主で、相手がロクナと魔獣だった場合それでは足りないと結論に至ったのだ。

 悩んでいるうちに、そこで手詰まりになったせいか、エアロと未利がケンカしだした。


「何でそんな危険な人を放っておいたんですか」

「勝てるワケないじゃんか、あんなの」

「他人の事情に首突っ込んで回ってるのに、よくそんな事でやってこれましたね」

「なんだとごるぁ!」


 そんな感じに。

 でもそのおかげで、打開策らしきものが浮かんだのだから、世の中は分からない。


「ケンカしちゃだめなの!」


 白い小鳥を肩にのせたなあちゃんが、勢いよく叫んで転んだ。自爆だった。

 だが、その痛みが、三等分になってエアロと未利を襲ったのには驚いた。

 そんな流れで判明したびっくり魔法を作戦に組み込んで、機能させ、今に至るというわけだ。

 なあちゃんの魔法は一人が受けたダメージを皆で分担するものらしい。ダメージシェア、それがなあちゃんの魔法の名前だ(なあちゃんは「皆仲良くまじっくなの」と言っていたが、もちろん却下された)。





 姫乃達は、ロザリーを動けないように拘束してから、避難していたリラック町長の元へと向かう。

 その際に、バール達を前に悄然とした態度を見せるリラックの方に近づいて、姫乃はどうしても聞きたかったことを尋ねた。


「一つ不思議な事があるんですけど」


 ずっと疑問に思っていた事を尋ねる。


「本当に、町長さんはこんな事を考えたんですか?」


 それに驚いたのはバールたちだ。


「何言ってるんだ、そんなの決まってるだろ。クルス町長だってそう言ってたって、他ならぬ君たちが言ったじゃないか」

「そうなんですけど……」


 それはそうだ。

 だが個人的に、本人からちゃんと聞いておきたかったのだ。


『お人好しだよなぁ、お前って』

「そういうのじゃないと思う、たぶん」


 皆にもよくいわれるけど、今回のは違うはず。

 お人好しというよりは、簡単にこんな事ができるとは思いたくなかったからかもしれない。

 何年も同じ町で育った人を自分の為に切り捨てるなんて。

 そういう願望が入ったゆえと思う。


 ようするに、自分の考えを思い込みたいだけなのだ。


 答えに詰まっているリラックを前にして立っていると、啓区が姫乃の疑問に添うように深く掘り下げてみせる。


「そういえば不思議だよねー。暗殺者さんなんてどうやって普通の人が依頼できたんだろー」


 その言葉に未利も、バール達を見舞った数々の苦難を脳裏に思い浮かべて追従する。


「そういや、そうかも。……ってか、へんぴな田舎の町のお偉いさんがやるにしてはちょっと大掛かりすぎだったような気も……」


 姫乃達の言葉に思案げになったイフィールが、バール達へ確認をとった。


「一つの町の町長ができる範囲を超えている、と? 一つ聞くが……貴方達の目からして、この者はここまでの事ができる器に見えたか?」


 バールは顔を見合わせて言葉に詰まる。それは多分否定する意味を含んでいただろう。


「では、本人に尋ねよう。どうなのだ?」


 だが口を開きたくないバール達の意を汲んでなのか、彼女は手っ取り早くリラック本人に話を向けることにした。


「話してほしい」

「……まずは一言謝ろう、すまなかった。その上で説明するが……、私らがやったのは薬のすり替え、そしてキリサメ灯のことだけだ。暗殺対象も最終組のリーダー数人だけのはずだ」


 予想外にすんなりと謝罪されたことにバール達は戸惑い、どんな表情をしていいのか分からないようでいた。

 が、リラックの話はまだ続いていく。


「何があったか知らないが、それ以上はやっていない。この事も、私が考えたわけではないのだ……、数ヶ月前、私が用事でこの町に来た時にとある人物から持ちかけられてな……、そしてあの大鎌の少女と契約を」

「とある人物、その人とは……」


 リラックはその時のことを思いだしながらか一度目を閉じてから、イフィールのその問いに答える。


「……その人物は、クルス町長だ」


 それはロングミストの町長だった。





 戦闘終了後、再び列車を使わせてもらって町へ戻った。

 予定外の使用にもかかわらず、承諾してくれた運転主さんに礼を言った後、その件のクルス町長へと話を聞きに行こうと向かっていたのだが、その途中で騒ぎに遭遇した。


 町の開けた場所で、顔色を悪くしたクルス町長が手当されていたのだ。周囲には町の人達がいて、興味深そうな様子で取り囲んでいる。

 その人の輪を割って入って一体何があったのか、ともちろんフィールは説明を求めた。

 そこでクルス町長の口から発せられた言葉の内容は驚愕的なものだった。

 白昼堂々同じ顔をした人間に殺害されかかった、とのことだ。

 念の為に、とイフィールが聞き込みをするが

 周囲にいた人間達の証言は、それは間違えようがない事実であると証明していた。


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