第24章 普通の少女
宿屋 食堂 『姫乃』
「これで終わりだ」
「あの、ありがとうございました」
「良いって事よ。夜更かしは体に悪い。早く寝るんだな」
姫乃は、調査隊のメンバーであるファームという男性に礼を言い、使わせてもらっていた宿屋の食堂を後にした。
向かうのは、姫乃達にわりあてられた宿の一室へと向かう。
イフィールに、調査隊の人達が利用している所と同じ宿をとってもらったのだ。
自分達の部屋に戻ると、扉の前に人影。
ドアに背を預けて、足元を見ている。
彼女はこちらが戻るのを待っていた様だ。
姫乃の姿に気がついたらしい未利に、声をかけられた。
「お疲れ、薬は?」
「うん、ファームさんに教えてもらって何とか。ラルラ君には明日届けるけど」
「エアロの奴に借りたくもない借りが出来たか……」
エアロと聞いて顔をしかめる未利の言葉の内容は、ラルラの薬の内容だ。
ヤコウモリのツノと満月花。
町に来るまでは、その二つが手に入らなくてずっと困ってたけど。
「びっくりしたよね」
「まさか満月花が
そうなのだ、ツノの方は伝言用に飼育しているらしいエアロのヤコウモリから採取できたのだが、まさかもう一つがそんな所にあるとは思わなかった。
「クリウロネ出身の人が栽培してたなんて。本当に良かった」
「ちょっと土地柄じゃないのか知らないけど、ひょろく見えたやつね」
そういうわけで、もらってきた材料をファームの指導の元で調合してたわけなのだ。もう薬は手に入ったし、わざわざ作らなくても良かったのだが。この先の予定を考えると、もうすぐ彼らとも別れなければけないのでそうしたかったのだ。
しかし、相変わらず未利はドアの前から退こうとはしない。
会話が終わって終了という事にもならず、そこら辺に満ちる無言の空気を数秒味わってから、姫乃は問いかけを発した。
「……未利?」
「えーと、何だ。姫乃はすごい、ってこと」
「え?」
いきなり褒めらたので、姫乃は当然面食らった。
未利は視線をあちこちに泳がせながら、気まずそうに言葉を続ける。
「ほとんど他人みたいな奴のために、こんな風に頑張れてさ。あたしにはできない。すごいって思う」
「そんな事ないよ。未利だってロングミストの町の中に入れないってなった時、バールさん達のために怒ってたよね」
「それは……、単にアタシが気にいらなかっただけっていうか……」
姫乃は言葉を発するが、未利はそれを否定したいようだった。
「あのさ、初めて会った時のこと覚えてる? ルミナリアとか姫乃が襲われそうになってた時の事」
突然あらぬところに話が飛んで戸惑いつつも、言葉に返す。
「あ、うん。あの時は本当に助かったよ」
エルバーンが町の中に侵入して来て、大変な事になった時のことだ。
その時に、ルミナリアの兄弟二人が外に出ていて、連れ戻そうと探し回っていた。そうしてあの危険な場に姫乃も居合わせたのだ。
「本当はもっと早く助けられたんだよね。他の連中もさ」
未利は背後のドアに持たれて背中を預ける。
「でもそうしなかった。利益がなかったから。どいつを、どんなタイミングで助ければ自分の利益につながるか。自分の力を売り込めるか、そんなこと考えてた……」
「……」
「だから、姫乃は凄い。尊敬する。それだけの話。……あーあ、余計な事まで喋っちゃったし、格好悪……」
そのまま、言うだけ言って部屋の中に戻ろうとする未利を慌てて引き止める。
「私は、そんなに凄くないよ」
扉を開けようとする未利の手を掴んで。
「私だって、あの時すっごく怖いって思ってた。ルミナリアの兄弟じゃなかったら外になんて出てなかったと思うし、ルミナリアがいなかったらあんな場所にいられなかったと思う。勇気もすごく必要だったよ。だから……」
未利が思ってるようなそんな凄い人間じゃないってどうしても伝えたかった。
たまにお人好しだって言われたりもするけど、そんな風に簡単に人助けなんて私はできない。
でもだからこそ、もっと強くなって、できることを増やしたいって事につながるんだけど……。
「うん、そっか。そりゃ、そうだよね。ごめん。姫ちゃんはただの真面目で良い子、それだけってことか」
「それだとそれしか取り柄がないようにも聞こえるけど……」
「はは、物は言いようって事」
未利はふっきれたような表情でひとしきり笑うと、今度こそ部屋のドアを開けた。
「ちょっと、良い子なだけの普通の女の子、か。アイツの言った通りだよ」
そんな事を言いながら。
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