第15章 立ち向かう意思
三日目の朝がきた。
ラルラから聞いたあの話は、まだバール達には伝えていない。
話すなら、この結界から出る方法を見つけてからにしようという事になったからだ。
話してしまったせいで、行動する気力を無くしてしまったら、出来る事も出来なくなってしまう。
それと共に、不安に押しつぶされそうになっている今の彼らにこれ以上辛い話を聞かせたくない、という事情もあった。
というわけで姫乃達は今、結界の前にいた。
とにかくここから出る方法を見つけないと、どうにもならない。
何か方法はないのかな。
絶対に踏み出せない目の前の空間。
前方数メートル先をにらみ付けている未利が、口をとがらせる。
「そもそも何でこんな場所が、こんな意味ありげに隠されてきたわけ?」
不満げな彼女の声に耳を傾けながら、結界がある場所をじっと眺めるのは啓区だ。
「その理由が分かれば、結界を解くカギになるかもってわけだよねー。あとは、何で一時的にでも結界が解けたのか、とかー」
誰が何の目的でこんな結界で町を閉ざしているのか分からない。
自分達が分からないのだから、後は外部の人間から情報収取するしかないだろう。
しかし、それに該当する人間は付近にいない。
「あの人、ロクナさんに聞いてみるべきだったかな……」
そこまで聞けたら良かったが、あの時は余裕がなかった。
彼もここに入ってきたというなら、脱出に関わる何かしらのヒントが見つかるかもしれなかったのに。
「本当にどうやってこんな所に入ってきたんだろう」
「転移魔法でしゅぱってしたのかなー」
転移魔法かぁ。そういえばツバキ君、あれから一度も顔を見てないけどどうしたんだろう。
同じ顔を思い浮かべた未利が結界の壁を蹴りつけながら悪態をつく。
「あの寝返り野郎がいれば、試せたのにさあ。何やってんだか」
がその隣のなあから、「壁さんに乱暴しちゃダメなの」と怒られている。
姫乃はとりあえず、ツバキがいても駄目だった事を指摘する。
「でも、転移魔法で移動できるのは
「そいや、そうだったか。無理にやらせて、変な方向によじれても困るし」
「視聴年齢制限付きのホラーになっちゃうねー」
未利の発言に変な方向によじれる光景を想像してしまい、ちょっと血の気が引いた。無理にやらせちゃ駄目だよね。本人ができないって言ってるんだし。
そんな感じに考えこんでいると、沈痛な面持ちをした人達がやって来た。その後ろについて来ながら、レトが申し訳なさそうにしている。
またいつロクナが襲ってくるか分からないから、なるべく集会所から出ないようにと決めたはずなのに。出る時はレトや戦闘力のある人間と一緒に行動すると言っていたのだが、何かあったのだろうか。
やってきた人達はみな俯いていたり、視線をあわせようとしなかったり、どこかよそよそしい態度だった。
その中で、先頭にいた老人が口を開いた。
「儂らはここから出ないほうが良いのではなかろうか」
「えっ、どうしてそんな事……」
なぜ急に言い出したのか、その意味がわからない。
姫乃は、狼狽しながらも当然聞き返した。
「儂らは、必要とされてない人間なのだろう。考えてみれば道理だ。最後の組に残された者の中にはラルラの様なやっかいを背負った者も少なくない。儂らは切り捨てられたのだ、そうなのだろう?」
その言葉を聞いた姫乃はまさか、と思う。
「聞いてたんですか?」
聞かれていたのだ、あの話を。
一応最初の頃は周囲に気を配っていいたが、話が進むにつれてその内容から受ける衝撃で警戒がおろそかになっていた。
だから目の前の彼等からは、こんなにも気力を感じられないのだ。
その目には、暗く淀んだ感情が宿っている。
例えるならばそれは、自分達の末路を悟ったような静かな絶望の色。
姫乃の前の間にいる老人は、重いため息を吐いて、疲れた様な口調でそう言いきった。
「もう良いのだ。ここで儂らは朽ちる。誰かの害になるくらいなら。
「そんな、事」
ない、なんて当事者でもない姫乃の口からは言えなかった。
思ったのだ。
自分はこの人たちの苦労の何を知っているだろう。せいぜいで数日の関係 で、彼らの本当の苦労を知らないのに。
「どうせ儂らはどこへ行ってもやっかい者なのだ。それにこの先、
「……それ、でも」
どうにか説得しようとする姫乃だが、
「だから余計な事はせんでおくれ」
「っ」
何も言えなかった。
その一言で、考えていたあらゆる言葉が消えてしまったからだ。
姫乃のしている事は余計な事なのだろうか。
彼等とクリウロネで知り合って、少しだけ時間を共にして、大変な状況に立たされている彼らの助けになりたいと思ったのに。
そんな様子を見ていた誰かが、申し訳なさそうな様子でこちらに視線を向けてきた。
「爺さん、それはちょと言いすぎじゃないか。この子達は巻き込まれたんだし」
「それはそうだったの。言いすぎた。すまぬな」
町の住人でもない善意で協力してくれている子供に言う言葉ではなかった、と老人は反省するが。
彼らの言葉は姫乃の耳に入ってこない。
自分のしている事は、彼らに望まれていなかった。
彼らはここに留まる事を望んでいた。
それを、たった数日しか関わっていない自分が、自分の望みで無視していいのだろうか。
確実に苦痛が待ち受けているであろう真実の下に引きずりだすなんて、自分には……。
「姫乃」「姫ちゃま」「……」
考え込む姫乃の耳に、皆の案じる声が空虚な色を持って通りぬけていく。
けれど、
「……?」
あきらかにこの場に不釣り合いな声……ざわめきに姫乃は意識を戻した。
石の町に異変が起きていた。
一体何がきっかっけだったのだろう。
目の前には、在りし日の石になる前、本当の村の姿があった。
異変が起きたきっかけに心当たりはない。
どうしてそうなったのかも。
「私は平等な世界を目指したい」
「いきなりどうしたの? ティシア」
姫乃達の目の前には一組の男女がいた。
「今日村に来た人達の事だ。彼らは故郷を追われて行き場をなくしていたそうだ」
「それは大変だね」
「ああ、住むところから身一つで追い出された。さぞ大変だっただろう。つらい旅だったに違いない。ここまでたどり着けない人達もいたはずだ」
おそらくその方向から話にでてきた
男性が同じ表情になってその視線を追いかける。
「何か僕達にできる事はないかな」
「心配無用だ。彼らの受け入れは村長達が決めてくれた。少々無警戒が過ぎると思うが、私は彼らの意思を尊重しようと思う。常々思っていたがこの村の者たちは優しいな」
「それが取り柄みたいなものだからね」
「そこで、話題は戻るのだが。彼らをたらい回しにしていた人達はなんて心が狭いんだと、憤った」
「うん」
女性は男性に向かって憤ってみせるが、その表情は心から憤っているものではなく見えた。むしろ、理解が及ばず苦悩している様にも見えた。
「だが、それは独りよがりな私が出した結論かもしれない。その人達にもどうしようもない事情があるのかもしれない。決めつけはよくないしな」
「そうだね。だからティシアはどう思ったの?」
ころころと表情を変える女性に、話を聞く男性は穏やかな表情を変えずに続きを促す。
「ああ、だから世界を見てから、決めようと思う。人を憎むのも、愛するのも。そして、世界に等しく平等をもたらしたいという……私に芽生えた理念の、その行方も決める為に」
「その時は僕もついてくよ。黙って出ていったりしないでね」
「ああ、分かっている。約束だ」
そこで鮮やかだった町の姿は、灰色一色の石の町へと戻ってしまう。
今、一体何が起きたんだろう。
ここであった事を見た。のかな。
石になる前に、この町で起きた出来事を……。
姫乃達が呆然としていると、声が上がった。
「ディテシア様……」「ディテシア様だ」「何という事だ」
姫乃が皆に確認すれば未利達も頷きを返した。
姫乃は姿も見てないし、声もしっかり聴いていないのでわからないが。皆はあの女性をディテシア様だと認識したのだろう。
つまり姫乃達は今、あのティシアという人が、ディテシア聖教をつくったルーツを見たという事になるのか。
理由も原因も分からないけれど。
カラン、と何かが落ちる音がした。
茨をかたどった剣だ。啓区が持っていたはずなのにいつの間に。
ざわめきを消して、姫乃達や老人達も息をのんだ。
その剣の近くに彼が立っていたのだ。
霧の旅人、亡霊が。
彼は目を見張っていた。
感情をその顔にはっきりと刻み込んでいた。
それは驚きだった。
そして安堵の表情になり、安らぎの色を見せた。
「やっと帰れた」
人間らしい、一人の男性の、心から安らぐ者の発する声だった。
彷徨い歩いた末に、やっと家の明かりを見つけた時のような、そんな声だ。
彼はそんな言葉を残して、その場から姿を消していく。
代わりに、その足元にあった剣が、宙に浮き上がり、結界へと向かう。
そして、
パアンッ。
破裂音をたてて、茨の件が結界を引き裂いた。
魔力がはじけて霧散していくのが分かった。
「結界が……」
解けたのだ。
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