第16章 存在しない者達



 ロングミスト 門の前


 その後。

 クリウロネの人達は石の町を離れた。


 もともと結界が解けないという現状があったから、妥協の選択肢として留まる意見が上がっていたらしい。外へ出られる状況になれば、やはりこんなよく分からない場所に留まっていたくないという気持ちが強くなったのだろう。

 予想よりも抵抗の意見は少なく、クリウロネの人達は石の町を離れる事になった。


 解けた結界の外、霧の晴れた街道とキリサメ灯にそって歩く事、数時間。

 姫乃たちは当初の目的地、ロングミストにたどり着いた。


 だが、そこですぐに町の中に入れるかというと、そうではなかった。

 現在、姫乃達は町の外にて足止めをくらっている。

 後々問題には行きあたるとは思っていたが。まさか、こんな所でぶつかるとはまったく思っていなかった。

 クリウロネの町の門の前で、姫乃達はどうしたらいいか分からず困惑するしかない。


「せっかくバールさん達が前向きになってくれたのに……」

「通せんぼされてるの」

「タイミング悪すぎでしょ」

「そもそも、どうして通してくれないんだろうねー」


 話しながらも、門の方を見る。

 そこにはこちらの方を全く見ようとしない、見張りの兵士達がいた。


「せめて話をしてくれたらいいのに」


 彼らは、一様にあさっての方向を見て、こちらを見向きもしようとしないのだ。まるで姫乃達と話しをするのを恐れているかのように、妙な緊張感さえ纏わせている。

 言葉を交わす事ができれば、まだ色々と事情が聞けたというのに。

 バール達が何を言おうとも耳を貸さない兵士達は、やがて門の向こう側に引っ込んでしまった。

 それで現在の状況が、


「どうしようね」


 こんな感じなのだ。

 途方に暮れるしかない。

 まさかとは思うが、このまま夜になっても町に入れてくれない、なんて事はないだろうか。

 そう思い始めた時、門の上の方から声が聞こえてきた。


「ということでしてね。一応確認を、と思いまして。ほら、人違いなんて事になったら大変でしょ? ですから、こうしてご確認のため、足を運んでもらいたく思いまして……。ひぃぃ、すいません。あっし、こういうのはちょっとどうかと……。いやまあ、そうですが」


 男の声だった、誰かと話しているらしい。

 視線を上に移動させてみる。

 門は壁としてだけではなく、建物としてもあったようで。屋上らしき所から、二人の男が、下……姫乃達の方を見下ろしていた。

 一人は人の良さそうな表情をした男性で、もう一人は髭を生やした厳めしそうな顔付きの男性だ。その、後者の男性がバール達の方を見て顔をしかめ、姫乃達の方を見て、訝しそうな顔をした。


「確認した」


 そして、そう一言だけ喋って顔を引っ込めてしまう。


「ははぁ、そうですか。いや、分かってたんですけどねぇ、子供だけでも入れて……。あ、すいませんすいません、余計な事は喋りません」


 もう一人の方の男性も、後を追うようにそう言って視界から消えてしまう。


「リラック町長……」


 バールが、その男性のどちらかの名前を口にする。

 言葉には隠しきれない苦々しさが含まれていた。

 あの門の上にいた人のどちらかが、クリウロネの町の町長なのだろう。





 それから数分もしないうちだった。

 門の内側(というよりたぶん門の中だろう)にいた兵士達が出てきた。

 そして、門を示すなり、こう言ったのだ。


「町に入ってもいいが、君達だけだ」


 姫乃達だけを見て、だ。

 その言葉はクリウロネの住民とそれ以外を分ける言葉でもあった。

 姫乃は愕然とするバールたちを気にしながら問いかける。


「どうして。バールさんたちは駄目なんですか?」

「そんな人間は存在しない」


 しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。


「え?」

「クリウロネの町の避難民はもう全て町にたどりついた。新たに来る事はありえない。もし来たとしても、そんな者達は存在しない」


 本当に何を言っているのか分からなかった。

 姫乃が何も言えずにいると、代わりにバールたちが声を上げた。


「何だよそれ、ふざけんな。じゃあ、俺達は誰だって言うんだよ」

「我々は素性の分からぬ者と話す事はない」


 兵士は最初から一貫した態度だった。バールたちへ視線を向けていない。

 視界には入っているが、あえて無視している、という事だ。


 そこでれとがうんざりした様子で嘆けば、未利が過激な言葉を続ける。


『おいおい冗談だろ。ここまで来たってのに』

「こうなったらどういうワケで言ってんのか、殴って吐かせりゃいいんじゃないの?」


 その言葉に触発されたのか、先の兵士の言葉がきっかけとなったのかわからない。

 存在しない者として扱われている避難民たちが爆発した。


「ふざけんなっ、俺達を中に入れろよ!」「私たちは町の住人でしょう」「こんな仕打ちあんまりだ!」


 彼等は怒声を上げて中に入ろうとするが、見張りの兵士たちに阻まれてしまう。なおも侵入を試みようとする者達もいたが、これみよがしに武器を手に威圧され、泣く泣く諦める事になった。


「くそ、こんなのってねぇよ」


 その中で平然としているのはラルラだけだ。


「こうなるとは思ってたけどなー」

「みんなカリカリさんなの。でも、カリカリするのは良くないってなあ思うの」


 町の住人達の様子を見て、不安そうにしているなあちゃんが近づこうとするが、ラルラが服の裾を引っ張って止めている。

 憤るバールたちの言葉とは反対に、予想していたらしいラルラの反応は淡泊なものだった。


「そうだぞー、これからどうするか考えたほうが賢明だぞー」

「ぴゃ? ラルラちゃまはカリカリしないの?」

「まー、予想ついてたからなー」


 一方、悄然とする避難民たちの中で尻尾を力なく地面に垂らして肩を落とすレトは、そのままの姿勢で呆れ声を発していた。


『ここまでやるとはなあ。つかこんな大変な時に、仲間割れなんて』


 彼のそんな言葉に同意するのは、先ほども感情を共にしていた未利だ。


「ホント同感、脳みそがどうかしてるよ」

『まさか、町長と話す以前の問題だったとは……』

「こんなふざけた事する奴となんか、話さなくていいでしょ」


 町でお世話になったレトはともかく、彼女までもバールたちにまざっている。


「皆くたくたになってるの。ぐっすりすぴぴって、ちゃんとお布団被って休まなきゃいけないってなあ思うの」


 ラルラに引き留められているなあは、心配そうな表情だ。

 そんな彼女の面倒を引き取りにか、啓区が二人に近づいていく。


「物理的に休めない状況だからねー、あー、これって石の町より状況悪くないかなー。あっちは建物の中にはいられたんだしー」


 こんな時でも笑顔で彼は、うめ吉を頭に乗せて充電していた。


 どうしてこんな事になっちゃうんだろう。


 あの石の街に留まっていたほうが正解だなどと、思いたくない。


 姫乃はバールたちを追い越して、前に出て、兵士達に向かいあう。


「どうしてこんな事するんですか? バールさん達は、悪い人じゃないのに」

「そう言われても、命令だから仕方ないんだ。クリウロネの町の人間が来たら、そいつらは町の住民じゃないから通すなって……」


 バール達とは会話しなかった兵士も、姫乃の言葉には応じてくれるようだ。ただし、その表情は硬いままだが。


「誰が、そんな事を……」

「クリウロネのリラック町長だ」

「っ!」


 その言葉に姫乃は息を呑む。

 あれだけの事をしておいてなお、まだ手を打っていたらしい。

 だが、そうかもしれないとは思ってはいても、実際に現実をつき付けられると、やはりショックだった。

 姫乃でさえ軽くない衝撃を受けたのだから、バール達の心中はどれほどの物なのか。

 背後にいる彼らはどれほど傷ついているのか。






 町へ入場を阻む妨害者の正体が分かったところで、


「そこまでして、自分が助かりたいわけ」


 バール達の集団に混ざっていた未利が剣呑な雰囲気を纏わせて近づいてくる。

 隠しもせずに姫乃の前に立つ兵士を睨みつけた。


「そんな奴の命令を唯々諾々と聞いてるなんて、この町の兵士はどうなってんの? ああ、そうか。グルってワケ? ロングミストの町長とやらも、同じ外道ってわけね。どんな取引したワケさ」


 ロングミストの町の兵士がクリウロネの町長の言葉を聞いている理由。

 未利が言うことが本当なら、この町の人もバール達を邪魔者だと思っている事になる。

 皆、辛い思いをして、それでもここまで来たのに。


 睨みつける未利の前に、なあちゃんと啓区が入ってなだめにかかる。


「未利ちゃま、そんなにカリカリしちゃ、めっなの。血管さんがぷちっていっちゃうって知ってるの」

「まあこの町の町長さんがグルだったととしてもー、何か理由があるのかもしれないよー。弱みを握られているとかなんとかー? とりあえずそれは調べてみないとどうにもならないでしょー」


 そうだよね。まだ、そうと決まったわじゃない。

 思いこみで動くのは良くないし、危険だ。

 進んで人を疑いたくなんてない。


「だからー、僕達だけでも入れてもらおうよー。このまま兵士さん達と言い合いしてたら、それすらどうなるか分かんないよー」

「ふん。正論だけどムカつく」


 啓区がそうまとめると、未利が矛をおさめて一歩下がる。発散し損ねた憤りは、隣の頬に手を伸ばして消化するようだった。


「そう……だよね。じゃあ入れてくれますか?」

「あ、ああ」


 そう伝えると、閉まっていた門を開けに兵士が離れていく。


「お譲ちゃん」


 声に振り返ると、不安そうな顔をしたバール達が立っていた。

 よく考えるてみると、足が重くなりそうな事に気付いた。

 この状況で町に入るって事は、私の肩に皆の今後がかかってる?

 そう考えてると、バールが勢いよく頭を下げた。


「頼む!」

「バールさん?」

「こんな事頼むのは心苦しいけどな。でも頼む。俺達の町長にとは言わないけど、この町の町長にあってどうにか説得してくれないか」


 頭を下げたまま、バールは頼みごとについて口にする。


「そんな事……。頭を上げてください、元々そのつもりでしたし」


 どんな顔と態度をすればいいのか。そんな事されたら姫乃は狼狽するしかなくなってしまう。


「でもな、本来は俺達の問題なんだ。だから、君達の様な偶然出会った子供に頼るなんて情けなくてしょうがない。これくらいしかできないけど、下げられる頭は下げとかないと」


 そこまで言うと、周囲にいた人達も姫乃に向かって頭を下げ始めた。


「えっ、あの……そんな」

「ごめんな。お嬢ちゃん等だって、こんなとこ通り過ぎてさっさと帰りたいだろうにな」

「そんな事したら、友達に怒られちゃいますよ」


 主にルミナリアとかに。

 それとも、仕方がなかったって言ってくれるかな?

 いや、ここでバール達の苦境に背を向けたら、大好きな人達に顔向けできなくなってしまうだろう。見て見ぬふりなんてできない。


「私は……、私に出来る事をしたい。それだけです。だから待っててください。必ず説得して、皆さんを町に入れてもらえるようにしますから」


 できないかもしれない、なんて思ってられない。やらなくちゃいけない。

 だって、バールさんたちがこんな所にいなきゃいけない理由なんて、ないのだから。


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