第9章 石の町



 原因は分からないけれど、ぐったりとしている魔獣が目の前で小さくなった。

 それを見たなあちゃんが、行動に出た。

 先程まで敵対していたその魔獣に手を伸ばして、自分の腕に抱え込んだのだ。


 それは、ツバキから守る為でもあった。


「殺す」


 何かしらの行動にでようとしていた彼が、なあの前に立ってそう言う。

 しかし、なあは引かない。


「めっなの。もう悪い事しないと思うの、だからいじめちゃだめなの」


 彼女はそう言い張って、ツバキに留めを刺させないようにしていた。


 それを見た未利が困ったように話しかけるが、それでもなあは譲らない姿勢だ。


「なあちゃん。でもさ、そいつウチ等を殺そうとしたんだよ」

「めっなの」


 啓区もどうすれば良いのか分からないようだ。


「うーん、こんななあちゃん初めてだよー」


 どうしよう。

 思えば、こんな風に彼女が我がまま言う事なんてなかったような気がする。

 だから、何をどういうべきなのか分からない。


 考えてると、視線の先で魔獣を抱えてる彼女が、訴えかけてくる。


「あのね、なんかね。ずっと姫ちゃま達が戦ってた時は怖いよーって、ぶるぶるってなってたけど、今はそうじゃないの」


 と、腕の中でぐったりとしている黒い魔獣を優しくなでながらそう説明してくる。


「ええと、なあちゃんはその子の考えてる事が分かるの?」

「うんと、よくは分かんないの。でも、今はこわこわーってなってないから、姫ちゃま達をえいってしないと思うの」


「どうする?」と未利はこちらを見つめてくる。

 黒い子犬サイズになった魔獣を見ても姫乃にはまったく気持ちがわからないが。


「たぶんだけど、大丈夫……だと思う。だからツバキさん」


 正しいかどうかは分からないけれど、なあの言葉に反対してまで、無理やり殺すことはないんじゃないかと思う。


 姫乃がそう言うと、ツバキは頷いて見せた。


「……分かった」


 そして彼は、なあの前から離れるのだが……。


『グゥッ!』

「ふぇ、待ってなの」


 ぐったりして気絶していたというのは演技だったのか、魔獣は唸り声を上げてなあちゃんの腕の中から出ていって、走って逃げてしまう。


 姫乃達はそれを捕まえることもできず、かといって殺してしまう判断もできずそれを見送ってしまった。

 これで良かったのだろうか。

 どうすれば良かったのだろう。 


 もやもやとした気持ちで見送っていると、しばらく忘れていた事を思い出した。

 啓区が口に出すのは白い魔獣の安否についてだ。


「そういえばレト遅いねー、どうしたのかなー」


 そう言えば、さきほど男性に言われて霧の奥へ行ってしまったレトが戻ってこない。

 あちらでも何かあったんじゃないかと、心配になる。


「見に行った方がいいかな」


 しかし未利が、先程戦闘した場所を視線で示して、待ったをかける。


「でもここを離れて他の連中がまた変なのに襲われたら大変じゃね?」


 彼女の言う通りかもしれない。そうだ。護衛の力になるって言ったのに、皆から離れたら本末転倒だ。


 だから、と未利が顎でツバキを指した。


「ならこいつに行かせばいいじゃん」


 それは気が付かなかった。

 選択肢として考えるなら、ツバキさんをここに残して姫乃達が探しに行くか、姫乃達がここに残って探しに行ってもらうかになるんだろうけど。


「こいつを残すか、ウチ等が行くかだったら。こいつを行かせた方がいいでしょ。信用的な意味で」


 そうなるよね。


 姫乃はツバキの方を見つめて、頼み込む。

 皆の安全を考えると、これが一番良い選択のはず。


「ツバキさん、お願いしてもいいかな」

「……分かった」


 ツバキは、躊躇いを見せつつも頷いてくれた。

 少し前まで敵対していたのにこんなのでいいのかな、とも思うけど、これ以外に良い方法なんて思いつかない。


 なんだか、頼りっぱなしにしてるみたいで少しだけ罪悪感が湧いてきた。





 それから数分後、ツバキはボロボロになったレトを連れて戻ってきた。

 戻ってきたレトは、皆を集めるなり口を開く。


『何かある。人、いた』

「だ、大丈夫?」

「ぴゃっ、レトちゃまが大変になってるの!」

「ボロボロだねー」

「何で片言? ていうか、何があったワケ?」

『まあ、何つーか。襲われた、怪我人のはずの若い男に。そんで、こいつに助けてもらって逃げたんだ』


 戻っていたレトの報告に未利が突っ込むと、苦りきったような表情と共にそんな言葉が返ってきた。色々あったらしい。


 取りあえずの無事にほっとしつつも、詳しい事を聞いていく。


『聞いてないぞ、あんなもんがこの近くにあるなんて、どういう事だよ』


 レトは、謎の襲撃者よりもそっちの事に動揺しているようだ。

 あんなもの?

 何を見たのだろうか。


 白い魔獣は、犬っぽい見た目に反しては割と分かりやすく、口を開けて驚きの表情になってみせる。


『何つーか、うまく説明できるか微妙だけど、石になった町があった』


 姫乃は思わず聞き返してしまう。


「石?」


 それは、石造りの家が並んだ街並みとか、石畳の敷かれた町とかそういう意味ではなく?


『ああ石だ、全部。でも、そもそもまず、町なんてあるはずがねぇんだよ』


 レトはその町があったらしい方向に気味の悪そうな視線を向けながら続ける。


『この付近にあるのは、クリウロネとロングミストの町だけ。地図にはその二つだけなんだ』


 存在しないはずの町。それをレトは見たと言う。


『近づかねぇほうがいい』


 それを聞いて集まって来た町の人々がざわめきだす。どうするんだ。とか、さっさとここから離れようとか。

 その中で、意見をまとめるようにバールが声を上げた。


「だけど、また元の場所に行って夜を明かすのか? 霧が晴れるまで」


 彼の言葉に皆は一斉に静まり返る。

 あれから結構時間が経ったが霧は晴れない。

 あからさまに何かがありそうな場所に近づきたくはないが、いつ害獣や憑魔に襲われるか分からない場所にいるのも嫌だ。そう思っているのだろう。ついさっき三つ首の魔獣に襲われた恐怖を思いだし、皆は悩んでいるのだ。


『…………』


 皆自分から口を開きたくないようで、互いの様子をうかがっている。

 レトは頭を下げて視線を落とし、黙って考え込んでいるようだ。

 町の人達の安全がかかっているのだ。不用意に決められない。


「私は、建物があるだけ違うと思うんだけど。危ない生き物とかいないんだったら行った方がいいんじゃないかな。霧は晴れそうかな?」


 このまま誰も口を開かなければ、時間がすぎるばかりだ。姫乃は、判断材料となりそうな質問を投げかけてみた。


『そりゃ、俺達でも分かんねぇ。いつもならとっくに晴れてるはずなんだけどな。……建物か、ちょっと行って見てくるぐらいなら大丈夫か……?』


 レトは最後の方は小声えになって何かを呟き続ける。メリットとデメリットが計算されているのだろう。

 町の人達の中でも何人かが集まって相談している。

 やがて、意見はまとまってバールが代表するように口を開いた。


「とりあえず、どんな風か見てみよう」

『仕方ねぇ、移動すっか』


 それを受けてレトが先頭につき、再び皆は歩きだした。







 石の町


 その場所は、数分ほど歩けばすぐの位置だった。


 レトの言った通りだった。

 彼の後をついていって、その場所までやってくる。

 霧の向こうにあったのは石の町だ。


「これって、彫刻品……とかじゃないよね」

「何これ、リアルすぎ。怖っ」

「何かホラーだよねー」

「ぴゃ、みんな石になってるの。何でだろうって思うの。なあ不思議なの」


 姫乃達は目の前の光景に絶句。

 町一つがまるごと石になっていたのだ。

 それは石をそれらしく加工したとかじゃなく、元からあった町が何らかの理由でこうなってしまった……そんな感じに見える。

 建物に、町を歩く人々。そして辺りに生えている草木から、その周囲にいる虫まで……全てが全て石になっていた。

 クリウロネの人達はその光景を前にに信じられないといった表情を浮かべて立ち尽くしている。

 その中でバールが呟いた。


「聞いた事がある。大昔にこの辺りにあった村が、一夜にして忽然となくなってしまったっていう話を」

「まさか、この村が」「でもそんな」「嘘だろ、なんでこんな時に」


 それを聞いた人達は信じられないといった面持ちで互いに見つめあう。

 そうやってしばらく混乱していたけれど、村の入口でずっとそうしてるわけにもいかない。

 混乱が収まったのを見計らいレトやバールたちが声をかけ、十分に警戒をしながら町の中へと進んで行く。

 町の入口の近くにある、目の付いた大きめの建物に近づいていった。

 その扉の前で、人々は考え込む。

 触りたくないけど、触ってみないことには何も分からない。という事でレトを残して皆が一歩下がった。


『おいこら』

 

 栄えある挑戦者は決まったようだ。

 なかなか息の合った町民コンビネーションだ。


『横暴だろ』


 眉間に皺を寄せつつも、肉球でぺたぺたドアに触れる。

 始めはおっかなびっくりだったものの、何も変化が起きないとなると次第に行動が大胆になる。試しに扉に手をかけて押してみたら開いたので、取りあえずその先にお邪魔させてもらう。

 中には人はいなかった。がらんどうの部屋だけ。

 ざっと目に見える範囲に危険は無いようだったので、そこで休憩を取ることにした。





 多分、町の集会場みたいな所だったのだろう。

 十数人の人間が横になれるような広さの部屋だった。室内に入ると、誰からともなく詰めていた息を吐きだす。

 やはり開けた所にいるよりは周囲を用心しなくていい分気が楽なのか、クリウロネの人達の雰囲気が少しだけ和らいでいた。多少は気味悪そうにしているが。

 すでにしゃがみ込んだりして伏せたり(レトだ)して休息をとっている人達をその場において、姫乃達は一旦外に出た。

 まだこの町がどういうところか分かってない。あの小さな旅のおかげで多少は鍛えられたのだろう自分達は、まだそれほど体力を消耗してない。なので動ける者として、この町を近くから回ってみることにしたのだ。


「死にゆく町の次は何か色々死んでそうな町か……。その次はすでに死に絶えた町だったりして」


 未利がすごい怖い事言ってる。

 石にはなっているけど、まだ死んでるとか決まったわけじゃないと思うよ。


「この人達、元に戻せたりとかしないのかな」

「どうだろねー。でもー、お化けとか出てきちゃいそうな空気ってのもあるけどー、こう一時停止した空間にいると何か変な感じだよねー」


 なまじ周囲がリアルな光景な分、余計にそう思うのだろう。

 姫乃は周囲に目線を向ける。

 手提げ籠を持った買い物帰りらしい女性。歩きだす最中の片足を中途半端に上げたままの若者。楽しげに追いかけっこをしている男の子の兄弟。

 皆、今にも動き出しそうな姿なのに、いつまでたってもそのままだ。


「なあ思うの。町さん、すっごくどよどよーって感じがするの。「早く窓開けなきゃ」って気持ちになるの」


 なあちゃんの発言にまさにそんな感じだな、と同意する。

 何と言うか、ここにいると周囲にある空気ですら停滞しているような息苦しさを感じるのだ。


「閉鎖されてる空間かー。ここ。なあちゃんの言う通り空気の流れがどよどよっぽいしー、町の入口から植物とかが「生息範囲拡大するぞーっ」って感じに侵入してないしー。ひょっとして結界みたいなのが張ってあったのかなー」


 それで今まで誰もこの町を見つけられなかった、という事だろうか。

 魔大陸にあった結界は単に通れなかっただけだけど、そういう事もできるのかな?


「なんでその結界とやらが破れてんの? ウチ等が来れたってことは誰かが破ったってことでしょ」


 そいつが何とかしたとか? と、未利は啓区のポケットを眺める。

 正確にはその中にいるであろうカメロボットを、だ。

 魔大陸でした事をまたやったのかもしれないとも思うが、初めに町に気付いたのはレトだし。


「多分違うと思うよー。初めにレトが発見した時ちゃんとポケットにいたしー。というかそもそもそんな事できるようには作ってないんだけどねー」


 啓区はポケットをこつこつと叩く。うめ吉は顔を出したけど、すぐに眠たげな表情のまま中へ引っ込んでしまった。

 そういえばずっと霧の中だったから充電できてないのかな。


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