第10章 町の探索
石の町 中心部
不思議に思いつつも、町の中を探索していく。
町自体はそんなに大きくないようで、すぐに端までたどり着いてしまう。
当面の根城にすべく姫乃や避難民達が集まった建物が、おそらくこの町で一番大きな建物だったのだろう。
町にあるのは、簡素な材料(石になってるので分かりにくいが、木目などから素材を判別)で作られた平屋の建物がほとんどだ。
ざっと見まわった後、とりあえず内部の様子もうかがう事にした。
「ええと、ごめんください」
姫乃は、住居侵入を謝りつつも、建物内へ。
人はいなかったが代わりに妙な物を見つけた。
「これ何だろう」
床に落ちていたのは花模様の掘り込みがしてある指輪だ。
「指輪……?」
掘られている模様は、大きなサイズの花だった。花というよりは華といたほうがふさわしいような見た目をしている。花弁の枚数が多くて、全体的にふわっとした感じの花、それが指輪に彫り込まれていた。
そしてその装飾品は驚くべきことに、石化していなかった。金属物質特有のつるつるとした光沢のある表面をさらしている。
お宝発見とばかりに、物質を見つけるやいなや躊躇なく拾い上げるなあちゃん。未利が慌てて注意する。
「綺麗な指輪さんなのっ」
「ちょっ、なあちゃん、地面に落ちているものを勝手に拾わない」
「はっ、地面に落ちてるの。ということは誰か落とした人がいるってことなの。なあ、届けてあげなくちゃって思うの。きっと困って……ぴゃっ」
しかしそんななあは、持ち主の存在に思い至ったようだ。
辺りをきょろきょろ、指輪の持ち主らしき人影を探し始めた。その瞬間に手に持っていた指輪が転がり落ちてしまう。
指輪は石床に落ちて硬質な音を立てる……、と思いきやなんと完全に落下する前に どこへともなく消えてしまった。待ち構えていたかの様に発生した空間の揺らぎにのみこまれて。
「ぴゃっ、びっくりしてかまくらさんに入れちゃったの! 早く出さなきゃいけないの」
どうやら魔法で収納されてしまったらしい。
そんなくしゃみをしたらぎっくり腰になっちゃったみたいに魔法を発動させないでほしい。特にその収納は。
なあちゃんが再び魔法を使って、空間の揺らぎを作りだすが……。
「出てこないの」
指輪が出てくる気配がなかった。
未利が空間の揺らぎづくりに専念しているなあちゃんを見つめながら呟けば、啓区は別の事が気になるようで何かを言っている。
「これ、大丈夫なワケ? 何かアイテム欄に入れたら出せなくなる呪いの品とかじゃないの?」
「それだけだったらいいんだけどねー。シナリオに関係あるって事かな。どうしようねー」
とりあえずそれから色々試してみるが、どうにも指輪が出てこない。
仕方がないので、そのままにするしかなかった。
その後、なあちゃんのかまくらに指輪が入ったきり出せなくなった事以外は何も起きず、大した収穫もなかった。なので姫乃達は休憩もかねていったんクリウロネの町の人達の所へ戻る事にした。
数分の時間をかけて、集会所のような建物へ向かうのだが、何故かそこから離れた町の入口で人が集まっていた。
姫乃は彼等にといかける。
「どうしたんですか?」
すると、振り返った人達は顔を青くしていた。
他の者達は、何かを言いながら町の外の方を眺めていた。
そんな中で、代表して答えてくれたのはレトだ。
『霧の旅人が出たんだ』
話によると、姫乃達がいなくなった後、体力を回復させた者達が町を調べようという事になったらしい。霧がどれくらいで晴れるか分からない今、滞在場所の安全を確認したいと思うのは当然の流れだろう。それで建物を出てから、まずどこから調べるか話しあっていたようだ。
その時に、霧の旅人らしき人物が町の入口までやって来たらしい。
だが旅人は何をするでもなく石の町をみるなり、すぐさま消えてしまったという。
『ワケわかんねえだろ?』
「どうして霧の旅人だって分かったの?」
レトの言葉に姫乃は首をかしげる。
あまり考えたくないが、その場で消えた=幽霊、だとしてもそれが霧の旅人かどうかは分からないのではないだろうか。
すると、町の探査組だったらしいバールが、使い古した雑巾でもつまんでいるかのように持っている短剣をこちらへ見せる。
「こいつを見てくれ」
『こいつが落ちてたからだ。アレはまぎれもなく霧の旅人だ。バールが棘の道の由来を語ってただろ。あの他に、棘の装飾のついた短剣を所持している旅人を見た……っていう話があるんだ』
それは、茨の装飾が施された短剣だ。柄の所には血の様に真っ赤な半透明の石がはめられている。
啓区は、避難民達の方をみて、事情を理解したようだ。
「なるほどー、茨と棘つながりかー」
つまりおとぎ話だと思っていた事が本当に起こって怖がっている、と言う所だろうか。
避難民たちはその剣に怯えているようで近づいてこようとしない。
その手の話が気にならないらしい未利は、呆れたように言う。
「そんで亡霊が出たってざわついてたワケ?」
『ああ、そうなるな。まさかこの目で見るとは思わなかった』
レトは町の外へと向けていた視線を空へと投げた。
『ったく次から次へとどうなってんだ』
周囲では人々が怯え不安がりながらこちらの話を聞いている。無理もない。
皆、少し前に身の危険にさらされたその後に、続けて自分の理解できる状況を越えた事態に直面したのだ。
トラブル慣れした姫乃達でさえ、気が滅入りそうだというのに、荒事慣れしていない彼らにとっては相当なダメージになっているだろう。
この町に来た事は間違いだったのだろうか。
今は、多少のリスクはあってもあの場所に留まるべだったかもしれないと思い始めている。
それだったら今すぐここを出ようという話が出てもおかしくないのだが……。
空を仰いでいたレトが視線を戻す。眉尻を思いっきり下げて見せた。まだ何かあるらしい。
『で、だ。問題はそれだけじゃない。ちょっくら出ようと思ったんだが出られないんだよこれが』
どういう事かと首を傾げて見せれば、彼が実演。
レトが町の入口まで行ってみせて、前足でコツコツと目の前の空間を叩く。
そこから先へは進めない。結界が張り直されているのだ。
「それって……」
「うわ、冗談でしょ」
「これはさすがに大変だねー」
「ぴゃ、レトちゃまが手を振ってコツコツしてるの。音が出てるの、何でなの?」
未利がうんざりしたような調子で声をだす。啓区はバールから茨の剣を受け取って調べながら他人事のように同情。なあちゃんは結界の存在に気付いてない。
姫乃が思うに確か、
「来るときは何もなかったのに」
入る時は異変などなかった。
それがどうして、こうなったのか。
関連がありそうな事と言えば、直前に現れてたという霧の旅人だろうか。
そうだとしたら、亡霊相手にどうすればいいというのだろう。
このままここから出られなかったとしたら?
ルミナリアでさえ結界の解除は出来なかったのに。
問題は増え続けて、解決の糸口はつかめない。
悩む間にも時間は過ぎ去っていって、辺りが暗くなり始める。
日の沈む時間だ。
これ以上外にいる理由もなく、皆は、集会所らしき建物の中へと戻っていく。
夜。眠れない姫乃は、そっと部屋をでる。今日は、色々なことがありすぎた。考え事をしていると彼がやってきた。
漆黒の髪に漆黒の瞳の少年。
「ツバキさん」
「ツバキでいい」
そういえば石の町に入る当たりからずっと姿が見えなかったけれど、どうしていたのだろう。
「ツバキ……ううん、やっぱり慣れないかな。ツバキ君でいいかな?」
「……分かった」
少し前まで敵対していた相手で、いまいち距離感が分からない相手。それだけに皆と同じように呼ぶのも減んな気がしたのでそう提案して、頷きを得る。
「ツバキ君……は何してたの? 今まで」
「制作者へ報告を入れていた」
「報告?」
「俺は、四宝を探している。その発見がなされたかの報告だ」
「ちょっと待って」
少し話を止めて頭を整理する。
彼は私たちの敵だった。魔大陸で町や村を襲っていたのだ。けれど、それは彼の意思ではなく、命令されたものらしい。そして彼の意思で確かなのは、姫乃を守ろうとしてくれているという事だ。話によると彼は私と約束をしたらしいけれど……。
「とりあえず順番に聞いて良い?」
頷きが返ってきたのを得て、質問に入る。
「私と貴方ってどこかで会った事ある?」
「ある。俺はお前と会って、お前を守る事を約束した」
「そうなの? 人違いじゃないのかな、私は覚えてないんだけど」
絶対にツバキに会ってないかと聞かれれば、その確信はない。一ヶ月と少しばかりとはいえ、エルケに住んでいた頃は毎日それなりに人と顔を合わせていたのだから。だが、約束なら絶対にしていないと言える。異世界に来てから、そんな大切な約束を交わしたのなら当然覚えているはずだ。
「俺は、アイナとそう約束した」
「何度も言うけど、私はアイナって人じゃないよ」
ツバキはそこで、その言葉が分からないのかこちらの表情を確かめるようにじいっと見つめてくる。
「お前はアイナだ」
どうしよう。話が通じない。
普段はあまり感情を感じないツバキの力強い断言に、何とも言えなくなり、次の話題に映る事にした。
「アイナじゃないんだけどな……。それで、制作者って人の事、前にも聞いたけど。もっと詳しく教えてくれないかな」
その人は私たちのことを邪魔だと思っているらしい。理由は私たちサクラス・ネインって人の息がかかってるからって聞いたけど。
「黒い髪、黒い瞳。体つきで分かる事はおそらく女性。フードで顔は分からない」
「そういう事じゃなくて」
その情報も一応助かるけど。
「俺はあの者の事をあまり知らない」
「あ、そうなんだ」
衝撃の事実だ。
てっきりもっと色々知っているかと思ったのに。
「なら、どうしてその人の言う事を聞いているの?」
「そういう風に作られたからだ」
「作られた……?」
どういう事だろうか、その意味を問いかけようとした時ツバキは視線を背けた。
まるで何か気になる物がそちらにあるような仕種だ。
部屋の方を向いたツバキは、一言口にした。
「呼吸音に乱れのあるものが一人いる」
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