第33章 急転する場



 それぞれが、座右の銘らしき己の行動指針を述べあった後……。


 セルスティーは、部屋の中央にある転移台へと視線を寄こしながら考える。


「そういうわけだから、彼に頑張って欲しい所なんだけれど……」


 と、今度はその視線を啓区へと移す。


「転移台をなんとか利用できれば闇の魔力を還す事が出来るかもしれない、と思っているの……。貴方がいなければエルケにある転移の魔法陣を町で研究するつもりだっけれど、本来の場所で使えるようにできれば、そっちの方が良いから……」

「えーと、僕はそれでー……?」

「ええ、詳しそうな人と一度直接見てみないと分からないもの」


 私はたた機術の知識はかじっただけだし、と。

 戦力として随分頼りにしているようだった。


「えっと、こういうときは何ていうんだっけー。あ、マジでー? かなー」


 期待を一身に受けた啓区は笑顔のままで冷や汗をかいている。

 緊張している、とかかな。

 あんまりそういうのは気にしない風に見えたんだけど。


「僕だってー、機械についてそんなに詳しいはずはないんだけどなー」


 啓区はぎこちない笑顔のまま意見を求めるように未利に顔を向けるが「知らん。やれば」と一蹴されている。

 なんだか彼の態度がおかしいような……。

 嫌なのかな。こういうの。

 でも頼りにされるのが嫌ってわけじゃないと思う。機械いじりが実は嫌い…なんて事は、うめ吉の存在を思えば考えられないし。

 むしろ、ここで頼りにされる事に対して戸惑ってる、という感じだろうか。


「私にも手伝えることがあれば手伝うよ?」


 そう声をかければ、


「うーん、むしろこっちが手伝うはずじゃ、あっれー……」


 そんな容量を得ない感じの反応だ。未利がその頬をむぎゅっとする。


「今更怖気づいたとか、そんな事気にするタマか」

「女の子がタマとかいっちゃだめだよー。プレッシャーとかじゃないんだけどねー。ほら僕って脇役気質っていうかー。演劇の木の役とか道草の役みたいな人のはずなんだけどねー」


 むぎゅっとされた側が、いつもの笑顔に戻って言葉を返す。


「なあ、お芝居さんで、動く太陽さんやった事あるの! 啓区ちゃまと同じワキヤクさんやったの! でも皆楽しんでくれてたの。だから大丈夫だって思うの!!」


 なあちゃんはの言葉に、姫乃はお芝居と世界の命運を一緒にするようなのはどうかと思う。


「とりあえず、まず調べてみましょう。ここで、遺跡を調べられるか、転移台の方法を応用出来るか、考えなければならないから」


 放っておけばいつまでも収集がつかなくなる会話をまとめて、セルスティーが提案の言葉を発した。

 互いに手分けして、部屋の中を調べていく。






 セルスティーは啓区と一緒に台座の方を中心的に調べている。

 二人は、視線で部屋の中ををあちこちくまなく調べながらも、何やら難しい事を話し込んでいるようだ。


「昔の機能が蘇らないとしても、何とかしてこの転移台で闇の魔力を吸収させるには、どうすればいいのかしら……」

「すっごい難しいよねー、それー。魔法の事はよく分からないけどー火山からの空中飛散してきたやつをでしょー? ふつうに物体を移動させるのとはワケが違うんじゃないかなー」

「そうね。仮に塔の機能を元に想定していた水準にまで蘇らせたとしてだけれど……、東からの終止刻エンドラインの影響を止める為に、セントアークと湧水の塔、凛翠の塔で結界の様なものを張ろうと考えたのだけれど……」

「町長さん達がやったみたいな―? でも、内部から泉の様に湧いてくるんだよねー。だったら意味ないかなー。星の内部からシャットアウトしないとー」


 頑張って理解しようとしたが、もう最初の方で話から振り落とされた。

 駄目だ、専門的過ぎて姫乃には分からない。

 魔法は得意じゃないって言ってたし、姫乃達と同じ世界の出身のはずなのにどうしてあんな会話が出来るんだろう。

 脳の構造的な問題だろうか。これが出来が違う、というやつなのか。


 会話しながら転移台を調べたりしてる二人を横目で見ながら、戦力外三人は自然と寄り集まる様になった。


「つまらんっ」

「それなら、なあ思いついたのっ。卵さんを温めるの。出来ない事があったら、出来る事を探してすればいいのっ」


 かまくらから取りだした卵をぎゅっと腕にかかえてなあちゃんが、ぐっと拳に力をこめて力説した。

 卵に変に力が入らないか心配だ。


「じゃあ、ひたすら卵を温めつづけろって?」

「しょうがないよ、私達には分からない話だし。それに、ちゃんと調べないと」

「そんなん言ったって、何をどう調べればいいのか分かんないし。どーせ、蚊帳の外だしー」


 未利は戦力になってない事実にふてくされたように言う。卵をなでなで温めているなあちゃんの頭によっこらと、顎を乗せて寄りかかる。


「ぴゃあ、なあの頭が重くなったの! どうしてなの? 後ろには誰もいないの」


 なあちゃんが振り返るが、当然頭の動きに追随して未利も移動するから誰もいない。


「気のせい、気のせい」

「そっか、なあの気のせいなの。あれれ、未利ちゃまの声が頭の上からするの? どうしてなの?」


 上にいるからね……。


「ねぇ、この卵っていつ孵んの?」

「いつだろうね……。これ、何の卵か分かれば予想はつくと思うんだけど」

「なあの手の平くらいの卵なの! だから、手の平と同じくらいの生き物さんだって思うの!」


 なあが手の平にのっけて説明するが、体の動きにあわせてころころ転がるので危なっかしい。姫乃が見かねて、温めがかりに立候補。


「あ、危ないよなあちゃん。次は私がやるから、ね?」


 両の手の平で包む様にして保護のついでに温める。


「それだけじゃ分からんしっ。それに、成長したらフツー大きくなるでしょ、これよりは」

「本当に何なんだろうね。あんまり大きくなっちゃったら、お世話とか大変そうだよね」


 世話をするのはたぶんセルスティーだ。桜の木が託したのは彼女だと思うし。

 彼女の手に負えるサイズであればいいのだが、と思う。

 ……エルバーンとかだったら、びっくりだよね。


「土の中に何年も埋まってたんでしょ。これさ、本当に孵んの? 大丈夫なワケ? 中身どうにかなってたりしてない?」

「それは、大丈夫なの! この卵さん生きてるの! 時々、もぞもぞってなにかが動く気配がするの! なあ知ってるの」

「生きてるのは卵じゃなくて中身ね。ってことは、少なくとも卵黄と白身状態じゃないのか……」

「卵から生まれる生物ってどんなのがあったかな?」


 何か参考になるものがないかと理科の授業を思いだす。


「ペンギンとかかな」

「さっすが姫乃。最初に選んだのがそれか」

「ええと、さすがなのかな?」


 どこか、さすがなんだろう。

 いつの間にか、調査の手が止まってる事も気づかずに話題に没頭する三人。


「水族館の人気者を選ぶとは……。あとは、鳥とかじゃね?」

「ペンギンも鳥だよ。とべないけど」

「あ、そうだっけ。飛べないし、海潜ってんのに、まぎらわしい奴!」

「未利ちゃま、ペンギンさんに怒っちゃめっなの! それは、えーとえーと、リフジンっていうのなの!」

「なあちゃんに、リフジン呼ばわりされた。うわっ、地味にショックかも」


 そんな、卵の中身を当てよう大会のやりとりをして時間を消費していると、不意にもう一組みの方から声が上がった。


「あ、何かー動いたー」





 啓区が床を調べていたところに何かあったようだ。


 部屋全体がわずかに振動して、そこから何かがせり上がってくる。

 それは、成人の腰辺りぐらいの高さがあり、両手を広げたくらいの長さにつくられていた。部屋にともるほのかな明かりを受けて、鉄製のその物体は輝きを放っている。

 それは、どこからどうみても見間違えようもない、立派な……機械でできた操作台だった。

 姫乃達はその周囲に集まる。


「これって……」

「なにこの場のそぐわなさ」

「なにか、地面さんから出てきたの。ごごごって、動いてたの」


 何でこの世界にこんな物があるんだろう。

 ここが、姫乃達のいた世界で、何かの研究所か、管制室か何かだったら不思議ではないのに。

 ここは機械の文明がそんなに進んでいないはずの世界なのだ。

 セルスティーが、驚きつつもせり出してきたその操作台を調べる。

 側名に取り付けてあるプレートの字を読みあげて、セルスティーは考え込むように言葉をぶつぶつと呟き始めた。


「これは……エマ―・シュトレヒムのサイン。彼が……これを? これ操作台なのよね? 機械をこんな所に隠していたなんて、何故? いえ、今は、それよりも使い方は……少し見ただけじゃ分からないけど……時間をかければ」


 恐る恐る近づいてプレートを確かめた後は、慎重な手つきで操作台の上を調べていく。


「エマ―・シュトレヒムって誰ですか?」

「千年前の稀代の天才と呼ばれた機術士よ。生まれるのが早すぎた天才、と言われているわね。彼の技術は先進的すぎて、突拍子もない物ばかりで……彼無しではとても手に負えるものではなかった……。けれど、偉大な人だわ。一番初めに起きた終止刻エンドラインを解決するためにセントアーク遺跡も凛翠の塔も、この塔も彼が設計したものだから」


 ……とセルスティーは述べ、「終止刻エンドライン終結の要ともなる重要な施設をつくった、この世界の英雄みたいなものかしらね」と付け足した。


「貴方はこれを何とかできるかしら。操作することが出来れば、きっと……」

「うーん、とりあえず調べてはみるよー。こんな重要そうな物、触れられると良いんだけどねー」


 セルスティーの言葉を受けて、啓区が操作台の上へとゆっくり手を伸ばす。

 そしてそのまま、セルスティーさんが啓区とこの機械について相談し始めた時……。

 一人の女性がやってきた。


 このときばかりは、セルスティーはまたもや浮かれて失念していた。

 トラブルというのは、思いもよらぬ所からやってくるのだという事を。

 しかし、それは姫乃達だって予想できるものではなかったのだ。

 終止刻エンドライン対処への糸口が見えた時に、だれがそんな事を予想できるのか。

 一案内人である、その女が自分たちを襲ってくるなどとは、夢にも思わなかったはずだ……。


「先ほどの振動は、一体何を……!」


 案内の女性だ。

 塔の異変を感じて、急いでやって来たのだろう。

 息を乱して、部屋の中央を見やった。

 彼女は、そこにあるはずのないものを見て、表情をさっと変えた。

 驚き、ではなく、ただの無表情へ。


「ごめんなさい、これは……」


 振り返って、案内の女性に弁明しようとするセルスティーだったが、言い終わる前に行動した。


「……つ」


 セルスティーは息をつめる。

 女性がまったくの予兆無しで、いきなり得物……ナイフを投げたのだ。

 彼女は、それを避けようとするのだが間に合わない。


「え……」


 姫乃は声を上げる。

 セルスティーは無事だった。

 なぜならその彼女の前には、彼女を守るようにしていきなり現れた少年が飛んできたナイフを弾いたからだ。


 攻撃を防いだのは、あの少年。

 魔大陸で、姫乃達の敵だった、黒髪の黒い瞳の少年だった。


「どうして……?」


 姫乃の、そしてその場にいた皆の疑問を置き去りにして、状況は刻々と変化する。


「転移魔法を独自にだとっ? 新手かっ」


 女性が、驚いたように声を上げた。

 姫乃達と少年は仲間だと思われているらしい。

 実際は、違うはずなのだけれど。訳も分からない状況に、どうすればいいのか分からない。頭が働かなかった。


「こいつ、誰?」

「ほら、姫ちゃんが拉致された時のー」

「ぱって現れたのっ! すごいのっ! 手品みたいなのっ!!」


 一瞬だけしか、見てなかったせいで覚えてなかったらしい未利が尋ね、啓区が答える。なあちゃんは覚えてるのか、どうだか分からない発言だ。

 話しているその間に、少年はその女性へと走り込み、懐から取りだしたナイフで戦い始める。


「チッ、ただものではないな。貴様ら何を企んでいる」


 既視感だ。そんな質問を姫乃たちはちょっと前にもされた。

 この塔に何か悪い事でもしようと思われているのだろうか。

 でも、会話もせずに、いきなり襲ってくるなんてなしだ。

 問答無用で、殺そうとするなんて。

 まるで、都合の悪い事をされるのを恐れているいたいな……。


「口封じ……?」


 姫乃が、悪い予感に思わずそんな言葉をもらす。


「ったく、何がどうなってんのさ。あいつ敵でしょ」

「とにかく、応戦の準備を。陣形をとって!」


 セルスティーの言葉に、ようやく見ている場合ではないと思いそれぞれが動きだす。


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