第34章 分断



 陣形を組んだものの、武器を手にしたまま動けないでいる。


 どう手を出せばいいのか、どちらに味方するべきなのか、セルスティーは決めかねているようだった。

 少年は、ナイフを繰り出しながら時々重力の魔法を挟み込む。

 女性が、魔石の指輪のついた右手を、少年へ向ける。


「ファイア!」


 炎の壁が二人の間に出現。立て続けに。


「侵入者め! ファイア」


 案内の女性が、火球を壁越しに放った。

 少年はこれをよけようとするが、数が多すぎる。

 姫乃はとっさに魔法を使ってしまった。


「アクアリウムっ!」


 少年を包み込むように水球が発生。(もちろん中はちゃんと空洞にしてある。)

 クロフトから、ここまでの道のりに魔法の練習をしておいた成果か、思った形に発動させることができた。

 案内の女性は、魔法をとりやめ、その場を後方に向けて飛びすさった。

 炎の壁が消えていく頃には、大分距離を離した。


「ごめんなさい、つい」


 周囲へと謝る。

 とっさの事だったとはいえ姫乃の独断で、少年に加勢してしまった。


「仕方ないないわ。とりあえず、あの少年を援護する方向で行きましょう」

「あいつは気に食わないけどね。ここ数日の練習の成果も試したいし、ちょうど良いんじゃないの?」

「僕もなんとなく練習してきた雷魔法を、なんとなく使ってみたくなったかなー」

「なあも頑張るのっ! えとえと、大声で応援するの!!」


 起こってしまったことは仕方ないとばかりに皆、意識を切り替える。


 距離を取って壁際まで離れていた案内の女性は、舌打ちをして右手を壁につけた。


「チッ、分が悪い。サンダー!」


 そして雷の魔法を放った。

 どこに? 壁にだ。

 今のは……?


 途端、室内にけたたましい音が鳴り響いた。

 頭の中に直接響くような音だ。


「なるほど、警報ね」

「電流で鳴るような仕組みが壁に施されてたんだねー」


 セルスティーが女性の意図をくみ取り、啓区が推論をたてる。


 しかし、女性にとってその隙は致命的だった。

 駆けるように疾走した少年はあっというまに、距離を詰め。


「インパクト」


 魔法で衝撃を放ち女性に当てる。

 案内の女性は壁に叩きつけられて、気を失ってしまった。

 そこにとどめを刺そうとナイフを振り上げて……。


「待って」


 姫乃は慌てて止めた。


「その人はもう戦えないよ」

「……」


 少年は姫乃と倒れた女性を交互に見てから、ナイフをしまった。


「どうして、貴方がここに? それに、何で私達を助けてくれたの?」


 一番身近な危機が去って、真っ先にそれを尋ねる。


「元々別の目的があったが、見に来た。敵に襲われたなら守る。俺はアイナと約束した。アイナを守ると」


 そのアイナさんを探しているのは前にも魔大陸で聞いた。

 ええと……、前にも違うっていったよね?


「私は、そのアイナさんって人じゃないよ。姫乃。結締姫乃」

「ヒメノ」

「あなたの名前は……?」

「……ツバキ」


 このまま間違えられ続けるのも嫌なので、自己紹介をした。

 敵か味方か分からないような人とするような会話じゃないかなとは思うが、これから話そうというのに、名前をずっと知らないっていうのも変だし。

 こうして会話に大人しく応じてくれてるのなら、少なくともこっちに危害を加えようとはしてない……、はずだよね?


「ちょっと、姫乃。何自分の誘拐犯と仲良く話してんのさ。こいつ、何かしてくるかもよ」

「ぐっへっへー、って攫われちゃうかもよー」

「でもでも、ってなあは思うの。はじめましての挨拶は大事なの。会話をエンカツに進めるための大切なふれーばぁだって聞いたの!」


 もちろん周囲からはそんな反応だ。なあちゃんだけは同意してくれたけど。


「私、ちゃんと話したいって思ってたから、魔大陸でも一度助けてくてたし。相手の事は分からないなら知らないとって……。何か理由があるのかもしれないし……」

「はぁ、姫乃ってホント……」

「ここまでくるとー、さすがと言うしかないねー」


 未利と啓区が何やらため息をついて小声で言い合ってる。

「変なことしたら、アンタの性別潰すからね」と未利が悪い顔でツバキへと脅している。

 ……性別って?


 そんな風によく分からない単語について考えると、ツバキが姫乃へ言葉をかけた。


「お前たちは目をつけられるかもしれない、だから今から逃がす」

「それはどういう事なのかしら?」


 セルスティーが訝しみながら言葉について尋ねる。


「このままだと製作者の目に入る。制作者が、お前達を消したいと願っている。自分の目的に邪魔らしい。サクラス・ネインの息がかかっていると言っていた。おそらく目に入ったら最後だ。お前達が挑んでも勝ち目はない」


 なにやら重要そうな情報が一度に開示されたようだ。


「制作者? サクラス・ネインって」


 名前ではないだろう。何か物作りでもしてる人だろうか。それともコードネームみたいなもの?

 それにサクラス。ネインって……。この世界で何度か、聞いたことのある名前だ。ルミナリアから教えてもらったことがある。大陸の東の方にある統治領の昔の統治者だったとか……。


「サクラス・ネイン……そんなまさか」


 セルスティーさんは何か知っているのか、信じられないといった様子だ。


 だけど悠長に気にしていられる状況ではなかった。階段の方から大勢の足音が聞こえてくる。


「数にして三十。殲滅する」


 数が分かるのか。と驚いたが、その続きの言葉に慌てて向かいそうになる少年に止めに入った。


「ま、まさか。だ、駄目っ。殺しちゃ駄目だよ」


 そもそもなんで自分たちは、攻撃されるのか。理由が分からない。本当に姫乃達は今どういう状況にいるのだろう。


「ひょっとして制作者って人この塔にいる人の事?」

「それは違う。制作者は一人。リフリース凍土にいるが、あまりそこから離れられない」


 姫乃がもしやと思って訪ねた可能性はツバキに否定された。


 今度はセルスティーが口を開く。


「あなたに、聞くのだけれど。この状況を狙って来たのかしら? そうだとしたらどうやった方法で私達を助けるつもりなの?」

「不測の事態だ。後者についてはアテがある。転移台を使う」


 そこで、階段から大勢の人が姿を現した。

 皆、一様にこちらに敵意を表している。

 会話のできる様子ではなかった。


「とにかく、今の状況では彼の言う事を信じるしかないようね」


 セルスティーがその場に現れた第二陣に向けて、黄金水の入った小瓶を投げる。


「ウィンド!」


 風の魔法で、瓶を割り、薄く引き伸ばされた黄金の壁が形成される。


「ただの時間稼ぎにしかならないわ。転移台へ!」


 セルスティーに促されて転移台へ向かう。

 信じていいのかな。

 ちらりと、視線をツバキの方へ向ける。

 何も分からなかった前回よりは、全然いい。言葉を投げ変えたら返してくれるって事も分かった。得体の知れない感じがだんだんと消えていっているのも感じる。

 けれど。嘘を言っているとは思えないけれど。


「こいつ信用できんの?」


 未利の言う通り、全面的に信頼するにはクロフトの出来事が恐ろし過ぎた。


 だが……。


「どっちにしても、今は時間がないわ、頼るしかないわね」


 セルスティーさんはもう決断したみたいだった。


 信じるか信じられないかは別として、今ここにいても姫乃達は追い詰められるだけだろう。

 黄金水の壁が風の魔法で無理やり壊されていく音がした。

 強引にこじ開けた隙間から何人かが、こちらへ向かってくる。

 こちらは転移台につき、ツバキが持っていた拳大のサイズもある魔石らしき石を、とりだしたところだった。


「迎撃する」

「私がなんとかするわ。あなたは転移魔法を起動させて!」


 出ようとしたツバキの代わりにセルスティーさんが相手に向かった。

今、作業を中断させればここから脱出できなくなると、判断したのだろう。

 ツバキは作業に取り掛かる。目を閉じて集中しているようだ。手の中の魔石らしき石が光を放ち、ツバキ自身も体も淡く光っている。


「援護、行くよ!」

「とりあえずやっとこかー」


 未利と啓区が離れていったセルスティーを援護するようにかぜや雷魔法を放った。


「くらえ、烈風みだれ撃ち!」「いっけー、ビリビリサンダー」


 姫乃も水の魔法を駆使して精一杯、手助けだ。


 そのうちに、転移台に刻まれた魔法陣が光りだす。


「……転移する」


 ツバキが目を閉じたまま、魔法の発動を知らせる。


「セルスティーさん、魔法がっ!」


 離れた所で戦っているセルスティーに知らせるが、多くなった敵に翻弄され思うように離脱出来ないようだった。


「セルスティーさん頑張るのっ、ぴゃっ」


 前のめりになって心配そうに応援していた、なあちゃんがこけた。


「なあちゃん」

「うっわ、こんな時に」

「こんな時だからこそかなー」


 転移台から転げおちるようにしていたなあちゃんを、慌てて三人で回収する。

 その時に、手に持っていたらしい卵がころころと転がっていく。かまくらにしまってなかったらしい。

 もしかして今まですっと腕の中に持っていたのだろうか?


「卵さんが、大変なのっ!」

「あっ」


 姫乃が取りに行こうとする前に肩を引かれた。


「だいじょーぶだよー」

「啓区?」


 転移台から降りて啓区が卵を回収、なあちゃんに手渡す。

 そしてそのまま……。


「えっ、待って……」

「ちょっ、どこいくのさ」


 啓区がセルスティーの方へ走っていく。


「セルスティーさんが逃げる時間稼がないとねー」

「はぁっ! ちょっと、何言ってアンタ」


 未利が台座から降りようとするが、普段と何ら変わらぬ態度で啓区は振り返り、手の平を向ける。いつもの調子の声でどうどうとなだめた。


「焦らない焦らないー、僕がいなくても何とかなるようになってるからー」

「何言ってるの……?」


 ちょっと、彼が何を言ってるか分からない。だれか翻訳機持ってきてほしいかも。

 そんな未利が考えそうな事を考えてしまうくらいには、姫乃は混乱していた。


「うっ」


 セルスティーさんが肩を抑えた。肩口が焦げている。炎の魔法が当たったらしい。

 もう彼女は限界だ。もはや壁は全て取り払われていて、もういくらかも持ちこたえられない。


 それを見て、姫乃は思わず名前を口にしてしまう。


「セルスティーさん!」


 声を聞いたセルスティーが振り返る。

 そして、状況を一瞬で確認した後の彼女の行動は迅速だった。


「あなたは来ないで。その子を受け止めなさい。ウィンド!!」

「へ?」


 魔法で啓区が吹き飛ばされた。

 時を同じくして、セルスティーが取り押さえられる。


「ちょちょちょ……、ちょうわっ!」「調和は大事なの。ひゃうっ!」


 もう風に吹き飛ばされて来た啓区を二人が受け止める。


「あー、何か……」


 啓区がすごく微妙な顔をしていた。

 それより……。


「行って!」


 セルスティーさんが、ツバキに向けてそう声を放つ。


「そんなっ」


 ツバキは頷く。その言葉を受け取り、魔法を発動させた。

 魔法陣の光が強くなって、視界が白く塗りつぶされていく。

 セルスティーを捕らえている他の物達が、魔法を撃とうとするがおそらく間に合わない。


「セルスティーさん!!」

「私に構わないでいいから、どうか無事で……」


 それが、最後の言葉だった。


「姫乃、無理だって!」


 走り出そうとする私は、未利に抑えられる。

 無意識に駆けだそうとしていた体は、重力がなくなるようなふわりとした感覚に包まれる。


 ……そんなっ、こんなのって。こんなお別れなんてないよ。

 伸ばした手は届かず。転移の光によって阻まれ、行くあてを失った。


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