第22章 闇からの脱出



 魔大陸 校舎内


 作戦がまとまるとルミナリアがさっそく行動、とばかりに口を開く。


「突破口が開けたなら話は早いわ、ここを出ましょう」

「うん」

『んー』


 窓が開いたのは何故かは分からない。が、理由を探すのは後回しにするべきだろう。窓を開けて、下を覗き込む。


 深い闇だ。

 でも、先ほど網縄を使ている時と同じようにたくさんの憑魔がいるのがうっすら見える。


「降りたら、まず間違いなく大変だろうけど、仕方ないわ。……障害物さん達を一掃するから、大陸の端っこまで先導よろしくね」

「分かった」

『たー』

「二人で頑張りましょ」


 ルミナリアが軽く拳をつくる。

 姫乃もそこに、作った拳を軽くあてる。

 気合が入った。


『しょー』


 自分も忘れるなとばかりに、ルミナリアの語尾を発音する。


「あら、うめ吉もいたわね」


 さらに+一匹が、その二人の拳の上によじよじ乗っかる。

 簡単にお互いを鼓舞しあった後、姫乃がうめ吉を肩に戻して、二人は窓枠に手をかけた。


「じゃあやるわよ……」


 ごくり、とつばを飲み込んだ。

 口の中が渇く。

 心臓がドキドキしてきた。


 待ち受ける憑魔の中に自ら突っ込んでいかなければならないのだ、緊張しないわけがない。

 けれど、体まで緊張しては駄目だ。

 熱く燃えるようなこのエネルギーは、別の所で働いてもらわねばならない。


 たとえば、絶対にここから抜け出してやるという、理不尽な状況への反抗の意思とかに……。

 姫乃の隣でルミナリアが大きく息を吸う。

 始まる。


「……作戦開始!」


 私たちは窓辺から飛び立った。

 この闇の満ちる場所から抜け出す為に





「やっぱり!」


 姫乃は、目前にその姿を確認した。

 地面に着地するやいなや全力疾走。

 周囲には予想通り、「冗談みたいな数の憑魔達が本気を出してみた!」みたいにいたのだ。


「お願いっ、アクアリウム!」 


 相手が行動を起こす前に先手を取る!


 力を振り絞るようにして魔言を叫んだ。

 今までのそれと比じゃないくらい大きな渦を巻いた水球が出現。

 目の前にいた憑魔を閉じ込める。


 これで稼げたのはほんの数秒、数メートル。

 憑魔達はまだまだたくさんいる。


「やっぱり、そう簡単には進ませてくれないわね。ヒメちゃん、やるわ!」


 ルミナの合図。

 姫乃は、急停止してその場に伏せる。


「シャイン・レムリア・シャンデルア!」


 荘厳な光のシャンデリアが、暗闇を照らし出す。


「行けっ!」


 ルミナリアが指を行く手に指し示し、光の嵐が周囲一帯を薙いだ。


「撃ち漏らしたっ!! ごめん」


 それでもやはり、完全撃破には至らない。


 冗談の様な数の多さに、密集率だったのだ。

 現実に無理なことを欲張るわけにはいかない。冷静に思考出来なくなるだけだ。

 割り切って次に行動を考えるしかない。


 ルミアに手を引かれて立ちあがり、再び走る。


「十分だよっ!!」


 近くにいるのはほぼ全滅だった。遠くの方に数体いる程度。

 大陸の端が、その向こうに見える。

 ……あそこまでいけば。


「うっ……」

「ルミナ!」

「へ……、平気……。足、止めないで」


 苦しそうなルミナリアは、くずれそうになった膝を戻す。

 ここで止まって、もう一度囲まれたらもうあの魔法は撃てない。

 はやる気持ちを抑えて、一心にその場所を目指すことだけを考える。

 ルミナを支えるようにして、ひたすらまっすぐに。


「どいて! ……そうだ。雲集霧うんしゅうむ!!」


 目の前にせまりつつある憑魔に対抗すべく頭を働かせて、中庭にある池に気付いた。

 目くらましの霧を放つ。

 姫乃は、この場所で、いつだったか話した会話を思い出す……。





「その答えは雲集霧散うんしゅうむさんだよ」

「ぴゃっ、すごいの。なあ十分ぐらい、うーんて考えてたのに答えが分からなかったの……」


 目の前にいるなあちゃんが、眺めていた池から視線を外して、こちらを見る。

 お昼休みに中庭を散歩してたら彼女にあったので、話をしていたのだ。

 話題はこの前の国語のテストの答え、だ。


「分からないから、コイさんに聞いても、口をパクパクするだけで、教えてくれないの。だから、なあ困ってたの」


 姫乃は池を見つめる。

 およそ三十センチ程くらいにはなる体長の魚が、ゆったりと泳いでいた。


 コイは普通喋らない。

 しかし、出会ったばかりの少女にそんな当たり前の事を言っていいのだろうか。

 マスコット的な存在で皆に可愛がられている事は知っているが、まだその当人の事については、よく知らないでいる。


「ぴゃ、コイさんが、こっちの草さんから出たり隠れたり、あっちの草さんから出たり隠れたりしてるのっ! しゅんかんいどーっていうのしてるの!」


 ええっと、それはたぶん皆違うコイだと思うんだけど……。


 どう反応すべきか困った姫乃は、テストの話題に戻ることにした。

 一応関係あるし、おかしくはないはず。うん。


「そういえば、同じ国語のテストで神出鬼没ってあったよね。まさに、そんな感じだよね」

「ふぇ、しんしゅつきぼーさん?」


 言葉が違う。という事は、この問題も間違えたのかもしれない。

 姫乃は、自らが書いた回答欄を思い出しながら、なあちゃんに説明してあげた。


「えっとね、神出鬼没っていうのは、この池のコイみたいに……」





 姫乃はその時答えた、言葉の内容を思い出した。

 意味は、突然現れたり消えたりすること。

 前方にこちらめがけて殺到しようとしている憑魔達。


雲集霧うんしゅうむ!!」


 彼らに向かって、目くらましの魔法をかける、自分が通り抜ける道以外を、白い霧で覆った。


 彼らが見てる世界に目隠しをする。

 彼らの視界から、今姫乃達は消えた。


 姫乃達は予定していた進路を変更する。元から進むはずだった道を避けて、違う所に作った霧の隙間に飛び込む。


 そして姫乃達は、彼らにしてはあり得ない場所に現れるのだ。


「そっか、目隠し……された、あの子達が向かうのは……」

「うん、私たちが進むはずだった道」


 憑魔たちにかち合わずに、霧の中を走る。

 その場所を一気に抜けると、もうゴールは目の前だった。






 あと、もう少しでここから逃げられる。そう思った矢先。

 

 バサッ。

 

 頭上から羽ばたく音が聞こえた。

 記憶の中に刻み付けられた音だ。

 忘れもしない。

 この世界にやってきて、目にした初めての脅威。


「エルバーンの憑魔!! 何でここに」


 夜の空に飛翔するその生物は、ルミナリアの言った通りエルバーンの憑魔化した姿だった。

 光沢のある緑色の体表は黒い色に変わり、赤黒い瞳はより黒く染まっている。そして、鋭くなった手足の爪と、口の牙……、間違いようがない。どこをどうみてもあのエルバーンが憑魔になった姿だ。


「……っ、サンダー!」


 ルミナリアは力を振り絞るように魔法を放つ。

 だけど、エルバーンはひらりと羽ばたいて避けてしまう。


「うっ……くっ……」

「ルミナっ、しっかりして!!」

 

 もう限界だった。

 ルミナリアが膝をついてしまう。

 背後の霧はもうすぐ晴れていくだろう。

 そうしたら、数秒後には前と後ろで挟み撃ちにされて終わりだ。


 ……いいや、駄目だ。そこまでもってはくれなかった。


 エルバーンが翼を畳んで急降下してくる。まっすぐにこちらに向かって。

 ルミナリアは動けない。


 ……私がなんとかしないと、でも。私に何とかできるの?

 ルミナリアでも駄目なのに……。


「あ、アクア……リウムっ」


 声を震わせて魔言を唱える。

 けれど、水球は現れてくれなかった。

 集中なんてできなかったからだ。


 エルバーンの前で、ほんの数滴の水が弾けただけ。

 再度唱える余裕は無い。


 もうここまでだった。


 鋭く尖ったくちばしを開いて、こちらに突進してくるエルバーンの瞳と目があった。

 淀んでいて、何も移さない空っぽの瞳。

 それなにの、すくみあがりそうなほどの敵意を相手の体中から感じる。


 必殺の攻撃の意思。

 ルミナリアをかばわなくてはいけないのに、せめて彼女だけは守らなくちゃいけないのに、私は何も考えられなくて、体を動かせずにいた。


 そこを、


「グラビティ」


 あの少年が飛び込んできた。

 二人を背にかばうように。


「……え」


 少年の放った、……たぶん重力の魔法が、姫乃達に今まさに襲い掛かろうとしていた憑魔を攻撃したのだ。


「グュエエエエェェ」


 エルバーンは、短く泣いて、再び上空へと飛翔して距離を取る。

 何も言えずにいると、少年がこちらに向き直った。

 静かに見下ろされる。


「……どうして、私達を?」


 助けたんだろう?

 普通はお礼を言う所なんだろうけど。訳がわからなかった。


 少年はそれには答えず、視線を上げる。

 霧が晴れたらしい。

 憑魔達がこちらに向かってきていた。


 慌ててルミナリアと共に立ち上がる。

 彼女は、少年を睨みつける。

 

「ねえ、何なの貴方。一体どういうつもり? 町を攻撃してまわって姫ちゃんを拉致したくせに、今度は私たちを守るなんて。一体何考えてるのよ」

 

 ルミナリアが、少年へと珍しくもイライラとした声を投げつけた。

 

「答えなさいよ!」

「……分からない」


 てっきり今度も無視されるかと思ったのに、小さな声が返ってきた。


「何よそれ。どういう……」

「でも、守る」


 追及するルミナリアの言葉に、少年は短く答えて向かってくる憑魔の中へ自ら飛び込んでいってしまう。


「あっ……」

「駄目よ、ヒメちゃん!」

 

 反射的に体が動いてしまいそうになり、ルミナリアに止められる。

 少年は、こちらの様子を時折気にかけつつも、向かって来ようとしている地面

の憑魔達や、空中のエルバーンの憑魔に攻撃を加えている。


「訳の分からないこと言って、油断させるつもりかもしれないわ。目的が分からないし、行っちゃダメ! ……それに、今の私達じゃ、戦えない」


 そうだった、歩くのもやっとのルミナをかばって戦いなんてできない。


「でも、どうやって、ここから逃げればいいのかしら。もう魔力が、ほとんど残ってないわ……」


 さすがのルミナリアでもこの状況では弱気にならざるをえないのだろう。

 遥か高所の空中から、風の魔法も使えない状態で……どうやったら無事にここから脱出できるというのか。

 

「一つだけ方法があるけど、でも……」

「あるの? 方法が」


 信じられなかったが、あるというのなら何でも試してみるべきだ。

しかし、彼女はあまりその方法に乗り気ではないようだった。


「ある事はあるわ、だけど……」


 ルミナリアは否定しない。けど、迷ってるみたいだ。


 ……それとも、怖がってる……?


 ルミナリアはこちらの顔を見つめて、瞳の中の光を感情の波のままに揺らしている。


 その時、なんの前触れもなく、闇夜を光が切り裂いた。



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