第21章 小さな助力



 魔大陸校内 『姫乃』


「ここは巣になってないのね」

「ラッキーだったのかな……?」


 人目ならぬ憑魔目を気にして降り立ったベランダの上。

 そのベランダを有している教室の内部に視線を向ける。


「……」


 静かだった。

 なぜかこの教室には、憑魔一匹の姿もない。

 この真上の部屋には、ひしめきあうようにして存在していたというのに。


「姫ちゃん、どうする?」

「えーと……、次は」


 取りあえず考えながら隣の教室を覗き込むのだが。


「グルルルル……」


 そっちにはいた。

 ひしめきあっていた。


 慌てて顔を引っ込める。

 目は合わなかったので気付かれてはいないと思うが、あれは駄目だろう。目的地から除外した。


 口の前に、人差し指を持ってきてルミナリアに合図。

 ルミナリアはお隣の惨状を察してくれたようだ。

 頷きが返ってくる。


 一応小声で喋るようにしてはいるが、用心するに越した事はない。

 とりあえず、いない方の中に入ろう。


 音をたてないように、そっとお邪魔する。

 なぜ、この教室に憑魔がいないのか分かった。

 二人は運が良かったらしい。


 教室には、いくつかの道具が散らばっていた。

 魔石とか、弓や剣などの武器類とかが。地図とかの道具とか。


「なるほど、拠点は必要よね」


 考えてみれば、この学校にいるならあの少年が使うための部屋が必要なはずだった。


「使えそうな物とかないかしら……、持ってっちゃっていいわよね?」

「持ちやすいものとか、私たちの使えそうなのがあればね……。けど……」


 人の持ち物を盗むのは気がひける。それが敵であっても。


「もう、姫ちゃんたら。これ以上惚れさせないでよ」

「へぇ?」


 口から間抜けな声が出た。

 どうやらルミナリアに惚れられてしまったらしい。


「姫ちゃんて男女問わず籠絡させちゃうんだから、ほんと心配ね」

「籠絡って……」


 怪しい言い方だ。


「籠絡マスター、レディ姫ちゃんね」


 もっと怪しくなった。


「マスター……」

「ふふ、冗談よ冗談……。あら? チョロロの人形、何でこんなに可愛らしいものがあるのかしら。もらっちゃいましょ」


 でも暗くなりがちで、緊張しっぱなしの心がすこしほぐれた。

 ルミナリアは場違いな蝶々の人形をさっとポケットにしまう。


 えっと……。まぁ、いいかな?

 特に今必要なものには見えないんだけれど。

 いろいろ言いたいことはあったが、飲み込んだ。


「ふふ、お土産ね」

「こんな嫌な場所のお土産かぁ……」


 お土産というのは本来楽しい思い出の記念とかを分け合うためのものではないのだろうか。

 渡すのはヤアン君とローノへかな。

 どう説明するんだろう。

 そのまま説明しそうだけど。


「いらないやつでも嫌がらせでぶっ壊すっていう手もあるけど、余計な時間かけてる場合じゃないし……他の憑魔達に気取られちゃうわね」


 これ以上一か所にとどまり続けるのも、むやみに危険度を上げるだけだ。


 床に散乱するようにして置かれているそれらにさっと目をくばって行く。

 丁寧にも並んでいたであろう机やいすは、おそらく自分が座るためであろう一つをのぞいて全部壁際に並べて置かれている。意外だ。


 と、視線の先に他とは明らかに違うものを見つけた。


「花……?」


 赤い花だった。

 手に取ってみると、はかない感触が伝わってきた。

 やわらかくて、水分を含んでいて、少しひんやりする。

 造花などではない、本物の花だった。


「それ、トコシエの赤椿ね」


 手元を覗き込んでルミナリアが言った。


「こんなものがあるってことは攻撃する前に回収したのかしら? 今あるやつは全部焼けちゃったし……」

「ルミナって、トコシエ村にいたの?」


 それはつまりそういう事だろうか。

 姫乃達もトコシエ村は通ってきたが、何の変哲もない、ただの小さな村だったのを記憶している。


 そういえば、聖堂院の用事で出かけるところがあるって聞いたけど……、あの小さな村で何かするようなことがあるのかな……?

 もっとエルケの町の近くとかだと思ってたんだけどな。


「えええ、まあそうね。そうなのよ。あ、これなんか使えそう、持ってっちゃおーっと」


 ルミナは怪しい言い方になった。

 先ほどとは違う怪しさだ。

 まあ、言いたくないんだったら無理には聞かないでおこうとは思うけど……。


「ちゃおーっと……。おーっと……?」


 なぜだか、エコーをつけて語尾を繰り返していたルミナリアは横を向いていた姫乃の方を見て疑問符を浮かべた。


 どうしたんだろう。

 後ろを見る。何もない。


「違うわ、姫ちゃん。後ろ後ろ」


 もう一度後ろを見る。うん、何もない。


「あ、ごめんね。背中の方の後ろよ」


 背中に手をまわしてみる。


 冷たい手触り。

 そしてつるつるしている。


 背中に何かくっついているようだった。

 途端、思い出したようにその物体の質量分が、背中に感じ取れる。

 掴んで、はがして、持って、手を前に持ってくると。


「えっ、うめ吉!?」

『ちー』


 その手に乗っていたのは、緑色の小さな機械。

 カメのうめ吉だった。







 唐突に増えた一匹? のパーティーを姫乃は右肩に乗せて拠点となっていた教室から出た。

 数回の戦闘をこなした後、下の階に下がる。

 現在は階下へと続く階段の前で、作戦会議中だった。

 ちなみにこの校舎は四階建てで、姫乃達は今は二階部分にいる。


「何とかこの窓を開けられないのかしら。教室の窓は開くと思うんだけど……そっちは」

「憑魔がいるしね」

『ねー』


 そう、窓から覗いた教室の中身は、憑魔で絶望的に満員御礼状態だった。

 突破なんて無理だと結論を出すくらいには。


「こっちの窓が開いたとして……、確かあるのは中庭を挟んで別棟……だったかな」

『なー』


 階段の踊り場にある窓を前に、姫乃は記憶を掘り起こして考える。

 グラウンドを突破するよりはいいと思う。

 黒い霧で見えないが、あのだだっ広いフィールドに、憑魔が先ほど見た教室みたいにびっしり満員……なんて事もありえなくは無いわけだし。むしろその可能性の方が高いわけだし。

 広いとどこから攻撃がくるか分からないのが心配だ。それに、そこからだと走るなり飛ばされる(もちろん風の魔法で)なりしても、大陸から脱出するまでに時間がかかってしまう。


「こっち側なら建物伝いに行けば、警戒しなきゃいけない範囲が少なくなるはず……。面積もグラウンドほどじゃないから、憑魔達がいてもルミナのあの魔法一回でかなり倒せるはず、だと思う……」

『うー』


 彼女の魔法をあてにしなければならないのは心苦しいが。それは、グラウンドの方も同じ。


「もうちょっと、広い所で使った経験があれば、あの魔法の最大撃破パワーが分かるのだけれどね」


 そればかりはしかたない。


 しかし、重要になってくるのはやっぱりルミナのあの魔法かぁ……。


 もし、ルミナが来てくれなかったら。

 来てくれたとしてもルミナがあの魔法を教えてもらってなかったら。

 教えてもらっていたとしても、使えなかったら……。

 私、今頃どうなってたんだろう。


 考えただけでも、ぞっとするなぁ。

 ルミナは強くなったって褒めてくれたけど、私まだ一人じゃ何にもできないんだなあ……。

 もっと強くならなきゃ駄目だよね……。


 そんな思考を読み取ったのか、眠たげにして相槌を打つだけだった、うめ吉が姫乃の頬を前足でこづいた。

 はげましてくれたのかな?

 そしてうめ吉は、ゆっくり口を開いて発音。


『がー』


 はて、今のはなんの相槌だろう。

 少し考える。

 ひょっとして。


「頑張れっていってくれたのかな」

『なー?』


 相槌なんかじゃなくて?

 うめ吉は答えない。

 こづいていた前足を戻し、右肩にただおさまっているだけ。

 でも。


「ありがとね、うめ吉」

『ちー』


 気分は少しだけ明るくなったようだ。


 うめ吉は姫乃の言葉に相槌を打った後、短い前足を使って窓の方を指示した。


「どうしたの?」

『のー』


 何かあるのだろうかと窓を見つめてみるが、とくに何も変わったところはない。


 と、うめ吉が前に進もうとして、肩からずり落ちた。


「あ」

『ぁー』

「っと、あぶない、あぶない」


 ルミナリアが下降中のうめ吉を手のひらにすくい上げた。


「外が見たいのかしら」


 そのまま、くっつけるように窓の前へ移動させてやると。

 緑の前足が、ちょん、とガラス窓の表面を叩く。

 外には何も見えないとおもうんだけどな、黒い霧以外は。

 そう、姫乃が思いながらみつめていると、次の瞬間。


 ―――パンッ。


 何かがはじけるような感じがした。

 空気の詰まった風船が割れるような。


「……っ」


 ルミナリアが息を飲んで、肩を揺らした。

 姫乃にも分かった。

 何かが、変わったのだ。


「もしかして……」


 ルミナリアがそっと窓の表面に指先を触れさせてみる。


「やっぱり、魔法が解除されてる。どういう事……」

「それって、この窓が開くようになったって……事?」

『とー?』

「ええ……。あなたがやったの? これを?」


 犯人はうめ吉以外誰でもないが、それでもルミナは信じられないようだった。


『――?』

「一体どういう……。ううん、とりあえずそれは後ね。可能性が出てきたんだもの。さっさと作戦練っちゃいましょう。ここから出る為の良い作戦を」


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