第20章 当て
町長宅付近 『+++』
クロフトの町の遥か頭上で、姫乃とルミナリアが魔大陸脱出の作戦を立てている頃、その下では引き続き後退作業に手こずる四人の姿があった。
「未利ちゃまっ、啓区ちゃまっ、セルスティーさんっ、ドリンさんっ、コウモリちゃま達っ、頑張ってなの。なあ、頑張れるように一生懸命応援するのを頑張るの」
町長宅前の結界の中では、最前列特等席にて、未だ後退中のセルスティー達を応援するなあちゃんの姿がある。
「がんばるのーっ! ファイトなのー!」
ひたすら応援あるのみ、といった様子で一心不乱だった。
ただひたすら、まっすぐにかなり一心不乱で、ずっと声を飛ばし続けている。
しかしそんな一生懸命な様子を見てか、避難して奥の方で休んでいたり、事態を見守っていた職人たちも、つられて来てなあちゃんの周りに集まっていた。
その中で、集団から一人離れる者がいた。
彫刻家らしい職人のカルメラ・アスノルドだ。
カルメラは冷めた表情で、境界付近に集まっている人達を見つめている。
「ファイトするのー!! なあもファイトして応援するのー!!」
「うるさい、耳障り」
いままでは見つめているだけだったのか、セルスティー達の姿が近づくにつれて、より大きくなっていく声の音量に耐え切れなくなったのか……。
『カルメラ』
馬鹿らしいと彼女は思う。
きれいごとを吐き集めてできたような光景に虫唾が走った。
「聞こえなかった? うるさいと言ったの」
カルメラはそんな棘を返した。
「おいおい、そんな言い方はないだろう」
「そうだ、あの子達はイカロとお前を助けにいって、ああなってるんじゃないか」
聞きとがめた職人達が振り返り、たしなめるように言葉を言い並べる。
「助けてくれと頼んだ覚えはない」
カルメラは何を言っているんだとばかりに、面倒くさそうにそう返して、職人たちを絶句させた。
「勝手にやってる事」
それに、とカルメラはたたみかけるように、言葉をぶつけた。
「お前たち、あの子供が心配? なら自分で助けに行けばいい。できない? そうよね。自分の命が惜しいから。そうでしょ。だから、そんなお前達に文句を言われる筋合いはない」
カルメラの言ってることは間違っていなくて、正しかった。
言葉のナイフにえぐられたようにして、職人たちは返すべき声を失って黙り込んでしまう。
心配だと顔に浮かべていても、恐怖に負けて行動しないでいるのは確かなのだから。
「だ、だけど……。それならイカロの事ぐらい」
しかし、その中の一人が、それだけはと発言する。
「あの時助けるために、残っていろと? 赤の他人の為に?」
カルメラはその言葉を聞いて、はっきりとその顔に冷笑を浮かべた。
「他人だなんて、同じ町のなか……」
仲間じゃないか、と言おうとした職人の言葉を遮るようにして、カルメラが笑い出す。
「あははははっ、仲間? 仲間だって? 同じ町に住む仲間? ……笑わせてくれる」
「何がおかしい」
カルメラの様子に憮然とした表情を浮かべて、その職人は聞き返す。
「仲間だなんて、何の当てにもならない、ただの役立たずじゃないか。そこらにいるネコウの方がまだ役に立つ。友だの、仲間だの、同志だの、本当にくだらない事言うね、お前」
言い終えると、カルメラは行動した。
カルメラは作業着のポケットから抜き身の彫刻刀を取りだして、その職人に突き付けたのだ。
突き付けられた職人は、目の前の光景に後ずさりする。
「この世界で確かに当てになるのは自分自身と、利害で結ばれた関係、それだけよ」
「な、な……、あ……」
おそらく、あんまりだ、とか言いたかったのだろうが、得物を突き付けられている職人は、パクパクとした口を動かけなかった。
「だったら……!」
どこからか、声が上がる。
「だ、だったら、どうしてあの子達はボクを……助け……ひぃっ」
誰だ、と見回せばイカロだった。
離れた所にいた魔石造り見習いの青年だ。
いつも間にか、近くに来てカルメラのことを……ではなく、彫刻刀をおびえながら見つけている。
あの人見知りが、ね……。
カルメラは意外に思いつつも、彫刻刀を向けてやる。
「ひいっ」
あいかわらず視線は合わせないし、怯えきっている。
出てきた事は驚いたが、話になるのかとカルメラは思った。
「何か?」
「な、何でも、ない……です」
ほうら、自分の命可愛さに自分の言いたい事を飲み込んだ。
カルメラはそんな事を想い、興味を無くしたように視線から意味を消した。
なんの脅威も感じられないちっぽけな男が、そこにいるだけだ。
これが、本当の人間なんだよ。
そんな事ない、なんていう奴は……。
目を背けて、見ないだけ。本当の姿を。
「お前に答えをくれてやる。あの子供達がお前をなぜ助けたのか。……それは、未来が見えないただのバカ、だからよ」
「ううぅ……」
大の男がみっともなく、涙をこぼして、くやしそうに顔を歪めて見せる。
これでは何のために出てきたのか、分からない。
「がんばれーなの、がんばれーなの……あれ、イカロさん、どうして泣いてるの。なあ疑問なの。 でも泣いてるのは駄目だから、なあ、よしよししてあげるの」
職人たちの間でひと悶着があったことも知らずに声援を飛ばし続けていたなあは、後ろでイカロが悄然としているのにようやく気づいた。
「よしよし、なの……あ、とどかないの」
声援を注視して、イカロにかけより、頭をなでようとして飛び跳ねている。
「ず、ずみま……ぜん」
律儀なのか、ただの阿呆なのか、わざわざしゃがんで頭をおとなしく撫でられて 泣く大人と、なで続ける子供。
空気が白けた様に感じられて、カルメラは人々からさっと離れる。
町長の家のなかにこもれば、うるさい声も聞こえなくなるだろう。
『なあ』
「どうしたの? 怪我しちゃったの?」
カルメラが去ったその場で、何故か泣き続けるイカロに、なあは尋ねた。
「ご、ごべんなざい……。僕……何も言い返せなくて」
イカロの目はすでに真っ赤だ。
「ふぇ?」
なあは何の事だろうと、ひとかけらも先ほどのやり取りが耳に入ってなかったので首をかしげる。
「大きくなったら大魔導士になるのが夢で、頑張ってきたんですぅ」
「ふ?」
イカロの話がよく分からないところに飛んだ。
けれど、イカロは喋りたいと思うので、なあはとりあえず聞く事にする。
「でも、才能なくて、大魔導士になるのは諦めるしかありませんでした。だけど……、僕は少しでも夢の近くにいたかった……。魔法を使う人の役に立てるようにって、魔石職人目指すことにして……、色々発想を変えたり、歴史の中で今まで試されなかった方面もやってみたりして……でもやっぱりうまくいかなくて、町で……異端だ、厄介者だって言われて、追い出されたんですぅ……うぅっ……」
ずずっ、と鼻をすすりながら、ざっとこれまでの自分の人生を語るイカロ。
「でも、この町は変わりものの僕を受け入れてくれて嬉しかった」
そのイカロが、わずかに笑顔を浮かべる。
「歴史があるような町じゃないけど。僕はここが好きになった。……ここの人達にも、この町にも、いつか恩返しがしたいって……なのに、こんなときに何もできないんですよっ。僕は、僕が情けないっ……ううぅぅ……」
一瞬浮かべた笑顔はわずかで、また情けなく顔をゆがめてイカロは泣きに行ってしまった。
「イカロさんは何もできないの?」
その様子を見て、背中をさすり始めたなあちゃんが疑問を口にする。率直に。
「町が壊されてるのに、悪口を言われてるのに……。あなた達の事だって、ちゃんと良い人だって言いたかったのに」
正直すぎる物言いに、一瞬面食らったもののイカロは話した。
ようするに、と、なあちゃんは一瞬頭を使って考えた。
一生懸命考えた。
「イカロさんは言いたいことがあるの? なら、言いたい人に言えばいいの」
そしてそう結論。
「言ったけど、駄目でした」
「言ったの? なら良かったの」
そしてそう自己解決。
「……え?」
イカロは言葉通り、え?という顔を向けた。
そして、当然なあちゃんと目があった。
イカロは目をそらす事を忘れたようで、そのまままじまじと見続けて先を促した。
「イカロさんはちゃんと言いたいと思った事を言ったの。なら何もできなくなんかないって、なあは思うの」
「え、あれ……? そうなのかな? いやでも」
間違ってはいない。
だから、泣かなくてもいいの。と、首をしきりにひねって疑問顔をしているイカロに、なあちゃんは言う。
「落ち込んでる時は大声を出せばいいの。未利ちゃまが言ってたの、叫ぶのも労働だって」
肉体労働がしたくない時の未利の言い訳だった。
良い方に解釈したらしいポジティブなあちゃんは、イカロに向け、にぱっと無邪気に笑いかける。
だから一緒に応援しようなの?
なあの声に後おしされるように、イカロはその場に立ちあがった。
『ドリン』
その声はちゃんと聞くべき人間に聞こえていた。
「何か声増えたんだけど……」
「えーと、あれイカロさんだっけー」
「どうしたのかしら? たしか彼は人見知りだと聞いたのだけれど」
耳に声援を納めたそれぞれは、そう発言した。
「あ、そっちも聞いたんだ。その話。……あれは、たぶんなあちゃんの効果じゃないの? こういう時なあちゃんの前向きパワーはすごいから」
「なあちゃん効果、すごいよねー」
必死の奮戦のかいあってか、避難先まであと一歩というところまで来たセルスティー達は、増えた声援にそんな反応を示していた。
一方、少し離れた所……。
「カルメラの方が負けみたいっすねぇ」
「キーッ」
シャベルを振り回して戦っていたドリンは、背後の結界内で行われていたやり取りがある程度分かっていた。
空を飛んでいたコウモリたちの一匹が、ドリンの肩に止まる。
「どことなく何かが違うと思ったら、ツノがなかったんすね、君ら……」
そのコウモリの頭部をドリンが、人差し指で撫でる。
そこに生えているべきツノがないことに気付いたのはついさっきだ。
ずっと、暗い洞窟で穴を掘っていたので気付かなかったというのは言い訳だろうと、ドリンは思った。
自分のしたい事以外に興味がなかったのだから、気付かないのも当然だった。
あの魔大陸だか何だかが来た時も、洞窟の中にこもるなりして、傍観しようと思っていた。
けど、町の逃げ遅れた職人を助ける為に、子供達が動いてるのを見て、ここで逃げるのはナシだろうと思ったのだ。
正義の穴掘り職人のすべき事ではない。
今まで何となく、かっこいいから正義っぽいのを演じてやってきたが、ついでに人を助けるのも本格的にかっこいいからアリかもしれないと、思い始めていた。
ドリンは、盗み見たやり取りの中で、カルメラが持っていた彫刻刀を思い出す。
洞窟のコウモリは誰のものでもないし、やったら駄目だとかそういう規則があるわけでもないが……。
ドリンは肩にとまったツノのないコウモリを見やる。
笛で何回か気絶させたこともあるのに、どうしてこうも近くに寄ってくるのか。
「共通の悪を倒すため協力してるのあるっすし、気づいちゃうと、やっぱり放ってはおけなくなっちゃうんすかね……」
やっとのことで、戦闘にケリをつけ結界内に逃げ込んだセルスティー一同。ドリンも少し遅れて、退避する。すると結界内には、つられるようにして入り込んでしまったコウモリの一部たちがいる。ドリンはそれらを見ながら、己が呟いた言葉について考えた。
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