第19章 名もなき少年の記憶



『???』


 魔大陸 校内

 ひどく世界が曖昧に見える。

 姫乃を追いかけて、少年は歩いていた。


 27。


 それが少年に与えられた名前だった。


 おそらく、27番目につくられたからだという……、それだけの理由。

 少年が生まれてから、一度しか呼ばれたことのない名前。

 だからではないが、少年はこの名前が、自分の物だとは思えなかった。


 なぜかは分からない。

 ただ漠然とそう思うだけで、意識がその事にふれてただ何故? と思うだけ。

 深くは考えない。


 彼の意識は、深い暗闇の中に沈んでいるようだった。

 今見えている景色は、どこか他人事のようで、現実感が感じられない。

 浮いては沈み、浮いては沈み、……。

 それは覚めることのない永遠の夢のようで。

 少年はその夢にあるまま、作成者の指示に従って動く。


 エルケという町にいって、その町の様子を見て来いと言われて、動く。

 空に浮かぶ大きな大地を操って、街々を攻撃しろと言われて、動く。

 言われるまま、指示されるままに

 けれど少年は、そんな夢うつつの状態で、しかし確かに何かを追い求めていた。


 なつかしい感じがしたのだ。

 温かくて近くにいると安心する。

 深い暗闇に光が浮かんで見えた気がして、その光をずっと探していた。

 クロフトの町の上に来て、少年はとうとうその光を見つけた。

 気が付いたら少年は姫乃に、自分と同じ年頃の赤い髪をした少女に手を伸ばしていた。

 そして思う。

 彼女の名前は


「アイナ……」


 だ、と。

 彼女の背中を追いかけて学校の中をさまよう少年の脳裏には、断片的な記憶が再生された。





 ……。


「他の者は縁起が悪いというが、俺は嫌いじゃない」


 いつかどこか。

 一本の木の前で、男の声がする。


 周囲はぼやけて良く見えない。

 ただ一定の明るさは感じられるので、日中である事は分かる。

 そんな誰でも分かる様なことしか分からない、記憶だった。


「この花は、花びらを散らすことなく、枯れることなく、最後まで自分のままでいて生を終える。それは、俺には立派なことのように思える」


 男の言葉を受けて隣に立つ女性……アイナの声が続く。


「私も好きだよ。ここに咲いてるのは白だけど、赤いのも好きかな」


 目の前の一本の木には、花が咲いている。赤い花だ。

 その赤い花について話しているようだ。


 アイナが地面にしゃがみ込む。

 ちょうど今、落ちた花を追うように。

 ぽとり、と落ちた花の周りには同じ様な花がいくつか転がっていた。


「この花の名前は知っているか?」

「……うん」


 アイナは何故だか、悲しげな声を見せる。


「それを、俺は次の生に持って行こうと思っている。もしも、そうなるのだとしたら……だが」

「そっか、サクラも言ってたけど、名前は大事だからね」


 ねえ、とアイナは……。

 何かを続けようとしたところで、記憶の断片が薄らいでいく。

 ここで終わりだった。


「次の私を見つけたら、また……」


 声は消えて、聞こえなくなった。


 そんな記憶の面影を追いながら進む、少年の心には小さな光がぽつりと降り積もった。

 少年は口にする。

 自らの制作者が付けたものではない、名前を。

 いつかどこか誰がが口にした、花の名前を。


「……ツバキ。俺の……、名前……」







 クロフトの町 町長宅付近 『セルスティー』


 魔力攻撃が降り注ぐ中、憑魔が町に降りてくる中。

 コウモリたちが水を得た魚の様に、空中を飛び回っていた。

 

穴掘り職人ドリッターっす。正義の鉄槌っす」


 飛び込んできた、思いもよらない助っ人の男性。

 穴掘り職人のドリンはそんなことを叫びながらシャベルを振り回して、憑魔を牽制していた。


「とりあえずは助かっているわね」


 セルスティーが、少しだけ余裕を取り戻した状況の中で一息をついた。


「あんな頭のネジが飛んだような奴でもいないよりはましか」

「といいつつも結構危なかったよねー、状況的にー」


 まあ、助かったのは事実だけど、と啓区の言葉に付け足す未利。


 現在、セルスティー、未利、啓区、ドリンの四人+コウモリは町長宅へと戦線維持のまま後退中だった。

 イカロ(と付き添いのなあ)とが避難した今、もうここにとどまって戦う理由はなくなったが、相手が相手だけに背中を見せて一目散に駆け込むわけにもいかず、ゆっくり と後ろに向けて移動している所だ。


「キーッ!」

「キキ―ッ!!」

「すごいのー、コウモリさん! 大きな生き物さんみたいなのっ! うねうね飛んでるの! 絵本で見たドラゴンさんみたいなの!」


 コウモリが鳴き声を上げて動くたびに、なあちゃんの声が町長の家の方から聞こえてくる。

 距離は近い。

 こうして声がはっきり聞こえてくるくらいには。

 けれどまだ、安心して逃げられる距離でもない。


「気を抜かないで。ここで油断したら背後の彼らが気の毒よ」


 微妙な距離だった。

 それぞれの心中を察してか、セルスティーがそんな忠告を入れる。


「確かに……。目の前でスプラッタは目に毒だわ」

「確実に心の傷になっちゃうよねー。なあちゃんとかは、心配で外出てきちゃうだろうしー」


 今も外に出てきかねない様子のなあちゃんが、その発言を耳で拾ったようで、


「ふぇ、なあ呼ばれた?」


 結界と外との境界近くに、たたでさえ近かったその距離を詰め、身をより一層寄せた。


「呼んでない、呼んでないから!」

「もーちょっと、そこにいてねー」


 今にも飛びだしてきそうな、なあちゃんに二人は慌てて言いあった。


穴掘り職人ドリッターに不可能は無しっす。全部蹴散らすっす」


 そんな彼ら彼女の横では、こんな状況でもドリンは悲観も焦りもせずに、一心不乱にシャベルを振り回し続けていた。


「どっからそんな自信出てくんのさ……。今逃げてんじゃん」


 決していいとはいえない状況にいるのにと、未利が突っ込むと。


「キーッ!」


 コウモリの軍隊の欠片がはがれた。


「ちょっ、何で一匹だけこっちくんのさ! いたっ、はたくなコラ! 羽ではたくな!」


 欠片が未利のもとへお仕置きしに来たらしい


穴掘り職人ドリッターっす! 我こそ正義!」

「叫びたいだけなんじゃないの!? コイツ!」

「キキ―ッ!」

「ちょ、だから羽やめ……いたたっ。ムカつくっ! なんか金持ちがもってるやたら豪華な扇にはたかれてるみたいで、何かムカつく!」


 やたら具体的な例えを出して言う未利にお仕置きが追加で来た。

 どうやらドリンへの悪口は厳禁のようだった。


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