第13章 攫われた少女
「うぅ……」
うめき声を上げるイカロの元へたどり着いて、声をかける。
「大丈夫ですか!?」
「え、君達は……?」
どうしてこんなところに子供が、という表情を向けられる。
そういえばカルメラさんに説明されて見てたから、知り合った気になってしまってたけど、初対面だった。
「なあはね……」
「はいはい後でね。で、どうする」
結界の内部に駆け込んでいったカルメラの後ろ姿を見つめていた未利だけど、律儀ななあちゃんの自己紹介を遮って尋ねた。
「ウチ等で木、持ち上がると思う?」
眼の前にある者は、一本だけとはいえ、三人の子供に日影が提供できるくらいは大きさのある木だ。
自分達だけで取り除けるか不安になるのは当たり前だろう。
「とりあえず、やってみよう。出来なかったらセルスティーさんの手伝い」
「わかった」
「りょーかいー」
「がんばるのっ」
セルスティーさんは、と視線を向ける。
普段の戦闘よりも、距離をとって戦っているし、回避重視の行動をとっている。
そして、姫乃からはどう戦っていいのか勝手が分からないったように見える。
早く加勢しないと……。
相手は足を二本折られているにも関わらず、俊敏な動きでセルスティーさんの攻撃に対処している。
気になるが、こちらの方が先だ。
心配でセルスティーの方へ行きそうになる視線を、イカロの方へ固定する。
姫乃は、腰を落として、姿勢を低くする。
木の幹に手をかけて、力を込めると重く圧し掛かるような手ごたえが返ってきた。
「んんっ……!」
持ち上がらない。
「んーーっ、! んーーっ!」
なあが声をあげながら顔を真っ赤にしている。
「うぐぐぅ……」
未利が仇を見つめるような目でどかそうとしている木を睨みつけている。
啓区は、笑顔じゃない。
「……」
真顔になって何か考え込んでいる。考えてふと未利に視線を投げたりしていた。そうしつつも、手にはちゃんと力が入ってる。
空の大地、魔大陸はもう結構近い。
必然的に、近くに魔力攻撃がどんどん落ちる。
ここにもいつ落ちてくるか分からないと思うと、自然と焦ってしまう。
「あー」
啓区が手を打とうとしたのか、離した。
そのしわ寄せが他の三人に来た。
「わ」
「ちょっと!」
「ぴゃう」
一人当たりの重みが増して、手を離してしまう。
……ああっ!
一番の被害者はイカロさんだった。
「うっ」
一度は軽くなった、木の重みに再び襲われて、気絶してしまった。
「ご、ごめんなさいっ」
聞こえてないだろうが、思わず謝った。
「ごめんなさいなの、ごめんなさいなの。イカロさんが潰れちゃったの!」
「潰れてないから、大丈夫だって。……たぶん。気絶してるだけ……だよね。これホント」
怪我とかしてないといいんだけど。
「あー、ごめんねー。魔法で何とかできないかなーって考えててー」
「ごめんで済むかっ、せめて一声かけんかっ!」
「風の魔法で巻き上げたらどうかなーって」
「う、ごめんで……すむのか、くそぅ」
啓区の頭をはたこうとして、はたけなかった事に未利が悔しそうだった。
どうやら視野狭窄に陥ってたようだ。
魔力攻撃による周りに出来たクレーターが、いつここに出来てもおかしくないと思う焦りで、考えが至らなかったらしい。
「しょうがないよー、こんな状況なんだしねー」
「アンタはもっと焦ろっ!」
冷静すぎる、と未利が啓区の頭にチョップ。
「あーもうっ、ここんとこ平和だったから脳みそふやけてんのかも。せめて
……それは困るよ。
未利は時々、とんでもなく物騒な事言うよね。
私的には、結構旅の間も害獣との戦いとか、道に迷わないようにとか大変だったと思うんだけど。未利にとっては違うのかな。
「平和は、なあ良い事だと思うの」
「えぇー? 危ないだけじゃん。ほら、ウィンド!」
まあ、なあちゃん語だしと自らを納得させた後、魔言を唱え、未利が風を起こした。
重かった木がふわりと浮いて、イカロさんの上から除去される。
「よしっ」
「これで後は……」
セルスティーさんの援護をして、気絶しているイカロさんを運び避難するだけだ。
しかし物事というのは必ずしも思った通りに運ぶとは限らないのが世の常だった。
隣から声が上がった。
「姫ちゃん、後ろっ!」
啓区が焦った声で、注意を発する。
珍しいな、と思いつつ私は振り向く。
そこには、一人の少年がいつの間にか立っていた。
浅黒い肌に、漆黒の髪の毛に漆黒の瞳をしている。
その少年のことを色で表すなら、黒だな、と思った。
その、この場になんの前触れもなく唐突に表れた少年が、口を開く。
――――アイナ……。やっと見つけた。
「……え?」
『未利』
結締姫乃の姿がその場から消えた。
おそらく魔法の効果によって。
未利達は慌てて周囲を見回す。
けれど、見慣れた赤髪の少女の姿は見当たらない。
「連れ去られた!?」
「姫ちゃまがいなくなっちゃったの! どうしようなの、あわあわなのっ!」
予想外の唐突な事態に、当然混乱だ。
「一体どこに、ていうかあいつ何なの!」
「あわわ、あわわわわなの」
だが、周りの状況がそのままバッドステータス「混乱」でいる事を許さなかった。
魔力攻撃が近くに着弾する。
「ちょわっ」
「わぷ」
「よっとー」
未利となあちゃんは直撃こそしなかったが、衝撃に足元をすくわれ、衝突して巻き上げられた土くれをあびた。
「アンタだけ器用に避けるとかずるい……」
「あはは、ごめんねー」
一人だけ難を逃れた様子の啓区に恨みがましい目線を送りつつも、未利は身を起こす。
「どうする? ってここに姫乃はいないんだった……。あんのクソ野郎! どういうつもりさ、一体!!」
「どーどー、ここにいない人に文句言っても仕方ないよー」
「正論だけど何か腹立つ!」
「わー、すごい理不尽な八つ当たりー」
尻もちをついているなあちゃんを二人で起こしつつ、(起こしているので啓区の頬をつねれなかったことで未利はさらにイラッとした)状況を整理する。
「とりあえず、姫乃は保留…か…。ものすごく気になるし。正直気が気じゃないけど。考えたって仕方ないし、保留。今やる事は、セルスティーの援護。これでいいね」
イカロを安全なところに運ぶべきだろうと未利は思ったが、子供の力で気絶した大人を運ぶのは難がある。
それなら、さっさと、セルスティーの援護をして彼女に手伝ってもらえばいいのだ。
「だねー。じゃあ、なあちゃんお願い」
「なあ、お願いされたの」
啓区が土まみれになっているなあの服から土を払い落としてあげながら、お願いした。
「ほらー、今こそなあちゃんのアレの出番だよー」
「ふぇ? 出番なの?」
アレが指すものが何か分からず首をかしげるなあ。
「そそ、武器出して」
「あ、分かったの?」
しかし、武器といわれてピンと来たようだ。
それは謎だった。
この旅にまつわる大いなる謎……。
何故、弱いなあがこの旅に同行することに許可が降りたのか。
何故、戦力のせの字も持ってなさそうな彼女がここにいるか。
その大いなる謎が今解き明かされようとしていた。
今こそ謎の解き明かされる時だった。
「かまくらさんっ、お願いなの」
なあは魔法を使う。
どんな系統の魔法も使うことが出来なかった、あの少女が。
目の前の空間がゆがんだ。
そこから、生えるように未利の武器と啓区の武器が出てくる。
「未だに、原理が理解できない。どうやってこんな事できるワケ?」
「魔法なんだから便利ーって感心しとけばいいんじゃないかなー」
異形の生物でも見るような視線を空間の歪みに向ける未利。
二人は生えてきた武器を手に取り、歪みから引き抜く。
「かまくらさん、ありがとうなの」
なあがお礼を言うと、歪みが消え元の空間に戻っていく。
エルケを出る数日前、とある出来事と関わった副産物として、なあは何でも収納魔法を習得したのだ。
そのとある出来事はいろいろ一言で語るには無理があるので置いておくとするが、その魔法を習得した結果、なあは今回の旅に必要不可欠な人物と格上げされたのだ。
それは計測器の運搬に関する問題だった。
啓区が手を貸して改良を加えたもののやはり、振動には不安が残るということでセルスティーは何か良い方法はないのかと、最後まで頭を悩ませていた。(方法の中の一つに空を使う方法があったが、地面を歩くよりはましだという運搬方法である空路は使用不能。エミュレ配達兄弟は、数日前に町を出ていったばかりだし、そもそも進路とは反対方向だった)
何機か駄目になる覚悟で、馬車に積んで足を重くして運ぼうと思っていた所 に思わぬ偶然が転がり込んだ、セルスティーは喜んでなあちゃんに許可を出した……といったろころだ。
「なあ、未利ちゃまと啓区ちゃまと姫ちゃまについて行きたいの。でも、我慢するの。我慢して良い子でお留守番するの」
出発日が近づくにつれてそんな感じで、次第にしょんぼりしてきたなあちゃんは、
「勝手な事だけれど、あなたに旅の同行をお願いしたいわ。いいかしら」
そんなセルスティーの一言を聞いて文字通り飛び上がって大喜びした。
「あまり騒がないようにしてほしいわ。夜遅くだし、近所迷惑になるもの。この間みたいにね」
そんなセルスティーの注意は珍しく耳に入っていない様子で。
「どんな系統の魔法でもないし……申請をすれば銅位くらいは頂けてしまうわね……」
次いで発せられた、そんなセルスティーの言葉は良く理解していなかったようだが。
ともあれ今、未利と啓区の手には武器がある。
使わない手はなかった。
「さっさと片付けて、姫乃探しに行くよ」
「そうだねー、ゆるっとがんばるよー」
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