第12章 壊れゆくもの
姫乃の指摘が入ってからは、町長三兄弟の動きは迅速だった。
場所は町長さん家の前。逃げて来た職人達もそれなりの人数が集まっている。
姫乃達は、だんだんと近くなってくる衝撃音と、空からの魔力攻撃の閃光を目にして立っていた。
「魔石じゃ、倉庫から魔石を持って来たんじゃ」
「結界じゃ、結界を張るとゆーとる」
「人じゃ、人が避難してきておる。点呼は儂がとる」
キンロウさんは、倉庫から探してきたらしい魔石を抱えて、
ギンロウさんは魔言を唱えて、結界(半球状の透明なドームのようなもの)を作り、
クリスタさんは避難してきた人たちの確認をしている。そういえばその前に、煮えたぎったお湯の前に絵の具を持ってきて何かしていたようだけど……。
だがそれはそれとして……。
「地面さんが浮いてるの! すごいのー!」
「何あれ」
「すごいねー。あんなのが空に浮かぶんだねー」
なあちゃんが上空を見てはしゃいだ声をだした。
未利はそれを見つけて唖然として。
啓区は、いつもの表情でセリフだけで驚いている。
うん、……地面だね。
姫乃は上空に目を凝らす。
夜の闇の中なのではっきりとは見えないのだが……。
「びっくりなの! 地面さんなの!」
そう、地面だ。
上空に地面が浮いているのだ。
そしてゆっくりとだが動いていて、こちらの方面に近づいてきている、
どこからかそのまま抉り取りでもしたかのような地面は、魔力攻撃をしながらゆっくりとこちらの方面に向かってくる。
攻撃をしてくるというからには、人があそこにのっているのだろうか?
まさか地面そのものが、って事はないと思うけど……。
その地面を観察してみる。
横幅サイズは、一般低な大きさのビルが五、六個並んだくらいのサイズで、縦幅サイズは下から見ただけじゃ分からないが、曖昧だけど雰囲気からしてそれなりにあるんじゃないかと思う。あんな意味深に、存在力を見せつけているからには、まさか平屋並の高さしかない……、なんてことはないだろうと思うし。
細部は不明だ。よく見ようと思うのだが。夜の暗さもあるが、黒い靄が絡みつくように覆っているため、まったくわからないのだ。
ここからでは、ただ大きくて、土の塊だという事ぐらいだ。分かるのは。
「黒い靄……」
まるで粘着性の液体の様に、周囲をねっとりと覆っているそれは…何だろう、あまり見ていよう思いたくなくなるものだ。
心の中の良くない部分が引きはがされて、ざわざわと音を立てているような。
「飛んでるのっ! 飛んでるのっ!」
「ちょ、周り見て周り。はいはいそれは分かったから。静かにしようね。しっかし、この世界では、地面が空飛んだりするわけ……?」
事態がよく分かってないのか、はしゃいだ声をあげているなあちゃん。どことなく嬉しそうだ。
こんな状況なのにと未利が慌てて落ち着かせている
「どうだろねー。さすがにそれはないと思うけどー。びっくりだよねーほんと」
「びっくりの一言で片づけられてたまるか。アタシ等、今アレに攻撃されてんだけど」
……うーん。
この世界の全てを見たわけでも、行ったわけでもないし、元の世界の事にしても姫乃達の知らない事はおそらくたくさんあったわけだけど。
あんなものが空に浮かぶなんてこと、出来るのかなぁ。
飛行機とか飛行船とか走ってるけど、あれは浮かぶというよりも飛んでる方だし。
ここは異世界なんだし、こんなこともあるのかな、と思わなくもないような……思えなくもないような。
ただルミナリアが人は空を飛べないと言っていたくらいだから、たとえただの無機物、物体でも軽々しく浮かせられはしないんだろうな、と思うけど。
「むむ、魔力が切れてしまうとゆーとる……」
「ほれ、魔石じゃ。しかしこんな早くに結界を張る必要があるんじゃろうか」
「心配無用だといっておる。魔石のストックは大量に積んでおる。儂特製の呪いも効いておるはずじゃ。」
喧嘩することのなくなった町長さん達が、不安そうな顔を隠しもせず話し合いながら、魔法を行使して家の周囲に半球上のドームを形成していく。
クリスタさんだけは、ちょっと楽観的だ。
気のせいかな肌にあった模様がまた元に戻ってるような。
それより呪いって何……?
「もっとしっかりして欲しいんだけど。そんな頼りなげでどーすんの。か弱い乙女じゃあるまいし。最年長でこの町の町長なんでしょ」
「やー、そうは言っても無理なんじゃないー」
「何でさ」
その様子を見た未利が小声で文句を言えば、啓区が気になる事を言ってくる。
「この町って、町にしようと思って町になったわけじゃないみたいだしー」
「え……?」
「んぁ? どういう事?」
「ふぇ?」
だが、聞いている場合ではなかった。
ドオォォォン……。
お腹の底に響くような重い音が聞こえた。
近い。
いまのは……。
あれこれ話をしているうちにかなり近くまできたようだ。
すぐ近くに攻撃が落ちたのが分かった。
禍々しい気配を放つそれは、私たちを押し潰すかのように重苦しく浮かびながらよっくりと進んでいる。
「魔大陸って感じだね、あれさ。なんか、得体の知れない物がいつ出てきてもおかしくないよみたいな雰囲気……」
「そーいうのはフラグって言うんだよー。言わないほうがいいんじゃないー」
これ以上見えるわけではないけど、手でひさしをつくった未利が浮かぶそれを眺めて言う。
ちょっぴり不穏なものを連れてきそうな会話だ。
「ふぇ、フラグってたしか旗っていう意味だったってなあ思うの。旗さんがどこかにあるの? キョロキョロなの」
「えぇと……、そういう意味じゃなくてね。なあちゃん動いちゃダメだよ」
どう説明しようか、いやそれよりうろうろしそうななあちゃんの動向に気を付けた方がいいか。
「あ、セルスティーさんなのっ!」
そんなことを考えてると、つい少し前に出ていったセルスティーが二人の町の住人を連れて走って戻ってきた。
町を案内してくれたカルメラと……確か、人見知りのイカロだ。
飄然としているセルスティーとカルメラはともかく、イカロの表情は怯えと恐怖でいっぱいいっぱいだった。
皆、怪我とかはしてないみたいだ。
職人の二人は、手に少量の荷物をもっている。恐らく職人として置いてはいけない大切なものなのだろう。
あんな攻撃を受けてるんだから家が無事でいられるかどうか分からないし、仕方のない行動だろう。動きを妨げない程度の持ち出し量だし、時間からして そんなに選ぶ時間も使わなかったようだ。
いや、安心するのはまだ早いかもしれない。
セルスティーが、はっとした様子で上を見る。
後から本人に、何で気付いたのかと聞いたのだが、なんともセルスティーさんらしくない言葉で、勘が働いたと言われた。補足で、旅で危険な事態に直面すると大抵そういう事がよくある、という。そうじゃなかったら、とっくに死んでいる、とも。
第六感みたいなものだろうか
ともかく。セルスティーの視線の動きにつられてそちらの方、先ほど未利が命名した魔大陸を見やると。
「えっ……」
生き物……?
思わず疑問形になった。
だがそれも当然だろう。
魔大陸から空を飛んで何かが近づいてくる。
「……っ!」
息を飲む音が聞こえた気がした。
誰のだろう。
この場にいる誰かのものだろう。
セルスティーが隣を走っているイカロを突き飛ばして、自らもその場を飛び退った。
一瞬後、何者かが体当たりを食らわせるようにその場に降り立った。
それは、およそ自然に存在する生き物とは思えない見た目をしていた。
体格的には、大きくなった昆虫……のようにも見えなくもないが。その体表は真っ黒で、体のいたるところに黒い霧をまとわりつかせている。それだけではない。それだけなら、霧はともかく生き物だという事を疑ったりはしなかっただろう。
体長一メートル弱はある丸いボディに、生えている六本の足は奇妙な方向に捻じれているのに、それが行動の妨げにはなっていない。
むしろそれが、今の自分にとって最適な姿だとでも言うように。
「何か、嫌な感じがする」
正直な感想がそうだった。
嫌な感じだ。
たぶんアレは、この世界にいてはならないものだ。あんなの生物じゃない。
「気持ち悪」
「ふぇぇ……」
未利が同じ様な反応を返し、なあちゃんはよく分からない。ちょっと驚いてるようだ。啓区も良く分からない。というか反応してない。
「逃げて!」
セルスティーの声。
降り立ったそれと戦うつもりのようだ
「うわあああ」
そしてイカロの悲鳴。
間の悪いことに、黒い光が近くに落ちた。
魔力攻撃は近くに立っていた、木を直撃し真ん中からへし折った。
昼間姫乃が登った木。登りやすかった。あの綺麗な石がところどころ埋まった木だ。
あ、
「危ないの!」
なあの叫びをかき消すように木が倒れて、イカロを押し潰した。
「うぅ……」
うめき声が聞こえてきて、ほっとする。
「た、助けて……」
痛みに呻きつつも近くにいたカルメラに向けて手を伸ばす。
けれど、カルメラはそれを見て、降り立った奇怪な生物を見て。
「悪いね」
その場を離れた。
「ま、待ってくれ。助けて……」
「イカロさん……!」
いてもたってもいられず、姫乃は飛びだした。
いつもこうなっちゃうなあ……。
何か。
自分は安全な所にいられない呪いにでもかかっているのかもしれない。
カルメラとすれ違うようにして、結界の外に出る。
後ろから、町長達が何か叫んでるけど。戻る気はない。
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