第11章 魔大陸襲来



 クロフト 町長宅 『姫乃』


 不意に家が揺れるような感覚がして、姫乃は身構えた。


「今の音って……」


 目が覚めるような轟音がした。


 目はとっくに覚めていたけれど、それくらい大きな音だったのだ。

 そして、わずかに地面の揺れを体が感じる。

 寝室で話をしていた姫乃は、腰かけていたベッドから離れて窓による。


「いきなり顔出しちゃ危ないよー。まーでも、もうちょっと遠くの方みたいだけどー」


 あんまりにも無防備に窓に近寄りすぎたらしい。

 確かに何があるか分からないのに、それはまずかった。


「何が起こるかぐらいは分かればいいんだけどねー」

「そうだね。でもルミナ辺りだったら、そこが面白いんじゃない、って言いそうだけど……」


 きっと本気でそう思って言うのだろう。

 彼女は分かり切ってる事とか、結末の読める話とかきっと好きじゃないんだろうな。そんな事が分かるくらいの時間は過ごしてきたから。容易に想像できた。


 ルミナも一緒にこれたら良かったんだけどな。本当に。

 こんな状況でも、あの太陽みたいな表情で笑っていただろう。


「ただの地震……じゃないよね。これ」

「何か、重い物が衝突するようなー。それにしても姫ちゃん、落ち着いてるねー」

「そうかな?」

「うん落ち着いてるー」

「そんな事ないと思うけど……。原因がまだ分からないし。何か起こってるにしても、慌てるのは今じゃなくてもいいかなって」


 何が起きてるか分からないうちに、不安がっててもしょうがないだろう。

 トラブルは起きる時には起きるのだから。

 むしろそういう時こそ、きちんと状況を見極めて適切な行動をとらなくては。


「姫ちゃん、妙に場慣れしてきたっぽいー」


 窓の外を見てそんなことを話していると、この場にいなかった未利が部屋に入ってきた。


「ちょっと、今のやばそうな音がしたんだけど、何なの?」


 部屋の外では、セルスティーさんとキンロウさんたちの話し声が聞こえてくる。

 びっくりしてお湯をこぼしたとか、今夜の体に模様を描く分のがなくなったとか、じゃあ飲み物用ので代用するか、いやそれは駄目だ云々……。


「こっちからの窓からじゃ、何も見えなかったけど」


 未利の疑問に答えるかのように、また轟音が聞こえる。


「んぁっ! 何あれ、何か降ってきて……」


 それで振り返って窓の方を見る。

 今度は感覚が短かった。

 正体が判明する。


 黒い、魔力……だろうか?

 そんなような物の塊が、空からこの町へ降ってくる。

 サイズが尋常じゃない。

 この町にそんなものが……。


 また轟音がする。

 さっきより間隔が短くなってきているという事は、近づいてきている……!?


「入るわ、皆起きているわね」


 ノック無しでセルスティーさんが部屋にやってくる。


「あ、ちょっ、なあちゃん……」「わー、まだ寝てるんだねー」


 こんな時でも健やかな寝息を立てているなあちゃんを、未利と啓区が起こしにいく。

 さっきから結構な音とか揺れとかしてるのに、まだ起きてなかったんだ……。


「町が何者かの攻撃を受けているようなの。上空から。とりあえず、この家に防壁を張るから、あなた達はここから出ないでほしいわ」

「セルスティーさんはどうするんですか」


 あなた達は、とセルスティーは言った、ならば彼女はどうするのかと、姫乃は尋ねる。


「相手の正体を確かめに出てくるわ。それと、避難者がここに来るはずだと思うから、その助けを」

「町の人達を連れてくるんですか? だったら」


 人手はあった方がいい、と姫乃は提案するが。


「残念だけど、そこまでしている余裕はないと思うわ。ついでのようなものだから。この規模の攻撃だと最悪、私達の方も被害を受けかねないもの」


 だから、と彼女は続ける。


「くれぐれもここを動かないでちょうだい。何があるかわからないから」


 そして、セルスティーは部屋を出ていく。






 入れ替わるようにして、町長さん達が入ってくる。


「儂じゃ、儂の言うことを聞くんじゃ! 儂が指揮をとると言っておるんじゃ!!」

「いーや、儂が指示を出すとゆーとる! お前たちは黙って従えとゆーとるのに!!」

「いやいや、この儂じゃ!儂について来いといっておる!!」


 口喧嘩しながら。

 杖を振り回しながら、帽子の羽飾り揺らしながら、衣服の隙間から何らかの模様……はクリスタさんにはなかったが。なぜか代わりにお湯の入った容器を抱えている。湯気がすごい。


「こんな時までケンカ……」

「普段ならともかくねー」

「すーすー……はっ、なあ眠っちゃってたの。起きなきゃ」


 未利と啓区は目の前の光景に呆れ半分といった様子で眺めている。

 こんなときに真っ先に注意するであろうなあちゃんは、立ったまま眠っていたようだ。


「あの……」


 そんな事をしている場合ではないのではないか。

 声をかけようとするが、


「儂じゃと言っておるんじゃ!」

「いーや、儂がするとゆーとるが!」

「何を言っておる、やるのはこの儂だ!」


 まるで聞く耳を持たない。

 とういか気づいていない。


「……」


 姫乃は声をかけたままの姿勢で、数秒間無言。


「キンロウさんも、ギンロウさんも、クリスタさんもっ、喧嘩しちゃ、めっなの!」


 なあちゃんが遅ればせながらも注意するが、ずっと聞く耳を待たない。

 そうこうしているうちに、クリスタさんが持っている容器から激しい動きによってお湯が、周囲にとび散った。


「おっとー、危ないねー」


 ホットな攻撃の射程圏内に入っていたなあちゃんを、啓区が襟首をつかんで後ろに退避させた。


「ちょっと、アンタ等……っ」


 肩をいからせて未利がつっかかっていきそうになるのを自らが前に出ることで、姫乃は止める。


 そして、


「……」


「姫乃?」

「姫ちゃんー?」

「姫ちゃま?」


 周囲の三人が、無言になった姫乃をいぶかしんで声をかける。


 そして、それぞれは思った。

 何やら妙な迫力をまとって立っている。

 そこにいるのはサイレントだ。

 これはサイレントでデンジャーな姫乃だ。

 と。


 思った次の瞬間。


「……ア……リウム」


 魔法が発動し、沈黙は破られる。

 言い争いをしていた三兄弟の頭に、水球が出現して、落下する。


「いい加減にしてください……」


 水に頭を濡らした一団は何が起こったのか分からないと言った風に、動きを止める。

 大して大きな声を出したわけではないというのに、姫乃の声はよく室内に響いた。

 町長三兄弟はぴたりと停止し、そしてサイレントだった姫乃を見る。


「いま大事な事は、誰がやるのかじゃなくで……何をやるかじゃないんですか」

「……そ、それはそうじゃ」

「……そう、ゆーてもいいな」

「……客人の言っておる通りじゃ」


 こくこくこく、と上の歳から順番に頷きと声が返ってくる。

 十も二十も離れた小さな少女に説教されて、小さくなるばかりの三兄弟。

 町長の威厳などその姿にはなかった。あれほどそりの合わないあれこれの言い争いをしていた兄弟だが、うなだれて反省する姿は、皮肉なことに息ぴったりでまったくそっくりだった。


「なら、早く始めましょう」


 そう締めて、いつもと変わらぬ姫乃に戻り謝りつつ、タオルかなにかふくものを探しにその場を離れる。


「手紙の時にも思ったけど、姫乃ってやっぱ人を使う才能あるわ……」


 その背中に向けて、サイレントだった姫乃に戦慄しつつ未利が呟いた。


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