第10章 かけられた制限



『啓区』


 夜遅くとは言えないが、眠っていてもおかしくはない時間。

 啓区は起きて考え事をしていた。


 ほんの数時間前。

 少し前の部活の、もしもの仮定の話を。


 ルールに抵触しない、規則の外側の事を考える。


 あの時啓区は、ひょっとしたら、もしかすると、かなり可能性は低いが、部活で一番になれたかもしれないと。






 昼間の部活。最後となった啓区の番の時の事。


「なんかー、姫ちゃんの後に僕って申し訳なくなってきちゃうなー」


 申し訳なくなるが別に投げないでいる理由もないので、啓区は位置についたのだ。


 夕食までの時間つぶし。

 ここで止めたって、やる事がなくなるだけだろう、と思う。

 また暴走した未利をなだめすかす為に、姫ちゃんに悩ませるのも可哀相だとも。


「じゃ、いくよー。そーれっとー」


 それで、立ち位置まで言って、石を準備して大人しく参加する事にしたのだ。

 いつもの様に、適当に。

 積極的でも、消極的でもなく、成る様に成ると流れに任せて。


 我ながら気の抜けた掛け声だと思いつつも石を投げる。

 が、思ったより、運が良かったのかなかなかの好成績を収めていった。場が白けない程度には。

 それはだが、そこそこで、進んで盛り上がりはしない、かろうじてまだ目立たないともいえる成績だった。

「フラストレーションたまる様な投げ方すんなーっ!」「未利ちゃま大声急にあげてどうしたの?」と、何やら外野が騒がしかったが、まあいつも通り笑顔だ。


「冷静に投げてるんだよ、きっと。たぶん」


 姫ちゃんはそれでもどうにかしてフォローしてくれようとしてくれている。

 やー、重ね重ね申し訳ないねー。

 ちょっとだけ良心がいたんだが、大丈夫だ。

 何が大丈夫なのかはよく分からないが。


 現在の点数は、五点の赤と青一個ずつで十点。

 残り数投、という所で改めて手の中の石を見つめる。


 あれ?

 と思う。


 現在の点はトップより結構な点差。だが、この手の中にある石を確率は低いものの全部あてる事ができるのならば、姫乃の点数と同点となり一位二人のなかなか面白い部活のエンディングが見られるだろう。 だが。


 無理だよねー。さすがにそれは、とそう思う。

 そう結論付けたところでまた、「あれ?」と思う。

 思った。


 できるならば。見れるだろう。そん考えた時に、何か別の事を考えたような気がしたのだ。

 まるで正反対の、事なんかを。

 

 ……あれー?


 何があれ? なのか分からない。何かある。けれど分からない。

 分からないから考えようとして……。

 けれど、啓区は思っただけで考えるのを止めた。


「えいやーっ」


 考えることを放棄して、最後の数投を放り投げる。


 もちろん結果は散々だ。


「えーと、何かごめんねー」

「あ……、残念だったね」


 放り投げられた石の軌跡を見届けて、姫乃が本当に残念そうに言う。

 やったー、これで私が一位いちいだ―、とか言わないんだよねー姫ちゃんって。

 きっと、心から残念だなって思ってる。


 うーん、何か。

 しまったー……かなぁ。


「横に行っちゃったの、残念だったの啓区ちゃま。でも頑張ったの」

「どこがっ、最後なげやりだったじゃん! まーじーめーにーなーげーろー!」

「いひゃいよー」


 よく伸びる餅でも伸ばすかのように、未利に力の限り頬をつねられてると、ポケットの中でゴソゴソ。

 うめ吉がひょこりと顔をのぞかせた。「何かあるー? 騒がしいけどー?」って感じで、顔をキョロキョロさせている。


「あ、うめちゃまなの! おはようなの。あれっでも今朝じゃないの。こんにちはなの?」


 その小さな機械を見た瞬間、啓区は何か思いついてしまった。


「……あ」

『あー』


 唐突に浮かんだ事柄に対して声が漏れてしまう。

 うめ吉はその語尾も丁寧に拾ったようだ。


「どうしたの?」

「何さ、急に」

「どうしたの、啓区ちゃま」


 こういう時に限って、皆で聞きつけるんだよねー。


「対した事ないよー」

『よー』


 皆に対してそう言う。

 本当に大した事はないのだ。

 それに対して、何かの反応が返ってくる前にセルスティーの声がかかる。


「取り込みちゅうだったかしら? とにかく出来たみたいよ。何とか。」


 告げられたご飯完成にの言葉に皆の意識はそちらへ向いた。

 うめ吉に運んでもらえば、違反したことにはならなかったかなー。

 ルールでは、魔法は使っちゃ駄目だったけど、梅吉は魔法じゃないし、工夫ならオッケー見たいな感じだったし。

 なんて、そんな考えても仕方のない事を。






 そんな風に物思いにふけりながらベッドの上で時間を使っていると、不意に人の声がした。


「……ん」


 むくり、と何者かが起きる気配がした。


「……」


 その者は辺りをうかがった後、何事か考えているのか数秒間静止。


「すー…。……ん」


 考えてる間に眠くなったのか、頭を一回揺らして寝息を立てた後、また覚醒。

 どうにも寝ぼけてる様子みたいだ。


 その主は、べッド出ると、そのまま部屋を覚束ない足取りで出ていってしまう。


「えーと、どうしよー」


 さて、どうしようかな、と思った。


 寝ぼけてたりしないよねー。

 ちょっと心配になった。

 未利はしっかりしているようで、あれで何か脇が甘そうだから、時々やらかしそうで怖いのだ。


 啓区はベッドをそっと、抜け出して後を追う。

 なあちゃんや姫乃の方を伺うが起きる様子はない。まったくない。


 ……さてと、何やってるのかなー。


 遠ざかっていく足音を追うように、けれど音を必要以上立てないよう注意して進み、ドアの前へ。

 何気なく手をのばして、ドアノブに触れようとして……。


 バチッ。


 静電気が発生した様な音を立てて、触れた指先が弾かれた。


「……なるほどねー」


 指先から腕の半ばへと絡みつくように、黒い電流がうずまいている。


「閉鎖じゃなくて、拒絶……かなー」


 この現象は、部屋を閉じるのではなくあくまで自分の行動を阻害するだけに作用している、と見た。でなければ、ドアの方に出電流が走るはず。

 自然界には存在しないであろう(たぶんこの異世界にも)それを見て結論を出す。

 何にしても、今はこれ以上先には進めないらしい。


「……ぅ……ん。……あれ?」


 姫乃が睡眠から覚めてしまったようだ。

 ゆっくりと身を起こして、こちらを不思議そうに見つめる。


「制限かけるなら……ちゃんと他の人に迷惑をかけないところまでかけてほしかったなー」


 どうやら今の音で、目が覚めてしまったようだ。


 姫乃は窓の外に視線、そして一言発言。


「夜だよね……?」

「うん、夜だよー。ちゃんとー。僕はちょっと目が覚めちゃっただけかなー」

「そっか、……? 未利がいない」

「あーうん、未利もちょっと目が覚めちゃったみたいー」

「そうなんだ……」


 会話したのがいけなかったのか、うつらうつらだったのに目が完全に覚めてしまっている。


「何かごめんねー。起こしちゃってー」

「ううん、大丈夫」


 いつまでもドアの前で立っててもしょうがないので、ベッドにも戻る。


「外から、キンロウさんだかギンロウさんだかの声が聞こえてきてー、ちょとケンカになったら面倒だなーって、もともと目的なかったしー」


 戻ってきた啓区を見て、首をかしげる姫乃にそう言う。


 まあ、嘘ではない。

 実際何か、未利が話してる様な声も聞こえてきたし。内容は、熱い飲み物はどうとか。


「すぴー」


 なあちゃんは、これだけ話をしていても全く起きない。なあちゃんしてる。


「あ……」


 と、姫乃が何かを見つけたという顔をしてこちらに近づいてくる。

 啓区の頭の上に手をのばして、それをつまむ。


「寝癖だ」

「そんなに、面白い事になってるー? 頭の上」


 ちょいちょいと、つついているらしく、頭の上で何かが揺れてる気配。

 寝起きだからか若干、普段よりフランクだ。


「ちょっと思い出しちゃったな。ルミナによく髪を梳いてもらったこと」


 姫がベッドに腰を下ろしたので、啓区も隣に座る。


「髪は女の子の命なんだから、大事にしなきゃダメでしょっ、って」

「あー、言いそうだねー」

「ヤアン君やローノちゃんのもやってあげてたな……。それで、その二人がまたネコウの毛並を透いてあげてて……」


 ルミナリアとその兄弟とネコウが並んでブラッシングしている光景を脳裏に想像する。

 ほほえましいねー。


「それで、その先にごくたまになあちゃんがネコウになでられてて……、流石に櫛は持てなくって……」


 小動物にお世話されるなあちゃん。

 なんでだろうー。違和感あんま無いかもー。


 それからしばらくとりとめのない話をする。

 大抵は、啓区の合流前のエルケでの話だ。

 健やかに寝ている所を起こしてしまったわけだし、大人しく聞き役に徹する事にした。


「……それでルミナ、いきなり走り出して、勝った方が負けたほうにおごりだって……、普通は逆なのにね」


 おもしろい話ばかりだしねー。

 話が一段落した所をみて、啓区は気になった事を聞いてみる。


「姫ちゃんはー、こんな大変な物語に巻き込まれてー、もー我慢ならん!! ってー、思う事あったりする――?」


 こんな話を聞いてると、ひょっとしたらエルケで仲良くなったルミナリアやその家族らと共に、ずっとじっとしていたかったんじゃないかと思えた。


「物語? うーん、たしかに大変な目にはあってると思うけど、ルミナの影響かな……? それともそんなに困ってないせいかな……? 助けてくれる人はたくさんいたし。確かに、どうしてこんな目にって思うこともあるけど、楽しいと思えるから大丈夫な気がするんだ」

「楽しいってー?」

「……すぴぴ……じんせーはたのしく……いきたも……がち……なの……すぴー」


 すぐ近くからやけに今の状況にあった寝言が聞こえてきた。


 見る。


 なあちゃんは寝てる。

 笑顔で寝てる。

 ちゃんと寝てる。


 寝てるフリなどではない。


 二人は顔を見合わせて小さく笑った。

 ……どんな楽しい夢見てるんだろうねー。


 楽しいって事だけは伝わってくるよね、と姫乃が表情にする。


「なあちゃんじゃないけど、楽しいって考えたほうが良いよね。それにルミナだってそう考えてるだろうなって思うから」


 姫乃が話すのは、啓区と合流するほんの数時間前の事だ。

 終止刻エンドラインの発生を知った日の事でもある。


「言い方は違うけど……、ルミナは私と出会えて良かったって言ってた。すごく嬉しそうにしてた。本当なら会えるはずがないのに、会えたんだって。……私も同じ気持ちだから」

「そっかー」


 人生は楽しく生きた者勝ち。

 なあちゃんの寝言を思う。

 微妙に勝ちとか負けとか、なあちゃんらしくないような気もするけど、まあそれは横に置いておいて。

 この世界にも本当は来るはずがなかったのに、来れた。

 そう考えて、姫ちゃんは今ここに生きてるんだねー。


「んー、そういう考え方いいよねー」


 うらやましいとかって話じゃないけど、いい、と思う。

 姫ちゃんが困ってないなら何よりだよー。


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