第9章 窓辺の会話



 クロフト 町長宅 室内 『セルスティー』


 夜、色々あった一日が終わろうとしている。

 世話になっている町長宅の中、外が見える窓際でセルスティーは立っていた。

 窓枠に取り付けられた台、少しだけ物を乗せられるようになっているそこに、小さな明かりのランプを置き、文字の書かれたメモ帳の様なものを並べながら。


「……」


セルスティーは、無言でそのメモ用紙を手にしたり、置いたり、紙束に数式やらなにやらを書き綴ったりしてていく。

 さらさらと紙に書き綴る音のみが響き、周囲はシンと静まり返っていた。

 声に出して内容を反芻する習慣はないし、寝ている人間のためにも余計な物音は立てるべきではない。


「……はぁ」


 けれど、彼女とて一人の人間なもので、つい煮詰まったり考えが停滞してしまったとに、ため息ぐらいはついてしまう。


「あいつ使えばいいじゃん」


 そこに、声がかかる。未利だ。

 振り返ると、そこに立っていた。

 両手にゴウゴウと湯気の立つマグカップを持っている。

 先ほどまで寝ていたのだろう。髪に寝癖を立てている。様子を見るに本人は気づいてはいないだろう。


 先ほどのセリフを考える。

 あいつ、とは勇気啓区のことだろう。


「そこまで甘えるわけにはいかないわ、私としては。起こしてしまったかしら」


 うるさくした覚えはないけれど、一応そう尋ねる。


「別に、単に目が覚めただけ。てか、ここの小声があっちの部屋まで届くとは思わないし」


 ぶっきらぼうな言い方だが、こちらを気遣ってくれているのだろう。短い付き合いだが、それぐらいは分かる。

 そして、彼女はその手に持っているカップに視線を落として聞いてもいないのに説明し始めた。


「……これは、たまたまもらったやつ……。なんか……、ええっと誰だっけキンロウだがギンロウだかが起きてて、持ってっておやりって言われたから持ってきた、それだけ」


 長々としたセリフを……別に気遣って持ってきたわけじゃない、とでも言うように歯切れ悪く喋る。


「そう、もらうわ」


 対して、セルスティーはその事何を言うでもなくコップを受け取った。

 ありがたい。

 室内とはいえ夜だ、体が少し冷えている。


 取っ手からほのかな温もりが伝わってきた。

 反して中身からは湯気がゴウゴウと吹き出しているが。


 もうもうとか、もやもやとかではなく。

 これ、温度どれくらいなのかしら。


 持ち手のおかげで、ある程度の暖かさしか手に伝わってこないから正確な所は分からない。分かってしまったらたぶん火傷する。


「うあっちぃっ! って何これ熱っ……!」


 予想できなかったのか、好奇心が抑えられなかったのか。

 ペタリと触った未利は、悲鳴と共にコップの側面から手を離した。


「飲みもんなの……!? 飲みもんの熱さじゃない!」


 驚き、動揺しつつもちゃんと声は小声に調整していた。

 どーゆう温度感覚してんのさ、などと愚痴りながらも、最終的には飲む気らしく、中身の液体に息を吹きかけて冷ましにかかってる。


 そういえば、とセルスティーは思う。

 彼女が自分からこちらに話しかけてきたのはこれが初めてではないだろうか。

 同じ屋根の下で住んでいた時期もあったのだから、会話くらい交わしてるが……それでも向こうからというのはなかった気がする。

 同じく居候である希歳なあの方は、よく話しかけてくるのだが。


「……そろそろ何やってるか教えてくれてもいいと思うけど」


 不満そうに言うのは、やはりセルスティーたちが今やってることについてだろう。

 それが聞きたかったのだろうか。


「教える事はできないわ」

「アタシはともかく、姫乃やなあちゃんまで信用できないって事はないと思うけど……?」


 まあ、なあちゃんはちょっと危機感というか警戒能力が足りないからぽろっと無自覚に言っちゃうかもしれないけど……などと呟いている。


「自分が何に関わってるかってことぐらい、知っておきたいってのが普通でしょ」


 確かにそうだろう。

 訳も知らず、手助けをするのと、そうでないのとでは後者の方が良いに決まっている。

 自分が何をやっているのかわからないのは、不安なものだ。


「ごめんなさい、悪いとは思ってるわ」

「……あー、もー……。これだから……」


 素直に謝罪をすると、未利が頭を抱えて唸りだした。

 ついでに、なあちゃんを思い出せー、なあちゃんを思い出せーと自分に言い聞かせていたりする。

 ……どうしたのかしら?


「アタシが言いたいのはそうじゃなくて、……悪巧みの片棒担がされてるんじゃないかとかそういうこと考えてるわけじゃなくて……。別に、誰かに言ったりしないってこと」


 そういう事か。


「あなた達の事は、もう十分に信用しているわ。ちょっとやそっとのことで秘密を他人に口外したりしないことくらいは分かっているの……」

「う……」


 信用してほしいとか別に……。なんて小さく口の中で呟いて、居心地の悪そうな顔。


「でも……、そうね。隠したままではいられないわ。どの道、目的地についたら詳しく話そうと思っていたところだし」


 少し時期が早まるだけで。


「って、それ先に言えっての」


 未利に突っ込まれた。

 自分に突っ込みが入るのは、それも面と向かっては初めてではないだろうか。


「そんなら別に今言わなくても良いし、聞かなくて良かったし。あぁー……何やってんのアタシ。なにこの空回り感」

「だからあの時、こう言おうとしたのだけれど……。教えることはできないわ、今は……って」

「はぁー……」

「それが聞きたかったことなのね」

「へ? ……まあ、うん。そう……」


それで声をかけたのだろうと思ったのだが、違ったのだろうか。


 未利は、「いや、いいけどさー、別に」「慣れない事はするもんじゃないわー……」など呟いて、壁に小さく蹴りを入れている。


 ともかく、と思う。


「そろそろ寝ましょう。明日に響くわ」


 そして、いまだ冷め切らないマグカップの中身を見て、こうも思う。


「作業にキリをつけるまでに飲めるようになるかしら」


 ひょっとしてこれを持ってきてくれただけのつもりだったのかもしれない、最初は。

 セルスティーは、ふとそう思った。


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