第8章 持ち帰った戦利品



 シュナイデ 宿屋 『華花』


 シュナイデの町の中。

 宿屋の一室。扉が開いている部屋があり、どこかの令嬢だと言われてもおかしくない可愛らしい少女が、この宿屋の女主人と向かい合って話していた。


「華花ちゃんお水持ってきたよ。お姉さんとお友達にお大事にね」

「ありがとうございます、わざわざ。はい、伝えておきます」

「まあ、礼儀正しくていい子だねえー。この年でしっかりして……」

「……そうですか?」


 この女主人は華花達がこの場所にお世話になってから、よく世話を焼いてもらっている気のいいおばさんだ。

 自分達が宿屋にいない時に年齢一桁代である妹の水連の面倒を見てくれたり、高い賃金がもらえる仕事や向いているであろう仕事などを紹介してくれる事もある。

 日頃から常にお世話になっている大変ありがたい存在だった。

 だが……。


「うちの息子たちなんか、もう生意気だわ口ごたえばっかりするわで本当にねぇ……。華花ちゃんみたいな礼儀正しい良い子が欲しかったもんだよ」

「……お言葉は嬉しいです。でも、それだと息子さんたちが怒ってしまうんじゃありませんか?」


 こういう褒められ方をすると、嬉しくはあるのだが、素直に喜べないなと思う。


「聞こえなきゃいいのさ。おっと、長話しちゃ悪いね、それじゃあゆっくり休むんだよって伝えておくれ」


 何の為に水を持ってきたのか思い出したらしく、すまなそうに話を切り上げてコップ二つを手渡す。


「はい、ありがとうございました」


 安宿やすやどの女主人にお礼を言い、部屋の扉を閉める。手渡されたコップの水を部屋の中にいる……バテている二人、緑花と選にそれぞれ差し出す。


「もう二人とも、心配したのよ」

「ごめん、まさか日付変わってるなんて思わなくて」

「地下にいたし、害獣を蹴散らすのに夢中だったから気付かなかったみたいだな」


 謎の地下空間から二日かけて脱出したのち、疲れ切った体を引きずってつい先ほど二人は拠点としている宿屋に帰ってきたばかりだった。

 精根尽き果てた、という様子でそれぞれベットや床に倒れこんでいる。


「水連も心配してたんだから」


 と、べッドの方で動かなくなっている緑花を頬を膨らませてみている者を見て、そう続ける。


「ホントだよー」


 緑花が水を飲んで空にしたグラスをひったくるようにとって前に立ったのは、緑花と華花の妹、水連だ。

 仁王立ちで、怒る怒る。


「二人ともなまじ体が頑丈にできてるせいで、無茶ばっかりするんだもん。日ごろあれこれするな、お前にはマダ無理だとか言ってくるくせに! 自分のりきりょー計れてないんじゃ駄目駄目じゃん! 説得力無しだよ!」

「うぅ……」

「あー……」


 年下からの最もな言葉だった。

 良い返し言葉が思いつかないという表情をして唸る二人。

 事実、何があっても自分たちなら大丈夫だろうと思っていたのだ。

 返せる言葉などあるはずなかった。


「せめてその謎遺跡さんに行く前に、私達に言ってからにしてね、本当に。それに、雪菜先生はともかく、その怪しいお店の店主さんが信用できるかどうかは別なんですから。二人とも深く考えずに人のこと信じてしまいますから……あ」


 その点については返す言葉もございません、二人はうなだれるばかりだ。

 しかし別の点について、ほんの少しあった。

 花華が口元に手を当てている。しまったという表情だ。めずらしく。


「華花、あんまり無理して口調変えなくてもいいんじゃない」


 指摘されて華花は、


「無理してるつもりはないんですけど……」


 言い直さずそのままで言った。


「俺はそのままの方が良いと思うんだけどな。難しいことはわからないけど……」

「でも、家族に敬語なんておかしくないですか」


 フォローを入れる形で、大の字になって床と一体化していた選は、体を起こして自分の意見を言うのだが、華花は申し訳ない気持ちを抱いたままだ。


「そっちの方が花華らしいっていうか、しっくりくるんだよな。そもそも、治そうと思っても治んないんだろ」

「はい……」


 選や緑花がそう言ってくれるのは嬉しい事だ。だが……。

 頷く花華だが、だからと言って納得できるかどうかは別なのだ。


 昔から、子供の頃からそうなのだ。

 大人達には行儀がいい、良い子だと褒められる。その事に対して悪い気はしないし、むしろ喜ばしい事だと思うのだが、やはり違和感を感じてしまう。変なのだろうか、とも気になる。


 丁寧に話す事自体は悪いことではない、けれど……。

 その言葉遣いを家族にするのは、やはりどうかと思うのだ。


「むーう」


 室内に満ちた、微妙な空気を感じ取ったのか最年少である水連は何か考えているようだ。


 普段戦力外なのだから、こういう所で力にならねば、とでも思ったのだろう。

 そうやって一生懸命頭をひねった水連は話題を変える事にしたようだ。


「それで二人は、武器は手に入ったの? その為に言ったんでしょ謎遺跡」


 効果は抜群だった。

 部屋の片隅に置かれていた収穫物を、雷のような速さで取りに行って、


 「「もちろん(だ)!」」


 瞳を輝かせた二人の言葉はぴたりとそろう。武器トークが始まった。


「それがすごいのよもう、どうすごいかっていうと。襲い来るツリーメメントをこう、大量にぐわっっとやって……」

「こっちのは切れ味がすごくてな、バシュッてなってザンッっだ。それでな」


 二人とも単純で良かったと思ったのは、水連だけでなく華花もだった。


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