第6章 職人の町
「見ない顔、お前たち旅人?」
勉強の話で盛り上がっていると、前方から声をかけられた。
そこには明るい橙色のツナギを来た女性が立っていた。
手の中で彫刻刀……(だろうか?)のようなものを弄びながら歩いているが、別に何かの作業をしていたわけでもなく、何となく散歩しているみたいな雰囲気だ。
「はい、そうです」
「子供が? こんなちっさいのに」
自分でそう聞いたにも関わらず、首を傾げてる様子だ。
姫乃が頷いて返すと、眉を顰められた。
隠す事なく、怪しまれている。
「子供がこんなとこ歩いてちゃ悪いってワケ」
「まーまー」
小さく悪態をつく未利を、啓区がなだめてる。
「何やってるの? って、町の見物ね。ここは珍しい場所だから」
聞いた後に考えが至ったらしく、自分で完結。
そのまま興味をなくして去るのかと、背中を向けた様子を見てたら。
「案内する。ついて来れば。どうせ暇だから、煮詰まってた所だし」
顔半分をこちらに向けて、顎で先を示して見せた。
テンポがどうにもつかめない人だ。
どこかドリンと通ずる空気がある。浮世離れしてるというか、ちょっと普通の枠からはみ出しているような感じというか。
この町に住む人って、皆こんな感じなのかな……?
「良い人みたいだよー」
歩き出して遠ざかろうとする背中を皆で追いかける。
「どーだか。ってか、名前も明かさずについてこいとか……」
納得しかねるという表情で、未利が何か細かそうなことをぶつぶつ続けている。
その間に、二人の会話を聞いてさっそく歩み寄るなあちゃんだ。
「じこしょーかいするの、えっとね、なあはなあっていうの、初めましてなの。案内するの嬉しいのっ!」
「カルメラ。カルメラ・アスノルド。アスノルド家の流儀で挨拶するなら爆弾を送りつけるところだけど、生憎今手持ちは無いし。職業は彫刻家。弟子が一人いて、クオルっていう泣き虫系男子。お前、変な名前ね。苗字は?」
何かちょっと、爆弾とか聞き捨てならないフレーズが出て来たような気がするけど、冗談だよね? きっと……、たぶん。
とりあえず遅ればせながら姫乃も自己紹介に加わる事にする。
自己紹介が終わった後は、カルメラについて行って彼女が言った通りに町を案内された。
「ここが、バルネッロの工房。職業は怪しい道具職人」
「きーひゃっひゃっひゃ。くひゃあっ!!」
まずやって来たのは、まず道具職人の工房だ。
倉庫のような簡素な造りの長細い建物で、開けっ放しの入り口からお邪魔した。
怪しいとつけ加えられるだけあって、室内には実に用途不明な物が並んでいた。そこかしこに。
ただ釘の打ちつけられた板に、接着する面を間違えたような歪な塊、一体何を切る為なのか分からない、片割れだけになったハサミ。
まさに不明のオンパレードだ。
「くひやっ、あひゃひゃひゃ……」
何か笑いながら、釘をカンカン打ってるよ。
こ、怖い……。
何がそんなに楽しいのだろうか。
「とっても楽しそうなの!」
「あれって、楽しいから笑ってんの?」
「どうだろねー」
ど、どうなんだろう……。
「アイツは年がら年中笑ってるよ。笑ってないと死ぬんじゃない? 爆発しながら」
「そ、そうなんですか……」
相槌は打ったが、もちろん冗談だと思う。
それで説明終了とばかり、さっさとその場を後にするカルメラ。
「で、ここが、リンド―の水車小屋。芸術肌だから、人に見られると爆発する」
「見られただけで……?」
次いでやって来たのは、湖のすぐ近くに立っている小さな水車小屋だった。
先ほどとは違ってくるくる回る水車を眺めていると、のどかな気持ちになれそうな場所だった。
爆発、その説明さえなければ。
そんな話なので、姫乃達は窓からこっそり眺めている。
「ふぇっ! 爆発しちゃったら大変なのっ、なあお目目閉じなきゃ……」
見てから気にするなあちゃん。
一泊遅れで気づいたようだ。
「もう手遅れじゃないかなー、見ちゃったしー」
「ぴゃぁっ、どうしようなのー!!」
「……」
「あれ、未利どうしたのー。無言キャラになっちゃったー? なあちゃんに突っ込み入れなくていいのー」
いつもなら、啓区が言うような事を言うはずの未利は建物の角から顔を出して何かを見ていたようだ。
こちらに振り返り理由を述べる。
「いや人の気配がすると思ったら、玄関に人が立ってるから」
中にいるリンドーさんに用があるのだろう。
姫乃も顔を出し、様子を伺う。
言うとおり、男性が一人立っていた。
「変なんだよね」
変?
「何してるんだろう……」
本当に何だろうと、思う。
立っているのだ。
そして見ている。
立って、じーっとドアを見つめている。
穴が開くほどその人は悩ましげな様子になって見つめている。
「あああれ、イカロは人見知り。出会ってから。240時間経てば、話し出す。魔石トークなら普通に喋れるのに」
「そうなんですか」
どういう基準ではじき出されたのか、分からないが具体的な数字があるらしい。
「ということはあの職人さんは、まだ来たばかりなんですね」
カルメラさんの言葉を聞いて、姫乃はそう結論に至る。
という事はああしている内に、中に入るタイミングとか、第一声とか色々考えてる最中なのだろうか。
「そういう事。あと話し出すまで360時間くらい」
あれ?
「増えてんじゃん」
「テキトー日数だねー」
「ここは創作広場。端的に言えば見た通り。補足すると創作した物を飾って置く場所」
最期にやって来たのは、開けた場所だった。
……このままずっと、職人宅巡りするのかと思った。
ずいぶんと色々な物が置いてある。
極彩色の人間の像に。極彩色の巨大昆虫の像。そして、極彩色の……。
じーっと見つめていると、ある感想を抱いた。
「何だか目が……」
「あうう、なあお目目チカチカしてきたの」
そこは、そんな景色だった。
「これほど残念な景色が他にあるだろうか」
「えー、僕は面白いよー」
瞼を閉じると、反対色が浮かんでくる。
脳裏にまで、焼き付きそうな色合いだ。
言いにくいけれど、素敵な景色の近くにあるには、非常に残念な景色だ。
「ちなみに夜ずっと見つめていると爆発する」
爆発好きなのかこの町は! とか未利が突っ込み。
「えっと、…それ本当ですか?」
姫乃はそう聞かずにはいられなかった。
クロフト 町長宅裏
カルメラさんにその後も何軒かの、変わった職人さんを紹介、そして案内してもらい、時々変わった…ええと個性的な 創作物を見せてもらったりして、時間はもう昼さがりだ。
「職人さんって、みんな話が好きなんだね……」
町の面積の大部分が湖に占められていてそれほど住人がいなさそう(実際カルメラもそう言ってたが)にも関わらず、こうも時間が過ぎてしまったのは職人トークが思いのほか長引いてしまったからだ。
「専門家って、自分の分野の事となるとああも目の色が変わるもんか……」
「みんなキラキラしたお目目でお話ししてたの」
「結構な長トークだったよねー」
場所は町長さんの家の近く。裏側。
皆それぞれ、疲れ切った様子で木影に座り込んでいる。
町を湖に沿って一周しがてら、職人の各家々を渡り歩いたのだ。そして、まだお昼御飯も食べていない。疲れない方がおかしかった。
「町長さん達、またケンカしてないといいのってなあ心配なの」
「どうだかねぇ……」
あれからカルメラさんにお礼を言い、長老宅に戻ってみるとケンカは病んでいた様だったが、何かしら尾が引いているらしく変わりにギスギスした雰囲気が満ちていた。
説明していただろうセルスティーさん曰く、動いたら何かが破裂しそうな雰囲気を味あわせてもらったとのことだ。
けれどそれも、昼ご飯の話になるとどこか彼方へと飛んでいったようで、今現在はちゃんと三兄弟そろって煮炊き切り刻み調理を分担し合っている。
「ご飯が出来るまで、何か気を紛らわせることないのー?」
「ひはひほー」
「啓区ちゃまのほっぺやわらかいの。ぐみーんってのびるの。あっ、ここは止めなきゃなの。痛くしたら駄目なの未利ちゃま」
その気を紛らわせる作業としてなのか、発音に合わせて啓区の頬を引っ張る未利。
啓区の頬って伸ばしがいがありそうな伸び方してるよね。
……あ、何だかお餅に見えてきた。
「あんたなんかお菓子持ってんでしょ、出せこらー」
ぐみーんぐみーん。
「らはら、いはいってー」
「お菓子でお腹を満たしちゃうののはちょっと……」
せっかく町長さん達がご飯を作ってくれてるんだから。
「手伝わなくて良かったのかな」
「いいんじゃない別に、おもてなしとか言って張り切ってたし。それより、何かして気を紛らわさないと。アタシはきっとそのうち空腹で人を食べる!」
「ワイルドだねー」
「傍観者気味にいってられるのも今の内だ、一番の餌食はー……」
お前だっ、と未利が啓区に飛びつく。
捕食者と獲物の追いかけっこが始まってしまった。
「ぴゃあっ、啓区ちゃまが未利ちゃまに食べられちゃうの、なあ止めなきゃなの。まってなのー」
いや、制止者と捕食者と獲物の追いかけっこになった。
「走り回ったらもっと疲れるんじゃ……」
それだともっと空腹になるよね。
「あ、そうだ」
何かないかなと辺りを見回して、思いついた。
「皆、部活してたらどうかな」
こんなの浮かんだんだけど、と話す。
異世界に来て以来、久々の活動だ。
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