第5章 あの上のクロフト



 クロフト村 町長宅 『姫乃』


 時刻は朝方。

 姫乃達が洞窟を出てからは、半日ほど経過していた。


 とりあえず、大変だった。結構な時間がかかったが、姫乃達はセルスティーの言うあの上なる場所へとおよそ半日ほどかけて、たどりついていた。


 そして、一夜明けたのが今。


 姫乃は、目の前で起こっている騒ぎの光景を見ていた。

 

 どうやらこの村の町長さん達は、元気に困らない人達のようだ。


「わしじゃ、わしが責任を以て引き受けるんじゃ!」

「いーや、このわしが引き受けるとゆーとるのに!」

「何を言っておる、引き受けるのはこのわし意外ありえん!」


 杖を振り回して、帽子の羽飾りを揺らして、あるいは不思議な模様をちらつかせて、言い合いはあっという間に取っ組み合いになってしまった。


 昨日姫乃達はクタクタになりながらも洞窟を町へとたどり着いた。しかし、このクロフトの町が宿の無い小さな町だったため、町長のお宅にお邪魔になって泊まらせてもらう事になったのだ。


 急な事の為、いきなりおしかけるような事になってしまったというのに、町長達は姫乃達に親切にしてくれた。それは感謝している。しているのだが……。


 昨日の夜は仲良く姫乃達をもてなしてくれたというのに、今朝になってみればこうだ。


 この町の町長さん達って仲が悪いのかな。


 セルスティーさんが、計測器をこの村に置かせてほしいという事を離し始めると、あれよあれよという間に、自分にまかせろ、いや自分に……という具合に今目の前にあるみたいなケンカが始まってしまったのだ。


「まだ、設置する理由を、話していないのだけれど。いいのかしら……」


 了承する事がいつの間にか前提になっている、とセルスティーは町長たちを案じている。


「キンロウさんもギンロウさんも、クリスタさんもケンカしちゃ、めっなの! めっなの!」


 なあちゃんが横で一人ずつ、めっとしているが彼らの耳には届いてないようだ。

 そのまま近くにいると、巻き添えをくらってしまうかも。


「なあちゃん、もうちょっと離れた方がいいよ」


 と、殴り合いをしていたキンロウさんの杖がなあちゃんの顔の数センチを飛んで行った。


「ぴゃっ、何かお顔の近くを飛んでったの」


 どうやら、長男さんは自分の武器を何らかの理由で手放してしまったらしい。


 じゃなくて。


「はいはい、危ないからもーちょっと離れてようねー」

「ちょっと、危ないじゃん。傷害罪でぼっこぼこにしてやろーか、ええっ!?」

「罪がある人でもぼこぼこにしていい決まりはなかったよねー、ほらどうどうー」

「馬扱いすんなっ」


 未利と啓区が言いあいながらも、なあちゃんをその場から退避させる。


「ちょっと時間を置いた方が良いかもしれないわね。町の中を見てきたらどうかしら……」


 額に手を当てて、セルスティーさんがこちらに向かって言う。


「え、でも……」

「どうせこの後の説明は、あなた達抜きで話すつもりだったもの。せっかく町の外に出たのだから、色々な所を見てくるといいわ」

「分かりました、じゃあちょっと見てきます」


 セルスティーさん一人を残してというのは、気が引けたが姫乃達がここにいてもする事が無いのは確かだ。

 終わる気配のない兄弟ケンカを背景にして、姫乃達はクロフトの町を見て回ることにした。






 クロフトの町は高所にあるためか風通りがいい。地面の近くを歩いている時とはまた違った、草花の匂いのしない、真っ青な空の様な、澄んだ空気そのままのにおいが感じられる。


「エルケとは全然違うね」

「そりゃあそうでしょ。まず立地条件から違うわけだし。まあでも、言いたくなるほど違うってのは、何か分かるわ―」


 姫乃の感想に現実的な事をいいつつも、最終的には未利も同意を返した。


「違うの! とっても違っててなあびっくりなの!」

「僕達ホントに旅してきたんだねー」


 目の前の景色に、なあちゃんと啓区も同じような反応だ。

 すごい、と思う。思いながら、クロフトの町の台地を見つめる。

 昨日この町に来た時は、夜で何も見えなかったからちゃんとこのクロフトの町を見るのは今が初めてだったりする。

 思わず景色に見入ってしまう。


 台地の中央には湖がある。

 空の青を移す大きな湖だ。

 それが、大地の面積のおよそ七割。

 その周りを囲うように、赤、黄色、黄緑、緑、青……とと類似色順に家がぽつぽつと立ち並んでいる。そして、その家の近くにはかならず一本の、家と同色の花を咲かせる木が並んでいるのだ。

 背景は、空の薄青と、下で見るよりもずっと近くに浮かんでいるように見える白い雲。


 「ここが、クロフトの町なんだ……」


 来てよかった。

 見れてよかったな、と思う。

 こんなすごい事が、旅では見れるんだよね。

 出会う事ができるんだ…。


 ルミナリア達と別れるのは、エルケを離れるのは寂しかったけど。

 今、私がここにいる事を選んで良かった。

 そう心から思った。






 とりあえずもう少し時間を使おうと、湖の周りを一周してみる事になった。


「花より団子ってことわざがあるけど、これ見たら団子よりお花だよね、きっと皆」


 風を受けてゆらゆらと揺れる湖面の近くを歩きながら、のんびり姫乃達は歩く。

 物珍しらしくて綺麗な景色が目に見える所にあるなら、可能な限り見ていたいと思うのは当然の事だろう。

 それが、この世界にしか存在しないであろう景色なら、なおの事だ。


「そだね、こんな常識の通じないおかしな景色向こうには存在しないだろうしね」

「僕だったら、お花も団子もだけどなー」

「ぴゃっ、啓区ちゃまお花もお団子さんと一緒に食べちゃうの!?」

「いやいやのは、どっちも食べる、じゃなくて見ながら食べるって意味でしょ」

「そーだよー。でも桜の花びらも最近は食べ物になって売られてるけどねー」


 そういえば、桜のシロップ漬け、なんてのがこの世界にもあったな。

 ルミナの作ったの、どんな味がするんだろう。

 帰ったら味見させてもらおう。


「てかアンタ、ほんと何か食ってないと気がすまないワケ」

「食べてると生きてるって気がするよねー」

「そりゃ、生けてなきゃ食べられないしね」

「じゃあ、食べてなかったら啓区ちゃま死んじゃうの!? なあ、どうしようなのっ、食べ物持ってないの」

「いやいやいやいや……違くて」


 皆の会話する声を聴きながら、湖の湖面を移動していく赤色の葉っぱを眺める。近くに立っている赤い家のそばに建つ、木の葉っぱがここまで風に吹かれて移動してきたのだろう。


 紅葉、とかじゃないよね……。


 形は本当に普通の葉っぱ。ただ色が赤いだけ。


 ……どんな名前の木なんだろう。


 向こうに色調が変わって薄桃色に色づいた木が立っているけれど、桜ではなさそうだし。そもそもこの世界の桜は、白い色の花びらで、時期を考えれば散っていてもおかしくないのだし。


「というわけで、国語のべんきょー何てまったくしてないワケ。英語とか、社会とかなら、分かるけどさ」

「未利ちゃまそれは良くないって、なあは思うの。ちゃんとお勉強さんしなきゃ駄目なの」

「なあちゃんはえらいねー。でも、漢字とかはさすがに覚えるんじゃない―?」

「そんなの無視! その分野は捨てる! 何かあいつら、カクカクしてるから見てたくないし、嫌いだし」


 どんな話をしてるのかなと、意識を会話の方に戻せば。話題はテストについてだった。

 未利が腕を組んで持論を力説したり、なあちゃんがそれに拳を握って横から反対したり、啓区はそんななあちゃんの頭をなでてよしよししたり。


「……雪菜先生、国語の授業の合間にことわざとか四字熟語とか教えてたよね。あれって、テストで出すつもりだったのかな」


 異世界に来る前に行った、四月の一週間分の授業を思い出し、姫乃は疑問と共に会話の輪に投げかける。


「げっ、そういえばそんな事やってたわ。うわー……」


 未利が一気に絶望の表情になり、頭を抱え始める。

 ゲームの技名とかなら喜んで覚えるのに、とか小さく呟いてるのが聞こえた。


「そんなに嫌かな……? 私は面白いと思うけど」


 不思議に思ってそう言えば、未利の肩をポンと叩いて当人にはねのけられている啓区が納得の声をもらす。


「あー、そう言えば姫ちゃんは国語の成績良かったもんねー」

「雪菜せんせいの、むきうちテスト凄かったの。なあ、凄いって思ったの。皆わーって、言ってたの」

「うん、むきうちじゃなくて抜き打ちねー。実は未利より国語の勉強が必要だったりしてー」

「国語の勉強以前の問題の気もするけどね、アタシは」


 ……うーん。確かに点数は低かったけど。

 なあちゃんの解答用紙を思い出して思考を巡らせる。

 たまたま、皆が回答を相談している時に見る機会があったのだ。


「元ある四字熟語を書いて、それをかっこよく技名っぽくアレンジいて描いてね☆」なんて問題でクラスが盛り上がってたっけ。

 実際、その時見た物は確かに点数が低かった。


 だが。


「なあちゃんは、ちゃんと勉強すれば伸びると思うんだけどな。ちょっとケアレスミスが多いだけで」

「けあれるみう、さんなの」

「ケアレスミス、だよ。ちょっとした間違いの事。一文字だけ間違ってたり、読み方が……たぶん勘違いしてるのかな? そう覚えてたり……。選択問題とかも、欄を間違えてたりして」

「そうだったの!? きょーがくのじじつさんなの」

「だからもうちょっと注意して問題に取り組めば結構点数上がると思うよ」

「なあ、やる気さんおーって出てきたの、がんばるおーなのっ!!」


 驚愕の事実を前に、目をまるくしてビックリマークを住ませていたなあちゃんは姫乃の言葉に一万歩ぐらい背中を押されたようで、今度は目にやる気の炎をメラメラと宿し始めた。


「姫乃って」

「うん、良い先生になれるよねー」


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