第14章 捜索開始
そんな感じで温泉での話があった翌日、さっそく本来の作業の合間を使って手紙捜索にあたることになった。
「お手紙さんお手紙さん、どこなのー? なあ捜してるのー。いたらお返事してほしいのー」
「手紙が返事したら怖いって……」
午前の計測器設置の分を消化し終えて、お昼ご飯を早めに食べた後、カアカアラスが見えなくなった辺りを重点的に手分けして捜し歩く。
「お手紙お手紙……なの」
あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ……。よそ見しながら歩いているなあちゃんは、見ていてとっても危なっかしい。
事実。
「ぴゃっ!? いたた……なの」
足元の注意がおろそかになって、ものの見事としか言いようのない見事なフォームで、額から地面に突っ込んで行ってしまった。
つまり、こけていた。
「何やってんのさ、まったく……」
呆れながらも、未利が近寄って助け起こす。
「こけなれてるせいか、そんなに怪我にはなってないのが救い、か。へーきっぽいよ」
鼻の頭や前髪をかき分けて額などを確認すると、心配している姫乃に向かってそう言った。
「これで、五回目だもんね」
「人生トータル回数にしてみると、100回は余裕で超えてるけどね……」
「そ、そんなに……?」
今日一日の学習の成果だと思ったが違ったようだ。
人生単位だった。
桁が違う。
「しっかし、普通に探してても埒が明かないんじゃないのこれ。どうする?」
何か良い案はないかと、問いかけられた姫乃は考え込む。
確かにこのまま歩いてるだけじゃ……見つけられるか分からない。
「カラス……って言えば、高い所に巣を作るんだよね、木の枝とかにいるのかな」
「木、ねぇ。あっちと違ってこっちの世界は自然豊かだからね、町中でも。環境保全団体みたいなのが、泣いて喜びそうな景色じゃん」
この辺りの木だけでも相当な本数に上ってしまうだろう。
とてもじゃないが、普通にしてたらこの隙間時間に探しきれない。
「木さんを見たいの? それなら、お空を飛べたらとっても便利なのにってなあ思うの」
「この世界って、空飛ぶ魔法とかどうなんだか……」
あったら良いとは思うけど、残念ながらそんな人は見たこと無いんだよね。
この世界の魔法はいくつかの種類に分かれているらしいが、普通の人に使える魔法の中にそのような効果のあるものはなかったはずだ。
才能がある人は、自分でオリジナルの魔法を作って使えるらしいけど……それでも、空を飛ぶなんて事出来た人はいないらしいし。
ルミナリアも「そんな事できる日が来るのかしら?」って言ってたくらいだしなぁ。
後、自分達で出来る事と言ったら……。
「じゃあ、この辺で高い建物探して登ってみる?」
姫乃は、出来ることを言ってみた。アテならある。
この世界に来た当初にいたあの場所だ。自力で上るのは無理だし、許可もいるだろう。ルミナリアに頼んで、何とかしてもらえないかな?
そういう事を話せば、未利はなるほどと頷く。
「じゃあ、手分けした方がいいかもね。アタシとなあちゃんは
エルケ 羽ツバメの
建物の裏手、色とりどりの花々が植えられた庭の隅に一本だけ白桜の木が立っていた。
やや細身ながらも若々しい木は春のやわらかな風に、白い花びらをひらひらと舞わせている。
「馬鹿だなお前。こんな所に一本ぼっちでホント馬鹿みてー」
お昼寝の時間にもかかわらず、一人布団から抜け出してきたアルは、白桜の木を見上げて話しかけていた。
「表にはえてるなら良かったのに、何でこんなとこに植えたんだろうな。しかも他のがいるならまだしも、一本だけって、そいつぜってー性格わりぃーよ」
「誰が性格悪いの?」
「うわっ」
後ろから声がして振り返ると、この間見た顔があった。
確か、なあとかいう変な名前の変な性格の人間だ。
「アルちゃま、桜さんとお話してるの? なあも一緒にお話するの」
「何勝手に決め付けてんだよ。そんなわけねーだろ。独り言だよ!」
反論するが、聞いてるのか聞いていないのか、なあはアルの隣に来て白桜を見上げ、さっそく話しかけ始める。
「こんにちはなの。なあはなあっていうの、始めましてなの。桜さんは、温泉の近くにいるおっきな桜さんの親戚だったりするの? ちょっと雰囲気が似てる気がするの」
話し終わると、耳をすませて数秒。
そして首を傾げる。
「桜さん返事してくれないの」
「木が喋るわけねーじゃん。ねーちゃん、俺よりでかいのに頭悪いのかよ」
本気で悲しげな表情をしてそんな事を言ってきたので、現実を突きつけておく。
木に親戚とかあるのか人間じゃあるまいし……とか、雰囲気なんて分かるのかよ……とか色々言いたい事はあったが、いちいち指摘してたら話が進まないような気がする。
「何で、ここにいるんだよお前」
「けーそくき置いたら、未利ちゃまがみんなと遊んできていいよって言ってたの。でも、遊ぼーって言おうとしたらぐっすりしてたから、なあしょんぼりしてた所だったの」
ちなみに未利は「遊んできていい」と喋ったではなく、正確には「外のあっちこっちで探さないと」という独り言で、なあを野放しにするつもりではなかった。
アルはなあの言葉を聞いて色々突っ込みたかった。だが、あえて聞きかえそうとは思わなかった。なんとなく内容を理解できたからだ。
アルは足元に転がっていた石ころを軽く蹴る。
「みんなお昼寝してるの。アルちゃまは一緒に眠らないの?」
「眠くないんだから、しょうがねーじゃん。それに、やらなきゃいけない事があるし……。あ……」
石は、見た目よりも軽かったらしく思ったより転がって、名前の分からない黄色い花を下敷きにして止まった。
「そのやらなきゃいけない事は今じゃなきゃ駄目なの? 後で皆に手伝ってもらえばいいのにってなあ思うの」
なあはその石の所まで行き、つまんで拾い上げた。
下敷きになっていた花は元気よく、元の姿勢にぴょんと起き上がる。
わざわざそんな小さな花なんかの為に進んで労力を費やさなくてもいいのに、と思いながらそれを眺める。
「……」
アルだって、目の前の年上の少女に言われた事を、考えなかったわけじゃない。
首飾りは、探さなければならない大事な形見だ。
人手は多ければ多い方が見つかりやすいに決まってる。そんな事ぐらいアルにだって分かる。
けれど……。
アルは一人でやるのを選んだ。
あれだけ大暴れしといて、手伝ってくれだなんて都合が良すぎるとも思うし。
それに、アルの事など皆……嫌いになってるかもしれない。
「分かったの! なあ分かったの、犯人さん! それは、不安さんっていうの」
中々返事が来なくて、物思いに沈むアルの顔をのぞき込んでいたなあは、唐突に声をあげた。
「アルちゃまはきっと不安でいっぱいになってると思うの。不安でグルグルになってるの。考えてばっかりだとそうなっちゃうって、なあ知ってるの」
話す事に夢中になるあまり、白桜の花びらが鼻の頭に乗っかった事にも気づいてないようだ。
逆に言えば、それだけ真剣って事なのだろう。
「なあの友達も、一人で考えてる時は、不安だったり悲しそうだったり怒ってたり、何だか良くない表情してるの。なあはそんな顔してるのは嫌なの。だから、いっしょに鬼ごっこしたり隠れんぼしたりして遊ぶの。そうすると、不安さんとか悲しみさんとかが、全部飛んでっちゃうの」
「それって、つまり考えるより動けってだけの事じゃん」
なあちゃんの力のこもった長めの話を、アルはばっさりと訳した。
水を差されたような形になったにも関わらず、なあは嬉しそうに頷く。
「そう、そうなのっ」
頭を振ったにも関わらず、落ちていない花びらにどうなってるんだと思う。
「花びら、鼻についてる」
「あっ、本当なの」
慌てて手で白い花びらをつまみ、驚いている。
動けって言われても……。
「それが、できたら苦労してねー」
「え、何か言ったの? アルちゃま」
「何にも言ってねーよ」
もうお昼寝の時間も終わりだろう、大人たちも布団に入ってるのがアルじゃなくて身代わり人形だということに気づいてもいい頃だ。
アルは、白桜から離れて建物の中に戻ろうとする、その背中に。
「きっと、そんなに難しい事じゃないと思うの。アルちゃまがほんの少し皆の近くにいくだけで……きっとそれだけでいいはずなの」
切実な、そしてやっぱり真剣な声が最後に一言だけかかった。
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