第13章 シンプルな気持ちに従って
エルケ 白桜浴場
そんなある意味衝撃的な出会いがあったその日の夜。
姫乃達はいつものように温泉にやって来ていた。
夜の外出はあまりいいものではないんだけど、温泉の周辺だけは別で、通りに散りかけの白い桜の木が多く並んでいるおかげか比較的明るいのだ。
そんなわけで、一日の労働の汗を流している姫乃達だ。
しかし、そこにはいつものメンバーとは違う顔もいた。
昼間の女の子……ユミンだ。
そのユミンの下へ、温泉の湯気の中で二つの影が移動していく。
「みつからなかったー」
「みつかならららーららー」
ばしゃばしゃばしゃー、っと温泉の中でヤアンとローノが周りで泳ぎ回っている。
「くぉらガキ共! 泳ぐな騒ぐな、こらこっちにお湯かけんな!」
叱るのは未利なのだが、それが気を引いてしまったらしい。ターゲットロックされた未利が冷や汗をかきながら逃げると、それを追いかけていきゃーきゃー言いながら騒いでいる。
そこにさらに、騒ぎをたしなめるはず未利が本末転倒でそこらにあったバケツをひっくり返す。飛んできたバケツの中身のお湯が降り注いだりして、結局うるさくなってしまっている。
「なあも、お湯さんぱしゃってやるの!」
「ちょ、三人もさばききれないから、やめい!」
そんな騒がしい一団を眺めながら、黒い鳥(カアカアラスという名前らしい)につつかれていたユミンは、ただただ目を丸くしていた。
「ヒメノちゃん、あの子達いつもあんな風なの?」
「ええと、その通り……かな」
否定できないよ。その通り過ぎて。
ルミナがいると、今日よりもっと騒がしい事もあるんだけどね。
姫乃は言いたかった事を思い出してユミンに頭を下げる。
「あの……、今日はごめんなさい、力になれなくて」
「そ、そんな事ないよ。
ついさっきの連れ去られた手紙捜索事件の結果について謝ると、ユミンさんは気にしないでという風にパタパタと顔の前で手を振った。
あの後連れ去り犯のカアカアラスが飛んで行った方角に向かって、日が暮れるまでユミン達と一緒に探し回ったのだが、手紙一つすら発見できなかった。
「私達、もうかれこれ三年は配達の仕事やって来てるけどこんな事初めてだなぁ」
ユミンの声に混じるのは少しの驚きや困惑、そして疲労感だ。
手紙の捜索で一番頑張っていたのは、他ならぬ奪われた当人だ。
何人もの道行く人に訪ねては、手掛かりになりそうな場所を休むことなく探し回っていた。
辺りが真っ暗になってからも自分だけでも探すと言ってきかない彼女を、お兄さん(名前はカミルというらしい)が必死に説得していたのはつい先程の事だ。
カラスに配達物を持ってかれちゃうなんて事、そうそうあるわけないだろう。
ユミンさんに比べて冷静そうなカミルさんも、どうすればいいのか分からないといった様子だったし。
「そういえば……、あの車に積んであったもの色々あるけど、あれ全部エルケへの配達物なんですか?」
カミルさんがいた近くにとめてあった荷馬車には、何かの家具やら置物やら、木箱や布で梱包されている物やらそのままの物やら、とにかくたくさんの………実に様々な物品が並んでいた。
「そんな丁寧に喋らなくていいよー、一個年上なだけなんだし。私はちょっと身長高めで仕事引き受ける時なんかは子ども扱いされないで助かってるけど、こんな仕事してるせいもあって同じ年頃の子と話すことあんまりないんだ。だから、ね?」
お願い、とユミンさんは言う。
この浴場にくる道すがら、自己紹介した時は驚いたな。
自分達より身長差もあったし、手紙を攫われた時は思いっきり狼狽してたけど冷静になって話をしてみるとどことなく雰囲気が大人っぽく感じられて、そんなに年が近いだなんて思えなかった。
私とそう変わらないのに、仕事をきちんとやってるなんてすごいなあ。
「そっか、うん。分かったよ」
でも、そのせいで友達ができないっていうのはちょっと寂しいよね。
いろんな所に行くんだろうし、きっと一つの所に長く留まっていられないんだろうな。
背が高いと、棚の上の方とかに置いてあるものとか取れてよさそうなんだけどな。あと身長制限のある乗り物とかも乗れるし……。
だけど良い事ばっかじゃないんだね。
「うん、ありがとう」
ユミンはうんうんと満足げに頷き、さっきの疑問に対する答えを返した。
「それで、あの荷物なんだけどね。全部エルケのじゃないよ。あれだけあっても三分の……いや四分の一くらいかな、この町の分の量は。後の分は他の町の分。これでも少ない方なんだ。クロフトの町で届けてきたからね。一つの町から一つの町へ届けてたら手間がかかっちゃうから、定期的に巡回する道順を決めておいて、これから通る町たちの分の配達をまとめて請け負ってるんだ」
「そっか、その方が効率良いもんね」
学校でもやったことがある配達係の仕事と同じだろう。
採点が終わったクラスみんな分のプリントを職員室でもらって、配達する。
一人一人がもらいに行ったら時間も手間もかかるし、先生がわざわざいくのもやりかけの作業を中断することになるし他の事が出来なくなっちゃう。
「だけどさぁ、効率がいいからって何でも人に頼るのはどうかと思うけどね」
ヤアンとローノにしがみつかれながら、近くに来た未利がそんな事を言う。
すごく動きづらそう。
「だってさ、ちらっと馬車見たけど荷物に張り付けてある紙切れ、同じ人間の名前が書いてあるやつがいくつもあったじゃん。一回で頼んだ方がメンドくないだろうけど。あれってホントに今送らなきゃいけないもんばかりなワケ」
未利、そんなところ見てたんだ。
私は全然気づかなかったな。
そんな未利になあちゃんがひしっとしがみつきながら訪ねる。
未利、なんだか震えてるけど。潰れそうで心配だ。
「未利ちゃま、頼るの駄目なの?」
「ぐ……うぐぐ。時と場合による。甘やかすと人間、それと知らずに怠惰になってくもんなんだから、少しぐらい苦労した方が良いんだって。ああっ、アンタら離れい! 重いわっ!」
ぺいぺいぺいっ、とまとわりついている三人をひっしに引きはがす姿を見ながら思う。
未利はたまにそういう、人生もう十年分余分に生きてるみたいな事言うことがあるんだよね。現実的でシビアな物言いをしてるっていうか……。
大人っぽいっというか達観してるというか、なんとなくおばあちゃんっぽい……かも、なんて言ったら怒りそうなので言わないが。
温泉つかったとき、気が抜けたように声出してるとことか。見てるとすごく、それっぽく見えるし。
「ブクブクぶく……ぷはーなの。でもなあ思うの。頼られるのは嬉しい事なの。頑張りたくなるの。ユミンちゃま達頑張ってるの。だから、頼ってるの! ……あれ、なあ何言おうとしてたの?」
どうやら自分で言ってる内に言いたいことが分からなくなってしまったらしい。
「ユミンちゃまたちが精いっぱい頑張ってるから、悪い事じゃないと思ったの……うーんなの」
「なあちゃんが言いたいのは、悪意がなく純粋に頼ってくれた事を、私達が分かってるって事だよね。そうじゃなきゃ、私たちはこうして頑張れてないって事でしょ?」
「たぶんそうだと思うの!」
ユミンのなあちゃん語解説に、なあちゃんばかりでなく自分達までもなるほどと感心していた。
結構付き合いがある未利でも放棄してた翻訳なのに、よく分かったよね。
「前に立ち寄った町……クロフトは職人の町だからね、変わった人ばっかなんだ。ちょっと常識が危ない人も中にはいるけど、基本は私達が子供だって言って相手にしてくれないなんて事はないし、良い人達ばかりだよ」
未利は、自分の発言が町の人たちをけなしているようにも聞き取れることに気付いたのだろう。
気まずげに首からお湯に埋まっていって、目だけになってぶくぶくしている。
「ふえっ、未利ちゃま沈んでるの!」
「ぶくっ、ぶくぶくぶく……」
沈んだまま何か言っているので、聞き取れない。
「ええと、未利はきっとユミンちゃんの事心配してくれたんだと思う」
「うん、分かってるよ。ありがとうね」
「ぶくくくく……」
今のは「そんなんじゃないし」とか言ってたのかな。
ともかくそんなフォローを入れてあげると、ユミンは含むところなど何もないという様ににっこりと笑いかける。
「ぶくっ、ぶくぶくぶくぶくぶく……っ」
「ぴゃあっ、未利ちゃま全部沈んじゃったの! 大変なのっ!」
なあちゃんが慌ててるけど、多分照れ隠しなのだろうから大丈夫だと思う。
とりあえず、と今日決めておかなければいけない事をまとめなくては。
「じゃあ明日の事だけど……時間が空くようだったら、カアカアラス……だっけ。その鳥が、飛んでいった方を探してみよっか。何だったらセルスティーさんに話して、明日の分の計測器、その近くの設置場所のにしてもらおう」
「それいいの! なあも明日はりきって黒いカラスさん探すの!」
「ぶはっ……まあ、異論はないけど……」
なあちゃんの賛成と、復活した未利の同意を取り付ける。
そんな感じで明日の行動方針がまとまった所で……。明日の行動指針を考えていると。
横でユミンが驚いていた。
「え、明日もって……?」
「え?」
「えっ!?」
逆に姫乃も驚いた。
その驚きに対してユミンがまた驚いた。
そういえばこんなことセルスティーさんに計測器設置の依頼をされた時もあったな。
「そっちも、いろいろあるんだよね。時間をとらせるなんて悪いよ。それに……、手紙が持ってかれちゃったのは私のせいなんだから、私が頑張って一人で何とかしないと」
「でも……」
すまなさそうにそういうユミンの表情を見て、反論したくなる。
なんかモヤモヤするな。
何だろ。
しょうがない事だと思うんだ、手紙が連れ去られちゃったのって。
誰も想像できなかったし、防ぎようがなかったと思う。
それを、自分一人のせいだってしょい込んじゃうのは、ユミンがあまりにも可哀想だ。
だから手伝いたい。
そう思うのに……。
「私たちの事は、気にしなくていいよ。計測器置くことは大切だけど、余った時間だってあるんだし」
「いやいや、そんなのだめだよ。個人的な時間を削っちゃうなんて。私のせいでこれ以上迷惑かけられないから」
「迷惑だなんて……」
うーん、どうしよう……。
話は平行線だ。
これ以上時間をかけたら逆にこっちが説得されちゃうんじゃないかと思える。
ユミンは私達より年上だし、私たちよりよっぽどしっかりしてる。言い負かされないという保証はない。
しかしそんな姫乃を横に置いて、言葉を発する者がいた。
「なあはね、ユミンちゃまを手伝いたいの」
なあちゃんだった。
なあちゃんは、こんな時のなあちゃんだった。
「ユミちゃまが困ってるの見たくないの。なあの手伝い駄目なの?」
「え、駄目ってわけじゃないけど……」
「だったら大丈夫なの。皆で手伝うのがいいの」
普段はちょっと心配になるくらいなんだけど、今はとっても頼りになる。
未利といい、なあちゃんといい、こうだと思ったら実はそうじゃなかったりして、掴めないっていうか掴みどころがないっているか、雲みたいでほんと不思議なんだよね。
「姫ちゃまも手伝いたいって思ってるの」
「うん、私もなあちゃんと同じかな。ユミンちゃん良いよね?」
こうやって最初から言えば良かったんだよね。
理由とか、難しい説明とかいらなくて……。
考えてみたら、ルミナリアが普段からやってることなんだ。身近にとってもいい見本がいたのに、忘れてたみたいだ。
「で、でも……」
「でもじゃないよ。困ってるって分かってるのに放っておくなんて出来ないよ。だから頼ってほしいな」
「あ、ありがとう。何か照れるなぁ……」
根負けしたように、ユミンが苦笑を返して見せる。
それって、良いって事だよね?
肯定するようにユミンは頷きを返す。
「でも、ちょっと嬉しいや。じゃ、うん、お願いしようかな。よろしくね」
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