第12章 エミュレ配達兄弟



 エルケ ヴェースリーブス武具店支店 裏手 『姫乃』


 小さな店の裏手。

 赤みのある髪の毛を、後ろで一つに縛った少女がをうろうろしていた。

 その少女は、あちこちに視線を向けて生真面目な表情をしながら、両手で抱えた機械箱の設置場所を探している所だった。


「これで、いいかな……っと」


 その少女こと結締姫乃は、本日分最後の計測機を太陽熱にさらされない日陰……店の裏手に設置して、腰を上げる。もちろん店の人には設置許可をもらっているので「はて、なんだろう?」と首を傾げられ移動させられたり処分されたりという事はない。


 姫乃は一日の労働の疲労を感じさせる動作で、ゆっくりと振り返る。


 そこにいるのは、相変わらず例の害獣襲撃事件から男物の服を着込んでいる未利と、幼さが目立つ顔立ちをした花模様のワンピースを着ているなあちゃんだ。


 二人の協力者も姫乃と同じくどこか疲れたような様子で立ち、日陰に避難していた。


 あ、ちょっとずるい。


「やっと終わったみたいだね」

「のるま、達成ーなの。なあ、ちょっとへろへろになっちゃったの」


今日終了分で、セルスティーに頼まれた手伝いもようやく……残すところあと数個、といったところまでになった。

 これまで苦労して頑張ってきただけに、手伝いの終わりを感じて少し寂しくなるが、それは無事に終わらせてから浸るものだろう。

 壊れ物でもある機械の計測器は、扱いを間違うわけにはいかないし。


「あんなくそ重たい箱をまーだ明日も、明後日あさっても、明々後日しあさっても、まだ運んでいかなきゃいけないのー? えっちらおっちらしながら後どんだけ町を歩き回らなきゃいけないわけぇ」


 まさか本当に痛いわけでもないと思うが、未利は右手で左肩をたたきながらそんな事を言う。眉根をよせた表情が、なんとも嫌そう。


「そうなの? なあはとっても楽しいの、いろんな所に行けるの。毎日遠足みたいなの」

「なあちゃんは疲労も楽しみの内って考えか。疲れるのが遠足だっていっても、これはちょっと、いやかなり遠慮したいわー。内容が内容だけに」


 ……確かにこう毎日同じ事を繰り返すとちょっと骨だよね。


 この作業、このエルケの町のいろんな場所の空間魔力保有量くうかんまりょくほゆうりょうとやらを調査するために作られた計測器を設置していくというものなのだが……、それが結構手間な作業なのだ。


 現在、姫乃の目線先にあるこの計測器は、他の町に置いてある物も含め同様に、全て手で運んできていた。荷台や滑車に乗せて運ぶ、なんて方法がとれないからだ。


 理由は単純明確、その計測器が壊れやすく繊細だから。

 ちょっとの衝撃で簡単に駄目になってしまうこの機械は、道を転がしていく車輪の振動にさえも弱いらしい。開発者であるセルスティーによれば完成したばかりの試作機達を知らずに載せてたくさん犠牲にしてしまった……、という話だ。


「たった十メートルだったわ。それで何も反応しなくなってしまったの」……それが、普段は冷静なセルスティーさんがなんとも言えない悲しげな表情をして述べた体験談だ。


「とにかく、予定分は消化したし、今日はもう無理そうだから帰ろうか」


 今からまた計測器を持って設置場所まで運ぶとなると、日が暮れてしまいそうだ。「一日にこれだけはやる!」という目標分は終えてしまったので、早めに切り上げてしまったとしても、明日以降の作業には影響はでないだろう。

 いくら町中といえど、女性や子供が夜道を歩けば危険はつきもの。


 セルスティーさんにも、安全を考えて遅くならないようにしなさいと言われているしね……。


「はー、終わった終わったー」

「遠足は帰るまでが遠足なの」

「なあちゃんは、遠足が筋金入りに好きすぎる」

「お散歩も好きなの」

「単に外出系か……」


 そんな感じで、一日の疲労を抱えてセルスティーさんの家に本日分の報告を……と思った時だった。


「姫ぇぇぇぇぇ……。危なあぁぁぁぁい!」

「え?」


 叫び声が聞こえた。


 自分の名前が呼ばれた……のだろうか?


 なんて考えたのか考えなかったのか、条件反射で声の主の方へ振り返る。

 振り返ってから、あの明るい笑顔の彼女の声ではないと気づいた。


 そこには手をのばしたポーズで姫乃達より二、三年上くらいの少年が立っていた。

 そして、その人が持っていたらしい紙束が地面に落ちて散らばっている。

 何やら驚愕した様子で、視線の先を見つめていて。叫び声の余韻を開いた口からもらしていた。


「わ、わあぁぁぁぁ、兄ぃ助けてー!」


 姫乃は同じく驚愕した。


「あぁぁぁぁ……、あうっ!」


 男の人の視線の先、自分達よりちょっと年上だろう年齢の女の子が、空から降りてきた黒い何かしらの生物に襲撃されていた。つつきまわされていた。

 女の子が手に持っていた紙束が散らばる。


「いたたたた、いたいいたい……。離れ……て、ってば!!」


 駆け寄ろうとする前に、女の子は腕を振り回して黒い飛行生物(何となく形状と言いサイズといい赤い目といい、カラスに似てるような気がする)を自力で追い払った。


 これで一安心、かと思いきや。

 しかし。

 だがしかし、だった。


「ひ、姫ぇぇぇ、手紙、手紙だよ。危険! 手紙!!」

「へ? あぁぁぁー! 配達物がっ!!」


 黒い飛行生物は、小さな紙束をくちばしに加えてばっさばっさと遠ざかろうとしている。

 二人の慌て様からして、そうとう大事なものなのだろう。

 なんとかしたい。


「未利、お願い!」

「仕方ないなあ」


 しぶしぶと言った言葉とは裏腹にやる気満面の表情で狙いにかかる未利。


「今晩のおかずは焼き鳥で」


 やる気というより、むしろる気だった。


「食べちゃダメなの、かわいそうなの。なあ達食べるの困ってないの」


 ……えっと、出来るだけ殺傷しないようにしてほしいな。


 未利は中空に緑の魔石がはまった指輪のある右手をかかげ、


「えーと、とりあえず集まれ、風」


 なんて適当な魔言まごんを唱えた。

 右手の先に棒状の矢の形に、風が集まってくる。


 すごい。


 練習してるのは知ってたけど、こんな風に使えるんだ。

 それに、風を形にして集めるなんてなんて普通思いつかないよ。


「そーれ、っと」


 ぞんざいな手つきで、集まった風をむんずと掴み、遠ざかっていくカラスに向かって投げた。

 狙いは悪くなく、そのまままっすぐカラスの方へと向かっていくのだが……。


「あちゃあ……、駄目だ」


 風ははるかに手前でばらばらにほどけて消えてしまった。


「鳥さん向こうに行っちゃうの。残念なの……」

「まだまだ改良不足ってとこか」


 あれだけ出来るのはすごいと思うんだけどな。

 私なんて、魔言まごんを唱えたところで何も起こらないし。


「なかなかの腕前でしたよ。ご協力感謝します」


 少年が、こちらに気付いて声をかけてくる。

 女の子の方も大した怪我はしてないみたいだ、つつかれたりして乱れた髪を直しながらこちらに向かってくる。


「別に、姫乃に言われたからやっただけだし」

「未利ちゃまはとっても優しいの」

「いや、今アタシそういう話した?」


 そっけなく返す未利だが、しかし少年は気を悪くするでもなく丁寧にあらためてお礼を言う。真摯な態度で、視線を合わせるその様は……その人の容姿と合わせてみてもちょっと格好いいと思える姿だ。自分はそういうのには疎いと、人からよく言われるほうなんだけど。


 絵本の中の王子様がするような恰好をすれば、とても似合いそう。


「いいえ、結果はどうあれ協力してくれた事に違いはありませんから。……あぁ、姫ぇぇ大丈夫かい痛くないかい怪我は薬はああああこんなになって……」


 似合いそう……だったのだが、近くに寄って来た妹が心配になって、惨状を見て、最後には絶叫になってしまった。

 さっきまでの態度が嘘のようだった。


「ちゃんと言い終えてればすこしは様になったんだけどね」

「未利ちゃまどういう事なの?」

「んー、残念な人って事」


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