第11章 日常の影で



 リフリース凍土 廃墟 『+++』


 近くにあるミルブロス砦から、小一時間ほどの距離に建つ建物。

 その地下には数人の人間がいた。白いローブをはおった女性と、その女性と向かい合うようにして漆黒色の台座を背に立っている数人の子供達だ。


 そこにいるのはさまざまな体格、髪の色、瞳の色をした子供達だが、皆一様に表情はなく感情のこもらない目を女性へと向けていた。それも、女性という人を見るものではなく、そこに存在している物を見るようなまなざしだった。


「覚えろ」


 女性はローブの隙間から、桜色の魔石を握り締めた手を子供達の方へとつき出した。魔石からは微力だがサクラス・ネインという人物の魔力が発せられている。


 女性の前に立つ、子供達はその魔石を見つめる。そうして魔力を記憶しているのだ。


 魔法の素質の有無に関わるが、魔力の気配を察知する事は不可能ではない。

 気配は、何度も感じとった事のあるものなら、覚えるなんて事もできるが。一度感じただけの魔力を、などという事はよほど魔法の才能に恵まれた者でもなければ到底無理なはずだった。

 しかし、その子供達はそれをしている。


 どうしてか?

 それは彼ら彼女らが、それができるように作られているからだ。


「覚えたな。なら、探せ。見つけたら知らせろ」


 女性の言葉に、頷きが返る。

 それを確認した後、女性は魔法を発動させる。


「移動しろ」


 転移の魔法だ。

 子供達の足元に現れた魔方陣が、光を放つ。発せられた色は濁ったような黒紫の光だった。

 光が子供達を包んだ一瞬後には、もうそこにはなにも無い。


「サクラめ、何をこの世界に持ち込んだ……」


 聞く者のいない、女性の憎久しげな言葉が部屋の闇にこぼれ落ちた。







 エルケ 工場倉庫 『+++』


 エルケの町の片隅。

 稼動している工場の近く。

 倉庫の中には数人の人影があった。

 彼らは決して工場関係者などではなく、知り合いや親類縁者でもなかった。


 ここの工場長は、そんな得体のしれない連中の溜まり場として自分の所の倉庫が使われているとも知らず、今日も普段どおりに作業をしていた。


 倉庫内では、重苦しそうな鎧を身に着けた大男一人と、それを取りまいている重厚で意匠のこったやたらごてごてした鎧を同じく身に着けている男女が五人。あわせて六人の人間がいる。


「親分、何いじってるんですか?」


 五人の中の一人が、大男の手の中にある金属の物体に気づいて尋ねた。


「見て分かんねぇのかよ。首飾りだよ、首飾り」

「親分にもおしゃれ心があったんですねえ。そんな上等そうな品物を買ってくるなんて」


 遠慮のない口調で言った男性が覗き見ようとするが大男の手はすぐに閉じ、代わりに別の手を突き出した。


「馬鹿! んなワケねえだろが。換金するために持ってるに決まってんだろ。それとこれは拾いもんだ」


 ごつん。

 拳が落ちる音がして、覗き見しようとしていた男は倒れる。

 それを見た他の者達が笑い声をあげた。

 げんこつを落とされた方は、悲鳴をあげて頭を抱え込み痛みに情けなくうめく。


 傍観者として笑っていた一人の女が大男に話しかける。

 ただしその笑みは周囲のものとは違って冷笑だったが。


「ねえ、一つ聞いていいかい」


 その女性は男ばかりの倉庫内では浮いている存在だった。

 身に着けるのは女性が身に着けるにしては主張の控えめな色合いばかりの布地で、しかし露出度は高めの服を選んで着こなしているという何とも言えないバランスの悪い見た目をしている。

  

「例の話、ホントなんだろうね。魔力を集めて持ってきゃ、いいお金になるってやつ。この前みたいに失敗するのはあたしゃごめんだよ。つい最近だってただの小娘にノせられたくせにさ」


 女性であるその人物は、探るような視線を大男に送る。


「はっ、今度は失敗しやしねえよ。昨日もこの前も順調だったじゃねえか」

「そうかい、アタシにはたまたま運に助けられて人に見られなかっただけに思えるけどね」

「あぁ?」


 大男はそんな女性の物言いに不満そうに顔をしかめる。


「てめぇ、この俺様に楯突いたら、どうなるか分かって言ってるんだろうな」

「さてね、どうなるんだい」


 大男が倉庫内にいる男たちに目配せする。

 女性の周囲にいた者達が、女性ににじり寄っていくが。


「ふんっ」


 右手でその中の一人の頭を掴んで、別の男に打ち付け。

 別の男の足をけりつけて、背後にいる物共々すっ転ばせた。

 ながれるような動作で行われた正当防衛は、付け入る隙がまったくない動きだ。


「で? 改めて聞くけど、どうなるんだい? これ以上見た目が貧相になりたいんだったら、お仲間たちを滅多打ちにして特上の顔面不細工にしてやってもいいんだがね」

「ちっ、女のくせに……。おい、テメェ等! たかが一人に何やってやがる」


 大男は逆襲にあって呻いている仲間たちに怒号を飛ばすが、女性は苛立ちなど気にせず話を進めていく。


「仕事はいつまでに終わらせられるんだい? アンタ達とつるむのは飽き飽きだからね」

「安心しろ、俺らだって、てめぇみたいな可愛げのない女の相手なんか願い下げだ」

「そうかい。そりゃ良かった」


 大男は額に青筋を立てて怒号を放とうと口を開きかけたが、起き上がった部下達が女へこぞって苦情を言い出したため、気がそがれたようだった。


「一週間後の夜だ、それでしまいだ」


 失敗などありえない、そんな風に信じて疑わない様子で大男は期限を告げた。


 反対に女性は心の内で、一週間もかかるのかと失望していたが。


 そんな事があった後、仲間達と会話をしている大男の近くから女性は離れていく。


 女性は、心の底から呆れるような侮蔑するような視線を倉庫内に注いだ後、外へ出ていく。


 そして、魔言を唱えずに魔法を行使して、空中に水を出現させる。

 円盤状の形を取ったその水の塊は、面の方を女性へと向けていた。


 ややあって、その水鏡にそことは違う別の場所が映し出される。

 女性が使ったのは水鏡という魔法で、遠く離れた所にいる人間と対話する事の出来る魔法だった。

 鏡の向こうにもう一人の女性が映し出される。


「提示報告を入れる、こっちは順調にいってる。ちょっと裏から細工してたきつけてやれば簡単に踊ってくれるもんだね。きっと頭が可哀想なくらい馬鹿な連中なんだよ。そういうわけで、引き続き命令どおり魔力を集める事にする。……何だい? 面白い事? そんな事あるわけないだろうがさ。ロザリー、そんなに血しぶき浴びたいならロクナの奴に頼んだらどうだい?」


 女性は向こう側にいる女性に対してあきれた声を出す。

 かすかに水鏡から笑い声のようなものが聞こえてくる。


「人攫いの方は上手くいってない。部下達が、この町は明るくてやりにくいとさ。獲物を一人逃したとかも言っていたよ。……アタシのせいなわけないじゃないか、別行動をとっていたのに。後でお仕置きが必要かね、これは」


 嘆息して、視線を一度落とした女性は最後に水鏡の向こうへと挨拶する。


「それじゃ、連絡切るよ。せいぜいあの若頭を困らせない事だね」


 そうして、水鏡を消した後は、倉庫内へは戻らずその場を離れていく。


「収穫も乏しいし、そろそろここも離れ時かね」

 

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