第9章 仕事に伴う責任と正当な対価



 セルスティーが口にした報酬という言葉に驚いていると、ルミナリアが説明してくれる。


「セルスティーさんは誰かに物を頼むときに必ずそうやって対価を払ってるのよ。私ももらった事があるわ。いっつも良いって断りの言葉を入れてるんだけどね」


 ルミナリアがそう言うからには、冗談とかではなさそうだ。そもそも目の前の女性は、嘘とか冗談とか言いそうな人には見えないし。


「私個人こじんとしての頼みごとなら無くても良いのかもしれないけど、これは調合士セルスティー・ラナーとしてのものだから、ちゃんとけじめをつけたいの」


 セルスティーさんにはセルスティーさんなりの信条があるみたいだった。

 それにしても調合士って聞いたのに、何か薬でも作ってる人だと思ったら、こんな機械を作ってる人だったなんて。


 そんな事を考えていると、ルミナリアが説明してくれた。


「色々見て驚いたかもしれないけど、セルスティーさんはれっきとした薬の調合士よ。普段はお薬を作って、医術寮や町の薬屋に届けたりしてるわ」


 それなのに、こういう事もするんだ。

 全然違う分野に思えるのに。


 セルスティーさんはルミナリアの説明を引き継ぐように締めた。


「少し縁があったから気になっていたのよ。以前は旅をしていた事があって、その時のことで少しあったものだから。話がそれたわね。つまり依頼を受けてくれるのなら報酬をきちんと支払うという事よ」


 個人的な事については、出会って間もない姫乃が深く聞いていい話でもないのだろう。


「セルスティーさんはご褒美をあげたいって思ってる人って事なの?」


 なあちゃんはなあちゃんなりに、頑張ってセルスティーさんの言葉を噛み砕いたようだった。

 けどそれはちょっと訳しすぎじゃないだろうか。

 だが返ってきたのは小さな笑みだった。


「ええ、そういう事。労働の対価は互いの為にも必要だと思ってるわ。とくに仕事は手伝いなどとは違って責任が発生するものだから」

「責任、ですか?」

「そう。仕事をその人に依頼するという事は、達成の期待をかける事と、成果を求める事。手伝いとは違うという意識を持ってもらうために報酬はあるのだと思うわ」


 答えられたセルスティーの言葉は少し難しい事だったが、たぶん気を引き締めて行う為に必要な事だと言いたいのだろう。


「ルミナリアの場合は……」

「たまに手伝う時なんかは、私はお手伝い賃もらってるわね」


 何故か誇らしげに胸を張って答えるルミナリア。そうなんだ。


「報酬の……内容については、必要だと思うものを後に相談って事でいかしら」


 付け足す様にいう言葉は、私たちが、遠くから来た身だという事を先ほどの片付け中に話したので、それを踏まえてということらしい。


 セルスティーさんは計測器やら指示棒やらを片付けていく。説明すべき事はこれでお終い、という事だ。

 壁に向かうそのセルスティーの背中に、未利が呟きついでに声をかける。


「確かにただ働きでオーケーとか逆に怪しむわぁ……。じゃあ、提案があるんだけど。アタシとなあちゃんは話を受ける、……その変わりに報酬を指定したい」

「何かしら」

「当面の住処と、食事。……これでどう? さすがに三人まとめてルミナリアん家にお世話になるわけにもいかないだろうし」


 そういわれればその通りだ。

 人が増えれば当然、食べ物から服、眠る場所なんかも必要となってくる。

 ルミナリアの家は普通の家だ。姫乃一人ならともかく、未利達まで世話になれる余裕は無いと思うのだ。


「それは確かに大変だわ。でも、セルスティーさんのところなら大丈夫ね。何ていったって金冠きんかんの調合士なんだもの」

金冠きんかんの調合士?」


 耳慣れない言葉だ。

 言葉からして、何かすごい事っていう響きは感じるけど。


「調合士の中の調合士、とってもすごい調合士に送られる勲章みたいなものよ」

「セルスティーさん、とってもすごいの。勲章は頑張った人に贈られるのものだって知ってるの。えらいの」

「……あんまり説明になってないような」


 未利の言葉に同意だ。

 とにかくすごいって事は分かったけど。

 その話と大丈夫って事にどんな関係があるんだろう。

 話が進まないので結局当人が説明する事になった。


「勲章をもらうという事は、調合士としてそれなりに女王や人々に貢献したという事よ。詳しい事は……自分の事を言うというのも自慢にしかならないだろうから省略するわ。とにかく、金冠の勲章を賜った時に、色々頂いていたから……財産には余裕があるわ。当分の間なら、二人分の面倒を見るくらい大した出費にならないと思うわね」


 二人分が大した出費じゃないんだ。

 頂いた色々の物の価値って、どれだけなんだろう。


「じゃあ、交渉成立って事ね。世話になる」

「なあ、セルスティーさんにお世話されるの。ルミナちゃまのお家に泊まれなくなっちゃったって事なの? 残念なの。……でもセルスティーさんの所に泊まるの楽しみなの」


 話がまとまったところで、「これからよろしくお願いするわ」とセルスティーさんが右手を未利に差し出す。


 握手だ。

 未利はその手を数秒間見つめた後、意図する所に気づいて自らの右手を差し出す。まるで初めてするかのように握手はぎこちなく交わされた。

 なあちゃんとは、普通に元気よく(といっても、ぶんぶんと効果音が似合いそうなくらい勢いのついたものだった)交わされたが。


「後、まだ聞いてないのだけれど……貴方はどうするの?」

「え?」


 こちらに視線を向けて、何らかの答えを促される。

 何の事だろうと思っていると、ルミナリアが教えてくれた。


「手伝うかどうかって事よ、きっと」

「あ……、手伝います。私にもやらせてください」


 もう、自分も手伝う気でいたので、ちょっとびっくりしてしまった。

 そういえば、私何も言ってなかった。


「ヒメノって、あれよね。困っている人を見つけたら、ぴょーんて行っちゃう感じの……」

「ぴょ-ん……?」


 何だろうそのカエルみたいなのは。


「飛んだり跳ねたりしそうなの」

「ああ、お人よしか」

「とにかく、三人とも計測に協力してくれるって事でいいのね」


 横道にそれていた話を戻すように、セルイスティーが確認の言葉を放つ。


「……それでいい」

「もちろんなの」

「はい」


 姫乃達の返答を聞いて、彼女は軽く頭を下げた。


「それじゃあ、色々大変だと思うけどこれからお願いするわ」





 エルケ 白桜浴場


 そんな風に仕事を引き受けた数時間後。

 姫乃達は、町の中の公共の浴場にいた。


 温泉の傍には大きな桜(白い花が咲く光る木はやはりそうだったらしい)の木があって、そこが一番景色がいいからとセルスティーに進められたのだ。


「おっふろっ、おっふろー。じゃぶじゃぶーなのー」

「ちょ、しぶきが………。こっちかかってるから、なあちゃん」

「おふろーじゃぶじゃぶー」「じゃぶじゃぶーおふろー」

「ガキ共も、便乗しないっ。何でアタシ集中的に狙われてんの!?」


 空に星がきらめく時間。だけど、幻想的な景色の中。

 浴場には何人ものお客さんが入っている。


 未利やなあちゃんが必要となる生活用品を、ルミナリアの家から運ぶのに少し疲れた。

 ネコウに暴れられた部屋の掃除もあった物だから、お古の服や道具など、簡単な荷物をセルスティーの家に運んだ頃にはくたくただ。


 まあ、運ぶといっても、未利のどこかのゴミ箱からもらって(?)来た男物の服と、エルバーンの襲撃の時に気絶した兵士から頂いた(?)弓矢、ナターシャさんからもらった(今度は言葉どおりの意味)ルミナリアのお古しかなくて、小さめの手提げ一つ分だけだったので姫乃達だけでもできたのが幸いだが。


 温泉につかると、たまった疲れがとれていくようだ。


 よく考えれば二日ぶりなんだよね。


 たった二日だけれど、色んな事があった。

 屋根の上から落ちたり、害獣に襲われたり、未利やなあちゃんと合流したり、町の中を走り回ったり……、休憩寮で子供の相手もしたし、掃除とかも色々だ。


 大変だったことには変わらないが、この二日で分かった事も色々ある。

 魔法があるのが大きな違いだけれど、化学技術の発展を除けばこの世界は姫乃の知っている世界とそんなに変わらない。


 言葉は通じるし、町があって人がいてそれぞれ規則を守って生活してるのは変わらない。一日は二十四時間みたいだし、距離とかの単位も変わらないみたいだ。ただ唯一文字だけは、英語みたいで小学生の姫乃には読めないが。


「何かごめんねヒメノ。結果的に面倒ごとを押し付けるみたいになっちゃって」

「そんなの、全然気にしてないよ」


 温かいお湯が肌に与える心地よい感覚に表情をほころばせながら考え事をしていると、手を組んで水鉄砲を作って遊んでいたルミナリアが、唐突にそんな事を言ってきた。


「聖堂の手伝いがちょっと忙しくなっちゃうの。お手伝いなのに、普通の司教さんのお仕事の一部を手伝えるのは嬉しい事なんだけど……」

「司教さんのお仕事を? それって凄いね」


 素直に感心するが、対してルミナリアは浮かない顔だ。


「うん、……そうなんだけどね」


 彼女が言いよどむなんて、珍しい光景だった。


「だけど、大変だったらその時は言って。時間があったら、できる限り手伝うから」

「本当に大丈夫だよ。それに、ね……ちょっと嬉しいんだ。ルミナリアに出来ない事があって、私の力が変わりに役立つんだから。助けられてばっかりじゃなくて、私にやれる事もあるんだなぁって……」


 ちょっと、照れくさかったけど正直な気持ちを伝える。

 たくさん助けられた分の、ほんの少しだけかもしれないけど彼女に返す事が出来る。

 それが分かって、嬉しかったのは本当だから。


「ヒメノ……。あなた良い子!!」

「ひゃあっ!!」


 横から抱きつかれてバランスを崩し、お湯の中に沈んだ。急な事だったので驚いたが、怪我をすることもなかったのが幸いだった。ルミナリアが慌てて引き上げて謝る。


「ごめんごめん、嬉しかったのが溢れちゃったわ。そうだ、今度からヒメノの事をヒメって呼ぶ事にするわ。だから、私のこともルミナリアじゃなくてルミナって呼んで。いいわよね?」


 それは「良い?」って聞いてるより、もちろん良いに決まってるでしょって断言しているニュアンスだ。


「う、……うん」


 今度からかぁ。ちゃんと呼べるかな……何て考えてると肩をガシリと捕まれた。


 ルミナリアがにじり寄ってくる。

 目が輝いてる。

 何かを期待してるみたいだ。


「……ルミ、ナ……?」


 察した姫乃はさっそく要望に応えることにする。

 緊張にちょっと疑問系で名前を呼んでしまった。


「うん、ヒメ。……うん? やっぱ姫様にしようかな、それともヒメちゃま? お姫とか」


 満足げに太陽の笑顔をほころばせた後、姫乃の名を呼び返すが工夫が欲しかったらしく、うんうんとうなり始めた。


「そんなに名前を呼ばれると恥ずかしいかな……」


 だけど……。

 そういう小さな事で喜んでくれるのは嬉しいな。

 大きな事なんかしようと考えなくても、身の回りの事を探せば小さくても返せるものがたくさんあるのかもしれない。

 

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