第7章 異邦の地でも逞しく



 ウルル密林 『+++』


 樹木が天高く生い茂る密林の中、二つの人影が移動していた。

 辺りにはむっとした土の匂いと、蒸発していく水の匂いが立ち込めている。


「なあ、やっぱここって異世界なんだよな」


 ついさっき降った大雨……スコールを、名も知らぬ巨大樹の葉に隠れてやり過ごした少年……獅子上選ししがみたすきと少女は……沢ヶ原緑花さわがはらりょっかは、雲間からのぞく陽光にありがたみを感じつつ、木々を飾り立てるようについている雨粒の景色の中を歩いていた。


 二人の背後には陽光に煌めく雨上がりには不釣り合いな、死屍累々の光景がある。


 それらは襲い掛かってきた袋歩き(命名、たすき)に緑花が拳を見舞わせ、選が木刀(適当な木の枝をそれらしくしただけ)で吹っ飛ばすという連係プレーの産物で築き上げられたものだ。


「異世界……そうとしか思えないわね。火を噴く歩行植物やら奇声をあげる草花なんて、あっちにいちゃたまんないわ」


 実際に背後でのびている動物……大釜のような形の胴体に、葉っぱの蓋がついて、やたらとたくましい根っこで歩き回る生物なんて、見た事があるわけなかった。見た事が無くても、いるわけはない。


 この世界に来て約一日。

 未知の生物や植物に出会ったり襲われたりすれば、嫌でもここが別の世界なのだと認めるしかなかった。


 だが二人は、悲嘆してるよりは前を向いて歩く性格だ。

 すぐにこの世界に着て合流できた事を幸運と思い、危険に満ち溢れている密林から出るべく行動を開始した。


 のだが……、結果は現在の通りだった。


 人並みはずれた体力を備えている彼等は、一日二日密林から脱出できなかったとしてもどうにかなるような体をしていない。それは彼等自身がよく分かっていたのだが、どうにも無視できない問題があったのだ。


「ここに来たのが俺達だけならまだいいんだが」

華花はなか……、水連すいれん……大丈夫かしら」


 心配するのは緑花と双子で妹でもある華花はなかの事と、緑花と花華の二つ年下になる妹、水連の事だった。華花は荒事にはまったく向いていなくて、水連はそれ以前の問題でまだ小さいので心配になっていた。


「心配だわ」

「確かに心配だよな」


 それは、幼馴染として沢ヶ原さわがはら家と長い付き合いのあるたすきにとっても同じ気持ちだった。


 二人は小さい頃から家が隣同士だった影響でよく共に行動し、選の家が道場をやっている影響で仲良く一緒に強くなっていった二人の間には、一朝一夕で語りつくす事が出来ない絆がある。

 小さい頃から共に面倒を見てきた身としては心配にならない方がおかしいだろう。

 

「さっさと見つけてやらないとな。……ん、何か聞こえないか?」


 人の声のような……。かすかだがそんな音を選の耳が拾った。

 緑花も耳を済ませてみる。今度は彼女にも聞こえたようだ。


「聞こえたわ。……叫び声? ……違う、悲鳴よこれ。何かあったみたいね」


 選と緑花は、互いに顔を見合わせて頷いた。

 それだけで、二人の意思の疎通は行われた。


「間に合う事を祈りましょ」

「そうだな」


 そして、迷うことなく声のする方へと走り出す。





 しばらく選達は密林の中を走っていくと、整備された道が見え、そこで何台かの馬車が止まっていた。


 周囲には、選達が見た事のない生き物たち。

 武器を持った人間達がいて、彼等は馬車を守る様にしてその生き物へ立ち向かっていく。


「緑花!」

「ええ!」


 そこに走り込む選と緑花。


 普通の人間ならまず躊躇、そして様子見、後は何かできないか考える、とするだろう所をいきなり飛ばしして駆けつけるのが彼らだった。


 一声かけあっただけの二人は、意思をあわせて馬車を襲おうとしている生物へと襲い掛かった。


「子供?」「今、どこから」「それよりもまず敵だ!」


 その場で戦っていた者達は、拳で殴り飛ばし、木刀で切り飛ばしていく突如現れた二人の子供の様子に驚くが、すぐに我に返って相手を撃退する事に専念していく。


 新たな戦力が加わった事で余裕ができたのか、数分で戦闘は終結し、周囲から脅威となる生物達はいなくなった。


 一息ついた後に馬車のなかから男性が出てきて、選達に頭を下げてきた。


「いやー、助かった。こちらも危ない所だったので、本当に運が良い。君達は子供なのにとても強いな。礼を言わせてもらうよ」

「わざわざ礼を言われるほどの事はしてないぞ」

「そうね、ちょこっと最初の方で活躍したくらいだし」

「いやいや、ご謙遜を……」


 隊商のまとめ役だというその男性、ハリー・クラレガーはひとしきり礼を言った後、馬車の現状を説明し、選達に護衛をお願いしてきた。なんでも、最近妙に害獣(あれは魔物とかそういう類いではなく普通の動物だったらしい)が狂暴化していて、護衛達も困っているようらしい。


 特に断る理由もなく、むしろ歓迎したい選達はこれを了承し、結果として隊商の護衛として雇われることになった。


 



 そんなわけで数時間後には走り出した馬車の上で、見張りとして時間を潰すことになった選達。

 そうこうする馬車の上で暇を持てあますほど余裕となった状況で、選は隣にいる幼なじみに思った疑問をぶつける。


「何かとんとん拍子に、話が進んだけど、これ良かったのか?」

「さあ、華花がいればそこんとこ考えてくれるんだろうけど、私達じゃあね。でも悪くはないんじゃないかしら、子供だって邪見にされる事もなかったし、雇うって事はちゃんとお金を払ってくれるって事でしょ。こっちとしては町に連れてってくれるだけでも釣り合ってるのに」

「確かにそうだよな……」


 現状について話し合う二人の下、馬車内部からは他の護衛達の話し声が聞こえてくる。

 たまに腕を伸ばして食べ物やらを渡したりするので、選達の目には悪い人間達ではないように写った。


「それともこの世界じゃ普通の事なのか」

「ええっ? あんな魔物みたいな動物に襲われて子供が戦う事が普通の景色だなんて、ちょっとアタシは思いたくないわよ」

「だよな。まあ、町に着けば分かる事だろうけど」


 普通の事じゃないなら、この隊商の者達が気のいい人間の集まりという事になるだろう。

 そうであると良いなと二人は思った。


 そう思った矢先、長々と休んでいる暇もなく次の襲撃者たちが馬車をロックオンした。

 

「大変だ、何か来たぞ」


 隊商の馬車を追いかけてくる、害獣は四匹。

 もうすぐ馬車は、密林から脱出できるという所だったが、やつらの目に留まってしまったらしい。


 その害獣の名はカマレオン。


 たまに話しかけてくる護衛達から聞いたこの辺りの害獣の特徴から考えて、選達はそうだと判断する。


 それは爬虫類のような見た目だった。細長い体に、四つの手足、伸びる舌に緑色の体表は向こうの世界のカメレオンに似ているが、人間サイズであるのと前足がカマキリのような触れれば切れるカマになっているのは、その生物がこの世界の生き物なのだと否応無く訴えかけてきていた。

 そのカマレオンがもの凄い速さで走り、隊商の馬車へと距離を詰めてきていた。


 そして、驚異的な脚力でジャンプ。馬車に取り付こうとする。


たすき! 二体ずつやるわよ!!」

「おう!!」


 その馬車の上に立っていた人物、たすき緑花りょっかは、声をかけ合うなりまったく同時のタイミングで跳び、それぞれ一体ずつカマレオンにかかと落しを見舞った。


 意識を失ったカマレオンを踏み台に選は飛び上がる。さらに後ろから来た二体のカマレオンの攻撃、伸びてくる舌をかわすために。


 選は敵の伸びきった舌をつかみ、逆にこちら側から引っ張った。カマレオンはもともと細かった瞳孔をさらにきゅっと細め抵抗。舌を巻き戻そうとする。


「ぐぬぬ……、まける……かっ!」


 引っ張り合いに勝ったのは選だった。体を回転させながら引いたため遠心力が加わった。手を離した時には敵を密林の奥へと吹っ飛ばす事になった。


「木刀を使うまでもなかったな」


 緑花の方は、最初にかかと落しをくらわせたカマレオンを蹴飛ばし、カマで襲い掛かってこようとしたもう一体への壁にすることで攻撃を防いでいた。


「なんかごめんっ」

「ギジャアっ!」


 あやうく同士討ちするところだった事に怒りの声を上げられ、鳴き声があるんだと思いつつ緑花は謝った。カマ攻撃を阻まれたカマレオンは、仲間を回り込もうとするがそれより早く衝撃を受け、地面を転がる事になった。


「重ねがさねごめんっ」


 そして最後に最初に蹴飛ばしたカマレオンに拳を見舞って撃沈させる。


 それぞれ倒した害獣がもう動かない事を確認して、二人は頷きをかわす。


「おーい、何があったんだ」「何か音がしなかったか」


 馬車の先頭、御者から騒動を察知して声がかかる。

 馬車の内部からも。


「あー、まあちょっとな」


 説明は苦手だが、しないわけにもいかないだろうと今あった事を伝えれば、やはり驚かれた。


「お前たち俺たち隊商の専属の護衛にならんか」


 そして最後には、そんなスカウト話になった。




 

 そんな様子で、小さな町まで辿り着くと、ハリーが頭が上がらない様子で選達に話しかけてきた。


「道を間違えて密林には入り込むわ、馬車は不調で動けなくなるわで一時はどうなる事かと思ったが……、本当に助かったよ。ありがとう」


 頭を下げての心から言ったお礼の言葉に、


「当然の事をしたまでだ。助けが間に合って良かった」

「そうそう、気にしないで」


 二人は心に思った事を素直に述べた。


 そしてそのままハリーが非常に何か物言いたげにするのだが、そこに割り込む声があった。


「あの、助けてくれた人っていうのは……。あ、緑花……選。やっぱりそうだったのね」


 近くにやってきたのは、緑花と同じ顔をした少女……華花はなかだった。


華花はなか! 無事だったのね。怪我してない? 大丈夫だった?」


 駆け寄って、視線であちこち確かめる緑花に、安心させるように華花は微笑みかける。


「私は大丈夫よ、街道にいた所をすぐに隊商の人たちに助けてもらえたから。水連も中にいるわ。緑花こそ、大変じゃなかった?」

「ぜんぜん、こんなの何でもないわ」


 実際ちょっと、華花達の心配したり戦ったり空腹な胃袋の心配もしたりして、何でもなくはなかったが緑花はそう言った。


「そう、選も無茶したりしてない?」

「ああ、心配するな。苦労して組織に入れてもらったホワイトタイガーの名前を、伊達に背負ってるわけじゃないしな。あの人達のしごきに比べれば、こんなもんどうって事ない」


 選も、向こうの世界で所属していた組織の名を引き合いに出し、無事をアピールする。

 再会の話が一つ落ち着いた所で、ハリーが声をかけてきた。どうやら待っていてくれたらしい。


「お知り合いの人のようで。まだ若いのに、大変な目に会われているみたいですな。どうですか、ここは一つ。私らはこれからシュナイデに向かうのですが、しばらくうちの隊商の護衛を引き受けて下さいませんか。お嬢さんに聞く所によると行く宛てがないそうで……」


 なるほどそこらへんの事情は花華がうまい事説明してくれていたようだ。

 その申し出は選達にとって願ったり叶ったりで、断る理由など無いものだった。


 なので返るのは、即答だ。


「いいぜ」

「いいわよ」


 自分達の力が役に立つ。力を必要としている人がいる。力を貸したいと思っている。

 それだけ理由があれば十分だろう。


「あ、この場合は、よろしくお願いします……か」

「そうよね。お世話になります、こちらこそ。……って言うべきかしら」


 ただ、根が真面目な為に頭を下げ、思い直して言い直したが。


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