第6章 親鳥の羽の下
羽ツバメの
町を一周した後は、当初の予定通り目的地である羽ツバメの
姫乃達は現在、建物の中で時に話し相手を、時に遊び相手をしながら、大勢の子供達に囲まれている。
この場所は身寄りのなくなった子供を預かり世話をする場所らしい。
昨日と今朝は姫乃はルミナリアの家でお世話になったが、人一人の面倒を見るのは大変な事だ。
ルミナリアはここに来る前に自分の家でも良いと言ってくれていたが、姫乃としてはここでお世話になった方がいいのでは、と思っていた。……いたのだが。
「あそぶー」「どんどんあそぶー」「どーんとあそぶー」「あそぶあそぶー」
そんな余裕はないかもしれないと思うくらい、休憩寮は色々と……騒がしかった。
「ヒメノおねえちゃん絵本読んで」「積み木やって」「いろいろやってー」「やれやれやってー」
「えっと、じゅ……順番にね?」
そんな風に忙しく子供の相手をしている姫乃の横で、織香となあが話をする。
「
「アタシはもうたくさんだけど」
にこにこと話しかけるなあちゃんは、織香の事をなぜか
それはずっと不思議に思っていた事だ。
姫乃の視線に気づいた織香は、何とも言えない微妙な表情になった。
面倒くさそうな、気まずそうな、あるいは悲しげな。
「方城さん、未利ちゃまっていうのは……」
「うーん、まあ……あだ名だと思って気楽に呼んで欲しいっていうか。あ、ちゃまは無しでね。方城とか織香とかより、そっちの方が助かるからさ」
「う、うん方城さ……じゃなくて、未利」
不慣れな言い方にいきなり間違えた。
織香、ではない……未利が苦笑をもらす。
気になるけど、聞かない方がいいよね。聞かれたくなさそうだし。
考え事をしていた姫乃は、心配そうな表情をして未利を見つめているなあには気づかなかった。
そんな会話をしていると、先ほどまで子供を抱えてぐるぐる回していたはずのルミナリアが参加してきた。
「もしかして、焼いてる?」
彼女は、未利にそんな突拍子もない事を言ってくる。
「へ? 何が」
「だって、今まではさん付けで呼ばれてたのに、今度はさん付けじゃない方で呼んで欲しいんでしょ?」
「なっ、何でそんな話になるのさ。別に、どうせ呼ばれるなら節約した呼び方の方が良いじゃんって思っただけだし」
頬を高潮させて未利が反論するが、ルミナリアはニヤニヤ笑い浮かべたままでとり合わない。
「そうよねー、節約は大事だわ。ところでナアちゃん、ヒメノの事はなんて呼んでいるの? やっぱりヒメノちゃま?」
「こらー」、「話を聞けー」と叫ぶ未利は、会話に夢中になって対応が薄くなってきた事に、じれた子供達の突撃を受けて沈黙した。
「姫ちゃまって呼んでるの。姫乃ちゃまより、姫ちゃまの方がいい気がするの」
「ナアちゃん、良いセンスしてるわね。じゃあ、私の事はなんて呼んでくれるの?」
「うーんとうーんと。ルミナリアちゃまは長い気がするの。むむ……、なの。ぴゃ、思いついたの! ルミナちゃまって呼ぶ事にするの」
「うん、良いわ。あなた天才ね」
どういたしましてなの。いえいえ、こちらこそ。
とても初対面とは思えない打ち解けっぷりに話の弾み方だ。二人は相性が良いのかも知れない。
突撃で疲弊した未利が撃沈した後、姫乃はこちらに向かってきた子供達の再突撃、強化突撃を受けたりと相手をしなければならなかった。比喩ではなく、本当に物理的突撃を受けた。今までちょっとばかしの間だが、自分達を忘れられていた事を根に持っているかのような力技だった。
子供達はしばらくの間放置されていた事を根に持っているのか、すねたり怒ったりふてくされたり、盛大ご機嫌斜めで構って攻撃を続けてくる。
これ、体力いるなぁ……。
姫乃達がそんな子供達の対応に手を焼いていると、何かが頭上を飛び越えていった。
……イス?
四つの足と背もたれのついた、人が座るための、あの椅子だ。
子供用ということもあって小さめであるが、そんな椅子が結構な勢いをつけて飛んでいった。
「やめなさい! アル。人に当たったらどうするんですか!」
投げたのはアルという小さな男の子らしい。
肩を怒らせて、投擲の姿勢をとっていたその子は怒ったような表情だ。
その側には彼を注意している休憩寮の職員の女性がいる。その女性は男の子に近づいて捕まえようとしたが、伸ばした手が勢いよくはねのけられた。
「うるさいっ、誰かが僕のを盗んだんだ絶対。失くしたり落としたりなんかするもんかっ!!」
男の子……アルはさらに、手近にあった座布団を投げつける。
だが女性は避ける必要がなかった。投げられた物は全て関係の無い方向へ飛んでいくからだ。
危害を加えようとするわけではなく、近づかせない為にただそうやってしているだけみたいだ。
「人を疑うなんてよくありません。ここにいる子達はそんな事をする子じゃありませんよ。それと貴方は勘違いしています。ここは貴方が思うような悪い場所などではありませんよ。羽ツバメの
女性は飛び交う物にも怯まずに必死に言い聞かせているが、アルはまったくもって聞く耳を持たないでいた。
姫乃達の視線に気づいたらしく、近くにいた子達が説明してくれる。
「昨日ここに来た子なんだよ。あのアルって子。ルミナリアおねーちゃんがせーどーの手伝いしてる時くらいかな」
「家族がいなくなっちゃって、行く所がなくなっちゃったんだって」
すると、説明する事で構ってもらえると思ったらしく、周囲にいた子供達がいっせいに大合唱し始めた。
「あのアルって子はね……男の子なんだよ」
「昨日たくさん暴れてたんだ。がいじゅーみたいだった」
「せんせーが言うにはね。しんるいえんじゃ、たらいまわしにされてふびんなんだって」
「とっても力持ちー」
「豆パン好きー。隠れて食べてたの見たよ」
「昨日お客さんが来てたけどー、アルの面倒みてたからおもてなし出来なかったってー」
「あとあとっ、おとーさんとおかーさんからもらった大切な首飾り失くしちゃったとかっ」
ところどころ聞くまでもないものや、どうでもいいものの情報が入ってる気がするが、大体事情は分かった。
「大人達に面倒見をことごとく拒否られたら、ああなって当然だと思うけどね」
「未利ちゃま、当然なの? 暴れちゃうの?」
「それで荒れてるのね。あのまま放っておいたら自分も怪我しちゃいそうだわ」
確かにそうだ。体のわりに意外と体力があるのかもしれないけど、どんな拍子で怪我をするか分かったものではない。手当たりしだいになんでもかんでも放り投げてるみたいだし。
「なあ、頑張って説得してくるの。きっと、一生懸命お話すれば大丈夫なのっ」
心配に思ったなあちゃんが、拳を作って気合を入れる。一目散にアルのところへ走っていこうとしたが……。
「あっ、なあちゃん。あぶな……」
「ひゃうっ……! 絵本さんが当たって頭がとっても痛いの……」
被弾してしまったようだ。
頭をおさえて涙ぐんでいるなあちゃんと入れ替わるように、未利が大股でアルに近寄っていく。
「未利……?」
今度は物差しが飛んできたが、彼女は逆にそれを掴んで目の前の子供へと突きつけた。
「ちょっと、アンタ。アンタをたらい回しにした大人どもならともかく、ここにいるガキどもはアンタに何かしたの? なあちゃんだって、何もしてないでしょ!」
「な、何だよお前」
怯むどころか怒りの様子を見せて近づいてきた未利に圧倒されるアル。精一杯の虚勢を貼り付けて睨み返す。
「じゃあ、僕の首飾り誰が盗んだんだよっ!」
「知るかっ。どうしてもここにいるやつを疑いたいわけ? ここにいるのは、アンタと同じような思いをしてきた奴等ばっかだ。育ててくれる奴がいなかったり、いなくなったり、自分一人で生きてかなきゃいけないんじゃないかって思って不安になって、アンタだってそうでしょ」
姫乃達も、職員も他の子供たちも、感情のこめられたその言葉に意識を向けていた。
「それを知ってて疑いたいんなら好きにすれば。ここのガキ共にとって、ここは心の休められるもう一つの家なんだ。皆、家族なんだっていうのに」
「いえ……、かぞく……」
言いたい事をいってすっきりした未利は、数瞬後
周りから集まる視線と視線と視線に気付く。
「すごいの、未利ちゃま。なあ、うまく言えないけどたぶん嬉しかったって思うの」
キラキラしたなあちゃんの視線を向けられた所で、耐えられなくなったようだ。
「外の空気味わってくるっ! 後よろしくっ!!」
一心に部屋を飛び出していってしまった。
いつの間にかルミナリアがアルの側に立っていて、その小さな頭をわしゃわしゃ撫でていた。
「失くしたものは、探してあげるわよ。素直に、助けてって言えば皆一緒に探してくれるから。ヒメちゃんだってそうでしょ?」
「あ、うん。良かったら私も一緒に探すよ」
「だから格好悪い事はやめるといいわ。ね?」
アルは聞かされた言葉をよく分からなかったようで、訝しげな表情をつくる。それでも、ルミナリアが言ってる事は、大事な事だと結論付けて小さく頷きを返した。
こんな騒ぎが起きてるんじゃ、居候させてくださいなんて言いだせる雰囲気じゃないなあ。
またルミナリアの好意に甘えることになっちゃいそう……。
リフリース凍土 廃墟 『+++』
世界の北方にある地域。
一年中氷と雪に閉ざされた地にポツリと建物が建っていた。近くにあるミルブロス砦から小一時間ほどの距離に建つその建物は、今は使う者も存在せず、ただ朽ちていくだけの廃墟と化している。
そんな建物に、白いローブを着た女性が入っていく。
女性は廃墟の中を進み、ある部屋の床にしゃがみ込んだ。
そして床のタイルに手で触れ、言葉を発する。
「開錠しろ」
魔法がかかっていたタイルは、淡い光りを放った。
封印を解いて、通行できるようになったのだ。
女性はタイルを一つ一つどかしていく。
この世界での魔法は、一般的に
魔言はディテシア聖教が編み出した効率的に魔法を使うための言葉だ。
だが、その魔言を使わずに魔法を発動させようとすると、イメージしたものとは違う効果となってしまう例が少なくない。
謎が多く解明されていない部分がほとんどであるが、魔言が使用され続けてきたその理由は、言葉を使い規則に縛らないと、魔法のイメージがまとまらずに魔力の制御が効かなくなってしまうからだ。
ただ、そのように扱いの難しい魔法も、何百年か前の大魔道時代に存在した、特別に魔力の強い大魔道士にかかれば、
「……」
女性は黙々とタイルをはがし、そこに現れた地下に繋がる階段を下りていく。
階段の終わりにある扉の前で、立ち止まりもう一度封印を解く。
「開錠」
一度目もだが、彼女は一切の装飾品を身に着けていなかった。
つまり、一般的に魔法を使うための品物……魔石(ませき)の力を借りてはいないということだ。
それは、彼女が魔法の才能を生まれながらに持っている、という事を示す事実でもあった。
魔法の素質のない物は
光を放つ扉をあけると、そこは……闇だった。
その場所は、常人ならとても直視できる景色ではなかった。
部屋に満たされているのは濃密な死と絶望の気配。空気は重く暗く、そして淀んでいる。
床に転がっている腕や足などの人体を気にせずに 、その中を女性は平然と歩いていく。
部屋の奥、漆黒色の台座までたどりつくと女性は、その上に浮かんでいる闇色の水球に手をかざした。
「作成する」
水球は、ゆっくりゆっくりと表面を波立たせる。始めはただの波紋程度だったのが、徐々に嵐の海のようなうねりを見せる。
そして、波立ちが最高潮に達した瞬間、ばしゃりと音を立て水球が破裂した。
「成功したか」
壊れた水球の代わりに、そこに浮かんでいたのは少年だった。
漆黒の髪に浅黒い肌、そしてゆっくりと開かれた瞳の色もまた漆黒だった。
「27。それがお前の名だ、覚えろ」
女性はそれだけを告げ、きびすを返してしまう。
残された少年は、自分の体がゆっくりと台座に降ろされていくのを待ちながら瞳を女性の方へと向けた。
「俺は……」
女性は気づかなかった。その少年の瞳に、存在するはずの無いわずかな感情の光が見える事に。
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