第5章 エルケ
とりあえず突発性誘拐未遂事件を解決し、犯人を町の治安を担う存在……
エルケという名前の町中を、四人で並んで歩いて行く。
最初に通りかかった商店通りは、中々の賑わいを見せていた。時刻はお昼を少し過ぎたくらいで、飲食の露天の店からは、楽しそうな人々の談笑が耳に入り美味しそうな匂いが漂ってきて鼻をくすぐってくる。
「ここは見ての通りお店がある通りよ。私のおすすめは露店のプニムサンド、子供のお小遣いで買える手軽さでおまけに美味しい。良い事づくめね」
「プニムのサンドはいらないかねー。120コレルで、特製ソースもつけるよー」
ルミナリアが言うそのプニムサンドを見る。
ちょうど露店の人がお客さんに手渡してる所だった。
そういえば昨日もそんな様な物を食べたなと思い出す。
それは原色でカラフルな何かが挟まったサンドイッチだ。
通りをここまで通って来たがあちこちで売られている有名な商品らしい。
たぶん、姫乃達の世界でのホットドッグ的存在みたいな、親しみのある食べ物なのだろう。
遠慮したけどルミナリアに押しきられて、人数分のプニムサンドを購入。そろって食べる。
「とっても美味しいの、あむあむ」
「あー、なあちゃん。具が落ちそうだって。ほら……」
お腹がすいていたらしいなあちゃんがあむあむ食べてる姿は、小柄な体格も相まって小動物みたいでちょっとかわいい。
勢いよく食べているなあちゃんをお世話する
ルミナリアが話しかけてくる。
「このプニムサンド、知ってる?」
「ううん、知らないかな」
「この統治領の名物品よ。具のプ二ムはこの町で育てた果実なの。もちろんプニムはここだけじゃなくて本当にどこにでもなってるんだけど。ここのが一番安価で、育てやすくて、栄養豊富でおいしいのよ」
つまり良い事づくめでとってもお得、みたいだった。
ルミナリアは我が事を自慢するかのように喋り続ける。
そして並んで歩いていた姫乃達の列から一歩前に出て、くるりと反転。後ろ向きに歩きながら、民衆に訴えかける舞台上の人物みたいに腕を広げている。
「果実や作物の栽培がエルケの一番の自慢なの!」
でも、と彼女はわずかに表情を曇らせる。
「ずっと昔は、そうじゃなかったみたいだけどね。この町の西にある火山が噴火して、作物が全然育たなくって、食料難で戦争まで起きちゃったくらい」
「大変だったんだね」
「昔のこの町の人はね。でも……だからなんだろうね。もう飢えて困らないように、一生懸命良くしようと頑張ったから、実りの町なんて呼ばれるまでになれたんだと思う。この町エルケはそう呼ばれてるのよ」
今目に見えているのと同じ場所で、違う時代にまったく逆の景色があったなんて。
ここに住む人たちの今の生活は、その辛い時代を戦った人たちの努力が作ったものだと思うと、不思議な心地がしてきた。
「そのおかげでアタシはネコモドキにたかられたってわけだけどね」
「ふぇ? ネコモドキさんなの? ネコモドキさんじゃなくてネコウさんなの」
「知ってる」
その実りの町の頑張りの影響を、体を張って一心に受けた織香はげんなりしている。
ルミナリアの話を聞きながら町中を巡る。その中で通りがかった露店の通り、立ち並んでいる店などに視線を移すと、そこに並んでいる人の列が大きく乱れた。
全身を鎧で覆った体格の良い大男が、列の途中に並んでいる男性と言い争い始めたのだ。
「おう、兄ちゃん。ちょっとばかし肩がぶつかっただけじゃねぇか。そいつは言いがかりってもんだぜ」
「ちょっとじゃないだろ、こっちの女性はあんたに突き飛ばされて怪我をしたんだぞ」
掴みかからんばかりの剣幕で大男にくってかかる男性の横には、尻餅をついている女性の姿がある。
それを見れば大体何が起こったのか姫乃でも分かった。
「避けて歩けばいいのに、わざわざ列を割って通ろうとしたからだろうが。それを謝りもしないで……。南の連中は皆そうなのか」
「ならこっちからだって言ってやるぜ。西の人間と来たらこんな事ぐらいでピーピー喚くなんて、貧弱なんだな。謝ってほしいなら、力ずくで負かせてみろよ。ああ、無理かあ? ここいらの人間の骨のなさときたら、笑っちまうよ。そんな拳じゃ、虫一匹殺せやしねぇんじゃねえか?」
男性はそんな風に罵詈雑言を吐きかける大男を睨み付けて、拳を震わせている。
「あの人、南のラダンから来た人なのね。身なりからして傭兵か何かかしら。さっき説明したわよね。ラダンはこの世界の南、南領にある場所で大昔にエルケと戦争をした所よ。もうほとんどの人はそんな事気にしてないんだけど、たまにああやって小競り合いが起きたりするのよ」
露店の前は、一触即発の雰囲気だった。
ほんのささいな刺激一つで、ケンカになってしまう。
そう足を止めて姫乃が心配した時だった。
静寂を打ち破ったのはどちらでもなかった。
「おおっと、ちょっと手がぶつかっちゃった。ごめんね」
「ルミナリア!?」
彼女だ。いつの間にかルミナリアが大男の背後にいて、背中を叩いていた。
「いつの間に、あんな所に……」
「ぴゃ、ひょいって移動したの、凄いの」
もうっ、そんな所で何してるの!?
彼女はどうも騒動に縁がある人間みたいだった。
いや、縁があるというよりは作りにいってるようだが。
「ああん?」
怪訝そうにする大男の前にまわりこみ、ルミナリアは自分が手にしている物を見せる。
それは、革作りの長方形の物体で、ちょうど小銭入れにするのに最適そうなサイズだった。
「このガキっ、いつの間に!」
「向こうの傭兵さんの腕ときたら、こんな小娘一人にあっさり財布を盗まれちゃうんだもの、害獣どころか虫一匹だって退治できないんじゃないかしら?」
「何だと!!」
大男は顔を真っ赤にして、ルミナリアに掴みかかろうとするが、その時にはもう彼女はそこにはいなかった。こっちに向かって走って来る。
あ、けっこう足速いんだ。
なんて思っているうちに腕を捕まれ引っ張られた。今日はよく腕を捕まれる日みたいだ。
背後で大男が頭の血管がちぎれちゃうんじゃないかと心配になるくらいの、怒鳴り声を上げ追いかけて来る。この状況、私達も逃げるんだよねやっぱり。
「おっとっと、こっちこっち」
「すごい事やったね」
「えへへ、それほどでもっ」
褒めてないよ?
「いや、誉めてないかでしょ」
「ふぇ、そうなの? 未利ちゃま」
「そういえばここにも天然がいた」
まったくの同意見である織香と、疑問を口にするなあちゃんの会話を聞きながら、ルミナリアの背中を見て姫乃は呟く。
「もっと他の方法無かったかな……」
そういうわけで、町の案内は走りながらになった。
「あ、あそこに大きなお城があるでしょ。そこには、コーティリアイ・ヴィルメルド・ラハウス女王様、この周辺を統治してる人が住んでるの。中はきっと豪華で凄いわよ。見た事ちょっとだけあるの。一度でいいからゆっくり中に入ってみたいなぁ」
「くそ、待てガキ共! 止まれ!」
「右にある建物は兵舎ね。門の所にいた人達がやるような仕事をしてるわ。私のお父さんももちろんいるわ。後ろにいるような悪人を捕まえたり、畑を荒らしたり町に侵入してこようとする害獣を討伐したりするところね」
「何か言ったか、てめぇ。誰が、犬畜生にも劣る目つきの悪い人殺しの悪人だっ……ぜぇぜぇ」
「ここは温泉。この町の人々にとって憩いの場。近くにある火山の影響で湧いているらしいわ。どういう仕組みで暖かいお湯が地面から湧き出してくるのか分からないけれどね」
「待てっつってんだろ、この……。ぜぇ……はぁ……。ぶっ殺……ぜぇ」
大通りの人ごみを駆け抜けたり、地面に置かれていた資材を足場に屋根や壁の上に上ったり、湧き出る温泉の中に顔を出す小岩の上を跳んだり……、気がついたらルミナリアの説明を聞きながら逃げ続けて軽く町を一周してしまった。
とても体力が持ちそうにない距離を移動したにもかかわらず、姫乃達があまり息を切らしていなかったのは、途中で土地勘のないらしい大男が見失ってくれてる間にこまめに小休止をとっていたからだ。一方ずっとこちらを探し回っている大男の方はというと、言わずもがなだった。
「もしかしてだけど……ルミナリア、楽しんでる?」
「あ、ばれちゃった?」
やっぱり。
途中で兵舎の近くに寄ったとき助けを求める事もなかったし、大男が見失ってるうちに適当な民家にかくまってもらう手もあったはずなのだ。
「いい加減に……しろ!」
後ろで追いかけてきていた足音が途切れ、振り返る。
諦めたのだろうか、そう思ったが違った。
「何かあれ、やばくない。顔が真っ赤で『要警戒すごく注意!』みたいな色してるけど」
「ぴゃ、真っ赤でタコさんみたいなの」
織香となあが後ろを見てひそひそ。
無自覚なのかどうなのか分からないけど、二人のその言葉は怒りの駄目押しにしかならないと思う。
「テメェ等まとめて、ぶち殺してやるっっ!」
大男は上着のポケットから、何かを取り出した。小石サイズのそれは手のひらに包まれて姿が見えない。
「ウィンド!!」
風が、吹き荒れた。
大男の前に、突如建物二、三階分の竜巻が起こる。
魔法だ。
「甘いわ、傭兵さん。吹き上げろ孟風。ウィンド!」
反射的に身を引く姫乃と変わり、ルミナリアが前に出て、右手を突き出した。
そこから前方へと風が沸き起こり、極めて小さな面積に密度濃く集中、大男の竜巻へと弾丸のように飛び込んだ。
「うぐぉっ……!」
大男のくぐもった声が聞こえ、竜巻は消え去る。
ルミナリアの魔法が命中したらしい。
男は倒れていた。
「こんな街中でそんな魔法使うなんて、危険な事してくれたわね。……って、もう聞こえてないか」
ルミナリアは呆れながらぽいっ、と大男から盗んだ財布を放り投げる。顔面に着地。
「さて、思いっきり遊んだことだし。休憩寮に向かいましょう」
「ルミナリアって……色々凄いね」
「そう?」
ルミナリアは首を傾げている。
少なくとも普通ではないと思うよ。
自分より大きな体格の人に喧嘩を売ったり、そんな人と魔法を使って一瞬でも戦ったりは、しないと思う。
それともこれがこの世界での普通なのかな。
「いや、ないない」
「ふぇ?」
姫乃の顔色を読んだような織香の言葉に安堵する。
だよね。
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