第4章 合流
兵士達の戦闘は朝方まで続いた。
それでもなんとか被害を最小限に食い止め、エルバーンを全て倒し、撃退する事ができたのだった。
夜が明けて、空が白んでくる。
あれから、そろって兵士たちの戦いに「参戦!」という事はない。あの場にいた事情を聞くのは後まわしになり、回れ右して帰宅させられたのだった。色々と後で事情を話さなければならなかったのだが、事態が事態であった事と、その場の兵士達の多くがルミナリアの知り合いだった事などから、後で兵の詰め所に来るという約束を信用してもらえたらしい。
もちろんそんなやり取りの最中は、主に話しの相手だったルミナリアのお父さん(ボルゾイさんというらしい)から、何度も何度も皆で叱られたりもしたが。
そうして家についたら、今度はルミナリアのお母さん(名前はナターシャさんだ)にも叱られた後、疲労でルミナリアのベッドに倒れ込んでそのまま眠ってしまい、翌朝ごはんをご馳走してもらった。
その後は互いの話だ。
ルミナリアの私室にて姫乃が改めて大雑把な事情を説明した後、方城織香が話す。
彼女はこの世界に来てそうそうに、状況をある程度把握して、町を歩き回っていたらしい。そうして情報収集し魔法や町名、結界など……姫乃が知っているのと同じような知識を得たようだった。
しかし、暗くなってきたのを見て路地裏で一休みをしていると、運悪く人攫いの様な人達に追いかけられて、その際に目をくらませる為に変装。そうしてやっと逃げた先が、姫乃達がいた場所だったというのだ。それで、当然のように倒れた兵士から武器を奪って参加したらしい。どこら辺が当然なのか姫乃には分からないが。
何と言うか姫乃と違って彼女の方は色々あったようだ。
「大変だったんだね……」
「いや、そっちも色々あったでしょ、屋根の上から落ちたり巨鳥についばまれそうになったり」
あ、本当だ。
言われてそう言えばそうだったなと思い出す。
「そうだわ。私ヒメノに言う事があったわ。ヒメノ、ありがとね」
そんな話をしていたらルミナリアが何かを思い出したらしく、手のひらをポンと打って、こちらの手を握ってきた。
「え、私何もしてないよ」
お礼を言わなきゃいけないのはこちらの方なのに、と心当たりのない姫乃は首を傾げる。
しかし、ルミナリアは手を離さない。話すどころかずずいっと近づいてくる。
「ヤアンとローノの事、助けようとしてくれたでしょ。だから、ありがとうよ」
「えっと、でも私が飛び出しても結局何も出来なかったよ?」
「そうかもしれないけど、私は助けようとしてくれたヒメノの行動と気持ちが何よりも嬉しかったの。だから、私、ヒメノ教の信者になるわね、いいでしょ? ねっ」
「ええっ、私そんなにすごい事した!?」
何やら宗教にされてしまったが、それほどの事をした覚えがない姫乃としては戸惑うしかない。
気持ちは嬉しいが……、と戸惑う。
そんな風に考えてると、向かい合っている彼女は姫乃の手を離して、自分の手と手を合わせた。そしてお辞儀。
拝まないでルミナリア。どうしていいか分からないから。
「何このシュールな光景」
そんな光景を見る方城織香は、ちょっと一歩その場から引いていた。
方城さん、逃げないで。あと、止めてほしい。
「それにしても、人攫いなんて物騒よね。兵士さん達に伝えといた方が良いわよねこの話。町の皆にも気をつけてって言っておかなきゃ」
しかし、数秒もすれば先程までのノリが嘘のように、ルミナリアは真面目な表情をして会話について考え込み始める。
「姫乃達が巻き込まれた魔法の事故にも関係してるのかしら? 最近よく聞くのよ、近くの町や村で女性や子供がいなくなったりって、これは由々しき問題だわ」
「にゃー」
「その人達がこの町にいるんだ……。ヤアン君達、無事で良かった」
下手したら害獣に襲われるよりも前に人攫いに遭って攫われていたかもしれない。
そう考えると本当に良かったと思う。
「本当に、よ。きっちり叱ってあげようと思ったのに帰ってくるなり寝ちゃうんだから」
「にゃーにゃー」
「子供なんだし、仕方な……」
……いよ、と喋る前に織香が姫乃を肘でつついてきた。口にするのは当然の疑問。
うん、私も気になってた。
「何か扉の向こうから、めっちゃ鳴き声がするんだけど」
してるね。さっきから。
すると、何かがドタバタする音がして部屋の扉が勢いよく開いた。
「おねーちゃんかくごっ!」
「くらえーっ!」
ルミナリアの下の兄弟、ヤアンとローノの叫び声が響く。
あ、起きてたんだ二人共。
そして、次いで小さな塊が部屋になだれ込んでくる。
羽のついたネコ、ネコ、ネコ達だ。
「ええっ……!?」
視界がネコで埋め尽くされた。可愛い顔で津波のように押し寄せてくる。
ちょっと
姫乃達はネコの津波に翻弄されてしまう。
「ちょ、何これっ、羽生えたネコが……おわっぷ、う……埋まる!」
「こんな大量のネコウ、いったいどうやって集めたのよ二人共。もうっ、掃除が大変じゃない」
「そ、そういう問題じゃないでしょうが。ぐえっ」
織香は、ネコ……ではなくネコウというらしい生物の下敷きになってしまいじきに姿が見えなくなった。
「方城さん!?」
返事が無い。大丈夫だろうか。
「ルミナリアは……?」
彼女はベッドの上やイスの上などに飛び乗って、ネコウの嵐から避難していた。
「なーんか、そっちの子に集中的に突進してるように見えるんだけど。あなた、何かネコウの好きそうな物でも食べた?」
ルミナリアの言うとおり、織香だけ被害が甚大だった。
姫乃は、ひざ上くらいが埋まるのですんでいるが。
「心当たりは……、無くは無い。……この服拾い物だか……ら」
苦しげな返答が、出来上がったネコウ山の中から聞こえてくる。
そう、服を見つけたのは何とゴミ箱の中だったらしい。ゴミ箱の中に入っていたのだから、当然色々なゴミと一緒に入っていたというわけで……、食べ物のゴミなんかあったりするわけだ。
それを聞いて二人は納得した。
「なるほど食べ物の匂いが移ってたのね」
今持ってない所を見ると、元の服捨てちゃったんだろうな、ちょっともったいないかな。
「可愛い服だったのにな……」
「あたしはきら……お、重いわぁ!」
何かを言いかけたが、途中で織香は自力で猫の中から脱出。相当な労力を使ったらしく、肩で息をしている。
振りほどいたネコ達は、気分を害した様子も無くそこらで遊んでいた。
「……着替える前に寝ちゃったのは悪いと思ってる」
「きゃーきゃー」
「疲れてたんでしょ、そんなのぜんぜん気にしないわ」
「わぁーわぁー」
ルミナリアの太陽みたいなまっすぐな笑顔を見つめて、罰が悪そうだった織香は少しだけ安堵する。
「姫乃があんたを呼び捨てにしてるの、少し分かった気がするよ」
「きゃー」
「わぁー」
「にゃー」
そういえば言われてみて、確かにそうだと気がついた。
どう名前を呼ぼうかなんて考えなくて、自然にそう呼んでいた。
彼女は、そういう心の距離とか隙間とかをまるで無いかのように接してくるから。
いつもありのままで、まっすぐな心で。
だから、ルミナリアと呼べたんだろう。
「きゃー」「わぁー」「わぁー」「にゃー」「きゃわー」
子供達の声がだんだんうるさくなって、考え事から引き戻された。
いつの間にかヤアン達がネコウに混じって遊んでいる。楽しそうだ。
「で、結局こいつら何しに猫けしかけたワケ?」
織香がもっともな疑問を口にした。
ルミナリア家前
ルミナリアの私室をでて、家を出て、小一時間かけて姫乃達はネコウを追い出し終わった後だった。
疲れたそれぞれは、ぐったりした様子でその場にしゃがみ込んでいる所だ。
「叱られない為にコーショーするつもりだったのに」
「ネコウをどけてほしかったら叱るのをやめてーって」
ヤアンとローノのネコウけしかけ騒動の理由はこうだった。
しょんぼり肩を落とす二人の説明に耳を傾けていた姫乃は気がついた。
「でも、それじゃあネコウを連れてきた事で結局怒られちゃうんじゃ……」
「「あっ」」
ヤアンとローノは声を上げ、顔を見合わせた。
気づいてなかったみたいだ。
「もう、帰ったら掃除しなきゃいけないじゃない。今日の夕飯は遅くなりそうね」
ルミナリアの横で織香が小さな声で呟いた。
「だったら先に掃除すれば良かったのに……」
「そういうわけにも行かないのよ、今日は行く所があるんだもの」
「ふぅん」
聞こえていた事に驚いた様子も無く、相槌をうつ織香。
ルミナリアは今日羽ツバメの休憩寮(きゅういりょう)という所に行く予定らしい。
その前に、町を色々案内してくれるという話だから、姫乃達は家の中に戻らず外で休憩しているのだ。
「で、そのツバメ何とかって所に行って何すんの?」
織香はネコウ達との攻防を思い出しているのか不機嫌そうにルミナリアに尋ねる。
「羽ツバメの
「聖堂院?」
「そう、ヒメノが最初にいた建物のことよ。色々困っている人たちを助けてあげる組織でね。身寄りのない子供を引き取る休憩寮や、怪我や病気を治すための医術寮なんかもやってるんだから。私はそこでお手伝いとして働いているの」
「そうなんだ」
ルミナリアはそんなところで働いてるんだ。
口ぶりからして、何となくそれは人に自慢してまわれちゃうような事なんだろうなと分かった。
「ここ数日で色々面白い事があったから、何を話そうかしら……。ディテシア司教様の得意魔法について話そうかしら。それとも身近なところで、お父さんの同僚さんと司教さんの恋を応援した事とか、露天のプニムサンド強奪事件の意外な犯人……これは関係ないわね」
町中の子供達と日の沈むまで隠れんぼしたり、果樹園のおじさんの頼みで害虫駆除をしたり。
いつしか本来の目的を忘れて、思い出し作業に没頭しているようだった。
彼女はいろいろな事に関わって毎日を過ごしているらしい。
「このとりとめのない、はっちゃけてる感じ誰かに似てる」
「雪菜先生?」
「そう、それ」
方城織香は脳裏に思い浮かべるかのように、眉間に皺を寄せている。
先生をそれ呼ばわりするのはどうかと思うけど。
確かに、彼女の言う通り似ていると思う。
外見とかじゃなくて、何ていうのかな……。そこにいるだけで太陽みたいなエネルギーを感じるところとか、いつも笑顔でいるところとか、嵐のようにいろんな事に向かって行ってしまうところなんかも、似ているんだよね。
「あの人ならここでも鼻歌交じりでやっていける気がする。反対になあちゃんはすごく心配だけどね」
「確かに、それは心配だね」
希歳なあ。五―二クラスのマスコット的存在、なあちゃん。彼女の事をの事を思い出せば、姫乃は同意せざるをえない。
たった一週間しか過ごしてないけど、なあちゃんの性格はよく分かっている。
良く言えば裏表がなく純粋な性格をしているといえるのだが、それは悪く言えば騙されやすいという事でもある。
ひたすらまっすぐな心をしている彼女は、この世界に来てしまったのなら、上手くやっていけるのだろうか。
「人攫いに捕まえられて、えっちらおっちら運ばれてなけりゃいいんだけどね」
ありそうで否定できない。
えっちら、おっちら。
「あ……」
そのありそうで否定できない光景は、何と目の前にあった。
織香が固まっているのに気づく。
路地裏で、右の家の影から左の家の影へ移動しようとしている人影に目をとめていた。
そこには、網にくるまったなあちゃんと、その網を前後で持つ男二人がいる。
「あれれ、なあどこに運ばれていくの? どうして網さんに入れられてるの?」
「「なあちゃん!?」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます