第3章 脅かされる人々


 

 とりあえず事情を話すために、姫乃達は近くの民家の花壇に移動し、腰かけ、落ち着いていた。

 途中お腹がなって恥ずかしい思いをした姫乃の為に、ルミナリアが変わった味のするサンドイッチを買ってきてくれたので、それを食べながら話をする事になった。


 やたらと鮮やかな色の中身が挟まっているのだが、これは何なのだろう。


 食べてる間、ルミナリアは道行く多くの人々に声をかけられていた。

 子供もいれば大人も老人もいる。

 彼女はいろんな人と知り合いみたいだった。


 ごちそうさまをした後、ルミナリアはこめかみに指をあてて話をまとめ始める。


「そう、学舎で魔法に巻き込まれて、この町まで転移しちゃったのね。大変だったわね。でも無事で良かったわ、転移系の魔法は難しいって話なのに。落ち着いたら巻き込まれた他の人も探さなくちゃいけないわね」


 姫乃の複雑な事情は、どうやら彼女にはそういう風に解釈されたらしい。


 そうして口に出しながら姫乃の話した事情を把握したルミナリアは、これからの予定をすでに立て始めていた。頭の切り替えが早いようだ。


 それにしても、薄々分かっていた事だけど

 私って本当に、別の世界に来ちゃったんだ……。


 姫乃が見た、羽根の生えたネコと街を包むあり得ない事象。そしてルミナリアが使ったらしいこちらを助けた不思議な力……魔法。


 それらが何よりも雄弁に、ここが姫乃の知っている世界ではないのだと語っていた。


 ルミナリアからも色々聞いたのだが、あの時屋根から落ちた姫乃を助けたのは、浮力の魔法というものだったらしい。この世界には当然のように魔法が存在している。使えない人もいるみたいだけど、一般的な知識として広まっているため、知らない者はいないようだった。

 

 それと同時に姫乃からも携帯電話、とか、ビルとかの話をしてみるのだが、ルミナリアにとっては何の事か分からないらしい。彼女のその時の顔を見れば、もうそれ以上は聞く必要はなさそうだった。

 この世界、文明とかはそんなに進んでいない世界ようだ。


「むむむ……これは由々しき問題よね、一体誰がヒメノ達を困らせたのかしら」


 だがともかく、と隣にいるルミナリアを見て姫乃は思う。


 最初に出会ったのが彼女で良かった。


 見ず知らずの土地で、全くの他人なのに、こうやって心配してくれるのが素直に嬉しかった。


 そういえば、と周囲の違和感を見回す。

 もう夜になってしまったのに町の中は明るい。


 ルミナリアと二人で町中の花壇にの縁に座っている(もちろん植えてある花を潰さなように気を付けて)姫乃達だが、その周囲はそんなに暗くはないのだ。

 屋根の上で気が付いた時刻が夕暮れ時だったのが示す通り、空はすっかり暗闇に染まっているのだが、町の中は明るかった。


 その理由は木だ。


 町のところどころに植えてある……白い花を咲かせる大きな木が、ほんのりと光を放っているからだった。

 街を包むドームのほんのりとした輝きと合わせて、町を照らし出す光景は幻想的でとても綺麗だ。


 あの木って何の木なんだろうな。

 たまに降ってくる花びらの形から考えると、何だかつい最近見た桜の木と同じように見えるんだけど……。


 いや、そんな事よりまずこれからどうするかを考えるべきではないのか。 

 姫乃が目の前の景色に奪われていた意識を戻し、気を引き締めていると、突如町に鐘の音がけたたましく鳴り響いた。


「……鐘の音。そんなまさか、害獣がいじゅうが町の中に侵入してきたの?」


 先程まで考え事をしていたはずのルミナリアははっとした様子で、どこか遠くへと視線を向けている。

 周囲にいる人々も同じように、表情を変えて不安そうにしているみたいだ。


「めったにそんな事ないのに」「一体どうしてなんだ……」「見ろ、結界が揺らいでいるぞ」


 周辺の声を声を聞いて、思い当たる物へと姫乃が視線を向ければ町を覆っていた光の壁が刺激を受けた水面のように揺らいでいた。

 あれ、結界っていうんだ。

 結構大騒ぎしてるけど、ひょっとして何かすごくまずい事が起きてるのかな。


 そんな風に人々がざわめいている中、一人の女性がこちらへ近づいてきた。


「ここにいたのね、ルミナリア」

「どうしたの、お母さん」


 その女性へと、不思議そうな声でルミナリアは尋ねる。

 三十か四十くらいの年のその女の人はルミナリアの母らしい。

 焦ったような様子で娘へと早口で問いかけてくる。


「ヤアンとローノを見なかった? 家にいないのよ」

「え、見てないけど、こんな時にいなくなっちゃったの? もうっ、あの子達ったら!!」

「ルミナリア、あなたは家にいなさい、お母さんちょっと探してくるから」


 そんな風に行って、傍にいる姫乃には目もくれずどこかへと走りだそうとする。慌てたルミナリアは、その人の腕を掴んで引き留めた。


「待って、それなら私が捜してくるわ。お母さんはこの子をお願い、困ってるみたいなの」

「え?」


 そこで初めて気が付いたみたいに、姫乃の方へ視線を向ける。

 その隙にルミナリアは走り出してしまった。


「ルミナリア! 待ちなさい!」


 ど、どうしよう。

 姫乃はルミナリアのお母さんと走り去っていくルミナリアの背中を見つめる。

 何か大変そうな事が起こっている状況で、このままじっとしてて良いのだろうか。


「えっと、ごめんなさい」


 謝る必要はないし、何に対してなのか分からないが、とにかく目の前の女の人にそう言って姫乃はルミナリアの後を追いかける事にした。

 






 ルミナリアの足は速くて、追いつくのに苦労をした。

 あまり体育の成績が良くない姫乃が、彼女の元にたどり着けたのは彼女自身の性格のおかげだろう。


 混乱が起こっている人々の中で彼女は、(転んでしまったらしい)子供を気遣い足を止めていた為、追いつく事ができたのだ。


「ルミナリア、危ないよ」

「駄目よ、あの子達を見つけなきゃ」


 子供と別れ、再び走り出す彼女に追いついた姫乃はそう言うのだが、ルミナリアは聞く耳持たずと言った感じだ。


「さっきのお母さんなんだよね、探してるのはルミナリアの兄弟なの?」

「そうよ、私の妹と弟なの。たぶんだけど、お父さんの職場を見に行ったんだと思う」

「職場?」

「屋根にいたのなら見えたと思うけど、大きなお城が見えたでしょ? エルトリア城っていうんだけど、そこで働いてる兵士なのよ、私のお父さん。私がお城の中に入った事あるって朝言ったから……」


 つまりそれで、二人共うらやましくなっちゃって見に行っちゃったんだ。

 だったら向かってるのはお城の方なのかな。

 でも、遠目からでも見えるお城は今向かっている先には建っていないようだけど。


「お父さん、今日はこの町の壁のほうで仕事に就いているのよ。あの子たちが実際の仕事場所まで気を回せるか分からないけど、確かめるなら危ない方から行かなきゃ。ヒメノは戻ってて。聞いていたと思うけど、今町の中には害獣が入り込もうとしてて危ないのよ」


 つまり会社と実際の仕事をする場所は違う、という話なのだろう。

 ルミナリアは姫乃の方に顔を向けて固い声で危険を訴えたが、それでも姫乃は走る速さを緩めない。


 だって、何かしてあげたいって思っちゃったから。


「でも……そんな事できないよ。私もルミナリアと一緒に探すよ。それに二人で探した方が早いだろうし」

「そうかもしれないけど……」

「人を探すのなら人手はあった方が良いと思うよ?」

「わ、分かったわ。ありがとう。正直、嬉しいけど、本当にいいの?」

「うん、だってルミナリアに色々お世話になっちゃったし、ここで放っておくなんてできないから」


 それが偽る事の出来ない姫乃の本心だ。


 正直この時はまだ、害獣の脅威というものが、どれだけのものか分かっていなかった。

 だって、私の知る知識の中でのそれは、大きくても人の大きさより少し小さいくらいで、大人が数人もいれば何とかできてしまうものだったから。


 でも私は、もうまもなくそれがどんなものか知る事になる……。







 エルケ 東門


 東門は混乱の最中にあった。

 透明な壁……結界の向こう。夜の暗闇が満ちる空を、成人男性より一回りも二回りも大きい生き物が翼を広げて、何匹も飛んでいたからだ。


 その生き物の名はエルバーン。


 風を切る様に羽ばたく翼。トカゲを彷彿とさせる体のフォルム。体表は緑色で光沢があり、瞳は赤黒い。 エルバーンたちは大空を滞空しながら、地上で戦う兵士達を虫けらだとでも思っているかのように眺めてい飛んでいた。


 その下では兵士たちが武器をもって大勢待ち構えている。


 そんな場所に辿り着いた姫乃は、空で羽ばたく害獣の姿を見て驚く。


「あれが……」

「エルバーンね。結界を破って中に入り込もうとしてるわ」


 ルミナリアが言う通り、エルバーンと呼ばれたそれらは光の壁に何度も体当たりして波紋を生んでいた。

 詳しい事は分からないが、ああして揺さぶると結界というものは破られてしまうようだ。


「ルミナリア、ここは危ないよ!」

「ヒメノは下がってて、もしかしたらあの子達がこの近くにいるかもしれない、探さなくちゃ!」

「でも、あんな……きゃ!」


 あんな大きない生き物がいるのに、その近くで人探しなんて。

 でもルミナリアはするようだった。

 周囲に目を凝らして、小さな人影がないか確認している。


 そうこうしているうちに、兵士たちの声が上がる。

 見れば、一匹、二匹、と立て続けにエルバーンが光の壁をすり抜けてきていた。

 地上の兵士目掛けて下降してきた害獣の翼の風圧が、離れた所にいる姫乃達の所まで届いた。


 しかし、ルミナリアは自分の事よりも離れて迎え討とうとしている兵士達の心配をしているようだった。


「お父さん!」

「あそこにルミナリアのお父さんが、いるの?」

「ええ、離れてるけどあれは確かにそうよ」


 確かに何人かの兵士みたいな人がいる。だが姫乃には判別がつかない。

 彼らは結界を通り抜けてきた害獣達を、互いに号令をかけ合いながら弓矢や魔法で攻撃している。


 炎が吹きあがり、雷撃が弾け、氷のつぶてが飛び交う。

 現実離れした光景だ。

 でもそれは、紛れもなく姫乃の目の前で起こっていることなのだ。


 ルミナリアは顔を青くして周囲に目をこらしている。

 

「私が自慢しなきゃ、こんな事には」

「こんな事になるとは普通思わないよ、だからルミナリアのせいじゃないと思う」

「ヒメノ……、ありがと」


 嬉しそうな笑みとともにそっと言葉が帰ってきた。

 初めてあった時からだけど、彼女には暗い顔は似合わない、笑顔が一番だ。


「うわぁああ!」

「ビアン! 大丈夫か!」


 姫乃は離れた所で上がった悲鳴に今置かれている状況を思い出す。

 兵士達は押されていた。エルバーンは次から次へとやってくる。数から見ても兵士達は圧倒的に不利みたいだった。

 まだ離れてはいるが、自分たちも危ないかもしれない。


「応援はまだみたいね。こんな規模の襲撃支えきれないわ、このままじゃ」


 ルミナリアは、今さっき上がった悲鳴の主に向けて指を向ける。


 何をするつもりだろう。

 そう思った矢先、それは起こった。


「ウィンド!」


 悲鳴を上げた兵士を囲むように半球状に風が渦巻く。まさに今、攻撃しようとしていたエルバーンの体当たりを退けたのだ。

 助けられた当人は、突如発生した魔法に不思議そうな表情をして辺りを見回すが、気を散らすなと同僚に注意されていた。


 良かった。


 でも、私を助けた事だけじゃなくって、あんな事も出来るんだ。


 そんな事を考えていると、視界の隅で何か小さなものが動いているのが分かった。

 建物の脇に寄せられている壊れた荷馬車の影に子供、ヤアンとローノの姿があった。


「見つけた。 ルミナリアっ、あそこ!」

「ヤアン! ローノ! ……この馬鹿っ!!」


 心配だったんだろうな。

 言葉こそ乱暴なものの、安堵の表情を浮かべるルミナリア。ついでにちょっと怒った様子で一心に駆け寄ろうとする。


 大声を上げたからだろう。

 今まで、エルバーンに集中していた兵士達はさすがに姫乃達に気づいたようだ。何でこんな所に子供がいるんだと、驚いている。その中の一人、男性の兵士が鋭い声を放った。


「ルミナリア! 後ろだ!」


 見ると一匹のエルバーンがルミナリア目掛けて急降下してくる所だった。


「避けて!!」


 姫乃は気がついたら駆け出していた。とっさに、体が動いていたのだ。

 足手まといになるとか、駆け寄ってどうするのかとか、まるで考えてなかった。

 怖いとか、不安だという思いも置いて。


 ただ心配だったから。それだけで動いていた。


 視線の先でルミナリアは振り返り、空を見て驚く。そして魔法を放とうとするが、間に合うかどうかわからない。けれど……。


 その時、何かがエルバーンに向かって飛んでいった。

 矢だ。


 それはエルバーンの右目に突き刺ささり、絶叫を上げさせた。

 エルバーンがスピードを弱めた所を、先ほど声を上げた兵士が炎の魔法を使い攻撃していく。降り注ぐ火の猛攻にエルバーンは耐え切れず、地面へと墜落していった。


 矢が飛来した方向は建物の屋根の上だった。


 そこに、一人の少年が弓を手にして立っていた。ほつれの目立つ無地の服に、フードの付いた上着、失敗したような刺繍の後が裾にある長ズボンを着ている。そんな格好だ。

 だから姫乃は、その時は男の子だと思ったのだ。

 姫乃と同じ年頃の背格好をしている男の子、彼がさっき助けてくれたのだろう。


 お礼を言おうと思って口を開こうとしたら、目が合った。

 顔を見る。

 

 あれ? どこかで……。


 首を傾げていると先に向こうが言葉を発する。


「アンタ、姫乃?」


 その声はなぜがこちらまで聞こえてきた。

 彼、いや彼女は同じクラスの生徒、本の半日前には可愛らしい服を着ていたはずの女の子……方城織香ほうじょうおりかのものだった。


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