第1章 結締姫乃をとりまく日常



 世界名 メタリカ 四月七日 中央心木学園 始業式 『+++』


 結締姫乃は転校生だ。

 その日は新しい場所で、新しい学校生活を始める大事な日だった。


 体育館に居並んだ生徒達の中には、赤毛の髪をポニーテールにまとめた少女がいる。

 胸元に髪色と同じリボンをつけた白いシャツに、濃く鮮やかな赤のスカートを履いた少女は、表情が不安げで、目は悲しい事でもあったかのように伏せられていた。


 ……その、見知らぬ場所で緊張がつきない少女、結締姫乃ゆいしめひめのは、その時ちょっとソワソワしててほんの少しだけ落ち着きがなかったはずだ。

 壇上の上では、壮年の男性が何かを喋っている。この学校の校長先生が話をしていても、不安と心配に襲われていただろう。


 大丈夫かな。

 ここでうまくやっていけるかな。


 たぶんそんな同じような事を延々と考えていたはずだ。

 それで、式が終わった後……クラスに行く事を想像しては、心臓が縮むような思いを繰り返していただろう。


 後から考えて見れば、考えすぎだと言いたくなるような思い出だが、あの時の姫乃は確かにそんな感じだった。


 けれど、そんなマイナスな感情も少しだけ、和らぐ瞬間があった。

 不確かな記憶だが、姫乃はその時に、誰かに話しかけられたような気がしていた。


 剣と魔法の世界に行ってみたいと思う?


 そんな風に。


 その時姫乃はどう答えたのか、そもそも何かを答えたのか。

 赤髪の少女は覚えてない。


 答えるとしたら、どう答えていたのか……。


 剣は……どうか分からないけれど、魔法には興味がある。空を飛んだりできたらきっと楽しいだろうな、と思うし。


 その次には、こうも聞かれていた。


 物語の主人公みたいに、魔王を倒したりお姫様を助けたりする事になったら?


 ちょっと怖いかな。そんな大役、自分にこなせるとは思えなかったし、でも、困ってるなら力になってあげたいな。


 だけどその時は、まさか自分がそんなお話の様な世界に行く事になるとは思わなかったな。

 その世界で、自分が様々な人と出会い、いろんな場所に行く事になるなんて……。 





 四月十四日 中央心木学園 五―二教室 『姫乃』


 そして、時間は現在へと戻る。

 始業式から一週間が経った日の事だ。


 この学校での学校生活は、騒がしい毎日の連続だった。


「さあ、毎度恒例おなじみのあその時間よっ!!」


 給食の時間が終わるやいなや、このクラスの担任である白木雪菜しらきゆきなが声を張り上げた。


 遊ぶ部活で、あそ部。

 そんな名前の部活は、正式にはこの学園には存在しない。

「せっかくの昼休みがあるんだから皆で遊ばなきゃね」と思いつき雪菜先生が勝手に作りだした架空の部活なのだ。


 部員は大体約三十人前後で活動期間は給食の後の放課の時間。

 参加人数の内訳は、強制参加になっているこのクラスの生徒達に、後はその時々飛び入り参加の者、気に入られて先生に捕獲された者、などなどだ。


 そのあそが雪奈先生の掛け声でたった今、始まったようだった。

 教室にいる生徒達はそれぞれ、「またか……」という顔をしたり「やるぞ!」という表情をしたりと反応は様々。

 

 教卓の所にいる先生の下へと集まっていく生徒達を見送っていると、当然のように先生に呼ばれる。


「ささっ、姫ちゃんもこっちこっち」


 雪奈先生はチョークを持って、黒板になぜか私の名前である結締姫乃ゆいしめひめのという文字を大きく記していく。


 一体何を始める気なんだろう。


 全員が集まったのを見計らって、先生は元気よく咳払いした。


「えー、こほん! 今日の部活は一味違うわよ。どこが違うかっていうと説明に苦しむからぶっちゃけるけど、全てね! 全てが一味違うわ!」


 国語が成り立っていないような言葉を発しながら、楽しそうに先生は笑う。


「今回のは雪奈先生が考えたスーパーな企画よ! ニューフェイスの姫ちゃんを主役にしてみんなで盛り上がろうと思うの。 きっと熱い展開になるわ! 満員御礼よ! はいそこ拍手、パチパチパチ。姫ちゃんにはこれからやるゲームの勝敗の鍵をばっちり握ってもらう事にしたわ!!」


 楽しそうな笑顔のまま先生は、バンボンと黒板を二度叩き。

 教師らしからぬ行為をしながら教師らしからぬ不敵な表情を浮かべている。


 良いのかな。壊れたりしないかな。


「姫ちゃんが転校してきてから一週間。きっと、この学校の雰囲気は大体分かってきて、ちょびっとずつ慣れてきたと思うの。だから今日は思い切って次の段階にステップアップ、皆と楽しんで共通の良い思い出とやらを作って欲しいという先生の粋な計らいよ。グッジョブ、ゆきな」


 やってる事は突拍子も無いけど、考えてる事は普通だった。


 でも、どこからか声が聞こえてくる。まだ全員の事を覚えてないから誰の声なのか分からないけど。


「自分で言ったら意味ないでしょ」


 確かに。


「それで、どんな部活なんだ」


 先を促すのはこのクラスでも一番にリーダーシップを発揮する少年だ。

 えっと、名前は何だったかな。

 考えている間にも話は進んで行き、先生の口から当たり前のように説明の言葉が紡がれる。


「じゃ、さっくりとルール説明にいくわね」


 当の本人に意思の確認とか拒否権が無いのはどうかと思うけんだけどな……。


 なされた説明は単純に鬼ごっこのものだ。


 鬼は一人で、雪菜先生。場所は校舎限定で、一部外に出ている本校舎と別棟をつなぐ渡り廊下も含まれる。なお校舎に体の一部が触れているという条件を満たしていれば外に出ていてもOK。制限時間は昼放課が終了するまで。一人でも雪菜先生に触る事が出来れば勝利。放課が終わっても出来なければ敗北。


 そんなわけで、その後は当然のように部活がスタートした。





 校舎内 ???


 しかし、その開始から数分後の事だ。


「うーん、ここどこらへんだったかな」


 頭の中でルールを整理しながら走り回っていたせいか、姫乃は自分の目的地を把握しかねていた。

 要するに迷子になっていたのだ。

 頭上にあるプレートには三―二と書かれている。それは分かる、分かるのだが……。


 ここから、まっすぐいったら理科室だっけ? 音楽室だっけ?


 ここが三階である事も、自分が三の二クラスの前にいる事も分かるが、それは現在地だ。姫乃は目的とする場所がどこにあり、どのようなルートを通っていけばそこにたどり着けるのかを分からないでいたのだ。


 転校して一週間しかたってなく、移動教室を訪れたのも一、二回ほどしかない。どこどこに先生を見かけたと聞いても、たどり着く事すら難しいのが今の自分の現状だった。


「……ちゃまも、皆と一緒に遊ぶの。きっととっても楽しいはずなの」


 そんな風に姫乃がさまよっていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。ちょうど姫乃が向かっている先、階段の方からだった。


 確か、同じクラスの希歳きとせなあ、なあちゃんの声だ。作業着みたいな丈夫な生地でできたオーバーオールの服を着ている子だった。同じ年とは思えない低い身長に幼い顔で、人の良い性格のおかげもあって、クラスの中ではマスコット的存在になっている。


「別にいい。なあちゃんだけ遊んできなよ」


 対するもうひとつも同じクラスの少女、方城織香ほうじょうおりかの声だった。

 彼女はリボンやフリルがふんだんにあしらわれた可愛い服を着ている子だ。

 いつかそんな服を着てみたいなと思いながら、見ていたので覚えていたのだ。ただ、いつも退屈そうだったり、不満気な色を浮かべているのがちょっと気になっていたが。


「みりちゃま、最近ずっと楽しくなさそうなの。なあは、昔みたいに笑ってほしいって思うの」

「そんなの……」


 聞いちゃいけないような話を聞いてしまった気がして思わず足を止める……のだが遅かった。

 二人の姿が見えるところまで来てしまっていて、向こうも視界内に入ってきたこちらの事に気づく。


「ふぇ、姫ちゃまなの」

「なんでこんな所に。雪菜先生はこっちの本校舎じゃなくて、別棟にいるって聞いたんだけど」


 言葉の中に、盗み聞きになったことに対して怒っているような棘を感じる。

 さっきの、あんまり触れられたくない話なのかな。


「ごめん歩いてたら聞こえちゃって……。まだどこに何があるか分からなくて、どうしようかなって思ってたんだけど」

「ようするに迷子?」

「ぴゃ、姫ちゃまが迷子になっちゃったの!? 大変なの」


 そんなにはっきり言わなくても……。


「ま、そりゃそうか」


 だけど、それで納得してくれたようだ。

 さっきよりは柔らかくなった方城さんの言葉に、少し安堵する。


「ほら」


 それで、彼女から何でもないかのように手渡されたのは校内地図だった。


 本校舎と別棟、各階ごとにどんな教室があるのか詳しく書かれている。

 表紙には来賓用と書かれていた。

 隅に雪奈先生のものらしきハンコが押されている。

 親指を立てたグッドの表情が妙に輝いて見えた。


「え、えっと……あ、ありがとう?」


 なんでこんなものを持ってたんだろう。

 戸惑いつつも困っていた事は事実なので、素直に受け取る。

 

「別に。じゃ……」

「がんばってなの」


 姫乃とすれ違うようにして、二人は去っていく。


「やっぱり優しいの。なあ嬉しくなってきたの」

「だから、そんなんじゃないし。たまたまだって……」


 後ろからそんなやり取りが聞こえてくる。

 ありがたく思いつつも、盗み聞きをする形となってしまっていたったので、それ以上留まる事もできず去っていく。


 そういえばなあちゃん、方城さんの事を「みりちゃま」って呼んでたような気がしたけど聞き違いかな……。





 パソコン室 『啓区』


「ふーんへぇーえ、もぐもぐ。皆がんばってるなーあむあむ」


 一台のパソコンの前には一人の少年がイスに座っていた。季節は春、そこそこ陽気な気候の時期だというのに、黒で統一された長袖長ズボンを着た男子生徒だ。

 名前は勇気啓区ゆうきけいく。姫乃と同じクラスで、鬼ごっこ強制参加指定の生徒だった。

 パソコンモニターには、彼が校内の数ヶ所に設置した小型監視カメラの映像が映し出されている。


「雪菜先生、すごいよねー」


 画面にはちょうど当人が別棟の3階、理科室に走りこみ、扉に鍵をかけるところが映っていた。

 言いながら、パソコンの周囲に散乱しているお菓子袋の中から適当にひとつを選び、手で掴む。

 袋を開けて中身を口に運びながら、画像を見つめる。そしてまた中身を口に運ぶ。


 それだけだった。


 彼が昼放課中にこの場所から動くことはなかった。






 別棟 理科室前 『姫乃』


 姫乃が目的地にたどり着いたとき、理科室の前には人だかりが出来ていた。

 扉の鍵の部分が何故かひしゃげていて、開け放たれている。


 中では雪菜先生と、同じクラスのたすき獅子上選ししがみたすきが向かい合っていた。


 地毛ではない染められた金髪に、強気な光を宿す目。額には何故かいつも白い布を巻いていて、着ているのは白くて長いコートだ。彼は方城織香とは別の意味で目立つ外見をしているので、比較的覚えやすかったのだ。


 路地裏で見かけそうな不良みたいな格好をしている彼なのだが、その割には面倒見がよくて、快活だ。

 もう一人その言葉が似合う、沢ヶ原緑花さわがはらりょっかというクラスメイトが存在するのだが、彼女と選は気が合うのかよく二人で一緒に行動している。どうやら今この場にはいないようだが。


「さあ、追い詰めたぞ先生。扉は皆が抑えているしな、これで逃げ場は無くなったな」


 獅子上選ししがみたすきは、どこからか調達してきたらしい木刀で肩を叩いている。対面する雪菜先生はまだまだ余裕、といった表情を浮かべて立っていた。


「あらら、かぎ壊しちゃって。物は大切にしなきゃ、鍵の神様に祟られちゃうわよー」

「それは悪いと思ってる。つい手が滑って、グシャってなるとは思わなくてな」


 手が滑っただけでどうにかなっちゃうような物じゃないと思うんだけどな。扉の鍵って……。


「あ、姫ちゃん。10分ぶりね」


 雪菜先生がひらひらとこちらに手を振ってくる。


「結締? いるのか、そこに」


 獅子上選は振り返ろうとして思いとどまり、声だけをかける。


「頼む、例のやつ使ってくれ。先生のことだから、何かしでかして皆の壁を突破するかもしれない」

「あ……、うん。任せて!」


 この人だかりの壁だ。ありえない。


 ……などとは思わなかった。

 短い間だけど、雪奈先生は何というかとてつもなく時々常識破りな行動をしでかすのを目にしてきたからだ。

 それは先生だけでなく、生徒も同様なのだが……。


 と、そんな事を考えている場合ではない。

 赤色のガムテープを取り出して、教室の入り口、扉のレールにそって貼り付けていく。


 とにかく、この道具こそが今回のゲームの勝敗の鍵だ。


 このテープを貼った線上は、壁があるとみなされる。だから鬼の人だけ通行できなくなるのだ。

 この広い校内を先生に縦横無尽に走り回られると、正直捕まえられる気がしない。だが、移動ルートを限定できれば、ある程度先読みも可能だし走り回る時間も体力も温存できるのだ。

 なのでこの部活にとって、姫乃アイテムはとても頼もしい一品なのだ。


 間に合ってよかった、ほんと。

 途中までは皆と一緒に移動してたのに、雪奈先生が廊下の窓から上の階に移動してっちゃった時に、慌てて追いかけたからはぐれちゃったんだよね。


「ホワイトタイガー所属、獅子上選……行くぞ!」


 何かのグループ名を名乗って獅子上選は突っ込んでいく。空気を切り裂くような木刀の攻撃が嵐のように先生へと襲い掛かった。


「ちょろいちょろい」


 先生はそれらを最小限の動きで、まるでどこに攻撃が来るのか分かっているような様子で避けていく。


 右、左、右、また右と見せかけて足払い。木刀で突くと見せかけて、拳を放つ。力の入った攻撃の中に、わざと軽い攻撃を入れる。

 動きはぎこちなさがなく滑らかで鮮やかだった。明らかにこういう事をするのになれている、といった風な動きだ。

 先生も先生でそれらを全て、避けたり受け流したりして捌ききっているから驚きだ。


「まだまだ精進が必要ね、っと」


 大振りの一撃をひょいっとかわした後、先生はいつの間にか近寄っていたその窓を開け放つ。


「まずい!!」


 校内というルールがある以上外には出られないので壁を登るか、降りるつもりだろう。先生は窓枠に足をかけた。慌てて獅子上選が駆け寄る。


「ふふ、じゃあねー。……あら?」


 窓の外に身を乗り出して上を見上げた先生は、なぜか窓から離れた。


「その首もらったぁ!!」


 理由はそこから新たな追っ手がやって来たからだった。


 沢ヶ原緑花さわがはらりょっかだ。獅子上選と並ぶ実力の持ち主で快活な明るい性格の少女が窓から侵入してきたのだ。


 彼女の服装は選と比べれば普通だ。

 動きやすさ重視で組合わされていて、模様も装飾も一切無い。ただの無地の半そで半ズボンだった。女の子なのにちょっともったいないな、なんて姫乃は思うが。


 その沢ヶ原緑花は、窓から乗り込んだ勢いを殺さずに飛び蹴りをしていた。

 もちろん相手は先生だ。


「まだまだっ」


 しかし相手はそれに構わず、こちらに向かってくる獅子上選の方に距離を縮める。

 そして、近づいて行った選がとっさに木刀を振るのだが、難なく彼の攻撃を避け、その背中を押したのだった。

 沢ヶ原緑花の方へと。


「うおお! うげっ!」

「うそっ!」


 痛そうな音が聞こえた。

 緑化の飛び蹴りを選がくらってしまう。

 当然彼は、靴を顔にのめりこませて、背後へばったりと倒れた。


「ごめん選、犠牲は無駄にしないわっ!」


 しかし、そこで緑花は止まらなかった。


 選を蹴った反動を生かして天井近くまで跳躍、さらに体を反転させ、頭と足の位置を入れ替える。逆さまになった状態で、天井を勢いよく蹴った。

 眼下にいる雪菜先生めがけて。


扇王流せんおうりゅう落日拳らくじつけん!」

「ほいさっ」


 勢いの乗った迫り来るその拳の攻撃に臆することなく先生は、回避をせずギリギリまで引きつける。そして沢ヶ原緑花の拳の先、つまり腕を掴み、投げた。

 どこに?

 こちらにだ。


「わっ、えええぇ……!」


 遅れて危機が迫っている事に気が付いた。

 姫乃は固唾を呑んで観戦していたギャラリー達と一緒に慌てて逃げたが、間に合わなかった数人が彼女の巻き添えになって廊下を転がるはめとなった。


 大丈夫かな……。


「いててて……」

「緑花がやられちまったなんて」

「ごめーん! すぐ退くから。ああもう、せっかく華花はなかにロープで壁降り手伝ってもらったのに」


 下敷きになっている者達としている者、それぞれ大事には至ってないらしい。

 良かった。


 華花はなかというのは沢ヶ原緑花さわがはらりょっかの双子の妹だ。花模様と控えめなフリルがついた清楚なワンピースを着ている生徒で、性格は物静かでお淑やかと対照的な生徒だ。(ちなみにクラスは別の五―三で、雪菜先生に気に入られてたまにこうしてゲームに参加したりしている)


 教室の中に視線を戻すと、いたずらが成功した時の子供のような笑顔をした雪菜先生が立っていた。


 ジジ……。


 放送が入る直前の機械音がする。もうそろそろこの昼放課は終了のようだ。


 蚊帳の外になって見学していたら、肩を叩かれる。

 振り返るとそこに、視線をそらしながら喋りにくそうにしている方城織香と希歳なあがいた。

 方城織香は気がのらなさそうだったのに、彼女もこちらに来たらしい。


「お疲れ、姫乃」

「ぴゃ、姫ちゃま頑張ってたの」

「あ、方城さん。なあちゃんも。うん、ありがとう」


 しかし、放送が入るとなるともう部活は終了だ。

 今日のゲームは先生の勝ち、私達の負けで終わりそうだった。

 転校して来てから一週間、この学校は中々変わった人が多いという事が判明した。


 この学校に転校する前、あの時のあのでき事が無ければ、私は今ここにいなかったのだと思うとちょっと不思議な心地がする。

 思い出したくも無い嫌な出来事の結果が、今日だったりするのだけれど、この出会いを大切にしたい。

 前いたところの友達や先生を思い出して、寂しく感じる時もあるだろうけど。

 きっと大丈夫だと思える。


 だって、こんなにも騒がしくて楽しい今日があるのだから。 明日も、明後日もきっと……。





 ――――心に白いツバサを持つ者達……――――





「え…?」


 声が聞こえたような気がした。

 凛として澄んでいる、女の人の声だ。


 だけど、他の人達には聞こえてないみたいだった。変わらず、ゲームに負けたことを悔しがってたり、反省点を言い合っていたりしている。


 やはり気のせいだったと、そう思い直そうとした時……。


 窓から、桜色の光が差し込んできた。

 さっきまで騒がしかったのが嘘のように、皆口を閉じ、その光を見つめている。


「何だ……。いったい何が」

「何なのこの光」


 そんな中、獅子上選と沢ヶ原緑花が物怖じすることなく窓に近寄っていく。

 二人が動いたことにより、他の皆も硬直がとけ追随して動き出す。

 その中に混ざって窓から眺めると、この学校を囲むようにして桜色で描かれた魔法陣が光を放っているのが見えた。


 この時姫乃達には分からなかったが、後になって屋上にいたらしい華花は、魔法陣と同じく光り輝く桜の木を見たという。


 何かが起ころうとしている。それも、とても大きな何かが。

 姫乃はそう感じた。

 桜色の魔方陣は次第に光を強くしていて、全ての色を飲み込んでいった。


 姫乃は、自分の体が温かい毛布にくるまれて運ばれていくような不思議な感覚のなか、しだいに意識を失っていった。


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