釣りキチさん(一)

僕らは注意深く、森の中を歩き廻ったが、なかなかこれという発見はなかった。スカウトさんは、時折、目印をしていった。僕にはよく分からなかったが、いつ来たのか、ということまで判別できるマークにしてある、とのことだった。


収穫のないまま家に戻って昼飯をとったあと、いよいよあの場所に3人で向かうこととなった。


「今日はどうかしらね」


道すがら桂坂さんが問いかける。


「さあね、怖いような楽しみのような」


僕は正直な気持ちを言う。


「随分呑気ね。でも、来るとしたら、今度は女の人がいいな」


なるほど。気づかなかったが、確かに女性一人では心細いのだろう。


じきに僕らは例の場所についた。


「さあ、そろそろだな」


スカウトさんが呟く。


そして…


靄がかかり、それがクリアになると、そこにはまた人がいた。


今度も男の人だ。


背は割と高く、痩せ型でスラットしている。ちよっと野暮ったい薄茶色の服を着ている。まるで作業着のようだが、機能性はありそうだ。


それよりも驚いたことに、なんと今度の男性は釣竿を抱えていた。


「あれ、あれ……?」


戸惑う男性に、スカウトさんが慎重に近づいていった。


「怪しいもんじゃない。いいか、落ち着いて聞いてくれよ。実は…」


スカウトさんは、昨日僕がしたように最初から細かく説明した。相手が理解できるかどうかはともかく、まず現実を伝えるのは最良の策だと思う。スカウトさんの語りは丁寧で僕が説明するよりかなり分かり易かった。声のトーンも低くて聴き心地がいい。


スカウトさんの話を最後まで聞き終えた釣竿の男は、「ああ、そうですか」とすぐに納得していた。


って、納得するんかい! 対応力、高!


そのあとこの人が語ったことは……


やはり同じように5月20日午後1時にめまいに襲われ、気がついたらここにいた、ということだ。予想通りとはいえ、この現象は一体どう説明したらいいのだろう。


彼の名前は佐川三平。独身でもうすぐ30歳になるそうだ。


普段は会社員で、午後から趣味の釣りに出掛けようとしていたところだったらしい。


「釣りがお好きなんですか?」


「ええ、まあ。割とハマってましてね。休みの日は釣り三昧ですわ」


「釣りキチ……」


桂坂さんが思わずつぶやいた。


「あ、それそれ。僕、同僚からは釣りキチって呼ばれてるんです!」


それを聞いて、スカウトさんが提案した。


「よし、君のことは釣りキチ君と呼ぼう」


僕は恐る恐る三平さんに聞いてみた。


「いいんですか? そんなんで」


「構いませんよ。皆さん、僕のことは釣りキチって呼んでください」


僕がまだ戸惑っていると、横で桂坂さんが「釣りキチさん……言いやすいわね」と早くも順応していた。

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