桂坂さん(六)

午後になる前に、一度、家に戻って昼食をとることにする。ここでも非常食の出番だ。残りはまだある。缶詰中心の昼飯を食べながら、僕は言った。


「一つ考えがあるんだけど、聞いてくれる?」


「何?」


僕はなるべく順序だてて話すよう務めた。


「昨日、昼過ぎに君はあの場所に現れたんだよね?」


「そうね」


「僕も一昨日、あそこに来た」


「ええ」


そこまで話して、僕は一呼吸置いた。大事なポイントだからだ。


「じゃ、今日も同じことが起きるんじゃないか?」


「また同じ時間に誰か来るってこと?」


「そう。午後1時に誰かが現れるかも知れない」


僕は昨夜からずっと考えていた推論を、初めて口にした。


「うーん、どうかしら。まだ私と健太君の例しかないし。たまたまってこともあるんじゃないかなあ……」


桂坂さんは僕の意見にやや懐疑的である。僕にしたってそれが正しいなんて根拠はどこにもない。だが、やってみる価値はあると思っている。


「確かにちょっと飛躍しすぎな発想かも知れない。でも、あまりに不合理な今の状況からすれば、そんな現象があってもちっとも不思議ではないと思う。一応、確かめるだけ確かめに行こうよ。今から出れば間に合うし」


僕の考えを聞いて、しばらく頭を巡らせている風の桂坂さんだったが、やがて口を開いた。


「そうね。行かないでいるメリットは、あんまりないわね。ここでグダグダ喋っているよりは余程建設的かもね。行きましょう」


やっと桂坂さんも了承してくれた。このときの僕にはそれが正しいと言える何の根拠もなかったが、何か予感めいたものを強く感じていたのは確かだ。


僕らは、こうして再び、あの場所に行くことにした。現場に着くと、辺りの様子は昨日とまったく同じだった。生い繁った樹々に囲まれたなんの変哲もない森の中だ。ただ、木の枝を一部折ったりして目印だけはつけてある。


「あらためて見ると、ぞっとするわ。こんなところに一人で放り出されていたら、と思うと」


実際に震えている様子からすると、彼女は心からそう思っているようだった。


「頼りない健太君でもいてくれて助かったわ」


それはたぶん本心なんだろう。桂坂さんは軽く礼をしながら感謝の言葉を述べてくれたが、枕詞は必要ないな。


「頼りないは余計だよ」


一緒に笑い出す。初めて会ったときと比べると、随分打ち解けたなあ、とあらためて実感する。これは綱渡り効果ってやつなのかなあ、とふと思った。危機意識を共有することで、一時的に仲間意識が急激に高まるみたいな。

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