桂坂さん(五)
しかし、午前中、目一杯使って、歩き回ったが、結局、何も進展しなかった。昨日はまだ湖を見つけられた分だけラッキーだったが、今朝は本当に行けども行けども森ばかりだ。活動範囲は確実に広がっているのだけれど。
「一体、どうなってるの? この森は」
桂坂さんが歩きながら、疲れた表情で呟く。
「これじゃ、まるで迷宮だね」
「私たちは、迷路から出られなくなったマウスってことね」
「でもさ、まだ恵まれている方だと思うよ。これで凶暴な猛獣とかいたら、僕ら一瞬でお陀仏だよ」
「映画なんかではお決まりの展開よね」
は僕は桂坂さんの言葉で、昔見た映画を思い出した。無人島で置き去りにされた主人公が、仲間とサバイバルするが、森の怪物に次々と襲われて、最後には一人だけ生き残るみたいな話だった。
怪物に襲われるシーンは、今思い浮かべてもゾッとする。いろんなサスペンス映画を見てきたが、一番と言っていいくらい恐怖感を感じたのかも知れない。
「こんな話、やめよう。もっと希望の持てる明るい話題にしようよ」
僕は桂坂さんに提案した。
「あら、もしかして怖いの? まあ、でも私だって実際には怖くて、こうやって強がってるだけだから、あなたを馬鹿には出来ないけどね」
桂坂さんは意外と素直に白状した。
「とりあえず怪物に遭遇していないのはいいとしても、鳥一匹目にしないというのはやっぱり違和感あるな」
僕は少し話題を変えた。
「そう? 私は特に感じないけど。普段、あんまり鳥とか見ないからかなあ。近所にいるのはカラスぐらいだもんね」
「虫だけはちょこちょこいるんだけど、リスとかウサギとか全然いない」
「リスとかウサギって、日本の山じゃもともとそんなに居ないんじゃないの? 私も全然その辺の知識はないけど」
「例えば、で例を挙げただけだよ。僕がそれに詳しいわけでもない。日本の山なら、猿とか鹿とかイノシシ、熊なんかがいたりするよね」
「ああ、時々、人里に降りてきたり、車に轢かれたりしてニュースになってたりするわね」
「うん。僕が言いたいのは、それらよりもっと小さいトカゲみたいなものすら目にしないってのが気になるってことさ」
「うーん。それがどれほど重要なことなのかピンと来ないわね」
桂坂さんはそう表現したが、僕だってこのことがどんな意味を持つのか、答えを持っているわけではない。
「まあ、そのうち何か分かるといいけどな」
これ以上、この話を続けていても、実りあるものが得られるとは思えなかった。時が経つのを待つしかないのだろうか。それでも一人だけでいたときに比べれば、桂坂さんと話せるだけで随分多様な見方が出来るようになった気がした。
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