桂坂さん(三)

僕らは再び最初の家に戻った。まだ来てから何日も経っていないというのに、僕はいつのまにか、すっかりこの家が我が家みたいな感覚になっていた。頼れる場所がここだけという極限状況だからであろう。


もうすぐ日が沈み、あたりも暗くなる。早いもので、僕がここに来て、もう2日目の夜を迎えた。


電池残量を気にしつつ、狭い家の中で懐中電灯のわずかな光に頼りながら、桂坂さんの買い物品で軽く夕食をとった。今は食べるものがあるだけで幸せといえる。


その後、問題となったのは、こういう時のお決まりの展開だ。


「今夜、どこで寝るの…?」


桂坂さんが切り出した。


「ああ、それな。まあ、こういう場合、桂坂さんはベッドで、僕は床でってパターンなんだろうけど、こう開放空間だらけの家だとね…」


僕はあらかじめ考えておいたそんなセリフで答えた。


「普段だったら、とても男の子と同じ部屋で寝たりしないんだけどね」


まあ、最近は友達感覚で男女一緒に雑魚寝ってのも普通になってきたような気もするが、もしかすると健全さアピールもちょっと混じってるのかも知れない。


「じゃ、別の家で寝る?」


「……それもちょっと怖いわね……」


途端に桂坂さんが不安な表情になった。


「な、それも危険だろ。この場合は一緒の家で泊まるほうがいいと思うな。これは本当に下心なしで言ってるんだけど」


「そうね。とりあえず、健太君は信用するわ。もう信用するしかないじゃない。適当な場所で寝て。私も適当に寝るから。ベッドなんてないんだし。」


桂坂さんは、最後にはややぶっきらぼうな感じで言い放った。


「うん。とりあえず寒い季節で無くて良かったよ。」


僕らは懐中電灯を消し、横になった。また、こんな早い時間に寝ている。今までの暮らしと違って、ある意味健康的な生活とも言えるのかも知れない。ちっとも嬉しくないが。


「電気がないのが、なんか辛いわね」


「そうだね。照明はなんとかなってるけど、家電とか全然ないしね」


「暖房や冷房が使えないんなら、夏とか冬とか大丈夫かな?」


「うん、そうだね。それに

スマホだっていつまで持つか」


「私たち、普段めっちゃ楽な暮らししてたんだね。まさか、こんなことになるとは」


「そうだなあ。僕なんて現代文明の恩恵、受けまくって生きてきた気がするよ」


「そうね。釣りすら出来ないんだもんね」


「それを言うなよ……」


お互い横になっても、とりとめのない話を続けていたのだが、いつしか自然と眠りについた。


僕がたまたま夜中に目が覚めたとき、横で彼女がすすり泣いているのが聞こえた…


やはり、強がってはいても、こんな状況ならショックなんだろう。今までの生活を思い起こせば、辛くならないわけがない。

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