桂坂さん(二)

それは森が途切れ、開けた場所になっていた。目の前に一面、大きな湖が広がっている。湖面は樹々が映っているのか、あるいは水面の草や藻などの色なのか分からないが、緑色に輝いている。


「きれい……」


その景色の美しさに、思わず桂坂さんがつぶやいた。確かにそれは見事な光景だった。森の中の単調な風景に飽き飽きしていた僕らにとって、それは砂漠のオアシスに例えられるものかもしれない。


「この水、飲めるかなあ……」


桂坂さんが湖を眺めながらつぶやく。


「いや、それはまだやめといた方がいいと思う」


見た目には美しく見えるけれど、この水が綺麗かどうかは分からない。得体の知れぬ森の中のこと、慎重に判断したほうが良いだろう。


流れのある川ならば、もしかしたら水も飲めるかも知れないが……。この湖につながる川でもあれば……。


そんな期待を込めて、周辺を調べようとしたが、湖岸は背の高い草が生い茂っていて、湖周りの移動が困難だった。ちょっと進むだけで

ものすごく時間がかかる。よって反対側に川があるのかは確認出来なかった。


「見て、見て!魚も泳いでるわ」


桂坂さんがそう言って指差した湖面を見ると、確かに数匹の魚が泳いでいるのが確認できた。


「そうだ。健太君、魚釣ろうよ!」


桂坂さんは名案を思いついたとばかりに手を打ってはしゃいでいる。だが、僕はそれに対して小さく首を振る。


「ごめん。僕、釣りやったことないんだ。それに釣竿だってないし……」


「ええっ! 健太君て使えない男だったんだ……」


桂坂さんはさもガッカリとばかり、大げさに落胆の意を示す。悪かったな、役に立たなくて。僕だって力になれるならなりたいさ。


「じゃあ、さあ。湖に飛び込んで魚捕まえて来てよ」


「おい! 無茶言うなよ! この季節なら水温はそんなに冷たくないだろうけど、魚捕まえるなんて無理だよ」


僕は一応カナヅチではないが、そんなに泳ぎが得意というわけではない。


「冗談よ」


桂坂さんは、それでも未練がましく湖面を見つめる。


「まあ、でも、どうしても食べ物がない、ってことならば、何でもやるしかないかもな……」


僕はせめてもの慰めにそう声をかけた。だが、それは本心だ。最終手段の一つの選択肢としては頭の隅に置いとく必要はあるだろう。


「そっか……。でも湖を見つけたのは意味があったわね。これから水も必要になるだろうし」


「そうだね。場所を覚えておかなきゃ」


僕らは水を持ち帰る容器も持って来てなかったので、明日また出直すことにして、とぼとぼと帰路についた。

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