異変(四)
叫んでも誰かが答えてくれるわけでもないが、僕は嬉しさのあまり叫ばずにいられなかった。それだけ心身ともに疲れ切っていたのだ。救いになるものならなんだっていい、とさえ思っていたのかも知れない。
今僕がいる地点からは、歩けばまだ10分以上かかると思われる遠い場所だが、樹々の間から確かに家(小屋?)らしきものが数軒見える。村落っぽい感じだ。辺りも随分暗くなってきているが、灯がどこにも灯されてないのは少し気になったが、それでも今のところ唯一の希望には違いない。
僕は最後の気力を振り絞って、集落に向かって走り出した。慌てすぎて転んだりしながらも、僕は全力で駆けた。結局、一生懸命走っても15分程かかってしまったが、僕はなんとかその集落にたどり着くことが出来た。
遠目からはあまりよく分からなかったが、やはり人の気配があまりない。シーンと静まり返った家々。ざっと見渡したところ、300m程度の一画に数軒の家があるようだ。もう暗くなってきたので、詳しくはわからないが…
とにかく今夜寝るところさえ確保出来れば万々歳だ。もし、この集落が見つからなかったら、寂しい森の中で野宿しなければならなかったかと思うと、考えるだけでゾッとする。
僕は非常用持出袋に入れてあった懐中電灯を取り出した。手回し充電と電池併用式のもので、僕は今日は電池で使うことにした。懐中電灯をつけると、周辺が明るくなった。
「ごめんください。誰かいますかー?」
僕はそう言いながら、おそるおそる一軒の民家に足を踏み入れた。入口は竹と布を合わせたような素材のもので暖簾風に垂れ下がっているだけの簡単なものだ。きちんとした引き戸などはないようだ。こんな簡単な作りで、雨風を凌いだり、外敵から身を守ったり出来るのだろうか?
建物全体を見ても簡素な作りになっているが、まるで日本家屋のようだ。とは言っても、僕自身そんな昔の日本家屋に住んだことも生でちゃんと見たこともないので、怪しい知識ではあるが。都会育ちだから仕方ない。
声を掛けつつ家に入ったものの、中からはまったく返事がない。これは不法侵入ということになるのだろうか?
僕は困惑したまま、何度か声を掛け続けたが、やはり反応はない。誰もいないのだろうか? もしや、この家の住人がたまたま隣の家に行っていて不在とか……。
僕の頭の中で色々な可能性が浮かび上がってきた。もしかすると、見知らぬ訪問者を警戒して隠れているのかも知れない。こんな人里離れた村なら、あり得ない話でもないだろう。
入口付近で立ち止まってしばらく考えていたが、こうしていても埒があかない。僕は覚悟を決めると、もう少し家の中に踏み込むことにした。不法侵入を咎められたら、それはその時考えるしかない。一応、最悪襲撃されることも考慮して、周りへの警戒だけは怠らないようにしよう。
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