英雄の土産


 復興していく各国の動きに連動し、復興支援の物資を運搬する仕事を商人達も請け負い始める。

 それに合わせるように動いた大商家を率いる一人が、自身の商船とある大男を連れてベルグリンド共和王国に訪れた。


 彼等は共和王国内にある支店へ訪れ、馬車や荷馬車を用意する。

 その店の看板には、『旅の運び屋リックハルト』という商号が彫り込まれていた。


 『旅の運び屋リックハルト』で手に入れた馬車や荷馬車には運搬用の荷物と同じく、船から乗って来た者達も幾人か同乗する。

 その中には黒髪の大剣を背負う大男も居り、共に来た商人と共に安定した馬車の方へ乗り込んだ。


 この商団は港を出ると、各関所などは大商人かれの持っている商号と通行手形によって内陸側へ通過していく。

 それから幾つかの町や村に立ち寄りながら、一週間ほど時間を掛けて王都へ到着した。


 到着した馬車と荷馬車は、王都に立てられた『旅の運び屋リックハルト』の支店へ辿り着く。

 すると商人と共に馬車を降りた黒髪の大男は、互いに向かい合いながら会話を始めた。


「――……これで、商団われわれの護衛は終わりです。しかし、こうして貴方が御一緒させて頂けて、非常に安心した旅を出来ました」


「こっちも、共和王国ここに戻るのに助かった。感謝する、リックハルト」


「いえいえ。しばらく共和王国こちらに居りますので、何かあれば御相談に御越し下さい。出来得る限りの御協力を御約束しますよ」


「ああ、その時は頼む。ではな――……」


 二人はそうした話をすると、大きな布鞄を背負いながら黒髪の大男は店から離れる。

 その背中を見送りながら一礼した大商人リックハルトは、自らの仕事へと戻った。


 それから大男はゆっくりとした歩みながらも大きな歩幅で道を進み、旧王国貴族の邸宅地区だった場所へ赴く。

 すると大男は黒獣傭兵団が拠点とする屋敷が在る門を通り、大扉を叩きながら呼び掛けた。


「誰か居るか?」


「――……はいはい、御客さんですかっと――……えっ……!?」


 出迎え役の若い団員が訪問者に気付き、扉に備わる窓枠こまどを開けて外に居る者を確認する。

 するとそこに立っている大男の姿を見ながら、驚愕した様子を見せて窓枠こまどを閉じ、片側の大扉を開きながら大男に声を掛けた。


「――……エリク団長っ!?」


「ああ」


「ほ、本物ですかっ!?」


「え? あ、ああ」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 若い団員は驚きの表情とは裏腹に、奇妙な言葉を大男エリクに向ける。

 それに対して首を傾げながらも応えたエリクに、若い団員は扉を再び締めながら出入り口に置かれた照明ランプのような魔道具を持った。


「え、ええーっと……確かコレだったっけ……。……いた! ――……お待たせしました! ちょっと確認を!」


「……あ、ああ」


 昼頃にも関わらず照明ランプを持って再び扉を開けた団員に、大男エリクは困惑した面持ちを浮かべる。

 そして照明ランプの中にある光属性の魔石が光となり、大男エリクの身体を照らした。


 しかし照明に当てられた箇所が特に変化も無い様子を確認し、若い団員は安心しながらも再び驚きを戻して大男に呼び掛ける。


「ほ、本物の団長なんですね! 無事だったんだ、良かったっ!!」


「……本物とは、どういうことだ?」


「そ、そんなことより! 皆に知らせて来ますんで、客室こっちにどうぞ! 副団長達も呼んできます!」


「あ、ああ」


 団員の言葉に疑問が浮かびながらも、訪問者が本物のエリクであると認められる。

 しかし当の本人エリクは状況が理解できないまま客室へ通され、陶器グラス葡萄酒ワインの瓶が出された後に暫し放置されてしまった。


 それから数分ほどが経つと、客室そこにマチスが現れながら声を掛けて来る。


「――……おー、この気配。確かに本物の旦那だ、久し振り!」


「マチス。……本物とは、なんのことだ?」


「あれ、知らないんですかい? ――……旦那エリクの名前を語る偽者が、色んな場所で出回ってるんですよ」


「なに?」


「この共和王国くにでも、結構アンタの名前を語る奴が居てさ。しかも黒獣傭兵団おれらの名前も使って、あちこちで悪さしてるんで。団員おれら総出そうでで、そういう連中を捕まえまくってるんですよ」


「そんなに、偽者が多いのか?」


「そうですよ。一年前にアンタ戦って勝った映像すがたが流れてから、素性なんかの情報が出回ったみたいで。そういう偽黒獣傭兵団の被害とその苦情が、黒獣傭兵団おれたちにも来るんでさ。……まぁ、大抵は似ても似つかない馬鹿丸出しの奴ばっかですけどね。各国にも、そういう偽者が出て悪さしてたら捕まえてくれって、伝えてありますけど」


「そうか。……そういう事態ことに、なっていたのか」


 笑いながらも呆れた様子でその出来事を伝えられると、エリクは微妙な面持ちを浮かべる。

 するとマチスはそうした表情のエリクを見ながら、改めて問い掛けた。


「旦那は今まで、何してたんですかい? 偽者の情報ばっかで、本物アンタの情報が届かなかったんですけど」


「……その偽者なかに、俺の情報もあるかもしれない」


「え?」


「ここ半年程は、今の人間大陸を見て旅をして来た。だから多分、偽者の中に俺も含まれているかもしれない」


「そうなのかい。身分証とかは?」


「傭兵ギルドから貰った、認識票コレを使っていた」


「あー、傭兵の認識票かぁ。しかもピカピカの【特級】。偽者だって疑われなかったかい?」


「確かに、入念に調べられて疑われたような気もするが、顔見知りが居る場所を通って来たから、特に問題は無かった」


「顔見知り? っていうか、人間大陸を旅って……半年前だと、まだ船も出てるとこは少なかったろうに。なんでまた?」


「少し、やりたい事があってな。……あの出来事が終わった後に、フォウル国に行っていた」


「!」


「俺の大剣がまた壊れたから、バルディオスというドワーフの老人に修理を頼んだ。知っているか?」


「ああ、あの爺さんなら知ってるぜ。まぁ、元『』の俺とはほとんど接点は無いけどよ」


「そうか。……そこでついでに、ある物を作るよう頼んだ」


「ある物?」


「丁度良かった、お前に渡したかったんだ」


「え……?」


 エリクはそう言いながら、長椅子ソファーの横に置いた大きな布袋から黒く長い鋼鉄の物体を取り出す。

 それを片手で掴みながら目の前に在る机に置くと、マチスは驚きながらエリクを見た。


「こ、これは……?」


「お前の義足あしだ」


「!?」


「ドワーフの職人達に作れるか聞いたら、数日で作ってくれた。素材は、魔鋼マナメタルだ」


「え……えっ!?」


 当然のように話すエリクに対して、今度はマチスが動揺を浮かべながら机に置かれた義足あしにも視線を向ける。

 しかしエリクはそれに気付かず、神妙な面持ちを浮かべながら思い出すように義足について説明を始めた。


「こっちの取付具モノを切れている左足に取り付けて、このベルトを脚や身体に巻いて固定する。そして取付具こっち義足あしを付ければ、お前の左足になる」


「な……なんで……?」


「俺も、作りはよく分からないが。義足あしの長さは、そこの突起ネジを回せば調整できるらしい。一応、傷が付いても自動修復というものが出来るらしいが……」


「そ、そうじゃねぇって! ……な、なんで……俺の義足なんか……?」


 マチスは動揺しながらも問い掛け、義足を作り持って来たエリクに問い掛ける。

 するとエリクは僅かに首を傾げながら、不思議そうにマチスに問い掛けた。


「お前の左足が無かったから、作れないかと頼んだだけだが?」


「違うって! ……俺は、アンタや……ワーグナー達を裏切ったんだ。その罪の代償が、この左足あしで……っ」


「……代償というのは、下働きじゃなかったのか?」


「そ、そうだけど! ……これは、俺にとってのケジメみたいなもんで……」


「けじめ? ……よく分からないが、どっちにしても左足が無いのは不便だろう」


「そ、そうだけど……もう、片足で立つのも慣れたし……この松葉杖つえもあるし……」


「なら、その杖の代わりを義足これにしろ」


「!?」

 

「この黒獣傭兵団だんやワーグナーには、お前が必要だ。だったら、ちゃんと動けるようになる義足あしが有ったほうがいい」


「……で、でもよ……」


 義足を渡して付けさせようとするエリクに対して、マチスは渋りながら苦悩した表情を浮かべる。

 すると客室の扉が勢い強く開かれながら、その場に副団長であるワーグナーが現れた。


「――……いいじゃねぇか、マチス。貰っちまえよ、義足それ


「ワ、ワーグナーッ!?」


「人手が足りねぇんだ、義足それ付けて現場にも復帰できるようになれ。これは団長エリク副団長おれの命令だ!」


「……いい、のかよ……。……また出歩けるようになったら、俺がどんなことするか不安じゃないのか?」


「そん時はそん時だ。お前を完全に信じちまった俺達が馬鹿ってだけで、それ以外に特に言うことはない」


「!!」


「まぁ、四年分しっかり下働きした報酬ボーナスってことでいいだろ。なぁ、エリク?」


「ああ、それでいい。受け取れ、マチス」


「……分かったよ……」 


 二人に推される形で義足を受け取ったマチスは、エリクの拙い説明を聞きながら義足の接続部かなぐを取り付ける。

 そして固定用のベルトを腰や腹部に巻いて装着し、義足と接続させた。


 すると次の瞬間、マチスが驚愕を浮かべながら短い声を上げる。


「ウワッ!?」


「どうしたっ!?」


「……な、なんで……義足ひだりあしに……感覚があるんだ……?」


「!?」


 驚愕したマチスの言葉を聞き、エリクとワーグナーは共に接続された義足ひだりあしを見る。

 すると義足に備わる足の指が細かに動き、膝などの関節部分も緩やかながらも淀みなく動いていた。


 それからマチスは立ち上がり、言われた通りに突起ネジ部分を回しながら義足の長さを調節する。

 自身の足と同じ高さにまで義足を伸ばすと、マチスはそこから伝わる地面の感触を受けながら驚愕の声を漏らした。


「な、なんで……。……これ、ただの義足じゃねぇのかい……!?」


「確かに、ドワーフ達が凄く長い説明をしていた。だが、ほとんど何を言っているか分からなかった」


「……あぁ、その辺は変わってねぇな。旦那は……」


 恐らく義足の機能を説明したであろうドワーフ達の言葉をほとんど聞き流していたエリクに、二人は懐かしさから安堵を浮かべる。

 すると改めて義足を動かしながら歩き始めるマチスに、ワーグナーは問い掛けた。


「すげぇな、もう歩けるのかよ。……鉄っぽい義足なのに、感覚があんのか?」


「それどころじゃねぇよ……。……微妙な柔らかさと暖かさ、まるで人肌と変わりねぇ」


「マジかよ。……コレが沢山ありゃ、助かる連中も多いだろうになぁ……」


 義足の性能に改めて驚嘆するマチスとワーグナーの様子を、エリクは口元を微笑ませながら見る。

 そして改めてマチスは、エリクに対して確認した。


義足コレ、本当に貰っていいのかい?」


「ああ」


「……じゃあ、大事に使わせてもらうよ。それに、下働きもしっかりするから安心しなよ」


「へっ」


「そうか、良かった。――……なら、マチス。一つお前に頼みたい」


「えっ、なんだい?」


「ワーグナーが引退したら、お前が副団長になってくれ」


「!?」


「……え?」


 義足を渡してからそうした頼みを向けるエリクに、二人は驚愕を浮かべる。

 それこそが、マチスに義足を渡したエリクの理由だった。

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