傍観者の光景


 メディアのからだを介して復活した【始祖しそ魔王まおう】ジュリアと、エリクの肉体を介して現れた【鬼神きしん】フォウル。

 数百年に死んだとされていた魔族の到達者かみが現世に甦り、ついに激突を果たしてしまった。


 第一次人魔大戦においても激闘を行った事を伝えられている二人は、互いに罵り合いながら拳を交え始める。

 その衝撃インパクトは頑丈な聖域の大地さえ砕き割り、生い茂る巨大な樹林を吹き飛ばしながら凄まじい衝撃波ちからを放ち始めた。


 始めこそ地面に身を置き視認できない程の速度で身体全体を使った激突を行っていた二人だったが、身体から漲る生命力オーラ魔力マナが二人の肉体を徐々に上昇させていく。

 そして空気を切り裂くような炸裂音を響かせながら、人間大陸に波動ちからの突風が降り注ぎ続けた。


 その波動ちからは凄まじいエネルギーとなって現世に干渉し、各地で暗雲と暴風を起こし始める。

 更に雷まで鳴り響き始めると、人間大陸の人々は再び起きる異常気象に動揺と困惑を強めた。


「――……また嵐か……!?」


「さっきまで見えてた樹が消えたけど……アレ、幻覚だったのか……?」


「そうだよな……。あんなデカいが、本当にあるわけ……ウワッ!!」


「ま、また雷が落ちたっ!?」


「近いぞっ!?」


 突如として現れ消えたマナの大樹に、世界中の人々はそれが幻覚だったのだと思ってしまう。

 しかし吹き荒れ始める暴風は雷鳴を鳴り響かせ、地上に雷光が降り注いだ。


 その落雷かみなりは地上のあちこちに落ち始め、人間いのちが居る居ないに関わらず様々な場所へ降り注ぐ。

 山に落ちれば直撃した部分を吹き飛ばし、町や都市に落ちればその周囲一帯が焼け落ちて火災を起こし始めていた。


 ログウェルとエリクの激闘と同様に、二人の到達者エンドレスが戦闘を開始した事で再び世界に異常現象が起き始める。

 それを離れた孤島から同じように視認しているシルエスカや|トモエ等は、状況を推察していた。


「――……なんだ! 今度は、何が起こっているっ!?」


聖域あそこに在った大樹が現れたと思えば、すぐに消えた……。……どういうことなのです、『青』?」


 シルエスカとトモエは互いにマナの大樹が現れた方角を見ながら、傍に立つ『青』に問い掛ける。

 すると僅かに考えた様子を見せた『青』は、自身の状況判断で事態を述べた。


「この現象、恐らく到達者エンドレスの衝突が原因だろう」


「まさか、ログウェルが死んでいなかったのか?」


「いや、恐らくは別の到達者エンドレスが戦い始めたのだ。……しかもその片方が、マナの大樹を吸収したらしい」


「!?」


「儂の推測が正しければ、到達者エンドレス同士が戦えば必ず循環機構システム隔離される時空間スパイラルラビリンスを形成する。実際、エリク達が戦っていた時も天界エデンは時空間に飲まれた。だが今回は、隔離空間それが作られる様子が無い。だからこの異常現象が起きてしまっている」


「……何者かが、大樹ごと循環機構システムを取り込んだということですか?」


「そうとしか考えられん。そしてそれが出来るのは、恐らく……メディアだ」


「!」


「奴は『魔王の外套スフィール』を持っていた。その能力ちからを使えば、大樹も吸収できる可能性はある。……それに巫女姫の話が本当であれば、奴はマナの生命いしを持った存在。ならば実である子メディアが、親である大樹を吸収するのも事も可能かもしれん。……いや、その逆か?」


「逆?」


大樹を吸収したのではない。……儂の一族やゲルガルドと同じように、依り代からだ大樹が乗り移った……?」


「な……!?」


「だとしたら、到達者エンドレスではないメディアが到達者エンドレスになっているのも頷ける。……恐らくあの大樹になっていたのは、千年前に行方不明となった【始祖の魔王ジュリア】はずだ」


「ジュリア……。……まさか伝承に聞く、魔族の王……【始祖の魔王】か!?」


「魔大陸では、今でも【始祖の魔王ジュリア】を信仰する者はいるはずだ。ならば実の子供メディア依り代からだにし、到達者エンドレスとして甦った可能性はある」


 現状から様々な可能性を思考した『青』は、メディアがマナの大樹を吸収し【始祖の魔王ジュリア】を蘇らせた可能性へ至る。

 それは正解とも言うべき答えだったが、同時に『青』には絶望の表情を浮かばせた。


「……だが、【始祖の魔王ジュリア】の復活は人間大陸の終わりも意味する」


「え……」


「【始祖の魔王ジュリア】は人間ひとを憎んでいる。それ故に第一人魔大戦において、人間大陸の人口を九割まで減らされ、五十億人以上が僅か七日で殺された。……【始祖の魔王ジュリア】とそれに付き従う【魔大陸を統べる女王ヴェルズェリア】という、二人の到達者エンドレスによって」


「五十億……!?」


「その時の儂も殺されたが、辛うじて隠していた本体のおかげで生き永らえる事が出来た。……だが【始祖の魔王ジュリア】だけは、例え幾万の聖人が挑んでも勝てないことだけは分かる」


「……ならば、もう一人の……【始祖の魔王ジュリア】と戦っている到達者エンドレスは……?」


「恐らく、傭兵エリクだろう」


「!」


「あそこに居る到達者エンドレスは、【鬼神】を宿すあの男だけだ。……あの男エリクが今、【始祖の魔王ジュリア】と戦っているのだとしたら。今の状況において、その勝利を願うしかあるまい」


「……私達は、また何も出来ないのか……ッ」


「大気中の魔力マナが大きく荒れ過ぎている。ここから転移で移動することすら、今は不可能だ」


「……エリク……ッ」


 そう述べる『青』の言葉に、その周囲に居る者達は神妙な面持ちを浮かべる。

 

 到達者ふたりの激突によって大気中の魔力マナが大きく荒れ狂い、魔大陸に匹敵する悪環境に人間大陸は陥っている。

 そうした中で転移が封じられた『青』達は、聖域あそこに居るであろう彼等を救援に向かう事すら出来なかった。


 それに歯痒い思いを抱く聖人達かれらは、再びその決着を遠目から見届けるしかない。

 そして【始祖の魔王ジュリア】と戦っているであろう、戦士エリクの勝利を願うしかなかった。


 しかしそんな願いとは別に、【始祖の魔王ジュリア】と【鬼神フォウル】の罵倒混じりの喧嘩たたかいは徐々に聖域だいちすらも崩壊させ始める。

 それに巻き込まれそうだったのは、バルディオスが修理する機動戦士ウォーリアーとその周囲に居る者達だった。


「――……ちょっとぉ! まだ直らないのぉ!? なんか……滅茶苦茶やばそうよぉ!」


「ぅんなこたぁ、分かっとるわいっ!! ……クソッ、こっちの部品パーツも完全に歪んじまっておる! しかもどんどん損傷が増えとるな、これじゃあ動かせんっ!!」


「えぇっ!?」


駄女狐ダメギツネ! お前さんの転移でどうにかできんかっ!?」


「さっきからやってるけどぉ、転移べないわよぉ! なんでぇ!?」


 機動戦士ウォーリアー外部そとから修理しているバルディオスだったが、最初の衝撃波ソニックウェーブと押し寄せた瓦礫の衝突によってこの場で修理不可能な状況だと分かる。

 そして最後の綱とも言えるクビアの魔符術を用いた転移魔術も、何故か使用できなくなっていた。


 そんな二人のやり取りを傍で聞いていた『白』のみかどは、聖域どころか人間大陸に及んでいる状況を見てこう述べる。


「……時空間自体が歪んでしまっておるなぁ。これでは魔法も魔術も転移はできまい」


「えぇっ!?」


「空間や時空間に干渉して行使する魔法や魔術は、それ以上の干渉ちからを受けると防がれたり、逆に転移場所を誘導されてしまうんだ。きっと、ジュリアの仕業だな」


「そ、それってぇ……逃げられないってことじゃなぁいっ!? なんでそんなに落ち着いてるのよぉ!」


「いや、だって。余はその気になればジュリアに勝てるしさぁ」


「だったら戦って来てよぉ!」


「嫌だよ、鬼神フォウルが怒るんだもん。それに余が行くと、ジュリアが逃げて先に人間を滅ぼし始めるぞ?」


「……は、八方塞はっぽうふさがりってやつぅ……?」


「だから鬼神フォウルが行ったんだろ。まぁ、ジュリアも鬼神やつが相手なら絶対に逃げないだろうから。丁度いいな」


「……やだぁ、コイツもコイツで結構イカれてるわぁ……」


 そう言いながら腕を組んで外を視ているみかどに、クビアは思考回路を理解できずに困惑した様子で後退る。

 するとそうした一行に対して、地面に着地しながら駆け寄る声が向けられた。


「――……お爺さん! 修理、終わったっ!?」


「マギルス、戻ったか! ――……そいつ等はっ!?」


「やられてたし、怪我もしてるし! 狐のお姉さん、お姉さん達を治せるっ!?」


「ちょ、ちょっと待ってぇ!」


 華奢なアルトリアとリエスティアを両腕に抱え、ケイルとユグナリスを片手に持って来たマギルスは、怪我をした四人を地面へ寝かせる。

 そしてクビアに治癒を頼むと、転移魔術と異なり魔符術かみふだを用いた治癒と回復はリエスティア以外には通じることを確認できた。


 酸欠と脱水症状を引き起こし同時に肌に火傷を負っていたアルトリア達は、徐々に治り始める。

 しかし同じ状況となっているリエスティアに対しては魔力を用いた魔符術の治癒が行えず、クビアは焦る様子を浮かべた。


「どぉ、どうしようぉ。この子リエスティアには魔力が効かないからぁ……」


「……お母さん……っ」


 リエスティアの治癒が出来ない中、母親リエスティアの傍にシエスティナが寄り添う。

 そしてその幼い顔には涙が浮かび、傷付き倒れた母親の腕に触れることしか出来なかった。


 そんな母子ふたりの姿を見ていたマギルスは、隣に来たバルディオスに声を向ける。


「お爺さん、どうなの?」


「……修理は無理じゃった。……ここから離れるなら、走って逃げるしかないが。正直、この機体と瓦礫が盾になってくれているおかげで、今の儂等は生きておられるからなぁ……」


「うん。外に出たら多分、衝撃コレに巻き込まれちゃうね。……この機械人形ゴーレムって、前に僕が借りた古代兵装バイクと一緒?」


「む? まぁ、そりゃな」


「じゃあ、出来るかな。……お爺さん。僕にこの機械人形|魔導人形《ゴーレム》、ちょうだい!」


「えっ。……分かった!」


 外で巻き起こる衝撃波と吹き飛んで来る瓦礫が機動戦士ウォーリアーの破損度合いを更に高めている中、マギルスはそうした提案たのみを向ける。

 それに驚いたバルディオスだったが、マギルスが何をしようとしているのかを理解し、理由を聞かずに応じた。


 するとマギルスは自ら操縦席コクピットに乗り込み、その席に座る。 

 そしてバルディオスの見様見真似で操縦桿レバーを両手に握りながら、傍に視える精神体アストラル青馬ファロスに呼び掛けた。


「やれる?」


『――……ヒヒィンッ』


「へへっ、そうこなくっちゃ。――……じゃあ、やるよっ!!」


『ブルルッ!!』


 マギルスと青馬ファロスは互いに息を合わせるように同調シンクロし、その肉体から青い魔力を放つ。

 そしてそれが機動戦士ウォーリアーの全体に及びながら覆い包むと、白色が主だった機体が青い色に変色した。


 更に青い魔力を纏った機体は、その顔を僅かに上げて動き始める。

 しかし操縦席に座るマギルスは手や足の操縦桿レバーなど動かさず、自分自身の意思によって動かし始めた。

 

 それを見上げるバルディオスは、マギルスが行っている事に気付きながら呟く。


精神武装アストラルウェポン……まさか、機動戦士コレまで動かしちまうとは……!」


『――……お爺さん! 他の人達を、そこに乗せて!』


「あ、ああ!」


 マギルスの魔力ちからによって成している精神武装アストラルウェポンは、機動戦士ウォーリアーすら自らの手足として動かし始める。

 そして操縦席からの拡声こえを機体の下で覆い守られている者達に伝えると、バルディオスとクビアはそれに従いながら差し出された機体の両手に負傷者達やシエスティナを乗せた。


 しかしそうした場に参加しない『白』のみかどに、クビアは呼び掛ける。


「ちょっとぉ! アンタも乗るなら手伝ってよぉ!」


「ん? なら残るぞ」


「え……えぇ?」


「もうすぐ、もっと厄介になるだろうからな。念の為に余は残った方が良さそうだ」


「もぉ、もっと厄介ってぇ……これ以上ぉ、何が起こるのよぉ……」


「まぁ、それは厄介になってからのお楽しみだ」


「……本当にぃ、こういう人達って理解できなぁい……」


 その場に残ることを告げたみかどに、クビアは心の底から共感できずにそのまま機体の手に乗る。

 するとマギルスは機体の両手に伝わっている魔力ちからがリエスティアの身体ちからによって遮られている事を理解した。


『お爺さん! その子のお母さんリエスティア、お爺さんで抱えてあげられる?』


「おう。……そうか、この娘は『黒』だったな。機体に通した魔力を遮っておったのか。……これでどうじゃ?」


『うん、オッケー! ――……白いおじさん、本当に置いてっていいの?』


「ああ、いぞ。というか、おじさんじゃない。お兄さんだ!」


『あっ、向こうの白い人にもそれ言われた。……じゃ、行くよ! みんな、落ちないようにしてね!』


 マギルスはそう言いながら、機体の両手を乗せた者達を指で覆いながら守る。

 そして故障している機体を精霊武装アストラルウェポンを補助具にして立ち上がりながら覆っていた瓦礫を落とし、機体の推進剤と自身の魔力を用いて飛行装置バックパックを起動させた。


 すると機体は上昇を始め、押し寄せる衝撃波と瓦礫に耐えながらその場から離れる。

 それを見送るみかどに瓦礫が降り注ぎながらも、それを結界らしき防壁で弾いて見せた。


到達者エンドレスの及ぼす影響下なら、余も能力ちからを使えるのでな。――……さて、鬼神フォウル。今のお主で、ジュリアに勝てるのか……?」


 『白』としての能力ちからを既に使っているみかどは、衝撃波が起こる場所を見ながらそう呟く。

 そしてその場所では、【始祖の魔王ジュリア】と【鬼神フォウル】が喧嘩たたかいを更に激しさを増し、ついに天候だけではなく時空間そらの亀裂すら起こし始めていた。


 こうして伝説の到達者エンドレスとの戦いに加われぬ者達は、その場から去るか見守る状況へ陥る。

 そしてその決着は、まさに世界さえ壊しかねない二人の到達者に委ねられたのだった。

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