勝利の女神


 『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』によって現世から隔離された天界エデンで、制約から解き放たれた復活した『黒』はメディアと対峙する。

 その圧倒的な暴力ちからはアルトリアすら一蹴するメディアも圧倒し、更に創造神オリジンとその権能ちからに関する真実を伝え説き伏せ、循環機構システムを用いた世界の破壊を実行させないことに成功した。


 しかし世界の存亡については、聖域の外で戦う二人の勝敗に委ねられる。

 それは大陸の中央にて衝突し、その衝撃によって周囲を破壊しながら殴り合う老騎士ログウェルと傭兵エリクだった。


「――……ゴッ!!」


「ガッ!!」


 二人の右拳が交差クロスしながら互いの顔面に直撃し、大きく首を仰け反らせながら口から歯の欠片が飛び取り、地に着いた両足が浮く。

 それでも浮き上がった両足を割れ砕ける地面に踏み締めると、互いに首と顔を正面まえへ戻しながら再び左拳を振った。


 こうした退かず避けずの殴り合いが数分以上に渡り続いており、二人の周囲には千切れた皮膚や砕けた歯と共に流血が撒き散らされている。

 その拳や蹴撃けりの速度は捉えられぬ程の速さであり、それぞれの一撃は魔鋼マナメタルの塊を粉々にする程の威力パワーを有していた。


 二人の激闘を最も近くに居るのは、上空そらに滞空している機動戦士ウォーリアー

 更にその内部に在る操縦席コクピットの拡大映像越しに見ているのは、操縦者のドワーフ族長バルディオスと帝国皇子ユグナリス、そして腕や口を覆われて拘束されている『白』のみかどと、意識を取り戻しているマギルスだった。


「――……もう、どれぐらい殴り合ってるんだ……」


十分じゅっぷんぐらいは殴り合ってるんじゃねぇか? ……しかも、どっちも倒れねぇ。一発一発がヤベェ威力だってのは操縦席ここにいても分かるのに、どういう耐久力スタミナしてんだよ」


 ユグナリスとバルディオスは映像で見る二人の戦いを捉えながら、その勝敗の行方を見守り続けている。

 すると操縦席コクピットの壁部分に座らされているマギルスは、同じ映像を見て視線を細めながら表情を僅かに渋くさせた。


「……おじさん、マズいかも」


「!」


 マギルスはそう口にすると、他の二人もエリクを凝視する。

 すると鬼神フォウル魔力ちからを使いながら変容させていた赤い皮膚が、殴打を浴びるたびにまるで鍍金メッキが剥がれ落ちるように崩れ始めていた。


「こ、これは……」


「まさか、鬼神様の魔力ちからが尽きようとしておるのか……!?」


「……おじさん……っ」


 顔や肉体を覆う赤い皮膚が徐々に崩れて剥がれ落ち、エリク自身の顔が徐々に浮彫となっていく。

 対するログウェルも血だらけながら動きが衰える様子は無く、拳や肉体に纏う『生命の風』がエリクの肉体からだを剥がれる赤い皮膚を削り飛ばしていた。


 そして数秒後、違いの交差した殴打こうげきの結果に違いが生じる。

 エリクの放った右拳を纏う赤い皮膚が完全に崩れ落ちながら態勢を戻すのが遅れ、それより先に振り戻ったログウェルの左拳が相手の腹部はらを穿った。


「オォオッ!!」 


「ガ、ハ……ッ!?」


「おい、マズいぞっ!!」


「押し負けたっ!?」


 初めてエリクの攻撃こぶしが遅れ、ログウェルの連撃を許してしまう。

 しかも態勢を立て直せないエリクにログウェルは容赦の無い拳と蹴りを放ち当て、その場に踏み止まっていた二人はログウェルが殴り勝ちすることで位置を動かし始めた。


 凄まじい速さで顔面や肉体全てを殴打されるエリクは血飛沫を撒き散らしながら身体を浮かせ、その場に踏み止まれなくなる。

 それと同時に肉体にも纏わせている赤い皮膚が更に崩れ落ち、エリクは反撃や防御すら出来なくなっていた。


 そんなエリクに対して、容赦せず打ち込み続けるログウェルは怒鳴りを向ける。


「どうしたっ!! それがお前さんの限界かっ!!」


「ガ、グァアッ!!」


「お前さんの鬼神の力は、ただの鍍金メッキじゃったのかっ!! ……儂を失望させるな、エリクッ!!」


 叫び怒鳴るログウェルは成す術なく殴られるエリクに対して、更なる激闘たたかいを望む。

 しかしウォーリスと殴り合った時と同等以上に鬼神フォウル魔力ちからを振り絞っていた現在いまのエリクにとって、この状況がまさに彼の限界すべてでもあった。


 そして次の瞬間、ログウェルの下顎を貫く下突きアッパーが通過する。

 エリクは真上に首を伸ばしながら顔を仰け反らせた瞬間、白目を見せながら意識が薄れた。


「――……」


 その時のエリクに視えたのは、自分が生きた四十年余りの走馬灯きおく

 今まで彼が経験した様々な場面シーンが脳裏に浮かび、一瞬の内に自分の人生を追憶するような感覚を味わった。


 そうした場面なかで、エリクはある人物の姿と言葉こえを思い出す。


『――……どうした、その程度かよっ!!』


『……っ!!』


『その程度の根性で、俺に勝てると思うなよッ!!』


 それはエリクが経験した、鬼神フォウルとの殴り合い。

 今現在の状況と似たような殴り合いを精神たましいの中で行ったエリクは、鬼神フォウルに罵声と共に夥しい数の拳を浴びせられた。


 まだ聖人として覚醒してから間もない時期であり、生命力オーラを上手く制御できない。

 そんな不完全な実力のまま鬼神フォウルと殴り合うという経験をしたエリクは、精神内部の地面へ膝を着きながら倒れていた。


『ハァ……ハァ……ッ』


『立て、根性無し。そんくらいでヘバるんじゃねぇよ』


『……少し、休ませてくれ……っ』


『あぁ? まだれんだろうが。もっと根性あるとこ見せてみろっ!!』


『っ!!』


 容赦の無いフォウルは、そのまま凄まじい勢いで疲弊するエリクの顔面に凄まじい蹴りを放つ。

 それを辛うじて回避しながら身体を転がして上体を起こすエリクは、膝を立たせながらフォウルと向かい合った。


 そんなエリクに対して、フォウルは厳しい視線を向けながら言い放つ。


『テメェ、最初はじめの威勢はどうしやがった? 俺に勝つんだろ』


『……お前には、勝ちたい』


『だったら、もっとやる気だせ!』


『……だが、お前と戦っていると……分からなくなる……』


『ああ?』


『俺が、目指すべきモノは何なのか。それが、分からなくなってくる……』


『……?』


『俺は、アリアを守りたい。だが守る為には、もっとちからが必要だった。……だが、世界は広い。俺がどれだけ強くなっても、鬼神おまえのように強い者は必ずいるはずだ』


『そんなの、当たり前だろうが』


『なら俺は、どこまで強くなればいい? ……いったい、どれだけ強くなればいいんだ……』


 様々な戦いを経験し鬼神フォウルとの特訓たたかいを重ねるエリクは、自分の目指すべきちからの在り方を迷い始める。

 すると鬼神フォウルは苛立ちの表情を浮かべ、再び怒鳴り声を向けた。


『そんなん知るかっ!!』


『!?』


『どんだけ強くなればいいかだと? そんなのは、俺より強くなってから言いやがれ! この弱虫チキン野郎がっ!!』


『……ッ』


『テメェなんざ、この世界の中じゃみたいな実力ちからしかねぇんだよっ!! そんな野郎が一端いっぱしに悩んでないで、さっさと起きやがれっ!!』


『……お前は……』


『あ?』


『お前は、どうしてそんなに強くなれたんだ? ……どうしたら、俺は……お前のように強くなれる……?』


 怒鳴るフォウルの言葉を聞いたエリクは、思わずそう尋ねる。

 すると苛立ちの表情を僅かに引かせたフォウルは、鋭い眼光を向けながら真剣な言葉を口にした。


『決まってんだろ。強くなけりゃ、殺されるからだ』


『!』


『この世界は弱肉強食。弱い奴が強い奴に喰われる。どの世界でも、それは変わらねぇ』


『……だからお前は、強くなれたのか?』


『当たり前だ。強くなりてぇと思っただけで強くなれたら、誰も喰われたりしねぇんだよ。……第一、テメェと俺とでは根本的に違う』


『違う?』


『強くなる理由だ。嬢ちゃんアリアを守りたいから強くなりたいだと? 俺から言わせりゃ、自分も守れねぇ奴が他人を守る為に強くなりたいだとか、調子こいてんじゃねぇって話だ』


『……ッ』


『だから、俺とテメェは違う。……テメェはテメェで、勝手に強くなって戦う理由を見つけやがれ。――……ほら、休憩は終わりだ! るぞっ!!』


『っ!!』 


 それから精神内部で行われる鬼神フォウルとの訓練たたかいは続き、別未来の戦いにエリクはのぞむ事になる。

 その時から自分が強くなる為の理由を探し続けていたエリクは、ログウェルとの決着たたかいに応じながらも、その心の底で戦うべき理由を見出せなかった。


 天界ここで始まった二人の戦いは、言わばログウェルの一方的な感傷おもいによって叶えられた戦いだと言ってもいい。

 その熱量おもいの差が、二人の勝敗を分けようとしていた。


 しかし次の瞬間、意識が遠退とおのき背中が地面側へ傾こうとしたエリクの耳に、ある声が届く。


「――……エリクッ!!」


「……!」


 その呼び掛ける声で意識を戻したエリクは、声が聞こえた方へ視線を動かす。

 するとかなり離れた位置ながらも、ある人物達の姿が見えた。


 そこに居たのは、ケイルに肩を貸されているアルトリアの二人。

 そして倒れそうになるエリクに対して、アルトリアは魔法を用いた拡声で精一杯の声を届かせた。


「エリク、必ずログウェルそいつに勝ちなさいっ!! ――……これは、雇用主わたしからの命令よっ!!」


「――……ォオオオッ!!」


 アルトリアが届けた命令ことばは、朦朧とさせていたエリクの意識に戦うべき理由を見出みいださせる。

 それと同時に左足を下げながら地面を踏み噛み、上体を大きく前へ傾けて倒れるのを防いだ。


 それと同時に向かって来るログウェルの左拳を右顔面で受け止め、血塗れだった右拳が黒く変色しながら相手の顔面に浴びせる。

 その反撃カウンターによって今度はログウェルが踏み止まれずに吹き飛ばされ、エリクは咆哮を上げながら前へ出た。


「ォオオオッ!!」


「そう――……来なくてはなっ!!」


 吹き飛ばされたログウェルは鬼気迫る笑みを浮かべ、右足を軸に踏み止まりながら右拳を振り向ける。

 そして黒に変色したエリクの右拳が同時に放たれ軌道で重なり、互いの拳が激しい衝突を起こした。


 二人の拳は血を吹き出し皮膚を裂きながら砕け、右腕の骨ごと折れ砕ける。

 それでも二人は怯まず踏み込み、今度は逆の左拳を振り抜き衝突させた。


「グヌゥッ!!」


「ォオオッ!!」


 またしても黒に変色したエリクの左拳とログウェルの左拳は粉砕され、腕ごと折れ砕ける。

 それでも更に一歩踏み込んだ二人は、互いに頭を振り抜きながら頭突きを衝突させた。


 すると二人の額が裂けながら血を溢れさせ、大きく首を仰け反らせる。

 それでも踏み止まるログウェルは血の掛かった両目を開いたまま、エリクの首を刈り取るように右脚の足刀けりを放った。


 それに反応するエリクは、迫る足刀けりに対して再び頭を向かわせる。

 するとその足刀けりを、なんと大きく開いた口で噛み止めた。


「なにっ!?」


「グォオオオオッ!!」


 両腕で防御できず頸動脈ちめいしょうを狙った足刀けりを口で止めるという行動に、流石のログウェルも驚愕を浮かべる。

 そして噛み止めた足刀あしを咬筋力と首の力で引き上げ、ログウェルを中空そらに投げ飛ばした。


 それと同時に両膝を僅かに静めたエリクは、その場で凄まじい跳躍ジャンプを見せる。

 姿勢を崩し背中を晒したままでいるログウェルの真下から、凄まじい勢いでエリクの巨体が突っ込んで来た。


「ヌゥッ!!」


「オォオオ――……ッ!!」


「……ゴ、ぁ……ッ!!」


 次の瞬間、跳躍したエリクの頭突きがログウェルの背中に激突する。

 それと同時にログウェルの背骨が砕け、その口から息と共に血を溢れさせた。 


 そしてそのまま二人は破壊された地面へ落下し、瓦礫から舞う土埃に姿が隠れる。

 しかし数秒後、その激闘によって放たれていた波動ちからが消失し、その土埃から一人の影が立ち上がった。


「――……はぁ……はぁ……っ!!」


 立ったのはエリクであり、荒い息を零しながら全身を血塗れにさせたままで視線を下ろす。

 その先には地面に倒れたままのログウェルが存在し、立ち上がる様子が見えなかった。

 

 そんなログウェルに対して、エリクは意識を朦朧とさせながら告げる。


「……俺の、勝ちだ……っ!!」


 立ち上がれず動けないログウェルに対して エリクは自らの勝利を宣言する。

 そして顔を沈めながらその場で尻を地面に着け、その場に座り込んだ。


 こうして老騎士ログウェル戦士エリクの激闘は終わり、勝敗が決する。

 その勝敗を分けたのは、勝つ為の理由をエリクに与えた勝利の女神アルトリア存在こえだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る