復活の黒


 エリクとログウェルの激闘によって天界エデンの大陸が全て『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』によって隔離され、そこに残る者達も取り込まれる。

 そうした者達に含まれるケイルとリエスティア達は、神殿の入り口を越えて内部まで辿り着いていた。


 そこでケイルは自身の魂に干渉され、創造神オリジンの記憶から見える過去の天界けしきと暮らしていた人々の幻視すがた幻聴こえを見せられる。

 ただの子供でしかなかったシエスティナが、『黒』の人格を見せ始めた。


 過去に幼い『クロエ』と接した事があったケイルは、変化したシエスティナの様子からそれを察する。

 しかしその現象を理解できず、困惑を浮かべながら再び問い掛けた。


「――……お、お前……マジで『黒』なのかよ……!? どうして……」


「マギルスから、聞いていませんか?」


「え? ……そういや、お前シエスティナが『クロエ』の生まれ変わりだとか……。……でも確か、聞いた話だと……別未来あのときにお前は……!」


「はい。本来の『わたし』は、私自身の命と記憶の継承を代償として『過去改変のうりょく』を使った。……でも今のこの場所なら、私はその制約を受けません」


「ど、どういうことだ……?」


天界ここは今、『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』によって隔離されています。かつて貴方達が囚われた、あの砂漠と同じ空間です」


「!」


現世むこうで適用される『わたし』の制約ルールは、別時空である『螺旋の迷宮このばしょ』には適応されません。肉体シエスティナまでは流石に変化できませんが、魂だけは一時的に元の『わたし』へ戻れるんです」


「……ワケが分かんねぇ……。そもそも、どうしてまたあの『螺旋の迷宮ばしょ』が出来てるんだよ……!?」


「本来の『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』は到達者エンドレス同士が戦闘を起こし現世に強い影響を及ぼす場合、循環機構システムがその戦闘を隔離する為に作る空間ですから。あの時の貴方達が遭遇したのは、多くの死者達の魂が地縛霊となって、到達者の魂を持つ『わたし』とエリクさんを取り込もうとした結果ですし」


「……つまり今回は、エリクとあの爺さんログウェルが戦ってる影響か?」


「はい。なのであの二人が戦いを終えるまでは、今の『わたし』になれます。……大丈夫ですよ、リエスティア。貴方の娘シエスティナの人格が消えたわけではありませんから。今の『螺旋の迷宮じょうたい』が解ければ、元に戻ります」


「!」


 ケイルに対して『じぶん』が現れた事情を説明すると、今度はリエスティアに声が向けられる。

 背負われる彼女リエスティアは母親としての不安な顔を自分の娘シエスティナに向けており、それを安堵させるように『黒』は伝えた。


 リエスティアはそれに安堵の息を零し、改めて『黒』となったシエスティナに話し掛ける。


「……貴方が、『希望』なんですね?」


「え?」


「厳密には、この子シエスティナが『希望そう』です。私はただ、その身体を間借りしているだけに過ぎません」


「……ど、どういうことだよ?」


 『黒』とリエスティアだけが通じる話を交わすと、ケイルは訝し気な表情を浮かべて呟く。

 それに答えるように、『黒』は今までの経緯を明かした。


「『わたし』は今まで、『希望この子』が生まれる為に人々を導きました。……ログウェルに協力を仰ぎ、ウォーリスと出会い、アリアさんとエリクさんの繋がりを築き、ユグナリスとリエスティアが『希望この子』を生み出す為の、たった一本の未来の道筋を」


「!」


「そして貴方リエスティア未来視を通して、『希望シエスティナ』がここに来る事も。……そしてこうして、『黒』としての意識が蘇ることも」


「……何もかも、お前の手の平ってことかよ……っ」


「ごめんなさい。それでも、私はここに来る必要があったんです。……貴方達と一緒に」


 『黒』は今までの出来事や今現在の状況が自分の計画くわだてである事を明かし、ケイルは表情を強張らせる。

 そんな彼女に謝罪を向けた後、『黒』は自らの意思でこの場までシエスティナを導いた事を明かした。


 するとケイルは訝しげな表情を強め、厳しい視線を向けながら問い掛ける。


「……で、何か策でもあんのかよ?」


「最初にやるべき事は、循環機構システムを掌握している彼女メディアですね。彼女を循環機構システムを操作できない状況に持ち込みます」


「どうやって? 今のアリアが手も足もでない強さだぞ。そんな奴を、アタシ等で倒して止められるのか?」


「倒すのは無理です。でも、彼女が循環機構システムを操作できないように抑え込むことは出来ます」


「……はっきり言って、アタシやクビアコイツがアリアと一緒に戦っても取り押さえるのだって無理としか思えないぞ」


「ちょ、ちょっとぉ! 私も頭数に入れないでくれなぁい……!? 私だってあんなの戦えないわよぉ」


 アルトリアと共にメディアと戦える人選の中で、ケイルは自分自身とクビアの名を零しながらも対応できない事を語る。

 それについてクビアも同意し交戦を拒否する様子を見せると、『黒』は二人に視線を向けながら教えた。


彼女メディアと戦うのは、貴方達じゃありません」


「え? じゃあ、他に誰が……。……まさか、お前がって言うんじゃねぇだろうな?」


「ある意味、正解です」


「はぁ!?」


「厳密には、この子シエスティナの身体では戦えません。……でも、あの聖域ばしょなら。とても強くなれる人がいます」


「あの場所なら……?」


 『黒』はそうした含みのある言葉を述べると、二人から視線を逸らしながらケイルの背負う人物を見る。

 それに気付いた二人は唖然とし、呆気を通り過ぎた怒声を向けた。


「……まさかお前、リエスティアコイツあの野郎メディアと戦わせるつもりかよっ!?」


「はい」


「何言ってんだっ!? 正気かよっ!!」


「正気も正気です。彼女メディアに対抗できるのは、リエスティア以外にはこの場にいません」


「アリアみたいに魔法が使えたり、アタシみたいに戦う技術があるならともかく! コイツにはそういうのは無いだろっ!?」


「あります」


「!?」


「忘れましたか? 彼女リエスティアの身体が、何者なのかを」


「……!!」


 落ち着いた面持ちで問い掛ける『黒』の言葉に、ケイルは同時に瞳を見開く。

 すると背負われているリエスティアは緊張した面持ちを浮かべながら息を飲み、ケイルに感謝を伝えた 


「ケイル様、ここまでありがとうございます」


「お、おい……」


 リエスティアはそのままケイルの背中から降り、自らの両足を床に着ける。

 すると『黒』となっている自分の娘シエスティナを見ながら屈み、二人は視線を合わせて話し始めた。


「ごめんね、リエスティア。君には不憫な思いばかりさせてしまって。……恨んでいるよね? 『わたし』のことを」


「……いいえ。私は今まで、何も出来なかったけれど。でもこんな時だからこそ、皆様の御役に立ちたいですから」


「そっか。君は両親と同じで、優しい子だね。……それじゃあ、君は左手を。私は右手を」


「はい」


 二人はそう言いながら左右の手を伸ばし、互いに重ね合わせる。

 すると次の瞬間、 二人の手を通じて僅かに黒くも輝かしい光が二人の肉体から発せられると、シエスティナ側の黒い光がリエスティアの左腕へ流れ込んだ。


 それがみシエスティナの身体から黒い光が消えると、その表情は落ち着いた面持ちから目を見開き驚く様子と声を浮かべる。


「――……あ、あれ?」


「!」


「光が止まった……。……おいっ、何が――……!!」


 シエスティナは不思議そうな表情を浮かべながら正面を見ると、そこに居る母親リエスティアが屈んだ姿勢から腰を上げる。

 そして何が起こったか分からないケイルが二人に問い掛けると、今度はリエスティアが落ち着いた面持ちを浮かべ、黒い瞳を見せながら答えた。


「――……リエスティアの身体を、一時的に借りました」


「借りたって……お前、『黒』かよっ!?」


「はい。元々リエスティアの身体の中には、今までの『わたし』の記憶が蓄積させれていますから。なのでこの子シエスティナを通じて、リエスティアの精神内なかにある記憶を通じて『わたし』の精神体を移動させたんです」


「……そんな事も出来んのかよ。何でもアリだな」


「『わたし』の魂と肉体が別々になっていること自体が、かなり珍しい状況ですから。魂と肉体は、引かれ合うものですよ」


「はぁ……。……それで? お前がリエスティアそいつの身体に入って、どうすんだよ」


勿論もちろん聖域あそこに行きます。……それと二人は、これから言う事をアリアさんに伝えてください――……」 


「――……!!」


 リエスティアの肉体からだを借りたと称する『黒』は、困惑する面々を他所に話を進める。

 そして彼女達にこの状況を打開できる策となる言葉を、アルトリアへ伝えるよう頼んだ。


 一方その頃、聖域そこで断続的な攻撃を放ち続けるアルトリアに対して、『魔王の外套スフィール』に防御を任せきりのメディアは映像を見続けている。

 すると映し出されるログウェルとエリクの姿を見ながら、僅かに微笑みを強めながら呟いた。


「――……そろそろかな」


 何かに気付いたメディアは、そのまま映像を見続ける。

 まるでこれから起きることを予期し、楽しむ様子を浮かべていた。


 こうしてシエスティナからリエスティアを介して復活した『黒』と、ケイル達は共闘する。

 更にアルトリアですらおよばない強敵メディアから、循環機構システムを取り上げる為の作戦が実行されようとしていた。

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