使徒の再訪


 『青』が管理する楽園ばしょへ訪れたアルトリアとケイルは、そこで聖人の子供達と出会う。

 しかし彼等もまた『黒』の能力ちからと言葉を受けていた彼女達と同様に、未来の出来事を知る者達でもあった。


 彼等は『黒』の頼みを聞き、来訪を予期していたアルトリア達が捜索する創造神オリジンの欠片について情報を提供する。

 それはまだ生まれていない楽園の住人こどもであり、未来の戦いにおいてシルエスカ達と対面し、同盟国兵士達の窮地を救った樹海の部族センチネルの青年だった。


 その話を聞いたアルトリアに腕を掴まれたケイルは、再び転移魔法で強制的に移動させられる。

 するとそこは、過去の彼女アリアがエリクと共に訪れた樹海にある滝の目の前だった。


 またしても初めて来る場所に転移させられたケイルは、掴まれた腕を引き離しながらアルトリアを睨んで尋ねる。


「――……で、今度は何処だよ。ここは?」


「帝国領の南方。さっき話してた部族が住んでる樹海よ」


「お前、樹海ここにも来たことあんのかよ」


「エリクと初めて会って、帝国領から逃げる時にね。ここを通って港町に行ったのよ。貴方ケイルと初めて会ったね」


「へぇ。……というか、この樹海もり。マナの大樹があった聖域ばしょに似てないか? 木の種類とかデカさとか、見覚えが……」


「そうね。『青』の話が本当なら、この大陸も五百年前に天界エデンから落下した一部だいちのはず。マナの大樹から放出されるエネルギーの影響を受けて生まれた樹木なのかもね」


「なるほどな。……で、お前の心当たりって?」


「この先に、センチネル部族っていう原住民が住んでる集落むらがあるわ。そこへ尋ねて、とりあえずは確認してみましょう。帝都襲撃あれからどうなってるかも気になるし」


「……そういう事も、お前の兄貴から聞けば良かったんじゃねぇか?」


「しょうがないでしょ、まさか樹海ここ部族ひとたちが関わるなんて思わなかったんだから。今から聞きに戻るのもアレだし、それより自分の目で見て聞いた方が早いわ」


「……ったく、この御嬢様は……」


 集落むらがある場所へ歩み始めるアルトリアの言葉と背中を見ながら、ケイルは深い溜息を吐き出す。

 転移魔法を覚えた影響で突飛な行動に拍車が掛かってしまったアルトリアに対して、抑え役を務めているケイルは抑制それが出来ていない事に諦めに近い境地へ至り始めていた。


 そうして二人は樹海の中を歩き、樹海の部族センチネルがいる集落へ向かい始める。

 すると数十分後、彼女達の目に樹海もりとは不釣り合いと言える異様な情景が見えた。


 それを見て一様に驚きを浮かべたのは、樹海に訪れた事のあるアルトリアである。


「――……何、アレ……!?」


「……何って、壁だろ?」


「そ、そうなんだけど。……前に来た時は、あんなの無かったのよ」


「ふぅん、じゃあ建てたんじゃねぇか? 樹海ここ部族れんちゅうが」


「……そうかもしれないけど。あんな立派な壁を作れるだけの技術力、彼等にあったかしら……」


 先に見える粘土や大木で組み立てられた十五メートル以上の高さがある壁を見て、アルトリアは僅かに困惑を浮かべる。

 初めて訪れるケイルはそれに疑問を持てず、二人は壁を見ながら入り口となる門を探した。


 すると壁の向こう側には、それ以上の高さがある木製作りの物見櫓ものみやぐららしき建物が見える。

 まだ朝方であり日の光で周囲が明るい為か、それ等には灯火があるような様子も無い。


 そうした真新しく文明的な建築物を見て、更に困惑を浮かべるアルトリアは呟いた。


「……あの壁といい、あんな建築技術は樹海の部族には無かったはずよ。いったい、誰が……」


「そんなに驚く事かよ?」


「前に来た時には、未開人みたいな原始的生活をしてたのよ。この短期間で、いったい何があったのかしら……」


「もう何年も経ってるだろ。だったら未開拓地で村らしいのが一つ出来上がっても、不思議じゃねぇよ」


「むぅ……」


 もっともらしいケイルの話す言葉に反論できないアルトリアだったが、それに納得することが出来ない。

 しかし訝し気な視線を浮かべる彼女は、帝都襲撃前の祝宴パーティーで聞いたある人物の話を思い出させた。


「……そういえば、言ってたわね。帝国と盟友になったとか。……もしかして、その影響かしら……?」


「おい御嬢様。アレが入り口じゃねぇか?」


「!」


 記憶の片隅に追いやっていた話を呼び戻したアルトリアだったが、ケイルの呼び掛けで土壁の先に見える木製の門を見つける。

 そして木々を迂回しながらその門まで向かい、二人は門の前に歩み寄ろうとした。


 しかし次の瞬間、風を切る鋭い音が響く。

 それにケイルとアルトリアは同時に気付き、その場から飛び退いた。


「ッ!!」


「……矢だと?」


 飛び退いた二人が進もうとした地面に、一本の矢が鋭く突き立てられる。

 それと同時に前方を覆う壁から、男の声で警告が発せられた。


「――……お前達、誰だ! この先に、何の用がある!」


「!」


「帝国語、でもまだつたない。『――……貴方、センチネル部族っ!?』」


「!」


「『私のこと、覚えてない? 一応、神の使徒とか呼ばれてたはずだけど!』」


「……まさか……!? ちょ、ちょっと待てっ!!」


 壁の向こう側から発せられるつたない帝国語を聞いたアルトリアは、過去の自分アリアがやったのと同様に自身の声を翻訳する魔法で彼等に言葉を向ける。

 すると見下ろす視界で来訪者アルトリアを見たその警告者は、驚きを浮かべながら言葉を途切れさせた。


 それから待つこと十数分後、閉ざされていた門が外側こちらに向けて開き始める。

 するとその先から出て来たのは、アルトリアが知る樹海の一部族を率いる大男だった。


 その大男を見たアルトリアは、彼の名前を思い出すように尋ねる。


「『アンタ確か、ブルズだったっけ?』」


「『――……間違いない、あの時の使徒おんなか……!』」


 アルトリア達の前に現れたのは、かつて樹海の決闘でエリクと殴り合った大男ブルズ。

 樹海内でマシュコ族と呼ばれる一族の長である彼はその決闘の末に致命傷を負い、過去の彼女アリアに治された事もあった。


 そうして久方振りの再会を果たすブルズとアルトリアは、互いに声を向け合う。


「『久し振りね。元気そうじゃない』」


「『お前もな。……あの男はいないのか?』」


「『エリオだったら別行動中。樹海もりには来てないわよ』」


「『そうか。……そっちの女は?』」


「『私の仲間で、エリオの妻になる人』」


「『あの男の妻だと?』」


「『そうそ――……いたっ!!』」


 後ろに立つケイルをそう紹介するアルトリアだったが、その頭に一つの拳骨が降り注ぐ。

 それは背後にいたケイルから放たれた右拳であり、彼女は頭を抱えてうずくまるアルトリアに苛立ちの表情と声を向けた。


「誰が妻だ、嘘の紹介してんじゃねぇ」


「イタタ……な、何も殴ることないでしょ……!?」


「お前がふざけたこと言うから、無意識に身体が動いただけだ」


「な、何よそれ……。……えっ」


「ん?」


「……ケイル、貴方どうして……私達の会話が分かるの?」


 ケイルかろ殴られた理由を知ったアルトリアは、ブルズとの会話が彼女には聞き取れていた事に驚く。

 するとケイルは、それについて理由を話した。


「アタシの部族も、同じ言葉を使ってた」


「!?」


「頻繁に使ってたのは、爺婆ジジババくらいだけどな。ただアタシの家族はおさの家系だったから、父さんや母さんが爺婆ジジババとその言葉で会話してるのはよく聞いてた。だから単語の聞き取りくらいは出来る」


「……それってもしかして、樹海ここ部族ひとたちと貴方の部族が……」


「元は同じ部族かもな。アタシの部族も、あの大陸の原住民だって言われてたみたいだし」


「……そうね。『赤』のルクソードは天変地異の後に出来た新大陸で皇国あのくにを建国したらしいし、貴方達の部族が樹海ここ部族ひとたちと同じ祖先を持ってたとしても、不思議じゃないわね」


 改めて二人はそう話し、隣り合うように存在する大陸に、同じ祖先を持つ部族が別れながら暮らしていた事を推測する。

 そんな二人の話を傍で聞いていたブルズだったが、厳しい表情を浮かべながら会話に割り込んだ。


「『……お前達が話している言葉は、まだ聞き取り難い。何を言っているか分からんが、仲間割れか?』」


「『あぁ、そうじゃないわ。ちょっと向こうが照れただけよ』」


「『そうか。……だが、なるほど。さっきの動きといい、強そうだ女だ。あの男に相応しいだろう』」


「『でしょ』」


 片鱗を見せたケイルの力量に感心するブルズに、アルトリアは満足そうな笑みを浮かべる。

 その後ろでは二人の会話から覚えのある単語を聞き取り表情に苛立ちを浮かべるケイルがいたが、そんな彼女を隅に置いて二人は会話を続けた。


「『それで、またなんで樹海もりに来た? しかも、案内も無しにあの罠を全て抜けて来たのか?』」


「『罠……? それよりアンタこそ、この先にあるのはセンチネル部族の村よね。なんで別部族マシュコの族長がここに居るのよ?』」


「『俺が、センチネル部族になったからだ』」


「『……え?』」


「『忘れたのか? 俺は決闘で負けた。部族を賭けた決闘に負けた俺は、族長からくらいを下げ、俺の元部族マシュコもセンチネル部族にくだった』」


「『……あー、あぁ! 確かに、決闘ってそういう取り決めもあったわね。でもそれって、私達のせいで取り消しになってたんじゃないの? しばらく居た時は、引っ越しにも来なかったじゃない』」


「『取り消しになどならない。俺はセンチネル部族を代表したパールの夫エリオに負けた。その事実に変わりはない。それにセンチネル部族の方が俺達マシュコの集落に来ると思っていたから、ずっと待っていたんだ。向こうの方が大族長の中央集落にも近いし、ここより水や獣も豊かだからな』」


「『じゃ、何でこっちの集落に来てるのよ?』」


「『ここは今、センチネル部族の集落ではない』」


「『えっ、なんで? もう引っ越したってこと?』」


「『ここは今、樹海もりを守護する勇士達の基地になっている』」


「『……き、基地? 何よそれ。そんなの前には無かったじゃない』」


「『お前達が去った後に作られた。我々に与えられた使命は、樹海の見回りと壊れた罠の再設置、そして警備だ』」


「『……警備隊みたいなモノを、作ったってこと?』」


「『それだ。そして俺が、その隊長おさを大族長に任じられている』」


「『……な、なるほどね。……随分と原始的な生活から様変わりしたわね……』」


 豪語しながら胸を張るブルズの話によって、アルトリアは樹海の文明が近代的になり始めている事を察する。

 そんな二人の会話を聞いていたケイルは、再び眉を顰めながら背中を見せているアルトリアに疑問を向けた。


「……おい。なんかこの男から、変な単語ことばが聞こえたんだが?」


「え?」


「エリクがおっと? 部族を代表して決闘した? ……どういう事だよ、ちゃんと説明してくれるんだよな?」


「……あ、あはは……」


 過去にエリクが名乗った偽名が含まれていた事を確認したケイルは、二人の会話に含まれるおっとという言葉に影のある表情から鋭い眼光を向けて問い掛ける。

 そんな彼女ケイルの鬼気迫る殺気に引き攣った笑みを浮かべるアルトリアは、すぐに話題を切り替えてブルズに問い質した。


「『そ、それより! パールに会いに来たんだけど、今はどこにいるの? もう樹海ここに戻ってるのよね?』」


「『大族長なら、中央集落にいるぞ』」


「『そう……えっ、大族長?』」


「『パールは今、大族長になっている。だからセンチネル部族は、中央集落に引っ越した』」


「『……そ、そう言えば……次期大族長になってるとか言ってたっけ。もう代替わりしてたの?』」


「『一年前に大族長を交代した。その時期にパールが子を孕んだことも分かり、大族長の血筋が絶える心配は無くなったからな』」


「!?」


 大族長となったパールの状況について聞くと、アルトリアは再び驚愕を浮かべる。

 それは『青』が教え彼女達が探しに来た、この時期に樹海ここで赤ん坊を生む母親パールが存在する事を確信したモノだった。


 するとアルトリアは自分の考えが確信である事を理解しながらも、僅かに動揺を浮かべてブルズに問い質す。


「『だ、誰の子供を身籠ったのっ!? ……まさか、アンタ?』」


「『違う。俺の子じゃない』」


「『じゃあ、誰の子供をパールは身籠ったのよ?』」


「『知らん。大族長パールは種を奪った男について話さなかった』」


「『……た、種を奪った……?』」


「『樹海もりの外である男と戦い、勇士として勝利したらしい。そして負かしたその男を抱いて、種を持ち去ったと言っていた』」


「『えぇっ!? ……だ、誰も反対とか……父親の事を聞き出そうとかしなかったわけっ!?』」


「『樹海で最も強い大族長パールが、その種で子を得たいと思わせた男だ。誰も文句など無いし、文句など言えば叩き潰されるのが目に見えている。大族長じぶんに勝ってるようになってから文句を言えと、言いながらな』」


「……め、滅茶苦茶なルールは健在みたいね……」


 この話を知ったアルトリアは呆けるような表情と言葉を見せ、深い溜息を零す。

 そして改めるように振り向き、ケイルに伝えた。


「私の友達が、どうやら本命みたいよ」


「そんな事より、さっきの説明をして欲しいんだがな?」


「そ、そんな事って……ほら、目的を思い出して。世界の危機を救う為に、私達はここに来たのよ?」


「あぁ、覚えてるよ。そんな事よりもずっと気になるから、聞いてるんだがな」


「え、えっと――……『じゃあ、ブルズ! 私達、パールの居る集落むらに行くから! 遺跡があるところよね?』」


「『あ、ああ。案内するか?』」


「『いいわ、場所は覚えてるから跳べるし。』――……ほら、行くわよ! ケイル!」


「おいっ!! まさかお前、エリクをここで結婚させ――……」


「!?」


 怒号を向けるケイルの右手を何とか掴み取り、アルトリアは再びその場から転移する。

 そして目の前で消えた二人を見るブルズや勇士達は驚きを浮かべた後、全員が互いの顔を見ながら声を向け合った。


「『……まぁ、神の使徒だからな。消えるくらいは出来るのか』」


「『相変わらず凄いなぁ。神の業』」


「『でもアレって、外では魔法って言うんだろ? あれって魔法が使えたら、誰でも出来るのか?』」


「『いいよなぁ、俺達も覚えたいなぁ』」


 以前は『神の業』だと恐れ敬っていた勇士達だったが、外の知識や文明を取り入れた事でその魔法ちからに対する見方を変える者が多い。

 この数年で外の環境にも適応していく勇士達は、樹海もりの中で生きながらも自分達や樹海を守る為に様々な出来事を受け入れるようになっていた。


 こうして極一部ながらも見知った樹海もりの勇士達と再会したアルトリアは、ケイルと共に樹海の奥にある遺跡の町へ向かう。

 その目的は、創造神オリジンの欠片を持つかもしれない赤子を身籠る女勇士パールとの再会となった。

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