大切な居場所


 ベルグリンド王族であるヴェネディクトによって再編されたベルグリンド共和王国へ赴きワーグナーと再会する為、アルトリア達から離れたエリクは一人で故郷へ向かう。

 ガルミッシュ帝国のローゼン公爵領地から共和王国ベルグリンドまでの境は馬車を使っても一週間以上の日程を要しながらも、自律思考回路プログラムによって動く魔導人形ゴーレム達が操縦する箱舟ノアを用いる事で二時間まで短縮する事を可能にしていた。


 そうして朝方に出発したエリクは、昼になる前には共和王国ベルグリンドの王都が見える位置まで到達する。

 すると操縦する魔導人形ゴーレムは予め定められている箱舟ノアの着陸地点へ向かい、王都付近の草原へ着陸した。


 それを艦橋ブリッジの映像越しに見ていたエリクは、着陸地点の傍に二十名程が待機している映像を確認する。

 

「……アレは……!」


 驚きの声を零したエリクは、僅かに小走りしながら艦橋ブリッジを出て箱舟ふね地面へ降りられる階段へ向かう。

 そこで改めて地面に足を着け、そこから歩み寄って来る人々の声を改めて聞いた。


「――……おーい! 団長ぉ!」


「お久し振りです!」


「おかえりなさーい!」


「元気してましたー!?」


「……みんな……」


 エリクが見たのは、当時は名前こそ覚えられずとも顔だけは覚えている黒獣傭兵団ビスティアの団員達。

 彼等はエリクが王都ここへ向かっている事を知っていたのか、その出迎えの為に着陸地点で待っていた様子だった。


 そんな面々の懐かしくも年を重ねた姿を見て、エリクは口元を僅かに微笑ませながら軽く手を振る。

 すると団員達はそんなエリクを見て嬉しそうに走り寄り、囲むように話し掛けて来た。


「団長! 世界救ったってマジですか!?」


「やっぱ団長はスゲェ人だったんだよ!」


「へへっ、俺は最初からエリクの兄貴が凄いって知ってたぜ!」


「嘘吐け! 最初は図体デカくて何考えてるか分かんないから怖いって言ったろ!」


「おまっ、本人の前で言うなよっ!?」


「ハハハッ!!」


「それより聞いてくださいよ! 俺達、ちゃんと冤罪を晴らしましたよ!」


「あの村から避難させた連中が、いつの間にか北の領地で暮らしててさ!」


「魔人の子供等が居た村の近くを飛んでたら、偶然だけど見つけたんっすよね」


「だからもう、黒獣傭兵団おれたちは御尋ね者じゃないっすよ!」


「今、フラムブルグってとこを行き来してる使節団ってのをやってて――……」


 二十人以上で囲む団員達は次々と言葉を発し、自分達が聞いていたエリクの話や自分達の現状を伝えていく。

 それを聞いていたエリクは、アリアと同行する為に自分の居ない黒獣傭兵団を存続させながら、虐殺の冤罪まで自分達で晴らした事を素直に賞賛した。


「そうか。お前達も、凄いな」


「!?」


「ありがとう。黒獣傭兵団おれたちの居場所を、守ってくれて」


 素直な賞賛と感謝の言葉を向けたエリクに、話し続けていた団員達が思わず表情を固める。

 そして驚愕するように声を漏らし、各々が感情が溢れるような顔を浮かべた。


「……だ、団長が……俺達を褒めた……!?」


「マジかよ……」


「しかも、ありがとうって……」


「うわっ、初めて言われた……」


「……スゲェ、なんか涙が出て来た……っ」


 今までに無かった団長エリクの労いと感謝の言葉に、団員達は思わず目を潤わせていく。

 そんな団員達を見渡したエリクは、その場に見えない他の団員達について所在を聞いた。


「……ワーグナーと、マチスは?」


「!」


「それに、数が少ない。……何かあったのか?」


 王国から脱出した際に五十名ほど居たはずの団員達が二十名前後に見え、更にそれを任せたワーグナーやマチス等の顔馴染みが居ない事にエリクは不安気な声を浮かべる。

 それを聞いていた団員達の中から、その事について状況が伝えられた。


「他の団員やつらは、共和王国ここの復興に手を貸してたり、別の場所に住み着く為に団を抜けたりしました。……あと、死んだ奴もいます」


「そうなのか……」


副団長ワーグナーは、王都で使節団の仕事をしてます。……ただ、マチスの兄貴は……」


「……マチスが、どうかしたのか?」


 他の団員やワーグナーについては簡単ながらも状況を伝える団員達だったが、マチスについてはその口が僅かに重くなる。

 それに気付いたエリクは再び問い掛け、マチスに何があったかを聞いた。


 すると団員達は渋い表情を僅かに浮かべ、正直に起こった事を話す。


「マチスの兄貴は、黒獣傭兵団を……俺達を冤罪に嵌めるのに加担してた側だったんです」


「!」


「保護してたっていう子供達に住む場所を与える為に、ウォーリスの脅迫めいれいに従って偽の依頼を寄越したんです。俺達を、あの村に行かせる為に」


「それと同じように、ある人を暗殺するよう命じられたのが俺達にバレて。一時期は団から離れて、ウォーリスって奴の下で働いてたらしいんですけど……」


「あの南領地みなみで起こったっていう爆発に巻き込まれたみたいで」


「それで左足を失くして、身体もかなり弱っちまって……」


「……まさか……」


 団員達の口から出るマチスの状況に、エリクは渋い表情を強める。

 するとそうした表情のエリクを見て、団員達は僅かに口元をニヤけさせながら続きを話した。


「今は、事務方をやってますよ」


「……事務?」


「ええ。王都にある俺達の新しい拠点いえで、色々と書類仕事をやらせてます」


「あと掃除とかな」


「まぁ、雑用みたいなもんですね」


「副団長はマチスの兄貴を下っ端として使ってるんですけど。ただ色々と依頼とか給金とか事務仕事を統率してるようなモンなんで、現場に出なくなったってだけで副団長の右肩やってますよ」


「……そうか」


 裏切ったマチスを黒獣傭兵団に戻し、事務とは言え重要な役職をワーグナーが任せている事をエリクは知る。

 それを聞いてワーグナーの心情を改めて理解したエリクは、改めて団員達に頼む。


「ワーグナーに会いに来た。居る場所ところへ案内してくれるか?」


「はい。その為に、俺達が迎えに来たんですから!」


 団長エリクの頼みを受け入れた団員達は、そのまま談笑も交えながらエリクを王都まで案内する。

 そして以前とは比べ物にならない王都を囲む立派な壁門を潜り抜け、大きく変わった下町の景色を団員達は紹介しながらエリクを案内した。


「どうです? 前と違ってかなり変わってるでしょ、下町ここも」


「ああ、そうだな。……シスターや、貧民街ここに居た者達はどうしている?」


「シスターだったら、今は宗教国家フラムブルグで教皇やってますね」


「……ん?」


「貧民街の連中も、シスターと同じで宗教国家むこうに住み着いて。自分達が居た貧民街ばしょももう無いし、王都には戻る気は無いみたいです」


「そうなのか。……確か教皇とは、宗教国家フラムブルグ頂点トップじゃなかったか?」


「そうそう、俺達も初めて宗教国家むこうに行った時には驚きましたよ。副団長から話は聞いてたんですけどね。実際に見たら、スゲェ偉い人になってて驚きました」


「……そうか、凄いな」


 何故か宗教国家フラムブルグに移り住む貧民街の者達や、馴染みのある教会の修道士ファルネ教皇トップとなっている話を聞き、エリクは困惑した面持ちを浮かべる。

 しかし様々な経験と体験をし、自分達が居なくなった時間でそうした事も起こり得るだろうと考え、その一言だけ零すと納得する様子を見せた。


 そうして景色を変えた下町を案内しながら、旧王都では元貴族街だった場所へエリクを伴った団員達は向かう。

 すると大きく広い真新しい三階建ての建物がある柵や大きな庭付きの屋敷へ辿り着き、団員の一人が改めて伝えた。


「――……ここが、今の黒獣傭兵団の拠点です!」


「……広いな」


「でしょ? 元は王国貴族が使ってた屋敷らしいんっすけど、それを俺達で使ってるんっすよ」


「無駄に広いから庭で訓練も出来るし、全員で寝泊まりも簡単だしな。しかも個室で!」


「食堂もあるんっすよ! しかも料理人付きで! 飯も上手い!」


「ここに戻れば美味い飯が喰えると思うと、なんか家って感じがするよな」


「そうそう、ここが俺達の居場所なんだってさ」


 拠点とする屋敷を眺めるエリクに、団員達は口々に自慢の声を見せる。

 それを聞いて彼等にとってここが自分の家と同じなのだと改めて感じ取れたエリクは、口元を微笑ませながら屋敷の扉へ向かった。


 すると屋敷の中に入り、そこで出迎えるように待つ二人の人物を見る。

 それを見た時、エリクは郷愁を感じながら二人の名を呼んだ。


「……ワーグナー、マチス」


「――……よぉ、エリク。元気そうじゃねぇか!」


「……久し振りだ、エリクの旦那」


「ああ」


 幼い頃から共に黒獣傭兵団で戦い続けた戦友ともの出迎えに、エリクは微笑みを向けながら応える。


 ワーグナーは以前よりも白髪が増え、やや身体が細くなりながらも顔に年齢相応の深みが増していた。

 逆にマチスは年齢こそ変わらず見え、ただ話に聞いていた通り左足を失いながらも左手に持つ長い杖を支えに立っている。


 そして三人を互いに歩み寄り、エリクは両腕を広げて二人を肩に手を置いて話した。

 

「ワーグナー、ありがとう。黒獣傭兵団このだんを、守ってくれて」


「……ああっ」


「マチスも、ありがとう」


「……俺は……」


「いいんだ。お前の話は、巫女姫達から聞いている」


「!」


「それでもお前は、そしてお前達は、俺の仲間だ。……ありがとう」


「……っ!!」


 改めてガルドの遺した黒獣傭兵団を守り抜いた二人と団員達に、エリクはそう伝える。

 それを聞いた各々が再び感情を揺り動かし、感動したり嗚咽を漏らす程の涙を見せた。


 こうしてエリクは、懐かしき黒獣傭兵団なかまたちと再会する。

 景色こそ様変わりしながらも、彼にとって確かにそこは故郷と呼べる場所だった。

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