故郷へ


 実家である公爵家に戻ったアルトリアとその一行は、当主セルジアス=ライン=フォン=ローゼンに迎え入れられる。

 そして帝国皇后であるクレア=フォン=ガルミッシュの意見を尊重し、帝都を襲撃したウォーリスは処刑せずその罪を償わせ、血縁者達かれらを帝国内に留め受け入れる事を決められた。


 その話し合いが行われた後、ウォーリスやリエスティアは別々ながらも離れていない部屋に案内される。

 それに付いていくカリーナやユグナリス、そしてクレアやシエスティナ等は客室から離れた。


 残るのはアルトリア一行だけになると、改めて椅子に座りながら対面するセルジアスが問い掛ける。


「――……ウォーリスを捕らえるのに貢献したのは、貴方達だと聞いています。アルトリアも含めて、帝国側こちらの方針に何か異論は?」


「別にどっちもいいわ。アイツを活かすも殺すも、お兄様達に任せるわよ」


「俺も、特は異論はない」


「同じく」


「そうですか。貴方達の承諾も得られたのなら、各国にも話が通し易くなります」


 ウォーリスの扱いに関して一行の返答を聞くと、それぞれが帝国のやり方に任せることを伝える。

 それを聞いたセルジアスは僅かに頷いた後、改めてその場に残る三人を見ながら疑問を口にした。


「……ところで、貴方達は四人で行動していたと聞いていましたが……もう一人の、確かマギルスという青年は?」


「アイツだったら共和国マシラに残ったわ。牛男ゴズヴァールに用があるんですって」


「そういえばその青年は、元マシラ闘士という話だったね。そのまま闘士として残るつもりかな?」


「さぁ、どうかしら。後で帝国こっちに来るみたいなことは言ってたけど」


「そうかい。ならその時に、改めて挨拶させてもらおう」


「しなくていいわよ、別に。どうせあの子シエスティナと遊びたいだけなんだから」


 この場に居ないマギルスについて問い掛けた兄セルジアスに、妹アルトリアは興味無さげに答える。

 そうした態度の妹に苦笑を浮かべると、今度はエリクに向けて話を向けた。


「エリク殿。先程は挨拶のみでしたが、貴方にも御伝えしたい事があります」


「俺に?」


黒獣ビスティア傭兵団。貴方の所属していた傭兵団ですが、貴方達が不在だった二年前に懸けられていた嫌疑が晴れました」


「!」


「貴方達が虐殺を行ったという村の生存者達が発見されたという話です。どうやらウォーリスの指示により、王国の北方僻地にある村に軟禁状態となっていたようですね。ただ本人達は、それを保護という名目で疑問も持ちながらも受け入れていたようですが」


「そうなのか。……なら、ワーグナー達は?」


おもだった団員メンバーも嫌疑が晴れて、現在は共和王国ベルグリンドの属する傭兵に戻り、使節団として活動していますよ」


「しせつ、団……?」


「あぁ、まずは彼等の現状について説明が必要ですね。――……改名され四大国家の同盟から外れていたオラクル共和王国は、ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンド陛下の即位と共に、現在はベルグリンドへ国名を戻しました」


「!」


「ただ廃止された貴族制度は戻さず、王の君主制を基本とした地方自治政策……マシラ共和国やアスラント同盟国に近い共和制を主軸とした政治体制を維持しています。なので名前は変わりましたが、ベルグリンド共和王国という名で再編されたと言っていいでしょう」


「……そ、そうか。凄いな」


「はいはい。後でちゃんと説明するから」


 次々放たれる聞き慣れない言葉に困惑し誤魔化すエリクに、アルトリアはそうした突っ込みを入れる。

 そして話を続けるセルジアスは、その後のベルグリンド共和王国がどうなっているかを教えた。


「ヴェネディクト陛下は再びフラムブルグ宗教国家から庇護を受ける事を宣言しました。それを宗教国家フラムブルグの代表であるファルネ猊下げいかも認め、正式にヴェネディクト陛下へ祝福の洗礼を施したそうです。そして現在、その二国が協力する形で国内の復興活動が続けられています」


「……そ、そうか」


「黒獣傭兵団の方々は、その宗教国家フラムブルグ共和王国ベルグリンドの使節団……つまり互いの友好を築く使者としての活動を行っているんです」


「!」


宗教国家フラムブルグは機械技術こそ帝国や同盟国アスラントよりも劣っていますが、魔導国ホルツヴァーグよりも回復や治癒系の魔法が一般的に普及されている盛んな国でもあります。更に安定した気候によって人口に比例する農作物の収穫量も人間大陸では随一で、畜産物の育成にも向いた土地に恵まれています」


「そ、そうか……」


「ただ百年前に起きた戦争の影響で、今まで宗教国家フラムブルグは各国との関係に迂遠うえんとなり、閉鎖的な環境となっていました。ただファルネ猊下が教皇となってからはそうした環境を改善する一環として、各国への回復魔法を扱える神官を派遣し、布教活動を行っているのです」


「その、活動というのに……ワーグナー達は手を貸しているのか?」


「はい。共和王国ベルグリンドはその拠点として、宗教国家フラムブルグとの盛んな国交を再開しました。ただ二国は陸地的にもとても離れている為、二国の中間に位置するアスラント同盟国と帝国このくにが交易船と泊地を提供し、その国交を手助けしています」


「……つまり、どういうことなんだ? アリア」


同盟国アスラント宗教国家フラムブルグも仲良くなって、帝国を仲介して国交してるってこと。黒獣傭兵団は、その使者として国を行き来してるって事じゃないかしら」


「そういう事です」


「……そうか」


 必死に頭を回しながら話を聞くエリクは、辛うじてアルトリアの翻訳ことばにより帝国と共和王国の現状を簡潔に知る。

 それを聞き納得したエリクは、改めて黒獣傭兵団の所在を確認した。


「ワーグナー達は、今は何処に?」


「現在は、共和王国ベルグリンドに滞在しているはずです。……ただ……」


「ただ?」


「先日、帝国に寄航した使節団の代表者を務めているワーグナー殿がこの領にも訪れたのですが。どうやら高齢を理由に、近い内に引退するという話を伺っています」


「!」


「使節団を信頼できる者に委ね、故郷ベルグリンドで落ち着き先を見つける事を考えているようです。……そんな折に、貴方達が帰還した事を聞いたのでしょう。昨日さくじつ、ヴェネディクト陛下を通じてワーグナー殿から貴方へ伝言を預かりました」


「ワーグナーが、俺に?」


「貴方に使節団をゆだねられないかと、仰っているそうです」


「!?」


「!」


「貴方は黒獣傭兵団の団長であり、ワーグナー殿が最も信頼している方です。彼が貴方を使節団の代表者へ推すのは当然だとは思います。……ただ、貴方には貴方の都合があるでしょう。なので一度、ちゃんと顔を合わせて話し合いたいそうです」


「……俺に……」


 幼い頃から共に黒獣傭兵団で肩を並べたワーグナーの伝言を聞き、エリクは思い悩む様子を見せる。

 そうして悩む様子を見せるエリクを見るアルトリアは、少し考えた後に彼へ言葉を向けた。


「……良いじゃない、その話。受けたら?」


「アリア……!?」


「貴方を頼りにしてるんでしょ。貴方に懸けられた冤罪も晴れて、胸を張って故郷に戻れるじゃない。世界を救った英雄ヒーローとして、出迎えてくれるわよ」


「俺は、君と……」


「忘れたの? エリク。私はもう、貴方を雇ってるわけじゃないのよ」


「!」


「もう護衛の必要も無いし、誰からも追われたり逃げたりする心配は無い。違う?」


「……だが、『アレ』との約束がある」


「それも別に、貴方が行く必要があるわけじゃないし。今の私なら、一人でも余裕で魔大陸むこうに行けるわ」


「……」


 使節団の代表者となる事を勧めるアルトリアの言動に、エリクは訝し気な視線を強める。

 その視線の根底には、輪廻から戻った彼女アルトリアが何等かの問題を見つけた事を察していたからでもあった。


 すると腕を組んで話を聞いていたケイルが、溜息を漏らしながら二人の会話に口を挟む。


「――……行って来いよ、エリク。共和王国ベルグリンドに」


「ケイル……!?」


「断るにせよ受けるにせよ、一度はワーグナーと会って話して来いよ。その方が手っ取り早いだろ」


「だが……」


「アタシがコイツアルトリアの傍に残る。また何かやらかしそうになったら、めてやるよ」


「ちょっと、別にそんなこと……」


「うるせぇ、お前は前科があり過ぎて信用できるかっ。だからエリクも不安で離れられないんだろうが」


「……むぅ」


 アルトリアの監視を自ら務める事を伝えるケイルに、エリクその意図を察する。

 それを聞き言葉を詰まらせたアルトリアの様子を見て、少し考えた後にエリクは答えた。


「……なら明日、ワーグナーに会いに行く。話を聞いたら、すぐ戻って来る。ケイル、それまでアリアを頼む」


「おう、行って来い。それでいいよな? 御嬢様もよ」


「……はぁ、分かったわよ。でも少しくらいゆっくりして来なさいよ。久し振りに会うんだから」


「ああ」


 三人はそうして話し合い、エリクは一時的にアルトリアから離れる事を決める。

 こうして様々な変化を迎えた故郷ベルグリンドへ戻る事を決意したエリクは、戦友ワーグナーと会う為に一人で向かうことになった。

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