咎人の断罪


 ミネルヴァの転移魔法によってフラムブルグ宗教国家へ赴いていた修道士シスターファルネは、共に来たクラウスとワーグナーを連れて総本山である大聖堂へと赴く。

 しかしそこで待っていたのは、数百年前からゲルガルドによって懐柔された新たな信仰対象かみに据えようとする宗教国家の上層部トップ達だった。


 彼等は訪れたファルネやクラウス達を拘束してミネルヴァの遺した聖紋を奪い、その事実を語り聞かせる。

 信仰すべき『かみ』やミネルヴァを裏切っていた教皇と枢機卿達を見ながら、ファルネは憤怒と失望を嘆いた。


 その隣に座らされたクラウスは、六十年前に起きたルクソード皇国での皇王暗殺未遂事件を依頼したのがゲルガルドである事を理解する。

 そしてそれを代行者ガルドニアに命じたのが、目の前にいる教皇であると聞かされた。


 しかし教皇の見た目は、八十歳にも届くだろう老人。

 年数を逆算してもニ十歳前後で教皇の座に就いている人物とは思えず、クラウスは疑問を浮かべながらファルネに尋ねた。


『奴が六十年前に? ……それほど若い頃から、教皇の座に就いていたのか?』


『彼が教皇の座に就任したのは、八十年ほど前です。……しかし彼は、ミネルヴァ様と同じ聖人でもあります』


『!』


『奴が教皇の座に就いたのは、フォウル国との戦争で前教皇が退いた後。……ただ彼はそれまで枢機卿の一人として歴代の教皇を補佐し、二百年以上前に宗教国家このくに代行者エクソシストという組織を設立させると、実質的な取り纏めていた立場にあったと代行者われわれは認識しています』


『……代行者エクソシストを作ったのが聖人で、今の教皇か。……ならば、魂を受け継がせているというゲルガルドとの繋がりが絶えていないのも納得が行くな』


 教皇の素性について話を聞いたクラウスは、目の前にいる相手が長年に渡って宗教国家を操っていた実質的な頂点トップだと理解する。

 そして恐らくゲルガルドもまた魂を受け継いでるという話から、それ以上の年月を経て自分自身ゲルガルドの魂を受け継ぐ血縁にんげんを作り続けていた事を察した。


 互いに人外の領域に立ちながら国の裏側で繋がりを得ていた教皇とゲルガルドの関係に、クラウスだけが納得を浮かべる。

 そうした会話を続けていたクラウスに、教皇は見下すような冷たい視線を向けながら言葉を向けた。


『なるほど、ルクソード皇族の血縁者か。確か、クラウス=イスカル=フォン=ローゼンだったな。……その顔、見覚えがある。確か、二十年程前に大聖堂に侵入した者の一人だな。なるほど、侵入したのはその依頼について調べる為だったか』


『……私からも聞きたい。貴様は、貴様達はゲルガルドが目指している思惑とは何か、知っているのか?』


『それを知ってどうでする?』


『なに、ついでに長年の政敵がどのような目論見で動いていたのか、冥途の土産に知っておきたいだけだ。……私達はどうやら、これから殺されるらしいからな』


『!』


『これほど自国の秘密を明かしておいて、我々を生かしておくつもりもないのだろう。どうせなら、お前達の崇める神が何を望んでいるか、聞かせてくれてもいいのではないか?』


 クラウスは自分達が生かされるはずがない事を考え、改めてゲルガルドの思惑を尋ねる。

 動揺も無く潔い程の態度でそう尋ねるクラウスに、教皇は不敵な微笑みを浮かべながら口を開いた。


『面白い男だ。……いいだろ、聞かせてやる。我等が神ゲルガルドの望みを』


『有難い』


我等が神ゲルガルドの望み。それは、この世を支配する神になること』


『!』


『彼は近い内に、神々が住んでいた地へと赴く。そこで古き神から座を奪い、この世を支配する権能ちからを得る。そして魔なる者の存在を失くし、我々のように信仰する者を特別な民としてくれるわけだ』


『……つまり、奴はこの世を手に入れて魔族を殺し尽くし、奴を信仰するお前達を特権階級として扱い、人間を下僕としたいわけか』


『言い換えれば、そういう事になるであろうな』


『なるほど。……俗物的なお前達が信仰するには、い相手のようだ』


 教皇からゲルガルドの望みを聞かされたクラウスは、呆れにも似た溜息と皮肉の言葉を吐き出す。

 それに対して口元の微笑みを消した教皇は、捕えている三人に対して容赦の無い言葉を向けた。


我等が神ゲルガルドを妨げる者には、それ相応の待遇が必要となるだろう。――……その者達を連れて行き、ころしておけ。死体はいつも通り、ゲルガルド殿に送り届けよ。共にこの国に来た者達もだ』


『ハッ』


『新たな七大聖人セブンスワンを選ぶ必要がある。代行者エクソシスト達から候補者を選定し、試練を課せ。必要であれば、ルクソード皇国を戦禍に巻き込んで構わない』


『……ッ!!』


 クラウスやワーグナー達の傍に立つ僧兵達は、その口を塞ぐように布の猿轡を巻き付ける。

 そしてその身体を引き起こし、その場から連れ出して殺害するよう教皇が命じた。


 更に新たな『きん』の七大聖人セブンスワンを選定し育てる為に、ルクソード皇国を巻き込んだ戦争を起こす意思を明かす。

 それを聞いた三人は驚愕の表情を浮かべながら覆われた口から声を漏らしたが、鍛え抜かれた僧兵の腕力に逆らえずにその場から連れて行かれようとした。


 しかし次の瞬間、広大な大聖堂の全体に響き渡るかね警報音サイレンが鳴る。

 それを聞いた全員が動きを止め、警報音サイレンが鳴る天井を見上げながら眉を顰めた表情を浮かべた。


『……侵入者だと?』


『この機会タイミングで?』


『この者達の仲間か?』


 枢機卿の幾人かがそうした言葉を向けながら、連れて行かれようとしていたクラウス達に視線を向ける。

 しかし当人であるクラウスやワーグナー、そしてファルネも突然の警報音サイレンに不可解な表情を浮かべていた。


 すると次の瞬間、その部屋の入り口となっている扉が轟音と共に砕き割れながら破壊される。

 その瓦礫と共に飛び散る土煙が部屋の中に舞い込み、その場所に近いクラウス達やそれを捕縛している僧兵達を覆った。


『な、なんだっ!?』


『扉が破壊され――……グァッ!!』


『な――……ウボァッ!!』


『ど、どうし――……ガハッ!!』


『!』


 土煙に覆われ狭められた視界の中で、クラウス達を捕えていた僧兵の三名が電撃のような光を浴び、突如として悲鳴にも似た短い声を上げる。

 それと同時に拘束されていた三人は僧兵達の手から逃れられ、後ろ手に縛られていた縄の拘束が斬られて解かれた事を察した。


 両手が自由になったクラウスやワーグナーは、すぐに縄を振り解いて口を覆っていた猿轡を外す。

 ファルネもまた同じように行動すると、三人の傍で奇妙な声が聞こえた。


『――……まったく、世話が焼けるわ』


『!』


『アンタ達はじっとしてなさい、邪魔よ』


 そうした声を向ける奇妙な声は、奇妙な足音を鳴らしながら前へ歩き始める。

 すると土煙が晴れていく中で、三人はその声の主と思しき人物を視界に捉えた。


 その人物は、全身を覆う黒い布によって姿こそ見えない。

 しかし僅かに見える鎧のような金属に覆われた二つの足と腕を持つ姿は、人間のようにも思えた。


 そしてその人物は、教皇と枢機卿達に対して機械的の声を向ける。


『どうせこんな事だろうと思ってたけど、予想通り過ぎて呆れるわね。……未来あのときに速攻でミネルヴァを操って潰させて、正解だったわ』


『……貴様、何者だ?』


『別に誰だっていいでしょ。アンタ達は、ここで死ぬんだから』


『……それは、こちらの台詞せりふだ』


 そう言いながら教皇は、隣に立つ枢機卿達に視線を送る。

 すると枢機卿達は袖から引き出した魔石の備わる短杖を持ち、素早い詠唱を唱えた。


 そして次の瞬間、謎の人物とクラウス達を覆うように結界が展開し、更にそれを幾重にも覆うような鎖状の光が纏わり付く。

 それを見た謎の人物は、小さな溜息を零しながらその術式を読み取った。


『封印術式ね。随分と古臭い魔法だけど、これで私を拘束したつもり?』


『拘束だけではない。――……『断罪のカルストレイ』』


『!!』


 自分達を覆うように動きを封じさせた結界に対して、教皇は枢機卿達のように杖を持たずに第一節の詠唱を短く唱える。

 すると次の瞬間、教皇の周囲から凄まじい極光が発生し、それが結界に覆われている謎の人物やクラウス達に浴びせられた。


 結界を貫通し内部の者達に照射された光は、凄まじい熱量で中の人物達を熱で溶かそうとする。

 しかしそれを果たす前に、彼等を覆っていた結界が弾けるように破れながら光を押し返した。


『!』


『――……流石は、腐っても聖人みたいね』


『……これは……!』


 光を押し退けられた教皇は、照射している光を止める。

 すると破られた結界の中で無事を保っていたクラウス達は、目の前に立っていた謎の人物を見て驚きの声を漏らした。


 それは教皇や枢機卿達も同様であり、謎の人物を見て訝し気な視線を浮かべる。

 すると謎の人物は、今まで覆っていた黒い布が焼かれながら、その正体すがたを現していた。


『……まさか、奴は……魔導人形ゴーレムか?』


 枢機卿の一人がそうした言葉を零し、全員が謎の人物を見る。

 その人物は全身が鋼のような銀色の甲殻に覆われた、人間の姿に似せられている魔導人形ゴーレムである事が分かった。


 しかしその魔導人形ゴーレムは機械的な声ながらも淀みの無い言葉で、教皇達を見ながら声を向ける。


『喋る魔導人形ゴーレムが、そんなに珍しい?』


『……貴様、中身がいるな。何者だ?』


『だから、別に誰だっていいじゃない。……アンタ達は未来でも現在いまでも、ここで死ぬ運命なんだから』


『……我等の邪魔をする者に、きゅうさいをっ!!』


 魔導人形ゴーレムはその体内から凄まじい魔力の波動を放ち、広大な部屋に凄まじい突風を靡かせる。

 それを見ながら言葉を聞いていた教皇は、枢機卿達を従えながらその場に現れた魔導人形ゴーレムとクラウス達を殺すべく攻撃魔法を放った。


 この時、魔導人形ゴーレムの正体が誰なのかをクラウス達は知らない。

 しかし教皇達が別の未来において死ぬ事を知っている人物こそ、未来のミネルヴァを操り命じた彼女アリアだけだった。

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