救世主の下へ


 『黒』である娘リエスティアが囚われている実験施設へ潜入したウォーリス達は、そこである情報データを知る。

 それはゲルガルドが血縁むすこであるウォーリスの間に肉体を経由し憑依できる回線パスを築き、現在の肉体が滅びても次の肉体ウォーリスに憑依できるという秘術の存在だった。


 ゲルガルドから逃れられない事を知ったウォーリスは自死を選ぼうとする中、それを引き留めるように弟ジェイクとアルフレッドが励ましの言葉を向ける。

 並び走る親友とも達の言葉によって消え掛けた希望の灯火を戻したウォーリスは、リエスティアの奪還を最優先として地下の階段を降り続けた。


 施設内の構造データを抜き取り把握したアルフレッドに案内を任せるウォーリスとジェイクは、一定の速度を保ちながら階段を走り降りる。

 その最中、速度を落とし疲弊の無いウォーリスとアルフレッドに付いて来ていたジェイクが、疲弊した足で階段を踏み外しながら転倒しそうになった。


『――……はぁ……はぁ……。――……うわっ!!』


『ジェイク!』


 身体を前に傾けながら倒れそうになるジェイクに対して、その前方まえを走っていたウォーリスが庇うように振り返りながら身体で支える。

 辛うじて転倒を免れたジェイクだったが、その色濃い疲弊を確認しながらウォーリスは前に立つアルフレッドに呼び掛ける。


『アルフレッド、ジェイクを背負ってくれ』


『分かりました』


『……ご、ごめん……。……二人とも……。……偉そうな事を言って……結局、足手纏いで……』


 大量の汗を流しながら荒れる息と見せるジェイクは、アルフレッドに背負われながら謝罪の言葉を漏らす。

 それに対してウォーリスは賛同するように侮辱した言葉など向けず、ただ自身の本音で弟ジェイクに語り掛けた。


『家族が家族を守るのは、当たり前のことだ。気にするな』


『……兄上……』


『だが、私達の父上ゲルガルドはそうじゃない。奴は血を分けた家族すらも、道具としての利用価値でしか見ていない。……私も奴に対して、それが許せない』


『……そうだね……。……あんな父親やつの思い通りになんか、させたくないよね……』


『そうだ。……だからこそ、リエスティアを取り戻す。奴が世界を手に入れるなどというくだらない目的の為に、私とカリーナの娘を利用などさせてやるものか……!!』


 母親こそ違えど家族である兄弟は互いに思い合い、父親ゲルガルドに対する反感によって共に行動している事を改めて語る。

 そして背負うジェイクと共にアルフレッドは階段を降り、それに付いて行く形でウォーリスはリエスティアが居る室内ばしょまで進み続けた。


 それから二人の脚力が増し、五分にも満たない時間で地下五階までの階段を一気に降り切る。

 そして薄暗い廊下の淀みの無い動きで走るアルフレッドは、通常の二倍以上はあるであろう鉄扉の前に辿り着いた。


『――……ここです!』


『ここに、リエスティアが……!!』


 リエスティアがいる部屋に辿り着いたウォーリスは、鉄扉に手を掛けて開こうとする。

 しかし押しても引いても開かない鉄扉に対して苦々しい表情を浮かべると、入り口と同じように斬り開く為に左腰に携えている剣を引き抜こうとした。


 それを止めたのはアルフレッドであり、背負っていたジェイクを降ろしながら鉄扉の横に存在する操作盤パネルを見て伝える。


『ウォーリス様、制御扉セキュリティードアです。私がけます』


『……頼むっ』


 常に冷静なアルフレッドはウォーリスのあせりを止めると、施設を掌握した時と同様に操作盤パネルを開きながら首筋にある接続部プラグ配線コードを繋げる。

 そして義眼を見開きながら情報データを抜き取ると、鉄扉が左右に収納されながら開き始めた。


 それを確認したウォーリスは開かれる途中の鉄扉を小柄しょうねんな身体ですり抜け、室内に侵入する。

 するとそこに広がる光景を見ながら驚愕し、それでも視界に収まった存在あいてに呼び掛けた。


『リエスティア!』


『!』


 室内から響くウォーリスの声に、ジェイクとアルフレッドは驚きを浮かべる。

 そして開かれ終えた鉄扉を潜ると、室内の光景を見渡した。


 そこには屋敷に存在する実験室でも存在しない、未知の機械で備えられた施設へや


 壁には赤い保存液に漬けられた半透明な赤や黒のコアが飾り置かれ、それ等に繋がる大小様々な配管が繋がれている。

 更にそれ等と繋がっているのは室内の中央奥側に設けられた巨大な半透明の容器カプセルであり、その中には人が座れる椅子が設けられていた。


 そしてその椅子に座らされている固定されている者こそ、ウォーリスの娘である幼いリエスティア。

 彼女は容器内カプセルに備えられた頭部機器ヘッドギアを装着されながら、意識も無いように顔を伏せたまま項垂れているのが見えた。


『リエスティアッ!!』


 その容器カプセルに走り寄るウォーリスは、備え付けられている扉を開こうと手を掛ける。

 しかし鉄扉いりぐちと同じように施錠された扉は開かず、無理矢理に抉じ開けようとする姿を見たアルフレッドに再び呼び止められた。


『ウォーリス様、装置が作動している最中です。装置を止めるので、御待ちを』


『……!』


 そう言いながら容器カプセルの傍にある操作盤そうちに近付くアルフレッドは、先程と同じように不正侵入ハッキングを行う。

 それを待ちながら容器内カプセルの中に居るリエスティアを見たウォーリスは、その時間でリエスティアの生死を確認しようとした。


『リエスティア! 聞こえるか、リエスティアッ!!』


『……』


『意識が無いのか……。……まさか、遅かったのか……ッ』


 今まさに作動している装置によって、リエスティアの魂が既に消失させられている可能性をウォーリスは考える。

 すると傍に歩み寄って来たジェイクが、顔を伏せるウォーリスに話し掛けた。


『兄上、落ち着いてください』


『ジェイク……。……だが……』


『僕は、兄上のように子供がいるわけじゃないけれど……。……それでもやっぱり、親である貴方が取り乱していたら、子供は安心できないと思いますから』


『……そうか……。……そうだな……』


 ジェイクはそう言いながらさとすと、ウォーリスは意外な驚きを持ちながら顔を上げる。


 今までウォーリスにとって親と呼べる存在は幼い頃に生き別れた母親ナルヴァニアだけであり、父親ゲルガルドはそれに含まれていない。

 しかし改めて自分が親として子供に向き合うべき姿勢を考えた時、ウォーリスは自分がリエスティアに親として向き合えていたかを考えた。


 今までリエスティアが『黒』の七大聖人セブンスワンであると知っていたウォーリスにとって、彼女を娘として愛するのは非常に困難だったと言ってもいい。

 しかし屋敷でゲルガルドから庇われながら際、リエスティアはこうした言葉を述べていた事をウォーリスは思い出した。


『――……さようなら、御父様おとうさま


 その一言と別れ際に浮かべたリエスティアの表情こそが、娘として父親ウォーリスに向けた感情モノだったのだと察する。

 今まで『黒』としてしか接していなかったウォーリスにとって、改めて自分が娘として接する方法を考えた時、その光景すらも考えられていなかった事を理解し始めた。


『……私は、どうすればよかったんだ。……きみに、どう向き合えば良かったんだろうか……』


 容器内カプセルに居るリエスティアに自らの疑問を問い掛けたウォーリスだったが、その答えはいつものようには返されない。

 ただ眠るように瞼を閉じたリエスティアを見るしかないウォーリスにとって、その数十秒間は長い実験室ちかの拘束期間よりも長く感じていた。


 そして長く感じた時間は終わり、容器周辺の装置から発せられていた数々の機械の光が消える。

 すると施錠されていた容器の扉から音が鳴ると同時に、装置へ不正侵入ハッキングをしていたアルフレッドが呼び掛けた。


『装置を止めました、開けられます』


『!』


 その声で思考から呼び戻されたウォーリスは、容器カプセルの扉に手を掛けながら開く。

 すると容器内カプセルに入り込み、リエスティアから頭部機器ヘッドギアを外しながら拘束している椅子の金具を解き始めた。


 そして意識の無いリエスティアに呼び掛けながら、ウォーリスはその反応を探る。


『リエスティア! リエスティアッ!!』


『……』


『……ッ!!』


 反応の無いリエスティアを解放したウォーリスは、そのまま彼女を抱き運びながら容器カプセルから出る。

 そして容器カプセルの外で待っていたジェイクが上着を脱ぐと、ウォーリスに呼び掛けながら配線コードの通っていない呼び寄せた。


『兄上、こっちで!』


『ああ』


 リエスティアの状態を確認したいウォーリスの意図を察してか、ジェイクは床に寝かせられる場所を上着で敷き作る。

 それに応じるウォーリスはそこまで運ぶと、緩やかに敷かれた上着にリエスティアを寝かせるように置いた。


 すると手で触れながら脈や心臓の鼓動などでリエスティアが生きている事を確認し終えたウォーリスは、僅かに安堵の息を漏らす。

 しかし意識の無いリエスティアの様子に苦々しい面持ちを強め、アルフレッドに顔を向けながら問い掛けた。


『……あの装置は、途中で止めたはずだな?』


『はい。ただ停止させる際に進行度合を確認したところ、およそ九割以上の精神と魂の消失が済んでしまっていたようです』


『九割……。……それじゃあ、ほとんど……』


『リエスティア様の精神と魂は、既に戻せる程の状態ではないと考えた方がよろしいかと』


『……それで、この子は生きていると言えるのか……!?』


『分かりません。……しかし、貴方の事態ことも有ります。ここから実験の電子情報データ接続アクセスし、有用な方法を探してみます』


『……頼む』


 リエスティアの精神と魂が九割以上も消失していると知らされたウォーリスは、アルフレッドにそれを含めた解決方法を情報データから探すよう頼む。

 そうしてアルフレッドが再び装置の機器に不正侵入ハッキングを行い始めると、傍に居たジェイクが部屋の中を見ながら自らも腰を上げた。


『僕も探してみるよ。手書きの資料で、そういう情報ものが残されているかもしれないし』


『……なら、私も一緒に探そう』


『兄上は、今はその子の傍に居てあげてください』


『……ああ。……すまない』


 精神的な疲弊を起こしているウォーリスに配慮したジェイクは、自らの意思で現物の資料を探す。

 そして机や壁に置かれている資料を確認し始めると、そこに書かれている内容に表情を眉を顰めながら悩む声を漏らした。


『……帝国の文字じゃない。何処の言語で書かれているんだ……?』


『恐らく、ゲルガルドだけが把握している暗号文でしょう。私が居た実験室の資料でも見た事があります』


『暗号文か、じゃあ解読しないと無理か……』


電子情報データを抜き取り終えた後は、私が解読させて頂きます。気になる資料があれば、こちらに』


『は、はい。頼みます』


 読めない暗号文もじに悩まされるジェイクに、不正侵入ハッキング中のアルフレッドはそう答える。

 そして言われた通りに気になる資料を幾つも運び始めたジェイクだったが、その中に帝国文字で書かれた資料の本を発見した。


『あっ、これは読めるぞ。――……えぇっと、これは……神の兵士……コア……。人間を材料……ッ!?』


 ジェイクはその本を読みながら内容を確認し、思わず目を見開きながら身体を震わせる。

 そこにはジェイクが身震いするような情報が書き込まれており、その恐ろしさに僅かな吐き気すらも感じていた。


 そして本に書かれた中に、挿絵が書き込まれた一つの内容を確認する。

 それを周囲の機器が発する音より小さな声で口にしながら、読み上げた。


『……神の兵士を作り出す心臓コアをマナの実に近付ける為の仮定で、抽出した魂から不純物を取り除いた一つの副産物モノが生まれた……。……それを用いた実験結果として、通常の生物を異形にしながらも異常な強さを与えられる事が分かった……。……その副産物の名を、私はこう名付ける……』


 本を読み続けていたジェイクは、それを読みながらふと視線が上がる。 

 すると本に書かれた挿絵と似通った、黒く小さな種のようなモノが壁の飾られる赤い試験管に収められている事に気付いた。


 息を飲みながらそれに右手を伸ばしたジェイクは、その赤い試験管を手にしながらこう呟く。


『……悪魔の種……。……これを使えば、僕でも……』


 そう言いながら僅かに身体を震わせるジェイクだったが、それを壁に戻そうと右腕を伸ばそうとする。

 すると背後にいるアルフレッドが、背中を向けたまま声を向けて来た。


『何か、情報がありましたか?』


『い、いや! ……な、何でも無いよ……』


 動きを止めていたジェイクの様子に気付いたアルフレッドは、そう呼び掛けて問い掛ける。

 しかしそれを否定する答えを返したジェイクは、その赤い試験管を脚絆ズボン収納ポケットに入れた。


 それから『悪魔の種』を戻さぬまま、ジェイクは現物の資料を手に取りながら解読できない本をアルフレッドの傍まで運ぶ。

 すると膨大な施設の情報データを読み取り終えたアルフレッドが、眉を顰めた表情を向けながら二人に結果を伝えた。


『……ダメです。ウォーリス様とゲルガルドに繋がる回線パスを解除する方法も、消失した魂を元に戻す方法も、確認できませんでした。現物の資料も、電子情報データにあるものばかりです』


『そんな……』


『……ッ』


『普通に死んでいる者の場合、魂は輪廻という世界に赴くはずですが。消失した魂はこの世から消え、通常の方法では元通りにはならないそうです』


『……通常の方法で、というのは?』


情報データの中には、マナの実に関する情報がありました。それを肉体側が摂取すれば、魂すらも復元すると言われていますが。……しかし私達が知る通り、今現在の世界にその実を生やす大樹は存在しません』


『……ならば、方法は無いということか……』


 そうした話を聞かされるウォーリスは、ゲルガルドと繋がる回線パスを途絶えさせる方法や、リエスティアの消失した精神じんかくと魂を元に戻す為が情報データに無い事を静かに嘆く。

 しかし静まり返った室内の中で、詰まるような息と共にジェイクはある提案を吐き出した。


『……メディア殿、なら……何とか、出来ないかな……?』


『!』


『あの人は、兄上達でも驚く程に凄い人みたいだから……。……もしかしたら、何か良い解決方法を知ってるかも……?』


『……』


 苦し紛れにも聞こえるジェイクの提案に、ウォーリスとアルフレッドは顔を見合わせる。


 数多の魔法を操りながらゲルガルドと互角以上に渡り合える実力者メディアであれば、何かしらの解決策を持っていても不思議ではない。

 しかし彼女メディアがその方法を知るという確証があるというわけではない為に、二人には微妙な躊躇いが生まれた。


 そうした二人の様子を改めて見たジェイクは、今度は力強い表情と声色で言葉を発する。


その子リエスティアは取り戻せたけど、兄上とその子を救える情報は無かった。このままここに居続けても、しょうがないよ。……あの人に、賭けてみよう』


『……そうだな……。……もう我々には、そうするしかないな……』


『ならば、急いで戻りましょう。地上うえの状況次第では、その可能性すらもついえてしまうかもしれません』


『……分かった。地上うえに戻り、彼女メディアと合流する』


 ジェイクとアルフレッドにさとされるウォーリスは、折れかけている心を再び身体と共に立たせる。

 そして意識の無いリエスティアを正面まえに抱き持つと、二人を伴いながら地上うえへと戻り始めた。


 こうしてリエスティアを取り戻したウォーリス達だったが、肉体から消失してしまった精神じんかくを戻す事に失敗する。

 更にウォーリスを救う手立ても無いまま、微かな可能性きぼうを胸に秘めながら地上うえで戦うメディアのもとへと向かったのだった。

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