不可逆の意思


 帝都を出てゲルガルド伯爵領に戻る途中、ウォーリスはリエスティアとアルフレッドと別れてある工作を仕掛ける。

 暗殺を目論んだ継母エカテリーナの実家である貴族家に押し入り、彼女の父親である当主にゲルガルド伯爵領地に攻め込むよう脅迫ていあんした。


 それに乗じざるを得ない継母エカテリーナの父親が挙兵の動きを示したのを確認したウォーリスは、秘かにゲルガルド伯爵領地に戻る。

 ウォーリスはその道中、如何いかにして異母弟ジェイクを危うい状況から脱せられるかを思案し続けていた。


『――……領地の規模からしても、ジェイクの祖父がすぐに動員できるのは五百名程の兵力。それ等が全てこちらの領地に到着するとしたら、移動を含めても最低で三日は必要になる。……その間にジェイクを救い出し、【結社】を通じて皇国に逃がすしかない』


 人気が少なく目立たない山道を走り抜けるウォーリスは、継母エカテリーナ達の兵力を利用してゲルガルド伯爵領地を混乱させる事を考える。


 如何いか当主本人ゲルガルドが凶悪で強力な存在であっても、その領地に住む者達は常人の集まりであり、その全てを執事達だけでは処理できないはず。

 他領地からの侵攻が行われているという知らせを受ければ、いやおうでも当主本人ゲルガルドが対応せざるを得ない。


 何よりゲルガルドも今まで潜み暮らすような生き方をしてきた結果、事を荒立て領地同士の戦争が起きたという知らせ自体を帝国に知らせたくはないはず。

 だからこそその隙を突いてゲルガルドが対応し屋敷を空けた瞬間を狙い、ウォーリスは囚われている可能性が高いジェイクを救い出そうと考えていた。


 そしてもう一人、恐らくジェイクが求めるであろう要救助者の事をウォーリスは考える。

 しかしその時の表情は自然に不快さを示すように眉を顰め、愚痴を零すかのように悪態を漏らさせた。


『……ジェイクのことだ、母親エカテリーナや良くしてくれている近侍の者達も連れて行きたいと言うだろうな。……だが、流石にそれは厳しい。ジェイクには酷だから、今回の事態を止められなかった時点で、救うべき者と切り捨てる者を選ばせなばなるまい』


 ジェイクの望みを理解しているウォーリスだったが、今まで協力してくれていたジェイクを救い出す決意を固める。

 歪な家族ながらも血の繋がっている兄として自覚しているウォーリスは、それがジェイクに酷な選択をさせる事を覚悟した。


 そしてゲルガルド伯爵領地に入ったウォーリスは、街道を通らずに迂回しながら小さな村や町に敢えて立ち寄る。

 すると偽装魔法を用いて旅人を装いながら、村人や町人などに話し掛けある情報うわさを広め始めた。


『――……隣の領地で、多くの兵士達を動いているらしいぞ』


『やばい魔物か魔獣でも出たのかな?』


『それがどうも、そういう感じも無いらしくてな。もしかしたら、戦争の準備を始めてるんじゃないかってよ』


『戦争って、また王国と? 最近は戦争してなかったのに』


『いや、この伯爵領地ばしょに来るんじゃないかって……』


『まさか!』


『隣の領地って、確か伯爵様の奥方になった人の御実家じゃなかったっけ』


『少し前に、伯爵領地こっちで隣の領兵達が捕まったらしいぞ。もしかしたら、そいつ等が斥候だったんじゃないかってさ』


『えぇ……。じゃあ、この町も危ないのかな……?』


 ウォーリスは相手に違和感を持たせない程度の話術を使い、村人達や町人達に隣領地が挙兵し侵攻して来ることを伝える。

 それに対しての反応は最初こそ小さかったが、それを話す人数を増やす事で信憑性の薄さを補い、更に虚実を交えながら噂話を広めた。


 そしてその話は、人々から領兵達にも伝わり始める。

 尋ねて来る村人や町人達の噂話を聞いた領兵達は、その真偽を確かめるべく更に上役となる者達へ情報を伝え、時期に領主であるゲルガルドにも届くだろう。


 ある程度までその噂話を広め終えたウォーリスは、今度は実家である屋敷が置かれた都市へと向かう。

 そして都市内の人々に紛れながら潜伏し、屋敷側の動きを確認しながらゲルガルドの動向を探った。


 すると翌日、各村や町に広めた噂話が都市にも伝わり始める。

 都市に駐留している兵士達の動きが少しだけ慌ただしい光景に変わった事を察知したウォーリスは、自分の放った噂話がゲルガルドにも届いた事を確認した。


『――……よし、都市の兵士達も動き出した。……挙兵が本当の事だと分かれば、ゲルガルドは事が大きくなる前に、挙兵した相手となりの領軍を自ら始末しようとするだろう。……そして、相手当主おとこも。その時間を利用して、ジェイクを救い出す……。……自分の孫を救う為だ。あの当主ろうじんも本望だろう』


 脅迫した当主とその領軍を囮にしたウォーリスは、今度は屋敷の傍まで近付きながら自分達が住んでいた納屋まで秘かに赴く。

 空っぽになった納屋の中で身を潜めながら屋敷側へ意識を向けるウォーリスは、まだ日が高い段階で屋敷の者達が慌てて動く気配を確認していた。


 ウォーリスはそこからゲルガルドの思考を自分なりに推察し、いつ相手の領軍を始末する為に動き出すかを読み取る。

 すると人の行き交いや目が少なくなった夜間にゲルガルドが動き出す事を予測し、日が沈むのを待ち続けた。


 そして夜が訪れ、屋敷の慌ただしい動きが少なくなる。

 それが狙い目であると察した瞬間、ウォーリスは納屋から出て屋敷へと向かった。


『――……やはり、奴の圧力プレッシャーや気配が感じられない。……正解だったな』


 屋敷の間近でもゲルガルドの気配を感じなくなったウォーリスは、これを好機チャンスと考えて屋敷に侵入する。

 それでも慌ただしい状況の為か、まだ執事や侍女の中には働くような者達の光景が見えたが、それを上手くすり抜けながらウォーリスはジェイクの部屋へと訪れた。


 扉には特に鍵も掛けられておらず、ウォーリスは周囲を警戒しながら部屋の中を確認する。

 すると寝台ベットの中で眠るジェイクの姿を確認し、右手で肩を揺らしながら起こした。


『ジェイク』


『……兄さん……?』


『無事だったようだな。……良かった』


 上体を起こしたジェイクは、全身を黒い衣服で纏うウォーリスを見ながらその声色で正体を察する。

 そして異常の見られないジェイクの姿を確認し、ウォーリスは安堵の息と言葉を漏らした。


 しかし相反するように、ジェイクは表情を沈めながら申し訳なさそうな声で伝える。


『ごめん、兄さん。……母上を、止められなかった……』


『……エカテリーナはどうなった?』


『今は、屋敷ここの地下牢に囚われてしまっている。兄さん達を暗殺しようとした者達が捕まったという知らせが入って、すぐに……。……それに関わっていた執事や侍女も、捕まってしまった』


『地下牢か。お前は、囚われているわけではないんだな?』


『牢には……。ただ、部屋で謹慎するようには言われているんだ。母上達とも、面会は出来なくて……』


『そうか……』


『それに御爺様の……母上の御実家まで、挙兵していると今日聞いて……。……兄さん。僕は、どうしたら……』


 母親エカテリーナの安否とこの先の展開を予想できないジェイクは、寝台ベットに座りながら顔を伏せて尋ねる。

 その弱々しい程の小さな言葉は、自分の裁量や力量ちからでは事態を解決できない事を察しており、この三週間近い間でジェイク自身がかなり追い詰められた状況に立たされている事を示してもいた。


 そしてウォーリスはそんな弟の様子を察し、左肩に右手を乗せながら自身の提案を伝える。


『ジェイク。お前は逃げろ』


『!』


『今まで連絡を取っていた、【結社】の構成員の場所は分かるな? 彼等と通じて、お前達は皇国に逃げるんだ』


『……でも、それは……』


『こうなった以上、ゲルガルドの魔の手から逃れる為にはそうするしかない。……私の母上なら、お前も保護してくれる』


『なら、せめて……。母上達も、一緒に……!』


『……分かった、何とかしてみよう。だがまずは、お前の身が最優先だ。先に屋敷の外へ移すぞ』


『え――……っ!?』


 そう言いながら僅かに呼吸を整えたウォーリスは、短く指定転移ワープの魔法を詠唱する。

 すると接触している二人の身体は淡い白い光に包まれると同時に、その寝室から消えて転移された。


 転移先に指定されたのは、屋敷の置かれた都市内部にある宿屋の中。

 そこには魔法陣の掛かれた紙が置かれており、それを見ながら見知らぬ宿部屋へやに移動させられたジェイクは驚きの声を上げた。


『こ、これって……!?』


『転移魔法だ。これでエカテリーナ達も脱出させる、お前はここで待っていろ』


『に、兄さん……』


『ただし、私が夜明けまでに戻らない場合。ここに置いてある荷物と金を持って、都市ここから脱出しろ。そして【結社】と合流し、皇国へ逃げ延びるんだ。……いいな?』


『……はい。……どうか、母上達を御願いします……!』


『ああ』


 そう伝え終えたウォーリスは、宿部屋の窓を開けてそこから外に出る。

 そして屋敷へ戻り走るウォーリスは、自分に暗殺者を差し向けて地下牢へ囚われている継母エカテリーナ達も脱出させようと試みるのだった。


 しかしこの時、ウォーリスは気付いていない。


 自分達を見ている存在が、ゲルガルド以外にも存在していた事を。

 そしてその存在が自分達にどのように干渉して来るかも、今のウォーリスには予測すら出来ていなかった。

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