事件の影に
新たな装備を贈られたエリクとマギルスは、その性能を発揮する為に『青』の指導を受ける。
しかしそうした一方で、一行を乗せた
二人は月食の
生命活動となる呼吸をしながらも魂と人格を失ったリエスティアは、瞼を閉じたまま眠り続けている。
一方でアルトリアの方は、身体に付与された呪印の効果によって
「――……ちょっと、まだ
「……」
「いい加減、ずっとこの姿勢だと
アルトリアは手足だけではなく首や頭すらも固定されている状況に、そうした文句を向けながら横目だけを向ける。
その視界で微かに映っているのは、隣に控え立つ
しかしザルツヘルム以外の者達は周囲に居らず、ただアルトリアの声だけがその場で響き渡る。
更に視線すら向けようとせずに無視し続けるザルツヘルムに対して、アルトリアは暇を持て余すように文句を言い続けていた。
「アンタが掛けた
「……」
「少しくらい
自身の状況をそうした愚痴として伝えるアルトリアは、頑なに口を閉じているザルツヘルムに話し掛け続けている。
それでも相手にしようとしないザルツヘルムに対して、アルトリアは呆れるような声でそうした言葉を向けた。
すると次の瞬間、ザルツヘルムの眉が僅かに顰められる。
そして視線を向けぬまま、呟くように言葉を発した。
「……
「!」
「貴方は私が知る御令嬢の中では、
「……やっと喋ったと思ったら、随分と痛烈な批判をしてくれるわね?」
「騎士として、貴方の振る舞いには許し難い部分が多いもので」
「あっそ。なら参考までに、私が淑女じゃない理由を教えてくれるかしら?」
ようやく声を向け始めるザルツヘルムに、アルトリアは皮肉染みた声色でそうした問い掛けを向ける。
するとザルツヘルムは今まで重く閉じていた口を開き、アルトリアが淑女ではないと語る理由を明かした。
「淑女とは、常に
「その見聞きしたっていう私の話を、聞きたいんだけど?」
「覚えておられぬか? 貴方が九つの歳だった頃、赴いた皇国での
「……そういえば、行った記憶はあるわね。くだらない
「そこで貴方がした行いも、どうやら忘れられておられるようだ」
「さぁ、何をしたかしら」
「貴方は皇王であるナルヴァニア様に対して、淑女とは程遠い行いをされましたね」
「……あぁ、あの事ね」
アルトリアはザルツヘルムが批判する最初の理由を、自身の記憶から探り出す。
そして改めてその記憶を視るアルトリアは、その時の行動を思い返した。
それは、アルトリアが九歳だった頃。
ルクソード皇国で行われる祝宴に招かれ、初めてランヴァルディアと邂逅した次の日。
当時、帝国皇帝ゴルディオスと皇后クレアと共に女皇ナルヴァニアの御茶会に参加したアルトリアは、帝国皇子ユグナリスと兄セルジアスの二人と共に茶会の席に着く。
そこでナルヴァニアと初めて対面しながらも、アルトリアの機嫌は見るからに不機嫌だった。
毛嫌いしているユグナリスと横に並ぶ形となり、ただでさえ御茶会の参加に乗り気ではないアルトリアの機嫌は非常に悪い。
それでも兄セルジアスに
皇帝夫婦はナルヴァニアに対して礼節を踏まえた挨拶を行い、それに続くように少年セルジアスも淀みの無い礼を行う。
皇子ユグナリスは拙い礼を行いながらも、特に周囲に強い違和感を抱かせるような事は無かった。
しかし一人だけ、ナルヴァニアに対して礼を向けなかった者が居る。
それは下げない頭の代わりに鋭い視線を向けたままの、少女アルトリアだった。
それに対して訝し気な視線を向けるナルヴァニアやザルツヘルムに対して、隣に立つセルジアスが礼を促す。
『アルトリア。皇王様に挨拶を』
『……この
『!?』
礼を向けないアルトリアはそうした言葉を口にし、皇帝夫婦やセルジアスの表情を蒼白とさせる。
それを訂正させようと周囲が促す前に、青い瞳を視線を厳しくさせたナルヴァニアが口元を隠していた扇子を閉じ、少女アルトリアに対して低い声を向けた。
『――……アルトリアと言ったか。何故、私が
『なんとなく』
『……なんとなく?』
『ナルヴァニア陛下。妹の無礼を御許しください。……アルトリア、すぐに訂正と謝罪を――……』
『
『!?』
アルトリアの無礼を謝罪させようとする兄セルジアスに代わり、ナルヴァニアがそれを制止させる。
すると閉じた扇子を再び広げたナルヴァニアは、口元を隠したままアルトリアに声を向けた。
『再び尋ねよう。私が皇王では無いと考える理由、もう少し詳しく言ってみよ』
『……貴方には、
『
『国の
『ア、アルトリア……』
無遠慮にそう理由を伝えるアルトリアの言葉に、皇帝夫婦を始め兄セルジアスが表情の焦燥感を色濃くさせる。
すると口元を隠したままのナルヴァニアはアルトリアに鋭い視線を向けた後、瞼を閉じてからゴルディオスの方へ青い瞳を向け直した。
『どうやら、この
『……弟に代わり、私からも謝罪を』
『
『はい』
『面白い
『……?』
無礼な言動を向け続けていた
逆にアルトリアに対して期待するような言葉を向けたナルヴァニアに、周囲のガルミッシュ皇族一同は困惑を浮かべた。
それから
無難な顔合わせと短い雑談のみで終わった御茶会は、当時のアルトリアにとって記憶にすら残り難い出来事としか把握していなかった。
その出来事を思い出したアルトリアは、改めてナルヴァニアの護衛騎士がザルツヘルムが同一人物だと思い出す。
改めてザルツヘルムの方へ声を向けるアルトリアは、その事について問い返した。
「――……思い出した。アンタ、あの時に傍に居た騎士だったのね」
「ええ。……あの時。ナルヴァニア様に対して無礼な物言いをする貴方を、私は貴族の淑女とは程遠いと思いました」
「けど、私の勘は当たってたみたいね。……あの時の
「……」
「アンタ、その頃から……いや。彼女が皇王になろうとしている時から、皇族の血は継いでいないって知ってたの?」
「……知っていました」
「なら……。……ルクソード血族ではない者が皇王になるなんて、茨のような道だったはず。……それを止められる位置に、アンタは居たんでしょ?」
「……」
「
「……貴方は、何も分かっていない」
責めるように問いを向けるアルトリアに対して、ザルツヘルムは僅かな怒気を含めた言葉を呟く。
今まで無表情だったザルツヘルムの僅かな変化に気付いたアルトリアは、再び挑発染みた言葉を向けてながら問い掛けた。
「は? 何がよ」
「ナルヴァニア様は、全てを承知して終わりを迎えられた。……愛する家族を守るという、ただ一つの想いだけで」
「……!」
「ナルヴァニア様は、
「息子……ウォーリスに、自分から協力してたってこと?」
「その通りです。その為に、ナルヴァニア様は様々な事を受け入れていた」
「……まさか、妊娠していたランヴァルディアの妻を殺したって話は……」
「アレもまた、ウォーリス様の為です」
「!?」
「ランヴァルディアは頭脳明晰であり、生物学について皇国の誰よりも詳しい技術力と知識を得ていた。……しかし良心的なランヴァルディアでは、
「……まさか、あの
「それが、ウォーリス様の計画でした。……例え事が公になったとしても、その罪は総責任者である
「……!!」
「貴方が思っている以上に、ウォーリス様の思惑は様々な出来事に干渉している。……そういえば、マシラ共和国の変事にも貴方は関わっていましたね」
「……えっ」
「何故、マシラ王ウルクルスがあのような事件を起こしたのか。……その理由は、愛する者の死がどのような理由だったか知った為。では誰が、その話をマシラ王の耳に届くように仕向けたと思いますか?」
「……まさか、アレも……!?」
「マシラ一族の秘術は、輪廻の先に在る死者の魂に干渉し得る
「!?」
「他にも、フラムブルグ宗教国家に上層部を支配し、
「……そんな事まで……!」
「貴方はナルヴァニア様の事も……そしてウォーリス様の事も、何も分かっていない。……全てを見誤っている限り、ウォーリス様は貴方を敵とすら認識されないのでしょうね」
「……ッ!!」
そうした言葉を向けるザルツヘルムは、それ以降は何も喋らずに二人の監視を続ける。
逆にアルトリアは記憶に有る事件に全てウォーリスが関わっていた事を知り、渋い表情を浮かべた。
こうして拘束されたままのアルトリアは、ザルツヘルムから今まで関わって来た事件の黒幕を改めて聞かされる。
それは『ゲルガルド』という家を基点とし、更にそれ等の
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