異なる二人


 再び起きた天変地異カタストロフィにより、世界は黄金色の空と巨大な歯車によって包まれる。

 そして月食によって生じた影が巨大な穴となり、『天界』へ繋がる通路みちが形成された。


 その『天界』へ赴き、創造神オリジンの権能を手に入れる為にウォーリス達は『鍵』であるアルトリアとリエスティアを伴いながら空に出来た通路みちの光へ突入する。

 それを追跡しながら『天界』への通路みちへ突入したのは、『青』が指揮し光学迷彩とうめいに偽装されている箱舟ノアだった。


 通路の光へ突入した箱舟ノアは、強い光に包まれながら飛翔を続ける。

 その光の眩しさを画面に映し出され、艦橋ブリッジに居る者達は思わず目を細めた。


 それを察するように、『青』とテクラノスは画面に映し出された外の光景を閉じる。

 仄かな明かりに照らされる艦橋ブリッジの内部で、『青』は改めながら全員に口を開いた。


「――……『天界むこう』に辿り着くまで、しばらく時間が掛かる。それまで箱舟ふねのことは魔導人形これらに任せ、各々は時が来るまで休養しておくといい」


「休養……こんな状況で?」


「何かあれば、警報が鳴るようにしてある」


「いや、そういう事では……」


「我もまた、『天界むこう』に到着する前にやる事がある。ではな――……」


「お、おい……」


 淡々とした表情と声色で話す『青』は、そう言いながら艦橋ブリッジの扉から出て行く。 

 それを呼び止めようとした元『赤』のシルエスカだったが、遮られた扉を境にしながら苦々しい面持ちを浮かべるだけに留まった。


 そんな二人を他所に、マギルスはテクラノスの方を見ながら首を傾げて問い掛ける。


「時間って、どのくらい掛かるの?」


「丸一日程度は掛かるという話だ」


「えっ、そんなに掛かるの?」


師父あおの話では、『天界むこう』はこちらの世界とは異なる星だと言う。そこまで移動するのには、この箱舟ふねでもそれだけ掛かるらしい」


「へぇ、そっか。……違う星かぁ。そういえば、クロエが前に言ってたかも。夜空そらに見える星には、僕達みたいな生き物がいる世界があるって。『天界』って、その一つなのかな?」


「儂は知らん。……だが師父あおは、五百年前の天変地異で『天界』へ赴いた事があるらしい」


「そうなんだ。だから行くのに時間が掛かるって知ってるんだね」


 二人はそうした会話を行われると、『天界』に辿り着く一日ほどの時間を有する事が周知される。

 それを聞いたそれぞれが溜息を漏らし、最初の一人としてゴズヴァールが組んでいた腕を解きながら扉側へ向かいながらマギルスに話し掛けた。


「エアハルトのところに行く。お前も来るか?」


「うーん、僕は休む! まだ疲れてるし、魔力も全快じゃないもん」


「そうか。なら、ゆっくり休んでいろ」


「はーい!」


 ゴズヴァールはそうした声を向けた後、自動的に開かれる扉の先へ向かう。

 それに続くようにマギルスも動くと、エリクの方を見ながら呼び掛けた。


「エリクおじさんも休むなら、一緒に来る?」


「……いや。俺は少し、ケイルと話をしてから行く」


「そっか。じゃあ、僕は先に寝てるねー!」


 呑気な様子でそうした声を向けるマギルスは、二人と同じように扉を通って休んでいた部屋まで戻る。

 するとそれに合わせ、シルエスカと老執事バリスは互いに頷きながら傍に立つエリクへ声を向けた。


「我等も、与えられた部屋に戻る。……この箱舟ふねといい、魔導人形ゴーレムといい。我々が知らぬ間に『青』達がしていた事を、頭の中で整理しておきたい。でないと、戦いに集中できなさそうだ」


「それでは失礼します、エリク殿」


「ああ」


 シルエスカとバリスはそう伝えた後、艦橋ブリッジの扉から出て行く。

 すると今度は、武玄ブゲントモエがケイルの方へ話し掛けた。


軽流ケイル、お前はどうする?」


「アタシは、エリクと話してから行きます」


「……」


「親方様」


「……分かっている。では、先に行っているぞ」


 そうした問い掛けを向けた武玄ブゲンに、ケイルは後から部屋に来る事を伝える。

 しかしエリクに一睨みを向ける武玄ブゲンを宥めるトモエに応じながら、二人は扉から出ていった。


 艦橋ブリッジには席に座りながら操作盤を扱っているテクラノスを除き、エリクとケイルの二人だけが残る事になる。

 それから二人は顔と視線を合わせるように振り向けると、互いに躊躇うように口を微かに動かした後、先に声を発したのはエリクの方だった。


「……ケイル。さっきの話、どう思う?」


「……どの話だよ」


「この箱舟ふね、あの魔導人形ゴーレム達とその母船ふね。全て未来で作られていた機械ものばかりだ」


「……そうだな」


「『やつ』は、コレを作るのに協力した者が居ると言っていた。……もしかして、アリアが――……」


「それは無い」


「!」


 エリクが言い掛けていた言葉を遮るように、ケイルは強い口調で止める。

 それに僅かな驚きを浮かべたエリクだったが、ケイルが渋い表情を浮かべているのに気付きながら敢えて言葉を続けた。


「未来のアリアが、あの魔導人形ゴーレム達を数多く造っていた。だから現代このじだいでも、この魔導人形ゴーレムを造れた」


「そんなわけないだろ……。第一アリアだったら、この箱舟ふねの造り方は知らないはずだ。造ったのは『クロエ』と、未来の連中なんだからよ」


「いや。未来の時、俺のなかはアリアの制約ぶんしんがいた。俺の視界を通してこの箱舟ふねの構造を覚えていれば、アリアでも造れる」


「それが無理だってんだよ。お前は箱舟ここの構造を全て見ちゃいないし、構造の説明も聞いてない。だがアタシが見た限り、この箱舟ふね構造つくりと未来の構造と一致している。お前が見てすらいない箱舟モンを、アリアが造れるわけがないだろ」


「……だが、あの魔導人形ゴーレムは俺を助けてくれた」


「それは、『青』が操作して助けたんだろ。……それにアリア本人は今まで帝国にいて、今は敵に捕まっちまってるんだぞ。どうやって『青』に協力しながら魔導人形こいつら箱舟ふねを造り、お前を助ける時間があったってんだよ」


「……それは……ッ」


 二人は強い口調で会話を向け合いながら、互いの意見に否定的な意思を見せる。


 『青』の協力者がアリアだと思うエリクは、未来の魔導人形ゴーレムやその母船を造り方を知る唯一の人物だと考えていた。

 一方で今現在のアリアが記憶を失くした状態で目覚めてからすぐに帝国へ向かい、『青』と協力できる状況では無かったとケイルは考えている。


 そうした思考の違いによって口論染みた強い言葉を向け合っていた二人だったが、ケイルの現実的な言葉がエリクの勢いを上回り始める。

 しかしエリクの思考にある光景と物が思い出され、その気付きによって閉じかけていた口を開いた。


「……そうか、アリアの短杖つえだ」


「!」


「アリアの持っていた短杖つえにも、アリアの魂が宿っていた。……なら、その短杖つえの方にクロエの能力ちからが掛かっていたとしたら……!」


「……ッ」


「もし短杖つえを『青』が持っていたとしたら、二人が協力できた理由になる。……ケイル。やはり『青』の言っている協力者は、アリアで間違いな――……」


「……それ以上は、止めとけよ」


「!」


 未来の出来事を覚えていたエリクは、アリアの短杖つえ宿っていた魂の存在を思い出す。

 その短杖つえに宿ったアリアの魂が、未来と同じように魔導人形にんぎょうへ憑依し、『青』に協力しているという発想まで至らせた。


 しかしその発想を、震える声色と渋るような表情を強めたケイルが止める。

 それを聞いたエリクは不可解な様子を示し、ケイルに問い掛けた。


「ケイル?」


「……お前、自分で何を言っているか分かってるのか?」


「?」


「……アタシも、この箱舟ふね魔導人形ゴーレム達を見て、同じ事を考えた。……短杖つえの方に宿ってるアリアが、何かしら協力してるんだろうってさ」


「なら……!」


「……でもよ。そいつは本当に、アタシ等の知ってるアリアなのか?」


「え……?」


 ケイルの言葉をエリクは理解できず、困惑した表情で声を漏らす。

 そんなエリクの様子に溜息を漏らすケイルは、顔と視線を逸らしながら言葉を続けた。


「お前、言ってたよな。未来の最後で、アリアともう一人のアリアが一つの身体に戻ったって」


「あ、ああ」


「もしそれが本当なら、未来のアリアと短杖つえに宿っていた魂が上手く融合できたって事なんだろ。……仮にそのアリアが『クロエ』の能力ちからで未来の記憶を受け継いだまま、短杖つえに宿ってたとする。じゃあ、そいつはアタシ等の知ってるアリアなのか?」


「……!」


「違うだろ。……そのアリアは、未来であんな事をやっちまってたほうと融合してるんだ。だから未来で人間を襲ってた魔導人形ゴーレムも作れちまう」


「……だが、その魔導人形ゴーレムが俺達を助けて……」


「ああ、確かに今は人助けしてくれてるんだろ。その理由は、未来でやっちまった事の罪滅ぼしかもな。……でも、だったら。今のアリアはなんだ?」


「……え?」


「忘れたわけじゃないだろ。……アタシ等が知ってて助けようとしてるアリアは、記憶を失っちまってる方だ!」


「!?」


「エリク。お前はさ、どっちのアリアを助けたいんだ?」


「……それは……」


「未来で人間を虐殺しまくってたアリアの方か? それとも、アタシ等の事を忘れちまってるアリアの方か? どっちだよ」


「……ッ」


「さっきからお前は、二人のアリアを混同してたんだ。どっちも同じ、お前の知ってるアリアだと思ってよ」


「……俺は、ただ……」


 ケイルに今までの言動について指摘されたエリクは、自身の思考に困惑を抱きながら口籠る。

 そんなエリクに視線を戻したケイルは、身体を向けずに隣に立ちながらこう伝えた。


「だからさ。その二人の区別は、ちゃんと頭の中で付けておけよ。……でないと、いざって時に混乱するぞ」


「……ケイル……」


「そしてもし、二人のアリアがまた魂を融合させるような事があったら。……お前は、そんなアリアを受け入れられるのか?」


「……!」


「記憶を失ってるくらいだったら、また関係を築き直せばいい。……でももし、未来のアリアが記憶や人格まで支配しちまうような融合かたちだったら……」


 ケイルはそこで言葉を止めると、エリクは息を飲む。

 そして視線を交わさずに肩を向け合う二人の中で、エリクがその先の言葉を問い掛けた。


「……だったら、なんだ?」


「……これからの戦いが無事に終わったとしても。そいつはもう、お前やアタシ等とは関わらないようにするだろうな」


「!?」


「未来であんな事をして、アタシ等と殺し合った奴だ。……それで呑気にアタシ等とまた関わって旅しようなんて言って来たら、逆にキレちまそうだ」


「ケイル……」


「未来でアリアがやった事、お前なら許せるんだろう。……でも、それを許せない奴もいる。許しちゃいけないと思う奴もいる。……それを忘れずに、ちゃんと区切りは付けとけよ」


「……」


 そう伝えた後、ケイルはそのまま扉に向かって艦橋ブリッジから出て行く。

 しかしエリクはそれを追う事も出来ず、ただその場に佇みながら唖然とした表情を浮かべ、言葉を失くしてしまったかのように黙り続けた。


 それから一時間ほど経ち続けていたエリクは、黙ったまま艦橋ブリッジを出て行く。

 そして自分達が寝ていた部屋まで歩き戻り、ぐっすりと寝ているマギルスの隣にある寝台で横になりながら心身の疲れを癒すように眠った。


 こうして『青』の協力者がアリアである可能性を考えたエリクだったが、そこで一つの命題を与えられる。

 それは同時に存在する現代いまと未来のアリアを区別するという、愚直なエリクには難解な問題となっていた。

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